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第二章 吸血鬼と少年
8、乙女の秘密
しおりを挟む暗い部屋でスマートフォンを弄るリリー。東洲の家に住むことになった彼女は自室を一つ与えられた。壁際は東洲の集めた本棚になっており、世界各地の書物が乱れることなくずらっと綺麗に並んでいる。それはまるで触れるな、と言われているかのような印象を抱かせるほど、持ち主の神経質さがうかがえた。本にも埃一つ付いていない。
「ふう。ひとまず大人しくお兄ちゃんに近づいたけど、ノエの言いなりになるのもシャクよね」
リリーはベットに寝そべりながら返信を書いていた。ここまではノエの思惑通り自ら行動をしてきた。しかし、彼女自身その行動が正解なのか納得ができていない。
「あぁ……お兄ちゃん。やっと会えたね」
メールの送信ボタンを押したあと、画像フォルダを開いた。中にはずらっと雪斗の写真が入っていた。それを一枚、一枚寝る前にじっくり眺めることが最近のリリーの日課になっていた。
「えへへ。早くお兄ちゃんに殺されたいな。そしたら……私はずっとお兄ちゃんと一緒にいられるんだもん。それまでくたばってたまるものですか」
膨大な写真フォルダの中にはもう一つ、鍵のかかったシークレットフォルダがあった。そのフォルダ名は、
「AbelsGeheimnis(アベルの秘密)」。
画面をじっと見ながら呟く。
「このフォルダはノエにも渡さないんだから……。それに、私を殺すのは雪斗お兄ちゃんでなければ……」
トントン──
部屋のドアがノックされた。
「誰?」
「僕だ。アルマだ」
「どうぞ」
さっと、スマートフォンを枕の下に隠した。ゆっくりとアルマがドアを開けて入ってくる。手には小さなトレーを抱えていた。
「東洲さんが君にこれをと」
「なあに?」
持ってきたマグカップを覗き込むと、甘い林檎のような香りがした。
「カモミールティー。多分環境が変わると興奮して寝付けないだろうからと差し入れるように言われたんだ」
「あら、気が利くわね。でも何が入っているか分かったもんじゃないわよ?もし吸血鬼の血なんて入っていたら私には猛毒だわ」
リリーは差し出されたマグカップを受け取ろうとしない。上目遣いでアルマを睨む。
「そんなの、匂いでわかるだろう?吸血鬼は血液に対して鼻が利くと聞いている」
「ふん。よく知ってるわね。あなた、バカでは無さそう」
「死体だってちゃんと脳ミソはあるからね」
リリーは大人しく、ハーブティーに口をつけた。甘い香りが口のなかに広がる。砂糖がなくても十分飲みやすい味だった。
「ねえ?貴方の事知りたいわ」
「なぜ?」
「面白そうだから。何故死体なのに生きていられるのかとか」
リリーは腰かけていたベットをポンポンと叩き、アルマに座るよう促した。立っていたアルマはゆっくりリリーの隣に腰を下ろした。
「フランケンシュタインの怪物って聞いたことある?」
「死体から作った人造の怪物ね?」
「それが僕だ」
「ふうん」
「製作者は、もう、二百年も前に死んでいる。彼女は性別を偽り、男のふりをして人工生命の研究をしていた。その時、幾人もの死体から作られたのが僕だ」
リリーは首をかしげた。
「でも体があっても魂が無ければ生命とは言えないでしょ。貴方の中にはちゃんと入ってるじゃない。それは誰のものなの?」
「そう。僕を作る時、彼女はある取引をした。とある悪魔とね」
「取引?」
「僕の魂を生成するかわりに自分の魂の半分を売ったんだ」
「対価?」
「そう。だけど悪魔はそれだけではあき足りず、残りの半分も欲した。そこで僕と彼女はそれと真っ向から対立てね。逆に半分を取り返そうとしたわけだが、一回目は生憎失敗した」
「悪魔相手によくやるわね、ただの人間が」
「そういう人なんだよ。その後、彼女は生まれ変わってこの街に住んでいた。僕たちはもう一度その悪魔と対峙してね。結果的には賭けに勝ったわけだ。それが今から数十年前の出来事」
「彼女は今どうしてるの?」
「死んだよ。もうずっと前の話」
「で?その彼女をあなたは待ち続けてると?」
「そんな感じかな。彼女の事はどんな姿形にちなっても愛してる。君には分かるんじゃないの?」
「そうね」
リリーはカモミールティーを飲み干した。トレーにマグカップを戻した。
「御馳走様。美味しかったわ」
アルマはマグカップを持ち帰る、ドアの前に立ち止まり、振り返った。
「君の本当の目的は雪斗に殺されることなのか?」
リリーの顔が一瞬陰ったが、すぐに笑い直す。赤い前髪をかきあげた。その一瞬をアルマは見逃していなかった。
「そうよ。それ以外はないわ」
「そう。じゃあおやすみ」
「はあい」
パタンとドアがしまる。
彼女はベットに倒れ込むように身体を預けた。枕下のスマートフォンを取り出し、また雪斗の写真を眺める。撮り溜めたそれらに写っているのはさまざまな表情をした、兄であった人の魂を持つ人間。
「私じゃないとお兄ちゃんは助けられないもの。アベルお兄ちゃん……」
自らの首をそっと締めた。けほっとむせる。手を放すと先ほどのカモミールの香りが鼻を通った。あぁ、まだ自分は生きている。そうやって生の確認をし、彼女はゆっくりと眠りについた。
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AAKI様
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たしかに冒頭部分、少し急ぎすぎた感は否めないと感じております。頂いたアドバイスを参考に今後一層楽しんでいただけるものを執筆していきますので、お付き合い頂けましたら幸いでございます。
重ねてお礼申し上げます。