真実の先に見えた笑顔

しまおか

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第六章~①

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 師走で忙しい時期だったが、その分様々な部署と仕事上連絡を取り合う期間でもある。また各課で忘年会を開くこともあり、噂話する機会が多くなるタイミングでもあった。
 それらを利用し、英美は翌週の月曜日から早速聞き込みを開始した。まず初めに声をかけたのは七恵だ。噂好きで正反対の性格をしている彼女を苦手としていたが、そんなことは言っていられない。 
 それに彼女は、かつて久我埼と共に一宮支社で美島の下で働いていた。情報を得るには最適で、避けては通れない人物だ。といって、他の事務職がいる場所では聞けない。
 そこで意を決し、朝一番から誘ったのだ。
「柴山さん、今日のお昼休みは二人で一緒に食べません? 相談事があるんですけど」
「相談事? 廻間さんが私に? 珍しいこともあるのね。いつもは私達が話している輪の中に入りたがらないあなたが何の用?」
 笑いながらも痛い所を突いてくる彼女に、そういうところが嫌なんだと心の中で思った英美だがぐっと我慢する。そして愛想笑いをして答えた。
「ここでは言い難い事だから、外で話をしたいのです。もちろん無理を言って誘うのですから、私が出します。場所は個室のある所にしたいと思っているのですが」
 会社から少し歩くが雰囲気は良く、周辺のランチより少し高めだけあって美味しいことで有名な場所だ。その店名を告げると彼女は目を輝かした。
「あそこのランチだったらいいわ。奢ってくれるのね。今日はあなたも早番?」
 事務職の昼は部署によって多少違う。だが一課や二課は電話番の事もあり、事務職は十一時半から一時間の早番と十二時半から一時間の遅番に分かれてお昼休みを取っていた。
 今日は彼女も英美と同じ早番であることは確認済みで、店の予約も既に済ませている。あの店ならまず間違いなく彼女が喰いついてくると思ったからだ。自腹を切るのは痛いが、三箇との約束がある。その為なら、多少の出費はやむを得ない。
「そうです。もし大丈夫ならお店の予約をします。いいですか?」
「いいわよ。どんな相談事なのか気になるけど、お昼までの楽しみにしておくわ」
 上機嫌で自分の席へと戻って行く彼女を背にして、英美は胸の奥で大きくため息を吐いた。これが普通の相談事なら、その日の内に噂はビル全体へと広がるだろう。だから彼女に内緒話など話せない。
 しかし今回だけは違う。昔の件を三箇が知りたがっていると告げればすぐに広まり、やがて久我埼の耳へと入るだろう。それだけで彼に依頼された目的の一つは達成される。
 さらに当時の一宮支社における内情を知ることが出来れば、言うことはない。席に座った英美は、隣にいた浦里と目が合った。七恵との会話を聞いていたのだろう。無言で頷くと、彼は机の下で親指を立てた。グッドジョブとでも言いたかったのかもしれない。
 約束の時間が近づく。それまで仕事に区切りを付けなければ、と英美は懸命に電話応対や事務処理をこなしていた。すると十一時半になった途端、二課から彼女が駆け寄って来た。
「お昼よ。早く行こう。予約はした? 少し離れているから急ごう」
「予約は済ませましたから、大丈夫です。行きましょうか」
 普段の英美なら、時間になったからとすぐ席を立つことなどしないが、今回はやむを得ない。周囲の事務職達がまだ全員席についている状態で、お昼に行ってきますと声をかけると案の定目を丸くされた。その視線から逃げるように、英美は七恵と外へ出たのだった。
 目的地に着くまで、彼女はどんな相談事なのかと興味津々で質問してきた。しかし誰が聞いているか分からないから話はお店で、と言葉を濁し話題を逸らす。それが彼女の好奇心を余計に煽ったらしい。道中やたらテンション高く話しかけてきた。
 おかげで店に入り注文をし終えた時点で、英美は既に疲れていた。だがそれではいけないと気を取り直した所で、彼女の言葉がマシンガンを撃ったように飛んできた。
「相談事って何? 恋愛問題? もしかして二課の人の中で気になる人でもいる? それとも浦里さんと仲が良いみたいだから、彼の事? 私は余り話したことがないから、良くは知らないよ。でも仕事は出来るみたいだし、総合職だとお給料もいいよね。ああ、もしかすると三箇さん? ちょっと不愛想だけど、あの人も背は高いし悪くないか。だけど学歴や経済的にも、浦里さんより劣るよね。私だったら、浦里さんの方を選ぶかな?」
「ちょっ、ちょっと待ってください。そういう話じゃありません。ただ教えて欲しい事がありまして。でも三箇さんとは関係があります。彼から頼まれたことでもあるので」
「私に聞きたいこと? 何よ。三箇さん絡みって何の話?」
 いぶかし気に尋ねる彼女に、英美はストレートに言った。
「十年前に、一宮支社で起こった件のことです。今総務課にいる久我埼さんが死に神だって、柴山さんは言っていますよね。美島支社長は病死したと聞いていますけど、本当の所どうなんですか? 噂通り当時一宮支社にいた彼が、支社長を病死に見せかけて殺したと思っています?」
 するとそれまで上機嫌だった七恵の顔色が一変した。そして強張った顔で質問してきた。
「どうして今更、そんなことを知りたいの? あなたにどう関係するのよ」
「実はですね。私も最近知りましたが、亡くなった美島支社長って三箇さんの恩人で、しかもお母さんの従兄だったらしいです。彼とは親戚関係だと聞きました」
 そこまでは知らなかったらしく、彼女は驚いていた。
「あの事件を担当した刑事だったって、私も少し前に知ったけどそうだったんだ。冷蔵庫の物が無くなった騒ぎがあったでしょ。あの時少し話を聞かれた際に教えられてびっくりした。十年前、事情聴取していた警察の中に彼がいたなんて、全く覚えてなかったから」
「私もあの騒ぎの件で彼の力を借りて犯人を探し当てられましたけど、その時に聞いたんです。だから久我埼さんのことが気になっているらしいと知りました。それでまた最近、上司と上手くいっていないって話があったじゃないですか」
「総務の木戸課長が社有車の件で叱った後、久我埼さんが会社を三日休んだ件ね」
「そうです。それで三箇さんにお願いされました。最近色々と起こった問題の解決には、彼のおかげもあったので断れなかったんです。どうしても十年前の事件というか、久我埼さんのことが気になるから、情報収集を手伝ってくれって」
「だから私に聞きたいって言ったのね。三箇さん絡みってそういう意味だったの」
「はい。それで柴山さんは、どうして久我埼さんが犯人だと言っているのか知りたくて。何かそう疑われるようなことを見たとか聞いたことがあるんですか?」
 少し落ち着きを取り戻した彼女は、小声で言った。
「だってあの人は一宮に来る前の京都でも、相性が合わない上司がいたらしいじゃない。でもその人と一緒にいる時、事故が起きて死んじゃったんでしょ。一宮支社へ来た時には他の総合職から既に疫病神って呼ばれていて、美島支社長は特に嫌っていたから。厳しく当たられていた分、同じように死んでしまえとあの人が思っていてもおかしくないでしょ」
「彼が美島支社長を殺したという、何かはっきりとした証拠がある訳ではないんですね」
「そんなものはないけど、奇妙じゃない。だってその後に配属された大宮でも、上司が事故死したんでしょ。彼に厳しく当たっていた上司が三人も事故や病気で変わるなんて、偶然にしては異常だと思わない? 美島支社長は結果的に病死だったようだけど、最初の頃は警察も久我埼さんの事を疑っていたみたいだから」
「病気と言っても、ウィルス性の急性心不全だったと聞きました。そのウィルスを久我埼さんが美島支社長に、何らかの手を使って感染させたんじゃないかと疑っていたようですね」
「そうらしいね。だからあの時大変だったのよ。支社の中もウィルスが広がっていないか、大騒ぎになったから」
「でもどこからも検出されなかったって聞きましたけど」
「良かったわよ。人が死ぬ可能性のある菌に感染したらと考えただけでゾッとするわ」
「だから旅行先で感染したんじゃないかと警察が判断して、病死扱いになったんですよね」
「そう。でもどこかで菌を手に入れて、美島支社長に飲ませたかもしれないじゃない。その証拠を警察が見つけられなかっただけでしょ。私も三箇さんと同じく、久我埼さんが怪しいと思うな」
「でもそれなら、どこで菌を手に入れられたんでしょう。日本ではまず無理ですよね。感染者がいたら別ですけど、東南アジアとかアフリカなどで感染した人か動物から入手したんですかね」
「警察もその辺りは調べていたみたい。私も渡航履歴とか聞かれた覚えがあるから」
「久我埼さんは、パスポートすら持っていなかったらしいですね」
「自分が海外に行かなくたって、渡航した人から貰ったりすればできるじゃない」
「共犯者がいるってことですか。誰か心当たりがあるんですか?」
「そ、そうじゃないけど、その可能性だってあるって話よ。第一、彼以上に美島支社長を殺したいほど憎んでいる人はいなかったと思う。それにその前のことも後のこともあるじゃない。絶対犯人は彼よ。間違いないわ」
 そこまで話した時に、店員が注文したランチを運んできた。その為一時話を中断し、まずは食べることにする。お昼休みの時間は限られているので遅れる訳にはいかない。交代で後半から昼食を取る事務職達に迷惑がかかってしまうからだ。
 彼女は珍しく食事中は静かだった。その前にしていた話題が話題だけに話しづらかったのだろう。かといって関係のない話をする事にも気が引けたのかもしれない。
 しかしこれだけでは終われなかった。美味しいことで評判のランチの味もよく分からないまま食べ終わった英美は、最後にデザートとホットコーヒーが出されてから会話を再開した。
「美島支社長って、実はあまり評判が良くない人だったと聞きました。だったら久我埼さん以外にも、恨みを買っている人はいるんじゃないですか。そういう人はいませんでした?」
 フォークでガトーショコラを一口大に切っていた七恵の動きが、一瞬止まる。その後口に放り込んで咀嚼そしゃくしながら、思い出すように答えた。
「確かに厳しい人だったとは思うけど、殺したい程恨んでいた人はいなかったんじゃないかな。それに久我埼さんは、事件からしばらくしてうつ病で会社を休職したでしょ。罪の意識があったからじゃない? 大宮でも上司が変わった後に、三年以上休職していたって聞いたから絶対そうよ」
「そうですか。では柴山さん自身はどうです。美島支社長が厳しいと感じました? それとも他の総合職よりは優しかったですか?」
 少し間を置いてから、彼女は答えた。
「あの人は事務職にも厳しかったと思う。でも私は支社長が異動してきた頃、既に結婚退職することが決まっていたから、余り気にならなかったかな。どうせもうすぐ辞めるので、我慢できたからかもしれない」
「でも我慢しなければならないくらい、厳しかったって事ですよね」
 しつこく食い下がる英美に対し、彼女は明らかに不機嫌な顔をして言った。
「あの頃も今とそう変わらないけど、数字、数字って煩かったからね。成績が良いと機嫌が直るけど、悪い時には酷いじゃない。うちの二課もそう。数字が悪いから総合職はいつもピリピリしているし、前は平畑君が事故を起こしてばかりだったから、余計に雰囲気が悪かった。だから次席だった手塚さんも、あんな馬鹿な事をしたんだと思う。今は少しマシになったけど、あなたのいる一課に比べればまだまだよね。そっちは成績も良いから雰囲気も良くて、皆の仲も悪くないからのんきでいられるのよ。こんな昔の話を聞くために、お昼を奢ってまで普段滅多に話さない私から話を聞こうとするなんて、余裕が無ければできないでしょ」
 そこまで面と向かって言われると、何も言えなかった。沈黙している英美の様子を見た彼女は、コーヒーを飲み干すと席を立った。
「これ以上私から話すことは何もないから、これで失礼するわ。約束通り支払いはお願いね。御馳走様」
 そう言い捨てて、英美を置いたままさっさと外へと出て行ってしまったのだ。一人取り残されしばらく呆然としていたが、スマホを出してまだ時間があることを確認した。
 そこで忘れないうちにと、つい先程まで話していた内容を三箇達と共有しているサイトを開いて打ち込んだ。英美は会計を済ませ一人店を出ると、ため息をつきながら会社に向かって歩き呟いた。
「次はもう少し安いお店にしよう。そうじゃないと割に合わないわ」
 情報取集する為に目を付けている相手は、今のところ祥子と一課の事務リーダーである加賀、そして古瀬の妻の悠里だ。祥子は一宮支社で事件が起こった時、確か今と同じ業務課にいたはずだ。
 本部内の他支社と連絡を取り合うことが多い部署の為、多少なりともあの頃の事を知っているだろう。加賀は七恵と同期入社だった。確か当時は企業営業一課にいたと思う。
事件については場所も離れていた為、良く覚えていないかもしれない。それでも七恵に関する情報は聞くことができるだろう。
 悠里は祥子と同期で七恵の一つ上だ。しかも当時一宮支社に在籍していたと言うのだから、両方の情報を持っていると思われる。しかし古瀬が言うには、思い出したくない過去の為、余り話したがらなかったという。旦那相手にそうなのだから、英美には聞きづらい。 
 では祥子と加賀、どちらから先に話を聞こうか悩む。基本的にお昼休みは、加賀と英美が同じになることはない。一課の事務職の中で上二人のうちどちらかは社内にいるよう、割り振っているからだ。もちろん一日ぐらい、誰かと代わって貰うことはできる。
 ただその調整をするより、祥子と話す方が早いかもしれない。彼女なら、昼休みの時間を取らなくても済むだろう。なぜならいつも遅くまで仕事をしている為、今日の仕事終わりにでも声をかけることができるからだ。
 その他に十年前から勤務している事務職は、ビル内だと数名はいるだろう。しかしほとんど面識もないため、いきなり話を聞きだすことは難しい。
 それならば顔の広い祥子から紹介して貰えばいい、と考えた。そう結論付けた英美は、早速今晩の仕事終わりに時間を取って貰えないか、頼みに行くことにしたのだった。
 八階のフロアに着くと、祥子も今日は前半の昼休みだったらしく、食事を終えて給湯室の周辺でおしゃべりしている姿を見つけた。そこで少し離れた場所から声をかけた。
「板野さん、ちょっといいですか」
「いいわよ。どうしたの?」
 彼女は何かを察したらしく、自然な形で集団から離れて英美に歩み寄って来た。その為小声で言った。
「急で申し訳ないんですが、今日って仕事終わりに少しだけお時間を頂けますか? もし何か用事があって早く帰られるのなら、日を改めますが」
 彼女も小さな声で答えてくれた。
「別に何もないけど、今日はちょっと遅くなるかもしれない。それでもいい?」
「何時頃になりそうですか?」
「それでも七時半過ぎには終わろうと思うけど。何かあった?」
「少しお伺いしたいことがありまして。ただそんな改まって聞く話ではなく、立ち話程度でいいんです。もしお時間があれば仕事が終わって一段落着いたら、声をかけて頂いてもいいですか。私も今日はその時間くらいまでなら、仕事をしていますので」
「いいわよ。年末最終月だから、営業店の方が忙しいでしょ。私の手が空いてあなたも時間が取れそうだったら、声をかけるようにする。それでいい?」
「お願いします」
 彼女は話が早くていい。それ以上余計な事は言わずにさっと元の輪に戻って行き、同じ業務課の女性達と合流した。後五分で十二時半になる。少し早いが、英美は席に戻ることにした。十二月も第三週の初めともなると、月末まであと僅かだ。
 契約の取扱高も多い為、総合職が代理店からかき集めてくる書類は毎日山のように積まれていく。それらを次々に処理していると、時間はあっという間に過ぎた。気付けば既に六時半を過ぎていた。そろそろ区切りを付けないと、八時までに終わらない。
 いや、今日は祥子との約束がある。その為早く終わらせる必要があった。少し焦りながらも、失敗は許されない。その為黙々と書類のチエックを続けた。ようやくこれから先の書類は明日に回してもいい、と目処がついた所で祥子に声をかけられた。
「廻間さん、私はもうすぐ仕事が終われるけど、そっちはどう?」
 時計を見ると、七時半になろうかという時間だった。
「大丈夫です。今日はここまでにしておきますから」
「じゃあ一旦戻って帰る支度をするから。ところでどこにする?」
 フロアを見渡すと、総合職はほとんど席に付いているが、事務職は八割以上退社していた。これなら人に話を聞かれない様、気を使うほどではない。
 外に出て喫茶店などに入るより、それこそ立ち話でもいいだろう。しかし先輩である祥子にこちらから話を聞きたいと言っておきながら、廊下でとは言い出しにくかった。すると彼女から提案があった。
「もし良かったら、業務課の応接室を使う? 事務職はもうほとんどいないから空いているし、総合職はいるけど業務課だとこんな時間から打ち合わせで使うことはまずないから」
「いいですか?」
「いいわよ。あなたには色々助けて貰っているし、私で役に立つことなら何でも言って」
「ではお言葉に甘えて。すぐに終わらせてそちらに伺います」
「じゃあ向こうで待っているから」
 業務課に戻る彼女の背中を見送った後、英美は慌てて机上の書類を片付け始めた。その様子を見ていた浦里は、小声で尋ねて来た。
「今度は板野さんから情報収集?」
 黙って頷く英美に、彼は呟くように言った。
「お疲れ様。柴山さんの聴取の内容は読んだよ。興味深い点がいくつかあったね」
 思わず首を振り、彼の顔を見て尋ねた。
「何? どういうところ?」
 だが周囲の目を気にした彼はこちらを向かず、パソコン画面を見ながら言った。
「板野さんには当時一宮支社にいた事務職や、その周辺の話を重点的に聞いてみて」
 なんとなく言わんとする意味が理解できた為、静かに頷いた。英美もその点を中心に尋ねるつもりだったため、聴取する方向性は間違っていないようだ。
 どうにか退社できる準備が整ったため、課内を見渡した。加賀の他三人の事務職は既に帰社している。もう一人も帰り支度をしていた為、問題無さそうだと胸を撫で下ろす。
 そしてまだ仕事をしている浦里達総合職に声をかけた。
「お先に失礼します」
 課長以下全員が声を返してくれた。
「お疲れ様」
 その中で浦里だけが、ぼそっと言った。
「頑張って」
 片手を軽く上げて彼のエールに答え、業務課へと向かった。お昼に共有サイトへの書き込みをした際、既に他の書き込みがされていた。その内容は京都での事故に関する内容だったため、書き込んだのは彼だろう。
 どうやら三箇達と話し合った翌日の土日に、以前いた部署で十五年前にもいた職員達と再び連絡を取ったらしい。ざっと見ただけで詳しく読んではいなかったが、それなりに収穫があったようだ。
 助手席にいた久我埼も重傷を負った。その為ある意味被害者となった彼を労わる声があったのは当然だ。
 しかしその一方で、何故あの支社長が運転をしていたのかと疑問を持つ声も上がっていたらしい。代理店へ頭を下げに行った帰りは、久我埼が体調不良を訴えた為、門脇が運転していたという。
 だが代理店を怒らせた原因を作り、同行して頭を下げなければならなかった支社長が、その程度の理由で運転を代わるだろうかと疑問視する人もいたそうだ。
 現に重傷で入院した彼の体調自体に、異常は見つからなかったらしい。ただの仮病だったとしたら、門脇は直ぐに見破るか無理やりにでも運転をさせたはずだと主張する社員がいたという。
 彼を助手席に乗せて自分が運転をするなんてプライドが高い支社長がするだろうか、とその人は言ったそうだ。そうしたことから、当時は殺したとまでの噂が立たなかったにせよ、おかしな事故が起こったとの認識は多くの人が持っていたらしい。
 しかしそれも、あくまで周りにいた人達の主観だ。彼が支社長を殺したという、決定的な証拠にはならない。
 それでもそこまでの情報を、浦里は休みの間に入手していたのだ。それもあって英美も負けてはいられないと考え、七恵だけでなく祥子にも話を聞こうと思わせてくれた。それにしても彼が言った興味深い点とは何だろう、と気になった。
 そんなことを考えている内に業務課へ着くと、既に机を片付けた祥子が手招きをしていた。英美は頭を下げながら言った。
「お疲れの所、すみません。こんな時間から残って頂いて」
「いいのよ。じゃあ応接室へ行きましょうか。一応、課長にはここを使う許可は取ってあるから。でもあまり遅くならないように、とは言われたけどね」
「なるべくそうします」
「いいのよ。仕事で八時以降も残っていたら駄目だけど、ここからはプライベートな時間だから。あっ、それとも仕事の悩みとか? それだったら業務になっちゃうけど」
 そう言いながら部屋へ入り、ソファに腰を下ろした所で英美は口火を切った。
「そういうことじゃありません。あまり遅くなってもご迷惑でしょうから、早速本題に入ります。お聞きしたいことは十年前に、一宮支社長が病死された件のことです。板野さんは、その頃も業務課にいらっしゃったんですよね。当時何か気になることがあったり、覚えていることがあったりしたら教えて頂きたいと思いまして、時間を頂いたのです」
 相談事の中身が意外だったからか、彼女は驚いた表情で聞き返してきた。
「どうして今になってそんなことを聞くの? 久我埼さんが総務課に来たから? 珍しいわね。廻間さんはそうした噂話を嫌っている人だと思ったけど、どうして?」
「決して興味本位で聞く訳じゃありません。実をいうと、これには訳がありまして」
 そこから七恵にも言ったことと同じように三箇の経歴を伝え、彼の依頼で調べていることを告げた。
「そういうことだったの。三箇さんと久我埼さんとの間に、そういう因縁があったとは知らなかったわ。だから以前、普段は大人しい三箇さんが総務課まで押しかけて、彼に喧嘩を吹っかけていたのね」
「そのようです。だからあの後、過去はどうあれ会社員としての振る舞いとしてはおかしいからやめるよう、浦里さんと一緒に忠告しました。その後は彼も大人しくなりましたが、また最近騒ぎがあったじゃないですか」
「総務課の社有車の件ね」
「それでまた、三箇さんが気になりだしたそうです。因縁の相手が同じビルのすぐ上の階にいる訳ですから、しょうがないとは思います。過去にあった経緯を聞き、本当に単なる噂なのかをはっきりさせたい気持ちも理解できました。ここ最近のフロアの雰囲気だって、良くありませんからね。そこで病死や事故死ではなく、事件だったのかを私達も協力して調べてみようと話をしたのです」
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