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エピローグ

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 白骨死体の発見で、四十年近く前に起こった一連の事件については、マスコミにも発表された。その為一時期は大いに騒がれ、吉薫はアパートを引き上げた。
 しかし既に時効を迎え、また関係者が皆亡くなっていることから、想像していた程反響は長引かなかった。もちろん薫も罪に問われる事なく、警察からは事情聴取後に解放された。
 だが職場は全て辞めざるを得なくなった。特に社食のある会社には楓もいた為、以前から広まっていた風評が悪い意味で広まった為だろう。
 ただでさえ、「グラ・コン」と称した、年増男の「ストーカー」呼ばわりまでされていたのだ。犯罪に加担していたのではないかと吹聴する者もいた為、身を引かざるを得なくなったらしい。
 ただ同時に楓も会社を退職し、引っ越した。マスコミが多額の遺産を得た彼女について大きく扱った為、それを狙って寄付を要求する等色々な人間が集まって来たからだ。
 それに元々薫を追いかけて入った会社だ。大貴には大見えを切っていたが、やはり本音ではそれ程思い入れが無かったのだろう。また色々な問題に巻き込まれ、嫌気が差していたことも要因になったのかもしれない。
 ただそうした騒ぎが二人の距離を縮めた。懸念していた問題が解消し、二人を阻む壁が無くなったからでもあるが、それだけではない。マスコミやその他の人達から守る為にも、薫の存在は不可欠だったのだろう。
 そこで一緒に住めるよう、全く違う場所で広い部屋を借りたのである。もちろん彼の借金は、楓が全て清算した。
 薫が姿を消しながら滞在先を東京にしたのも、村とそこしか住んだことがなく、連城がいたからだけではない。いすれ大学に進むだろう楓が来ると見越し、見守りたいと思っていたからだ。
 恐らく彼を偶然発見した梨花も、その事に気付いたと思われる。財産管理の問題だけでなく、仲を裂く目的もあって嫌がらせを仕掛けたようだ。スーパーを辞めさせた件は、その一つだったに違いない。
 二人の関係が発展し子供が生まれれば、遺産は手に入らなくなる。また嫉妬もしたはずだ。不妊治療の末諦めた彼女にとって、将来楓達が結婚し子供を産むかもしれないと考えただけで、腹立たしかったのだろう。
 しかしその目論見が失敗した。それどころか逆に弱みを握られた彼女は、今後邪魔をする心配など無いと考えていい。
 何故なら事件が公になった後、再び泊は梨花に連絡をしていた。
「おい、あの男がテレビに出ていたぞ。しかも金持ちの孫がいるようだが、あんたの狙いはそっちだったようだな。今度は何を仕掛けるつもりだ。もちろん俺以外に仕事を依頼したりするんじゃないぞ」
 彼女は家の固定電話の番号を変えていた。しかしそれを調べた上で、薫に嫌がらせをした男の振りをして脅したのだ。その為、梨花は声を震わせ頼むつもりは無いと言い、慌てて電話を切ったようだ。
 そうして二人の同棲生活は始まり、薫の夢だったという自分の料理が出せる店を、あれから数年後に彼らは開いた。もちろん資金は楓が出し、尚且つそこの社長兼従業員として働き始めたのである。
 ちなみに仕事が落ち着いた頃、薫を騙した人達が開いた沖縄の店に、二人は赴いたという。そこで警察に突き出される覚悟をした彼らと、膝詰めで話し合ったのだ。
 そのつもりがない楓達は、先方と胸襟きょうきんを開いて結論を出した。それは彼らを許す代わりに店の出資者となって株を持ち、年一回儲けに応じた配当を受け取るというものだ。そうすれば奪われた金は、あくまで出資した形になる。しかも繁盛していた為、運用先として問題ないと判断した。
 実は裏でそう提案したのは大貴だ。楓が薫と一緒に住み始めてから、彼女と遺産管理顧問契約を結んでいたからだった。
 長期に渡り狙っていた目的を果たした大貴は、初めて資産の内訳を把握し、予想以上に莫大だった為驚いた。おかげで大口顧客を獲得でき、プルーメス社における評価は一気に高まった。入社してそれ程経っていないにも拘らず、社内で常に上位五本の指に入る担当者にまで昇りつめたのである。
 絵美は、あれからもコツコツと県庁の仕事をこなしていた。両親や周囲からは、いつ結婚するつもりかと騒がれ、時には見合い写真を持ち込まれることも多々あったという。
 それでも彼女はまだ仕事を続けたいと言い、次々と断っていた。それでいいのか、とある時久しぶりに楓を交えてスマホでグループトークをしたところ、彼女は笑って言った。
「これでもそれなりにモテるのよ。だから紹介して貰わなくたって、男の一人や二人は自分で探せるから。でも今はもう少し仕事がしたいの。楓がいた村のように、過疎化している場所は県内に沢山あるし、超高齢化と少子化で困っている地域を如何に活性化するか。その為に私は地元へ戻って来たんだから」
 彼女の志は、学生時代と全く変わっていなかった。そこで楓は、僅かながらでも貢献したいと思ったのだろう。資金が必要なら是非声をかけてくれと伝えていた。
 資産管理担当者として、運用利益が見込めない出資は避けたいと大貴は渋ったが、顧客の要望に応えるのも仕事だ。そこで言った。
「単なる寄付じゃなく、見返りのあるクラウドファンディングだといいんだけど。なんならそういう関係に強いファンドを紹介するよ」
「もう大貴は、直ぐお金儲けの話にするんだから。そんな事ばっかり言っていると、顧問契約を切っちゃうよ」
「そうだそうだ、楓は大事なお客様でしょ。契約が無くなったら、会社での立場が危うくなるんじゃないの」
 危ういどころではない。よって大貴は謝罪しながら言った。
「申し訳ございません。ご契約者は神様ですから、何でもお申し付け下さい。なんなら薫様とのご結婚について、いくつかプランをご用意しております。万が一の為に、資産のリスク分散は必要です。配偶者となれば、また色々な税金対策も必要でしょう」
「そうよ。楓。私の事より、そっちはどうなっているの。さっさと籍を入れたらいいじゃない。いつまでもビジネスパートナーの立場じゃ、中途半端でしょ。一緒に暮らし始めて、もう結構経つよね。まだ寝室は別々なの。それとも、」
「もう、いいよ。それ以上聞かれたって、私は何も言わないから。大貴も茶化さないで。本当に契約を切っちゃうからね」
「冗談だって。ごめん、ごめん」
 三人でそう笑いながら、他にも色んな雑談をして電話を切った。
 大貴は楓達の仲が進んでいると察し、少しだけ寂しくまた嬉しくも思った。以前薫から、楓との関係を追及されたことがある。あの時は咄嗟に否定したが、内心では冷や冷やしていたと思い出す。
 といっても実らぬ想いだとはっきり分かっていたし、淡い関係に過ぎなかったのも事実だ。それでも全く気持ちが無かったと言えば、嘘になる。それに以前は、謎を解かなければ二人の関係が進まないだろうと考えることがあった。だから事件の真相に道筋が見えた際、躊躇したのだ。
 しかし今はあれで良かったと思っている。また彼女の資産管理者として、学生時代からの友人として、二人の幸せを心から祈っていた。大貴はあの件が無ければ、他人に対しこれほど真剣に考えたりするような人間に慣れなかったに違いない。
 いつか自分も彼女達のように人を心から信頼し、愛せる相手と巡り合えるだろうか。そうあって欲しい。以前にはない感情を持った大貴は、自らの将来を信じてみたいと考えるようになっていた。(了)
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