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第三章~②

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 幸いだったのは、三社とも感染症拡大の影響を比較的受けていなかった点だろう。またはそんな時期だからこそ、増収した会社もあった。 
 おかげで比較的スムーズに面接は進み、結果三社から全て内内定を得られたのである。また最終的には、祖父の勤務時間が最も長く、かつ顔を会わせる機会が多い大手IT企業への就職を決めた。
 謎の解明が難しいなら祖父のいる会社に就職し、何食わぬ顔をして接近することで、距離を縮める作戦を取ったのだ。近くで働きながら祖父を見守り、かつ一人前の社会人になる様子を見て貰おう。そうすれば、頑なに拒む彼の心を溶かすきっかけが掴めるのではないか。楓はそうした一縷いちるの望みにかけたのだ。
その話を絵美達に話した際、大貴が言った。
「まだ実際に入社するまで時間はあるが、もし何も謎を解けずにお祖父さんの前に顔を出せば、驚いて会社を辞めてしまうかもしれないぞ。その覚悟はできているのか。もしそうなった時、それでもその会社で働き続けるのか。もし辞めるつもりなら、考え直した方が良いんじゃないか」
「いい加減な気持ちで就職するのは、会社にとって失礼だから?」
「そうだ。周りで働く人にもそうだし、採用してくれた人達の期待も裏切ることになる。会社を辞めたって、一生困らないお金を持っているだろうけど、そんな態度でいる孫娘をお祖父さんは受け入れてくれるだろうか。俺はそう思わない」
 彼の言い分は最もだ。その為例え祖父が会社を辞めたとしても、一生懸命働いて頑張る気でいた。あくまで自立した社会人になった姿を見て貰うことが、一番の目的だからだ。祖父の気持ちをほぐし、昔の関係に戻れるかは、そこからの問題だと思っている。
 そう告げると、彼は納得したらしい。
「それを聞いて安心した。だったらいいと思う。頑張れよ」
 そういう大貴は入学当初の予定通り、就職活動はプルーメス社一社に絞り、内定が取れるようあらゆる手を尽くしていた。
 AFPとCFP,簿記一級と税理士資格は取得済みで、残るは公認会計士の資格だけらしい。TOEFLも百二十点満点で百八点を取ったそうだ。百点以上取れば、英検一級以上の合格レベルを大きく超えるレベルだと聞いているから凄い。ハーバード等の米国最高峰の大学に出願でき、外務省職員が必要とされる水準でもあるという。
 さらには叔父経由だけでなく在学中に作った人脈を活用し、就職が決まればプルーメス社の顧客に取り込める富裕層を、数人確保したらしい。その上彼にとってプルーメス社への就職は、単なる第一ステップに過ぎないと言うのだから驚きだ。
 まずは会社における上位の顧客を担当し、特別報酬を含め年に億単位稼げる社員になることだという。そうして経験を積みゆくゆくは独立し、自らの会社を立ち上げるという先まで見据えていた。そこまで達すれば、初めて夢が叶ったと言えるのだろう。
 ちなみに絵美も当初の目標を変えず、地元での就職を目指していた。彼女は磯村家の過去について調べる内、郷土の過去に興味を持ったらしい。そこで国家試験を受け、県職員になる為の勉強に励んでいたのだ。 
 それにしても感染症の拡大という厄介な災いによって、就職活動は例年と全く異なる対応を強いられた。面接の多くがオンラインによるものだった状況も、その一つである。
 これには多くの学生達が戸惑った。中には直接会うより緊張しないと言う人もいたが、楓の印象は違う。パソコンの画面上だけのやり取りでは相手に熱意が伝わりにくく、先方に響いているのかどうかの見極めも難しいと感じていた。
 それでも四年生になった二〇二一年の六月に、楓や大貴は無事内定を勝ち取った。絵美も同時期に行われたN県の公務員試験を受け、無事合格を果たしたのだ。
 これで二〇二二年四月からの、それぞれの進路が定まった。また二〇二一年の二月から感染症予防の為のワクチン接種が始まり、医療従事者や高齢者を優先した為に後回しとなっていた楓達も、大規模接種や職域、大学などでの接種が始まり加速され、九月には無事打ち終えられたのだ。
 そうして約一年弱かけて行われたワクチン接種のおかげで、完全では無いにしても、感染症拡大前に近い状態まで世間は落ち着きを取り戻せたのだ。よって長い間中断していた泊による調査も、秋口にはようやく再開された。 その頃には対象範囲を広げており、そこから新たに得られた情報が、いくつか出てきたのである。
 それは祖母の由子や真之介、光二朗兄弟、その父の宗太郎や圭子、誠等、当時の関係者達の人となりが、少しずつ見えてきたことだ。
 例えば祖母を知る人達から得た証言では、多くが口を揃えて似た印象を述べていた。
「あの人は姉御肌で、面倒見が良かったよ。明るく元気で、いつも笑顔だった記憶しかないね」
「会社の顧客や従業員からの信頼も厚く、人望もあった方だ。あの人の悪口は、まず聞いたことが無い」
 こうした人柄から読み取れたのは、磯村家が村の人達から忌み嫌われてはいなかった点だろう。つまり磯村家の呪いという言葉は、金持ちに対する嫉妬や妬みから生まれたものでは無かったようだ。災難に見舞われた家として、憐れみを込めたものだったと思われる。
 実際祖母が東京から移住してきた際も、村の多くが歓迎して受け入れたらしい。一番近い田畑家でも歩いて五分と、距離はそれぞれ遠く離れている。それでも良く交流していたという。ある家では採れた作物を持っていき、代わりに村では入手し辛い菓子などを貰ったそうだ。ああいった地域では、一種の物々交換に近い習慣が残っていたのだろう。
 同じく悪い噂が無かったのは、真之介だ。宗太郎の長男として生まれ、村で育った彼はとても頭が良かったという。物静かで、いつもよく本を読んでいる印象が強かったらしい。といって人付き合いが悪い訳でなく、村の人達と会えば元気に挨拶をし、友達も多くいたそうだ。
 しかしその為か、彼が十九歳の若さで結婚する相手は十歳年上の由子だと聞いた際、心配する声も多く上がったという。または逆玉に乗ったと、陰口を叩く人が少なからずいたらしい。それまで磯村家は、夏だけ顔を出す単なる資産家という印象しか持たれていなかった為だろう。
 それでも時間が経つにつれ、祖母達と村人達との接点が多くなり、徐々に受け入れられたようだ。また寄付などを積極的に行い、厳しい村の財政を助けていた点も評価されたと思われる。
 磯村家のおかげで公民館が新しくなったり、寺社への寄進が増えて祭りなどの行事の際にも、経済的な問題がなくなったりしたようだ。といって表に出て大きな顔をする訳でなく、村長や議会、役場の方達を陰で支える立場に徹していたらしい。
 中にはここぞとばかりに、金目当てであちこちから集まったやからもいたと聞く。それでも当時磯村家の当主だった由子の祖父達は、嫌な顔一つしなかったという。それでも、村の為にならないお金の使い方をされては困る。またばら撒きになっては、かえってよくない。そう考えて窓口を設けたそうだ。
 それが真之介の父であり、村の駐在員でもある宗太郎の役目だったという。彼を通じて役場に持ちかけ、必要かどうかを吟味させる段取りを取っていたらしい。そうすれば警察官の目を通す為、一部の人達だけが得をするような使い方はし辛くなる。あくまで村全体の利益になるかどうかが判断基準となり、また役場の面子も保てた。 
 よって村民達には概ね好評だったそうだ。村の出の宗太郎や真之介に任せたからこそ余所者扱いされず、時間はかかったものの、磯村家は村の一員になれたのだろう。
 そうした影響もあり、真之介だけでなく宗太郎の評価も上がった。元々N県警の採用試験に合格した彼は、村の誇りとされていたらしい。真之介が優秀だったのは、宗太郎の血を受け継いだからだと言われていた程、彼も頭が良かったと思われる。
 けれど同じ県警で知り合った女性と結婚したものの、次男の光二朗を産んだ後に病気で亡くなったのだ。その為幼い二人の息子を抱えた彼は、村に戻らざるを得なくなった。
 そのような背景もあり、彼は村の人達から温かく迎えられたという。両親が孫の面倒を看るとはいっても、彼らだって畑仕事がある。よって隣近所の人達の協力も受けながら、真之介達は育ったようだ。もちろん村の治安を守る、警察官という立場もあっただろう。
 といって、田舎ではそうそう大きな事件など起きない。大抵はちょっとした揉め事の仲介や、村を巡回する名目で家に籠っている高齢者達の愚痴を聞くのが仕事の大半だった。その他お店をやっている人達の相談に乗るなど、村の雑用係と言っても過言では無かった。 
 だが一目置かれた存在だった事は間違いない。そうした役目を負っていた為、磯村家と繋がりを持った彼が窓口になったのは、自然な流れだったのだろう。そこで村での存在感がより高まったようだ。
 もちろんそれで、彼が天狗になるような事はなかった。変わらず村人達の陳情を親身に受けつつ、度を越した要求をする者がいれば窘めていたという。大した人格者だったと、皆口を揃えていた。
 ただ光二朗についての評判は、やや違っていたらしい。
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