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第二章~③

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 真之介が亡くなった一九八〇年、由子は元々経済援助をしていた光二朗達を東京に呼び寄せている。真由の面倒を彼に看て貰っていたようだ。妻を亡くした彼は、家事ができたからだろう。
 その点は、兄の真之介と似ていた。由子の祖母が病死した後、磯村不動産で働いていた真之介が会社の仕事を減らし、八重と由子の代わりに真由の面倒を診て家事を行っている。その頃宗太郎は派出所の仕事があるので、祖母とN県で二人暮らしをしていたらしい。
 一九八四年に光二朗が転落死してしまった為、今度は中学生になった真由が彼の子である薫の世話や食事の用意など家事全般をこなしながら、由子と三人で暮らしていたようだ。
 一九八五年にそれまでなかった警察の定年制が開始されたので、六十歳になった宗太郎は退職。その年に誠が失踪し、真之介の祖母が病死している。
 ちなみにこの年、一九八一年に建築法が改正された影響もあってか、楓も住んでいたN県の古くなった木造の家が、重量鉄骨造りに建て替えられたようだ。
 一九九〇年に楓の母の真由は大学へ進学。一九九四年に大学を卒業し就職。この年に宗太郎が、六十九歳で病死していた。
 一九九七年には薫が大学へ進学。一九九八年に真由が山内健一と結婚。健一と東京の社宅で同居する為、真由は家を出ている。
 一九九九年に楓が誕生。この年に健一の京都への転勤が決まったので、真由は実家へ戻り父は単身赴任している。子供がまだ幼い事と、この頃から体調を崩しやすかったからのようだ。
 二〇〇〇年、真由が乳がんにかかっていると判明。翌年の二〇〇一年に亡くなり、健一が楓の養育費を月十万円払うようになる。
 二〇〇四年、健一の埼玉への転勤を機に、京都で同じ会社に勤める梨花と再婚。楓を引き取ろうとするが嫌がったこともあり、保留。その後由子は楓を養子に迎えると提案したが健一は難色を示し、これも保留。この年に楓の愛するグランパが由子と婚姻届けを出し、磯村家の婿に入っている。
 二〇〇九年、健一が埼玉から名古屋に転勤。この年、由子は六九歳と高齢になった事を理由に磯村不動産から退き、東京の家や会社を売却。十歳の楓と祖父の三人でN県の別荘に移り住み、隠居生活を開始。
 二〇一二年、楓が東京にある全寮制で中高一貫の進学校を受験。合格して入学が決まり、祖父母の元を離れた。しかしその年の冬、由子が亡くなる。葬儀を終えて相続手続きも済ませた祖父は、翌年の一月に姻族終了届を出し、姿を消した。
 二〇一三年、健一が課長に昇進し、東京本社へ異動。都内にマンションを購入。
 二〇一六年、祖父が詐欺に遭い、多額の借金を背負う。
 二〇一八年に楓が大学に合格し入学。時を同じくして健一が札幌への転勤が決まり、マンションをどうするか検討した結果、楓を住まわせることで話がまとまった。
 大学入学後、楓は健一達に内緒で行方不明の祖父の居場所を探すと決断し、大貴や絵美と相談。現在に至る。
 時系列で報告書に記載されているのはここまでだ。全てに目を通した大貴が、教えていなかった点を楓に質問してきた。
「今、山内さんが住んでいるのは、父親のマンションなのか」
「そう。学校を卒業したら、寮は出なければいけないでしょ。だから進学先が決まれば部屋を探す予定だったけど、父の異動が合格発表される前の、三月の上旬に決まったの。向こうは転勤でマンションを離れるから、会社を通して他の人に貸す予定だったみたい。でもその手続きをしている間に私が東京の大学に合格したと知って、だったら他人に貸すより身内に住んで貰った方が安心だって話になったの。部屋代分の仕送りをしなくて済むしね」
「そうなんだ。向こうの家との関係は、余り良くないんだろ。嫌じゃなかったのか」
「もちろん抵抗はあった。でも改めて探すのも面倒だと思ったから、父の提案に乗ることにしたの。在学中に戻ってきたら嫌だと思ったけど、その時は出ればいいって割り切れたし」
 それにこれまで、父が異動した場合の期間は四年から五年だった。その為楓が大学を卒業するまでは、戻って来ない可能性が高かったことも決め手の一つだった。
「でも一人暮らしするには、広すぎるだろう」
「少しね。でも間取りは二LDKだから。梨花さんは不妊治療していたけど、妊娠できなかったから子供は諦めたみたい。だからそれ程部屋数が多くないマンションを買ったんだって。私は父達の寝室だったところは使わず、もう一つの部屋で寝ているの」
「じゃあ、家具とかそういうものは、だいたい揃っているのか」
「そんなことない。ベッドやテレビ、冷蔵庫や洗濯機、テーブルや食器棚とか、主だった物は札幌に持って行ったから。結構がらんとしてたよ。私はいつでも引っ越せるように、最小限の物を自分で買って置いているの。実家から運ばれた机や本棚もあったからね」
「そうか。でも休みとか突然帰ってきたりする可能性だって、あるんじゃないのか」
「それは事前に連絡をしてからでないと駄目、っていう取り決めはした。合い鍵を持っているからいつでも入れるけど、さすがに泊まっていくって言われたら嫌だし」
 今年の夏は来なかったようだ。恐らく向こうもまだ異動して半年経っていないし、気まずいと思っているのだろう。一応予備の布団は置いてあるが、もし来たらホテルに避難するつもりだと説明した。
「その時は、私の部屋へ泊りに来ればいいよ」
 絵美がそう言ってくれたので、楓は喜んだ。
「そうさせてもらう。有難う」
「でも山内さんが留守している間、部屋に入られたら困るだろう。だってお祖父さんを探している件は内緒なんだろ。泊さんから貰った報告書なんかみつかれば、また揉めるぞ」
「それは大丈夫。しっかり鍵がかかる場所に入れてあるから。余程の事をしない限り、見つからないはず」
「そうか。でも何となく嫌な予感がするな。もちろん来年、遺産を正式に受け取った後でも、通帳だとかも含めて勝手に使うことは出来ないと思うけど。何か魂胆があるんじゃないか」
 大貴は敢えて警告するつもりで、忠告してくれたようだ。しかし、そうした事態も想定していた為答えた。
「多分、あると思う」
 例えば養育費を含め、学費の負担も二十歳までの約束だ。よって楓が遺産を受け取った時点で、支払いは止まるだろう。そうなると今は部屋代を取らずにいるが、支払えと言ってくるのではと想像できた。
 他にも様々な手を使い、これまで払ってきたお金を少しでも回収しようとするに違いない。よって来年早々には部屋を探し、引っ越す覚悟はしていると告げた。
「そういうつもりでいるのなら、安心したよ」
「心配してくれて有難う」
 楓が頭を下げると、彼は照れながら言った。
「お礼を言われるほどの事じゃない。もう少し質問してもいいかな」
「いいよ。答えられる範囲なら正直に話すし。泊さんには、色々突っ込んだ話までしてきたから」
 しかし大貴達には、余り詳しく話してこなかった。報告書にはそうした部分が含まれている為、二人にも渡すようお願いしたのだ。
「だったら聞くけど、以前東京の進学校を受験したのは、いつまでもお祖母さん達の世話になる訳にはいかないと思ったからと聞いたけど、その頃からお祖母さんの体調は良くなかったのか」
「うん。私には隠していたけど、会社を引退したのもそういう理由があって、あの村に住んで療養しようと思ったみたい。肝臓癌で、余命三年と言われていたようだから」
「病院はどうしていたんだ。田舎だと不便だろう」
「体に負担のかかる延命治療はしないと決めていたみたい。だから私が小学校に行っている間、街の病院へ通った程度で済ませてたの」
「そうなのか。でも山内さんには、ずっと隠していたんだろ。なんとなく気付いたって事なのか」
「それもあるけど、今は田舎にいたってしっかり勉強すれば、東京の良い学校を受けられる。だから頑張ってみたらと、勧められていたの。それで全寮制の学校を受けると決めた時、お祖母ちゃん達は賛成してくれた。その方がもしもの事が起きても、父達以外で面倒を看てくれる人がいるから安心だ、と考えていたんじゃないかな」
「結果その通りになったんだから、お祖母さん達はそうなると予想というか、覚悟していたのかもしれないな」
「そうだと思う。入学が決まった後、お祖父ちゃんが学校の先生や寮の人達に家庭の事情を話してくれたみたい。おかげでお祖母ちゃんが亡くなった後も、親身になってくれた。だから今の私があるの」
 話をしている内に当時を思い出し、楓の目に涙が滲み始めた。彼はそんな様子を見て慌てたらしく、話題を変えた。
「東京から田舎へ引っ越す時は、嫌じゃなかったかい。勉強もその頃から、頑張っていたんじゃないのか」
「有名中学を受験する為の塾にも通っていたけど、あの家へ行くのは全然嫌じゃなかった。小さい頃から長い休みがある時はよく行っていたし、大好きだったの」
 他にも理由はあった。親と別居し、祖母達に育てられているという特殊な環境をからかわれ、学校や塾で苛めを受けていたのだ。そうした下地が影響し、引っ込み思案じあんな性格になったのだろう。極力目立たないよう、心がけるような子供だった。
 またあの頃埼玉に父達がいて、時々東京の家へ様子を伺う為に来ていたのがすごく嫌だった。その為に田舎へ移るのも良いと思ったと彼らに説明した。引っ越しが決まった際、父は名古屋への転勤が決まっていたが、本社は東京にある。出張の度に顔を出されるのも面倒だし、N県の家なら簡単に寄れないと考えていたのだ。
 彼らが埼玉にいた頃、梨花も一緒に訪ねて来たことがある。それがとても感じ悪かった。余り覚えていないけれど、父が再婚した際に引き取りに来た時、楓は激しく嫌がったようだ。
 その理由は後に理解できた。生理的に合わなかったのだろう。また祖母の葬式の後、遺言書が読まれた時の反応を見て確信した。やはりこの人とは、やっていけない。父に対してもあの日から見る目が変わり、大嫌いになっていた。
「お祖父ちゃんと籍を入れていたと知って、激怒したと言ってたな。しかも遺産は山内さんが相続するけど、親権者の二人には手が出せなくされていたのが気に入らなかったんだろう」
 楓は強く頷いた。あの時、お金は人間を狂わせるものだと身に染みた。父もそれまで見た事がない、鬼の形相をしていたからだ。二人共、これほど祖母の財産を当てにしていたのかと知り呆れたし、激しい怒りが沸いた記憶がある。
「そんな二人と縁を切る為に、お祖父さんは死後離婚したのかな」
 絵美がそういうと、大貴は首を振った。
「それだったら、別にそこまでしなくても済んだはずだ。山内家は、真由さんが亡くなった時点で磯村家と縁が切れている。例えお祖父さんが倒れても、扶養義務は生じない。また山内さんの遺産管理をするのに、磯村家から出る必要もなかった。そもそも山内さんの他に、磯村家の血を引く人はいないんだ。なのに姻族終了届を出した。その意図は全く想像つかない。その点が今回の最大の謎だろう」
「やっぱり私とも、縁を切りたかったのかな」
 楓が思わずそう呟くと、彼は強く否定した。
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