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第一章「袖振り合う世の縁結び」

4.お財布、拾いました。

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「伏見! 悪い、出遅れた!」
 名前を呼ばれて、ふと我にかえる。階段下から現れたのは友人だった。

「どうした? 変にとぼけた顔しやがって。花火のいきおいにびびったのか?」
 からあげを頬ばりながら、欄干にもたれるようにしてくつろぐ友人を睨みつける。八つ当たりかもしれないが、無性に虫の居所が悪かったのだ。

「こわい顔すんなって。ほらよ、落とし物」

 手拭いのようなものを手渡される。風変わりな形状の品だ。麻布で織られた袋状のつつみに、紐が巻いてある。
 道中財布だ。江戸時代から使われている伝統的な和財布で、コンパクトに折りたためるため懐に入れてもかさばらない。昔、夜祭りの日に父が着物に合わせてもっていたのを覚えている。
 市松模様の道中財布は振ると小銭の音がした。少なからず、金銭が中に残っているらしい。

「なにこれ?」
「おまえのだろ? 花火見てぼうっとしてたからって財布は落としちゃだめだろ」
「僕の持ちものじゃないけど……」

 もしや、と思い至る。
 隣にたたずみ、階下を見物していたのは、あの奇妙な男だ。連れの姿は見かけなかったが、彼は和装に身を包んでいた。頭の中で点と点の間にすっと線分が走る。早合点ではないだろうという確信があった。

「さっきまでそこに風変わりな人がいてさ。たぶん、その人の持ち物だろうな。困ってるだろうし帰りに警察に届けておくよ」
「伏見、真面目だよなぁ。謙虚は美徳だとは思うけど、こういう場合は先に中をあらためておいてもバチは当たらないと思うぜ」

 たしかに。免許証や身分証、名前と連絡先が書かれたカードが財布の中に入っているかもしれない。
 まんなかにゆるく縛るように巻かれた紐をほどいて、財布を開く。

 すると。四角い小箱がころりと転がった。拾い上げるとマッチ箱だ。ラベルには古めかしい書体で文字が印字されていた。
 ――九遠堂。

「きゅう、とお、どう?」

 友人がすっとんきょうな声を上げる。「知ってる?」と尋ねてみるが彼はあっさりと首を横に振る。
 どこかの小洒落たバーか喫茶店の名前だろうか。さらに財布の中を探ってみたところ、小銭と千円と五千円の紙幣が行儀良く収まっているだけで、ほかに目ぼしいものはなかった。

 夜闇のなかで見つめた男の横顔を思い出す。けわしい表情をして足早に消えた彼は、手筒花火の火柱の向こうに何を見ていたのだろう。
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