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結婚 中間期

ドランジェ伯爵の秘密

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蜜月が強制的に終わっても、マリィアンナにはなかなか日常生活は戻ってこなかった。
というのも、蜜月中ずっとアルベルトに抱きつぶされたマリィアンナは無理がたたって熱を出したのだ。

箱入り娘であった上に体力がないマリィアンナに、アルベルトの熱量は手に余るものだったのだ。
アルベルトはすっかり疲弊したマリィアンナを見て驚いたドランジェ伯爵に、こってり絞られた。

マリィアンナの熱が収まった頃、ようやくアルベルトが会いに来た。

「すまなかった。マリィ…」
バツが悪そうにするアルベルトをマリィアンナはキョトンと目を丸くした。


「ふふ、お気になさらず。わたくしはもう大丈夫ですわ」
やさしく微笑んだマリィアンナにアルベルトは頬を緩ませた。

「しばらくはまだ立て込んだ仕事があり、昼は共にできそうにない…」
そう言って、アルベルトは執務室へと戻って行った。

マリィアンナはそんなアルベルトを理解して笑顔で部屋から送り出した。


アルベルトの言った通り、伯爵とアルベルトは忙しそうだった。
夜の食事はゆっくりとっていたが、朝はささっと素早くすまして昼は2人共執務室にて軽食ですませているようだった。


なぜこんなに仕事量が多いのかしら?


マリィアンナは父親のクステルタ伯爵を思い出していた。

父も、執務室にこもりがちだった。
しかし、ゆっくり食事をとる時間はあったし休憩時間や趣味に興じる時間もあった。


マリィアンナは不思議に思いながらも、義父のドランジェ伯爵の言いつけ通り「しばらく安静にしておくこと」を守り、ベッドの中でまどろんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マリィアンナの体がすっかり良くなっても、2人は相変わらず忙しい毎日だった。

マリィアンナは女主人としての仕事をこなす日々を過ごした。

毎日の日課である邸宅の使用人とのやり取り、たまに街へと出掛けて領民とのコミュニケーション、邸宅の冬支度の準備など以前とは違う『新たな日常』を送っていた。

ある日、何の気なしに執務室へメイドを連れてアルベルトと義父の所へ向かった。
というのも、ここ数日の2人は特に忙しそうだったからだ。


息抜きに、温かいお茶でも召し上がってもらおう。


そんな軽い思いで、執務室へノックをした。
入室許可が出たのでマリィアンナはニコニコした顔で入った。
「失礼します。お義父様、アルベルト様お茶をー」

マリィアンナは入室して愕然とした。

部屋は、至る所に本や書類が置いてあり、机には書類が崩れそうなほど載っていた。

「え?」
思わず、目を丸くするマリィアンナ。

「?!…マリィ!どうしたんだ?」
アルベルトは書類から目を離してこちらを驚いた顔で見た。

「あの…忙しいようなので…お茶でも…と」
マリィアンナは、部屋の様子を目で見渡しながら答えた。

「ああ、お茶か…でも時間が…いや…父上、お茶にしましょう。マリィが来てくれて…父上!父上」

ドランジェ伯爵は書類を見ながら微動だにしなかった。


「マリィ、お茶をしよう。こうなった父上はしばらく動かない」

そういって、マリィアンナをソファーへと誘導した。


アルベルトとマリィアンナは2人だけで温かいお茶を飲む。
マリィアンナはチラチラとドランジェ伯爵を見た。

ドランジェ伯爵はずっと微動だにしない。真顔である。
アルベルトは、お茶を飲みながらぼんやりしている。

「…」
「…」
ただ、静かにお茶を飲む音、菓子をサクサクと口へ入れる音だけが響く。

異質な空気に耐えきれず、マリィアンナはアルベルトがお茶を飲み終わると自分も急いで紅茶を飲みほした。


部屋を出る前に
「アルベルト様、お仕事がんばってくださいね」
そうマリィアンナが言うと、アルベルトは微笑みながら
「ああ…!ありがとう」
そういって、机へと向かった。

マリィアンナはぼんやりとしながら自室へと向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マリィアンナは衝撃を受けていた。


え?なにあの部屋…本や書類でいっぱいだった…
アルベルト様もお義父様も疲れ切った顔をしていたわ。
なんで?なんであんな状態なのかしら…
あんな状態で執務をしてたのね…
正直、驚きすぎてすぐに言葉が出てこなかった…


マリィアンナは、ハァーと長いため息が無意識に出た。

そして、メイドのティナに
「ねぇ、執務室って…いつもあの状態…なのかしら?」
と聞くと、ティナは微笑みながら答えた。

「はい。そのようです。執務室に置かれている物は領地に関する重要な事柄なので、メイドは執務室への入室は基本的に許可されていません」
「…そうだったの。…で…では掃除は誰が…?」
「おそらくですが…旦那様の執事兼家令のクーディ様と…若旦那様の家令のグラウ様が…」

「そ…そう…なのね…」

あの書類や本たちを置いたまま掃除してるのか?と疑問を抱きつつ、マリィアンナは頬杖をついて考えていた。


あんなに忙しい中、お茶を持って休憩を!なんて…
私、思いっきり邪魔をしてしまったのね。
でも休憩もしないで…お仕事ばかりしていたら…


マリィアンナはぼんやりと、アルベルトの顔を思い出しながら窓の外を眺めた。
微笑みをうかばせながらも、疲れきっていてうっすらクマができた顔。




あんなアルベルト様の顔を見ていたら…何か力になりたいと思ったのだけど…
何にもできなかった。


マリィアンナは、初めて『アルベルトの為』何かしてあげたいと思ってしたことが、裏目に出てしまったと自己嫌悪に陥った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから3日ほどたった頃、久しぶりの朝食後のティータイムでアルベルトの言葉にマリィアンナは驚きを隠せなかった。

「え?今…なんと?」

「今日の仕事は休みだ。だから街へ出掛ける」


あの仕事量が1日ない?休み?
なんでなの?


マリィアンナは蜜月の後に寝込んだ時、アルベルトはどうしているかメイドに尋ねたことがった。
するとメイドは、アルベルトは執務室に缶詰め状態だと答えた。
ずっと、毎日仕事漬けの毎日を送っていたアルベルトが1日仕事がない?

マリィアンナは不思議そうに紅茶に口を付けながら見つめた。


そうよね。あんなにお忙しいもの。たまには休まないと…
でも…
出掛けるより、家で休んだ方がいいのでは…?


アルベルトの目元にはクマがくっきりできていた。

前回の執務室へ邪魔したことを反省したマリィアンナは、極力邪魔しないように気を付けていた。
その結果、朝食と夕食以外アルベルトと顔を合わせてはいなかった。
もちろん、蜜月が終わって以来ずっと体を繋げていない。


でも…せっかく誘っていただけたんだし、少しだけ街へ出掛けて早く邸宅に帰ってくればいいか…


そんな軽い気持ちで、マリィアンナは誘いを受け入れた。

アルベルトは嬉しそうに自室へと戻っていった。


マリィアンナはメイドを呼んで着替えの支度を始めた。

そしてはたと気づいた。


そういえば領地で『デート』は初めてね。

少しワクワクしながらマリィアンナは目を閉じて微笑んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
馬車の中では終始、アルベルトは機嫌がよかった。
マリィアンナは微笑みを浮かべるアルベルトを少し痛々しく感じた。


隣に座ると距離が近い。その分顔が近い為、整ったアルベルトの顔がよく見えた。


向かい合っている時よりも近いと、クマがはっきり見えて…お疲れなご様子がよくわかる。
やっぱり、邸宅で休んでいた方がよかったのでは?今からでも引き返した方がいいのかもしれない…


マリィアンナはモヤモヤしながらも、ご機嫌なアルベルトに水を差すようで言い出せずに、馬車に揺られて街へと行くしかなかった。

街へ着くと、アルベルトはマリィアンナの腕を片時も離さなかった。
秋風が時たま吹くので「私にくっついて温まるといい」と腰を引き寄せ、強引に体を引いたりもした。
マリィアンナは頬を赤くさせ、アルベルトの腕にぎゅっとつかまっていた。
領民はそんな2人を遠巻きにチラチラ見ながら笑みをこぼしていた。


2人はいつもの『ゲーデカフェテリア』で紅茶とケーキセットを頼み、ひと心地ついた。

紅茶をコクリと飲みながらアルベルトが口を開いた。
「随分、街の者達と仲良くなったな」

マリィアンナは目を丸くしてキョトンとした。

「仲良く…そうですか?」
「ああ。みんな君を見ると礼をとるだろう?表情もにこやかだった」

マリィアンナは挨拶をしてくれる領民の顔を思い出し、無意識に微笑んだ。
アルベルトはそんなマリィアンナを愛おしそうに見つめた。

「そうですね。何度も街へ出掛けましたし…」
「そんなに街へ出掛けてたのか?」
「ええ、孤児院へ行ったり…布屋や家具屋とか…色々な店へ行きましたもの」
「そうか」
「あとは…そうですね。大公園へ」
「大公園?」
「ええ。この街一番の公園ですわ。木々が大きくて綺麗ですわ」
「大公園か…」
「アルベルト様はいらしたことありまして?」
「…アルベルトじゃないだろう?」
「あ…アル様は…その行った事ありまして?」

アルベルトはフッと軽くため息をつきながら話をつづけた。

「母上が生きていた時に1度だけ行った」
「そうでしたか…」
「といっても、あまり覚えてないがな」
「では…後で行きますか?」
「それもいいな」
アルベルトは微笑みながら紅茶を飲んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2人はのんびりおしゃべりをしながら大公園へと向かった。

大公園には人はまったくいなかった。

メイドは、マリィアンナのお気に入りの場所に敷物をしいた。

「用意がいいな」
「ええ、街へ来ると必ずここに来ますの」
そういってマリィアンナは先に敷物の上に座った。

マリィアンナはメイドや護衛騎士にアイコンタクトをして距離を取らせた。

アルベルトはマリィアンナの横に座った。
2人の肩がトンと軽く触れた。

「ここで何をするのだ?」
アルベルトは真っ直ぐ見ながらマリィアンナに聞いた。


マリィアンナはフッと微笑みながら
「何にも」
と、答えた。

不思議そうにマリィアンナの顔をみるアルベルトになおも、続けた

「何もせず、ただじっとここに座るのですわ。何も考えず、ただ…ぼんやりと」
「何も考えない…?」
「ここにいる時はただのマリィアンナとして。淑女らしからぬ居眠りもしますわ」
そういってマリィアンナはクスクスと笑った。

「居眠りもするただのマリィアンナ…」
アルベルトは驚いた顔をした。
「ずっと前しか向かずに一生懸命に生きたら、息が詰まってつらくなりますわ。だから時々街へ来て…ここにきて責務を肩からおろして、そしてまた頑張るのですわ」

フワッと風がマリィアンナの髪をなでる。
そんなマリィアンナをアルベルトは眩しそうに見つめた。

「しっかりしたマリィがここでは居眠りをするのか…」
困ったような微笑みを浮かべたアルベルトに、マリィアンナは
「ええ。そんな場所が1つくらいあってもいいでしょう?アルベルト様もその方がいいですわ」
と、にっこり笑った。

「では…私も荷をおろしたい時はここに来るかな…」
「それがいいですわ!…正直に申しますとお仕事で忙殺されていらっしゃるアルベルト様が心配ですわ」
マリィアンナの心配顔に、アルベルトは軽くため息をついた。

「…お仕事も大事ですが…このままでは体を壊してしまいそうですわ…」


爽やかな風が吹き抜け、草木がそよそよとなびく中、アルベルトはマリィに向き合って真剣な顔をした。
そして肩をギュッと掴み、重い口を開いた。






「マリィ、父上には持病があるんだ。いつ亡くなるかわからない」






マリィアンナは頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。

アルベルトの言葉に何も考えられず、地面をカラカラと枯れ葉が擦れる音だけが耳に響いた。
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