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新婚期

打ち合わせのち、職人が到着

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邸宅へ戻って夕食を義父と楽しく取った後に、マリィアンナはプリマとドルトンを呼び出した。

ドルトンは変わらずマリィアンナに胸に手をあて敬意を示し、プリマは緊張した様子で部屋へ入室した。
「街で布屋と家具屋に仕事を頼んだわ。近く、邸宅へ職人が来る手筈になってるわ」
「布屋と家具屋…ですか?」
ドルトンがキョトンとした顔で尋ねた。
「そう。伯爵様の許可もとってあるわ。この家は補修が必要な個所が多すぎるのよ」
プリマはピクリと体を震わせた。ドルトンは気づかず
「そうでしたか…」
困った顔をした。
「客室を布屋と家具屋にそれぞれ作業部屋としてあてがうわ。職人達は…全部で10人程来るでしょう。プリマは食事や身の回りのことをしっかりやって頂戴。ドルトンは修繕する物を運ぶ男手を用意して頂戴」
「かしこまりました」
「職人がいる期間は長くても1か月程ね。伯爵家として恥じることがないようにして頂戴」
「かしこまりまりました!」
ドルトンは力強く答えた。

それから細かいスケジュールや、マリィアンナの指示を聞き、2人は部屋を出ようとした。
「プリマは少し残りなさい」
「!…かしこまりました…」
浮かない表情のプリマを不思議に思いながらもドルトンは部屋を退出して行った。

プリマは今にも泣きそうな顔をしていた。

マリィアンナは
叱責しっせきはもうしないわ。前回で十分よ。それよりもこれからの事よ」
「はい…若奥様」
「…使えそうな下級使用人はどれくらいいる?」
「え…」
「下級使用人として、わたくしや貴方に節度と敬意を持って仕えられる使用人の人数を言いなさい」
「…」
「確実な人数だけでいいわ」
「…掃除メイドが5人、付きメイドは4人…洗濯メイドが6人…料理メイドが4人…ぐらいでございます…」
「4分の1ほど…なのね」
目をつぶり、下を向いて苦しそうに
「…はい…」
とプリマは答えた。

思っていた以上に少なく、マリィアンナは眉をしかめた。
しばらく考えてからマリィアンナは
「そうね…信用に値する下級使用人は職人達を優先してわり振りなさい」
「え…それは…他が人手が足りなく…」
「1カ月は我慢するしかないわ。手を抜けるところは抜いて…伯爵様の生活エリアはいつも通りにしなさい」
「…若奥様…なぜそこまで職人を…」
「失礼なメイドがわたくしの邪魔をして職人に粗相をしたらコディル家の恥になるわ。人の口に戸はたてられないもの。貴方やわたくしに反抗的な下級メイドは人目につかない仕事をさせて、可もなく不可もない使用人は伯爵様や…わたくしへ付けなさい」
「?!」
不思議そうなプリマにマリィアンナは
「職人達の世話をする下級使用人は貴方の言いつけを守るでしょう?そちらは指示さえ与えておけば問題はないでしょう。可も不可もない使用人もこの邸宅の主には失礼な行いはしないでしょう。邸宅から去るのは嫌でしょうから。貴方はこの1か月、メイド達の仕事を指示して監視しなさい」
「監視…ですか?」
「そうよ。管理職としての仕事を1カ月は嫌でもしてもらうわ。貴方が本来やるべき仕事でしょう」
「…かしこまりました」
「補修が終わる頃には下級使用人の生い立ち、家族構成、性格、勤務態度、今後をリストにまとめなさい」
「!!…それは!」

動揺するプリマに、マリィアンナはプリマへ耳打ちした。

「コディル家の女主人はわたくしなのよ」

プリマは後ずさり、マリィアンナの凛々しい顔を見つめた。

プリマは手をギュッと握りしめ
「かしこまりました。若奥様」
と覚悟を決め、深く礼をして退出していった。


プリマの性格からして嫌いなメイドをクビにして個人的な恨みを晴らそうとはしないでしょう。


マリィアンナはプリマの退出した後、深く深呼吸をしてプリマの覚悟を受け止め今後の展望を見据えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後布屋から連絡があり、すぐに職人が邸宅へと派遣された。
家具屋からもすぐ連絡がきて、邸宅は一気ににぎやかになった。

打ち合わせ通りにプリマはメイドを配置させた。
ドルトンも一番たくましい男性使用人を配置させ万全を期した。

職人達は食事などの世話をしてもらい、好待遇に気分も余裕が現れ楽しそうに仕事をこなしていた。
自然と食事の時間を合わせ、家具職人と布職人の交流する時間ができていった。


今のところ何も問題も起ってないようね。よかったわ。


メイド達も食事を義父ととるようになったマリィアンナに、あからさまな嫌がらせをできなくなった。
しかし、やはり礼儀はまだまだのようだった。入室許可を待たないで部屋へ入り、不躾ぶしつけな視線をよこしてくる。
だが、プリマは管理職としてメイドに目を光らせ、今まではしなかった叱責をするようになった。その態度はマリィアンナを安心させ、邸宅を度々まかせて街へと出かける時間を作ることができた。

そんなマリィアンナの事をよく思わない使用人達は、頻繁に出かけることを「我儘のひどい自分勝手な貴族様」と陰口をたたいた。
彼女達は職人の作業部屋から離れた職場をあてがわれていたので、マリィアンナの我儘で特注品の家具やカーテンを作成しているのだと思い込んでいたのだ。そして街へ出て、また新しいものがないか物色していると考えを飛躍させていた。



そして予定期日の半分が過ぎた時、プリマは緊張した面持ちでマリィアンナの前に立っていた。
手には数10枚の書類を持っていた。

「若奥様、調査書でございます」
プリマはマリィアンナに言われたように、女性使用人の事柄が書かれた書類を作成してマリアンナへ渡した。
マリィアンナはその場でパラパラとめくって見つめた。

「そう…半分…ね」
「…はい。申し訳ありません」
「…仕方ないわ」

プリマが退出した後、マリィアンナは頭を抱えた。


半分も辞めさせたら邸宅を維持できない…。新しくメイドを雇うにも人材がいないのでは話にならない…。
しかし、残らせるのは容認できそうにない。やはり…仕方ない…


その日からマリィアンナは毎日のように街へ行き、斡旋所へ行った。
そして、新たな求人を出した。
斡旋所の後は孤児院へと立ち寄った。


孤児院の現状はひどいものだった。
食べるものはギリギリでベッドの数も足らず、子供同士が寄り添って寝ていると神父は困り顔で言った。

「どうしてこのような状況なのですか?」
「急に半年近く前に孤児がこちらへやってきて…おそらくですが…この先の町で孤児院がつぶれたかと」
「つぶれた?」
「えぇ、手紙のやり取りが急のぱたりと止まりまして…私はここを動けないので町へ行く人へ詳細を見てきてもらったら…神父が病気で亡くなったそうで…」
「そうでしたか…」
「この人数を抱えて皆が9歳になるまでこの孤児院が維持できるか…私にはわかりません…」
神父は疲れ果てていた。
乳児から9歳まですべての年齢の面倒を見るのは簡単なことではない。
しかも、親を亡くした孤児は精神的にも追い詰められている。子供たちを見るとその目に光はなく、どんよりとしていた。


建物に対して子供の数が多すぎる。この孤児院の規模を明らかに超えているわ。
建物を修繕するにはお金がかかるし…10歳になればこの孤児院を出るのだから、本来はこの建物の大きさでいいはず。子供を他の街の孤児院に割り振るのは、たらいまわしにするようで子供の精神的に悪いかもしれない…でもこのままにはしておけない……やっぱり…。


マリィアンナは意を決して神父を真剣に見つめた。
「神父様、大事なお話がありますの」
神父は疲れた顔でただうなずいた。


マリィアンナの話に、神父は何度も頷いて涙を流した。
そして孤児院では年嵩な子供たちを集め、一人一人と話し合った。

マリィアンナが少し難しい言葉を話すと、神父がわかりやすく説明をした。

1日では足らず、マリィアンナは何日も孤児院へ足を運んだ。
子供達も、マリィアンナを次第に『若奥様』と呼んで慕っていった。
そして日に日にどんよりとした目に活力がみなぎり、未来への希望を抱き始めていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
スタートから順調に進んでいた補修作業が、職人から期日の少し前には作業が終われると聞いた時、マリィアンナは淑女の仮面がはずれるくらいうれしくなった。
アルベルトが帰ってくる前に作業が終わるかもしれないからだ。
長い領地視察から帰って疲れているのに、邸宅が騒がしいとゆっくり休めないのではとマリィアンナは危惧していたからだ。
だが、それと同時に職人が引き上げるのを寂しくも思った。
実は未婚の見習い同志がいい雰囲気になったりと、なんとも楽しそうな光景をマリィアンナは微笑ましく思っていた。
その光景はまるで恋愛物語の小説を現実で見ているような感覚で、付き合いたての初々しい見習いたちを陰から眺めるのを毎日の楽しみにしていた。

そして、自分もそんな恋愛をしてみたいとマリィアンナは初めて思った。
しかし、そんなことは起こらない。

なぜならアルベルトにそんな気はないからだ。
アルベルトは領地へと旅立ってから、花はおろか手紙も送ってきていない。


蜜月中の妻を放り投げて仕事に出かけたのだから…花の一つでも送ってきてもいいのでは?夫なのだから。
本当、アルベルト様は女心をわかってらっしゃらないわ。例え思ってなくても気遣いってものはないのかしら。


マリィアンナは窓の外の木立で休憩時間に仲良く手をつなぎながら会話をしている見習い達を眺めながら長いため息をついた。
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