29 / 53
新婚期
大公園と画家
しおりを挟む
カフェを後にして家具屋と布屋へ契約書を取りに行き、すぐに大公園へ向かった。
しかしマリィアンナは急にピタリと足を止めた。
「…?どういたしましたか?若奥様」
ティナが不思議そうにマリィアンナに尋ねた。
「…ふぅ…ケーキ美味しかったけど量が多かったから少し苦しいの」
「!…大丈夫でございますか?」
「大丈夫。少し休めば…ねぇテレズ…」
「なんでしょうか?若奥様」
「貴方、邸宅へ戻って料理長に「ディナーは不要」、伯爵様に「帰りは日が暮れる頃になります」、プリマに「帰宅後、すぐ湯あみをする」と伝えて頂戴」
「はい。かしこまりました」
テレズはきびきびと答えた。
マリィアンナは銅貨を数枚渡して「これで辻馬車を拾いなさい。邸宅に着いたら、わたくしが帰るまでは他の仕事をしないで自由にしていていいわ」
「はい」
テレズは銅貨を受け取り、歩いて行った。
テレズと別れた後、マリィアンナはティナに案内させ大公園へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大公園の並木通りは、ティナの言うように素晴らしいものだった。
貴族らしい人はおらず、風景画を描いている平民がいるくらいで木漏れ日をゆっくり堪能するには十分だった。
「素敵ね…今度来るときは座ってのんびりしたいわ」
「かしこまりました」
木や土のにおいをかぎながら目を閉じ深呼吸をして、マリィアンナは遠くを眺めた。
ここ数か月で一番安らいだかもしれないわ…
生活が激変して目まぐるしい変化に耐えているマリィアンナにとって、何も言わない木々やあたたかく穏やかな光はこれからも続く生活への活力となった。
心に少しの余裕ができたマリィアンナは、風景画を描いていた平民らしい男性に後ろからそっと近づいた。
男性は集中しているらしく気づかず、描き続ける。
その時、ざあああああぁっと木々の葉を大きく揺らす風が吹いた。
平民男性のカバンの上に置いてあった粗末な紙の束が、ふわっと浮いて軽く飛んでしまう瞬間にマリィアンナは思わず
「アンデル!捕まえて!」
と、声を出した。
アンデルは反射的にパシッと紙の束を掴んだ。
そして「承知…しまし…た?」と、掴んでから声が遅れて出た。
マリィアンナは思わず目を点にして
「ぷっ!ふふふっアンデルは素晴らしい反射神経を持っているのね…ふふっ」
笑いをこぼしながら言った。
ティナも笑いながら
「アンデル様は素晴らしいですね!さすが騎士様!頼もしいです!」
と、持ち上げた。
アンデルは少しだけバツが悪そうに「ははっ」と笑った。
絵を描いていた男性はびっくりしていたがハッと気づき
「あ…ありがとうございます!!!」と、帽子を脱いで礼をした。
アンデルから紙の束を受け取りながら俯いた男性に、マリィアンナは
「ねぇ、貴方ここで何を描いているの?」
と尋ねた。
「え…あ…その…木と親子連れを…」
胸に持っていた絵をおずおずとマリィアンナに見せた。
「…」
マリィアンナは無言でその絵を見つめた。
木々の間から漏れる木漏れ日を背景に、母親と子供が歩いている後ろ姿が描かれていた。
男性は帽子を両手で握りしめながら伺うようにマリィアンナの顔を見ていた。
しばらくして
「いい絵ね…」
ポツリとマリィアンナはこぼし、絵に手を伸ばし描かれた人物をなぞった。
「あっ!」
男性はびっくりしてマリィアンナを見つめた。
「申し訳ございません!お手が…」
「?」
マリィアンナは不思議になり、自分の手をしげしげと見つめた。
絵をなぞったマリィアンナの手には黒い色が付いていた。
「まぁ!若奥様!」
ティナは慌ててハンカチを出し、マリィアンナへ手渡した。
オロオロとする男性を見やると、男性の手は指先と手の平の側面が黒く汚れていた。
「どうしてそんなにあなたの手は黒くなっているのかしら?」
マリィアンナは疑問をぶつけてみると、男性ははにかみながら
「書き物筆はこのように黒いですので…持つだけでも色が指に移ってしまうのです…」
と、マリィアンナの前に筆を見せた。
筆は黒く細い棒で、持つだけでさらにマリィアンナの白く細い指を黒く汚した。
「そうなの…」
筆を男性に返すと、マリィアンナはハンカチで汚れを落としながら
「ここにわたくしがいてもいいかしら。少し休憩がしたいのだけど予定外にここに寄ったから座る場所がなくて…」
ちらっと目線で、男性が敷いたシートを見ていると
男性は慌てて
「え!ええ!こんな私の敷物でよかったら…ど!どうぞ!」
「ふふ、ありがとう」
マリィアンナはふわっとドレスをまとめ、男性の敷物に座り
「わたくしのことは気にせず絵を描いて頂戴」
微笑んだマリィアンナを見て男性は顔を真っ赤にして「は…はい!!」と大きい声を出して絵の続きを書き始めた。
絵を描く男性を見ながらマリィアンナはため息をついた。
解放感溢れる公園の木漏れ日を歩く親子の絵を描く画家…まるでわたくし一枚の絵を見ているみたいだわ。
この構図、とっても素敵だわ…
しばらく、マリィアンナはうっとりとした顔で目の前の光景を眺めた。
そんなマリィアンナを木陰から淡い青の髪を持つ緑の瞳の女性が見ていたことを、マリィアンナは知らなかった。
しかしマリィアンナは急にピタリと足を止めた。
「…?どういたしましたか?若奥様」
ティナが不思議そうにマリィアンナに尋ねた。
「…ふぅ…ケーキ美味しかったけど量が多かったから少し苦しいの」
「!…大丈夫でございますか?」
「大丈夫。少し休めば…ねぇテレズ…」
「なんでしょうか?若奥様」
「貴方、邸宅へ戻って料理長に「ディナーは不要」、伯爵様に「帰りは日が暮れる頃になります」、プリマに「帰宅後、すぐ湯あみをする」と伝えて頂戴」
「はい。かしこまりました」
テレズはきびきびと答えた。
マリィアンナは銅貨を数枚渡して「これで辻馬車を拾いなさい。邸宅に着いたら、わたくしが帰るまでは他の仕事をしないで自由にしていていいわ」
「はい」
テレズは銅貨を受け取り、歩いて行った。
テレズと別れた後、マリィアンナはティナに案内させ大公園へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大公園の並木通りは、ティナの言うように素晴らしいものだった。
貴族らしい人はおらず、風景画を描いている平民がいるくらいで木漏れ日をゆっくり堪能するには十分だった。
「素敵ね…今度来るときは座ってのんびりしたいわ」
「かしこまりました」
木や土のにおいをかぎながら目を閉じ深呼吸をして、マリィアンナは遠くを眺めた。
ここ数か月で一番安らいだかもしれないわ…
生活が激変して目まぐるしい変化に耐えているマリィアンナにとって、何も言わない木々やあたたかく穏やかな光はこれからも続く生活への活力となった。
心に少しの余裕ができたマリィアンナは、風景画を描いていた平民らしい男性に後ろからそっと近づいた。
男性は集中しているらしく気づかず、描き続ける。
その時、ざあああああぁっと木々の葉を大きく揺らす風が吹いた。
平民男性のカバンの上に置いてあった粗末な紙の束が、ふわっと浮いて軽く飛んでしまう瞬間にマリィアンナは思わず
「アンデル!捕まえて!」
と、声を出した。
アンデルは反射的にパシッと紙の束を掴んだ。
そして「承知…しまし…た?」と、掴んでから声が遅れて出た。
マリィアンナは思わず目を点にして
「ぷっ!ふふふっアンデルは素晴らしい反射神経を持っているのね…ふふっ」
笑いをこぼしながら言った。
ティナも笑いながら
「アンデル様は素晴らしいですね!さすが騎士様!頼もしいです!」
と、持ち上げた。
アンデルは少しだけバツが悪そうに「ははっ」と笑った。
絵を描いていた男性はびっくりしていたがハッと気づき
「あ…ありがとうございます!!!」と、帽子を脱いで礼をした。
アンデルから紙の束を受け取りながら俯いた男性に、マリィアンナは
「ねぇ、貴方ここで何を描いているの?」
と尋ねた。
「え…あ…その…木と親子連れを…」
胸に持っていた絵をおずおずとマリィアンナに見せた。
「…」
マリィアンナは無言でその絵を見つめた。
木々の間から漏れる木漏れ日を背景に、母親と子供が歩いている後ろ姿が描かれていた。
男性は帽子を両手で握りしめながら伺うようにマリィアンナの顔を見ていた。
しばらくして
「いい絵ね…」
ポツリとマリィアンナはこぼし、絵に手を伸ばし描かれた人物をなぞった。
「あっ!」
男性はびっくりしてマリィアンナを見つめた。
「申し訳ございません!お手が…」
「?」
マリィアンナは不思議になり、自分の手をしげしげと見つめた。
絵をなぞったマリィアンナの手には黒い色が付いていた。
「まぁ!若奥様!」
ティナは慌ててハンカチを出し、マリィアンナへ手渡した。
オロオロとする男性を見やると、男性の手は指先と手の平の側面が黒く汚れていた。
「どうしてそんなにあなたの手は黒くなっているのかしら?」
マリィアンナは疑問をぶつけてみると、男性ははにかみながら
「書き物筆はこのように黒いですので…持つだけでも色が指に移ってしまうのです…」
と、マリィアンナの前に筆を見せた。
筆は黒く細い棒で、持つだけでさらにマリィアンナの白く細い指を黒く汚した。
「そうなの…」
筆を男性に返すと、マリィアンナはハンカチで汚れを落としながら
「ここにわたくしがいてもいいかしら。少し休憩がしたいのだけど予定外にここに寄ったから座る場所がなくて…」
ちらっと目線で、男性が敷いたシートを見ていると
男性は慌てて
「え!ええ!こんな私の敷物でよかったら…ど!どうぞ!」
「ふふ、ありがとう」
マリィアンナはふわっとドレスをまとめ、男性の敷物に座り
「わたくしのことは気にせず絵を描いて頂戴」
微笑んだマリィアンナを見て男性は顔を真っ赤にして「は…はい!!」と大きい声を出して絵の続きを書き始めた。
絵を描く男性を見ながらマリィアンナはため息をついた。
解放感溢れる公園の木漏れ日を歩く親子の絵を描く画家…まるでわたくし一枚の絵を見ているみたいだわ。
この構図、とっても素敵だわ…
しばらく、マリィアンナはうっとりとした顔で目の前の光景を眺めた。
そんなマリィアンナを木陰から淡い青の髪を持つ緑の瞳の女性が見ていたことを、マリィアンナは知らなかった。
0
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる