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婚約期

従妹の出迎えとサロン

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雨も止んだころ、馬車はドランジェ伯爵邸宅のある街へと到着した。
貴族専用の宿屋に着いた時にはすでに日が暮れ始めていた。
貴族専用の宿屋の中でも高ランクの宿で、外観もきらびやかで内部もサロンと呼ばれるお茶などをする休憩室が複数あり広く、豪華な内装をしていた。
その宿をマリィアンナの結婚式に参加する親戚一同で貸し切りにしていた。

馬車からマリィアンナをクステルタ伯爵がエスコートして降りた時に可愛らしい女性の声が聞こえた。
「マリィお姉さま!」
「アンゼル!」
二人は手を取り合い、喜びの声をあげた。
「会いたかったわ!」
「わたくしもよ!」

アンゼルはマリィアンナの従妹で幼いころから仲良く、手紙も頻繁に送る仲だった。

「いつこちらに?」
「昨日の昼に着いたわ。途中で買い物をする予定だったから早めに出発したの。でもお父様が強引に先に進んでしまって…けど、この街の雑貨屋で素敵な宝石に出会えたんですの!」

アンゼルは首元の『キラキラ輝いているネックレス』を触りながらうっとりとした。
「綺麗な色ね!よかったわねアンゼル」
「このキラキラする輝き…素敵だわ…」

アンゼルの言う『キラキラする輝き』とは本物の宝石ではない。
ガラス玉の事であり、アンゼルはガラス玉の収集家なのだ。
貴族女性がガラス玉をネックレスにして首に飾るのは子供ぐらいなのだが、アンゼルは17歳という結婚適齢期に入りかかっている女性にもかかわらずガラス玉を身に着け過ごしていた。

「お抱えのガラス職人にも良い見本を買えたの!これでもっと色んな色のガラスを作れるはずよ!」
「まぁ!相変わらずガラスへのこだわりがすごいわね!フフフ!」
2人は楽しそうに微笑みあった。


「アンゼル、息災だったかい?久しぶりだな」
「叔父様!ご機嫌麗しゅう」
アンゼルはクステルタ伯爵にスッと片足を後へ下げ、スカートを軽く摘み、背筋は伸ばしたまま頭を軽く下げ淑女の挨拶であるカテーシーをして敬意を示した。

「兄上!」
アンゼルの後方から、中年男性の呼びかける声がした。
「グロッツ!久しいな!」
クステルタ伯爵は弟の肩をポンポン叩き、嬉しそうに返事をした。

「最後にお会いしたのはマリィの夜会デビューの時でしたか。お元気そうでよかったです!」
「あぁ、お前も息災で何よりだ!」
「アンゼル、兄上にご挨拶はしたか?あぁ、またそんなものを着けて子供ではないのだからー」
グロッツの声を遮るようにアンゼルは話し出した。
「挨拶は致しましたわ!また、お父様は子供のようにわたくしを扱って!きちんと公の場には宝石を身に付けますわ!普段は好きにさせてくださいまし!大体、領地のお仕事の合間にお父様だってチェスをしすぎて困ってるってお兄様が困ってましてよ!雑貨屋でわたくしに隠れてまたチェスの駒を購入してるのもわたくし見ましたわ!」
「あれは、彩色のすばらしい駒だったからー」

「ふっ」「ふふっ」
クステルタ伯爵とマリィアンナはこらえきれず笑みをこぼした。

 
いつ見ても仲良しな似た者親子ですわ!


「グロッツ、駒を買ったのか。あとで部屋で1戦しようではないか」
「兄上!是非とも!」
「義兄上…アンドル子爵達はもう到着しているのか?」
「えぇ、先ほど到着しました。今は手前のサロンで休憩しています。貴婦人方は奥のサロンで、若い女性方は二階のサロンにいます」
「うむ、では顔を出しにいくぞ。ディアンもサロンか?」
「はい、息子には父上の相手をさせにサロンに」

クステルタ伯爵は長旅の疲れも見せないキビキビとした動きで手前のサロンへ進んでいき、その後を嬉しそうに弟のグロッツは付いて行った。

「お父様ったら…叔父様に首ったけね」
アンゼルは楽しそうに言った。
「え?」
「お父様、叔父様になかなか会えなくて寂しそうだったから…」
「そうだったの…」
「チェスも元々叔父様に褒められたのがきっかけでのめり込んだみたい!」
「え!」
「お兄様がお酒をお父様とお召しになった時におっしゃってたって」
ニコニコしながらアンゼルは父親の後ろ姿を眺めていた。


兄弟か…。
わたくしにも時間があれば…双子との思い出を作れたのかしら…


少し、寂しい気持ちを感じながら父親達がサロンへ入っていくのを眺めていたら
「あ、そうそう。サロンにはもうテリーナ様もいらっしゃったわ!」
「!」
「行きましょう!マリィお姉さま!」
「えぇ!」

アンゼルとマリィアンナは軽い足取りで階段を上り、奥のサロンへと入って行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
サロンへ入るとキャッキャと賑やかな女性の声で盛り上がっていた。
淑女としては声をあげるのは良しとしないが、私的な空間で仲の良い間柄では例外であった。

「マリィ!」
マリィアンナに気づき、女性が駆け寄る。
「テリーナ!」
「会いたかった!元気だった?」
「えぇ!夜会ぶりね!」
「急に結婚が決まるなんて思わなかったから驚いたわ!さぁこちらへ座って!」
テリーナはマリィアンナとアンゼルを座るよう勧めた。

向かいの長ソファーには母側の従妹のサッシャとメルズ、はとこのタティが座っていた。
「サッシャ、メルズ、タティ!久しぶりですわ!」

「えぇ久しぶりね!元気そうでよかったわ」
「…案外元気そうね。長旅大変でしたでしょうに」
「マリィお姉さま…」
サッシャは嬉しそうに、メルズは手を組んで目を反らし、タティはもじもじした。

「サッシャ、相変わらず綺麗な髪ね」
「新しい香油を手に入れましたの。今度、マリィお姉さまへプレゼント致しますわ!」
髪を褒められサッシャは照れ臭そうに微笑んだ。

「メルズ、この街はどう?お気に入りのものが見つかったかしら?」
「…えぇ。悪くなかったわっ。マリィお姉さまのように美しい猫の置物を手に入れたわっ」
口をとがらせながら頬を赤く染め、後半はボソリと呟くように言った。

「タリィ、明日はよろしくね。緊張したら目を閉じて深呼吸よ」
「みんなの前だけど…がんばる。マリィお姉さまの為にがんばる…」
タリィは明日のを担っている為か、すでに緊張気味だったようだ。その様子をみたマリィアンナは「ふふっ」と笑った。

「ねぇ、まだミーシャは来てないのよ。何かあったのかしら…心配だわ」
テリーナが不安そうにマリィアンナに話しかけた。

ミーシャとはマリィアンナのもう1人の友達で、今年の春に子爵と結婚した令嬢である。引っ込み思案な性格だがマリィアンナとテリーナには心を開いている。
3人は名前を呼び捨てにするくらい仲が良く、親友というほどの間柄だった。

「実は…ミーシャが妊娠したそうなの」
「え!」
「家を出発する当日に急ぎで手紙が届いたの。今頃貴方の家にも届いてるはずよ」
「まぁ!ミーシャが母になるのね!ふふっ!すごいわ!」


「だから結婚式は参列できないって手紙で知らせてくれたのよ」
「久しぶりに会いたかったから残念だけど、うれしいわね~!」
「ミーシャにも是非結婚式は出席してほしかったけど…妊娠がわかったばかりだから無理してほしくないでもすものね」

マリィアンナが困ったように笑っていると、そこへアンゼルの母・マグリアやマリィアンナの亡くなった実母・メリアンの異母妹のデルティナがサロンへ入ってきた。

「あらあら、何のお話?」
「叔母様!ご機嫌麗しゅう」
マリィアンナはカテーシーをして敬意を示した。

「お母様!マリィアンナ様のご友人が妊娠で結婚式に参加できないそうなの」
アンゼルは事の成り行きを説明した。
「まぁ、いい事だけど参加できないのは残念ね。きっとご友人も遠い領地からマリィの幸せを祈ってるわ」
「叔母様…そうですよね。離れててもお友達ですもの!」
「私がミーシャの分も『素敵に着飾ったマリィ』を見て、後でどれだけ素敵だったかしっかりと伝えるわ!」
テリーナは胸をはって答えた。
マリィアンナは良い友達を持ったことにうれしくなり、胸がじんわりと温かく感じた。


その後晩餐まで、マリィアンナ達はお茶を飲みながらミーシャへの出産のお祝には何をプレゼントするのがいいか、親戚を巻き込んでアレはどうかコレはどうかと話に花を咲かせた。
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