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第三章
第三章の四 牛鬼再び①
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人間界に戻った三人は、ゆっくりと山を降りた。これで牛鬼対策はある程度できたと思っていた。
奏と結人はあずさを家まで送った。
「何かあったら、必ず神様に助けを求めるのよ?」
奏の念押しに、あずさは大丈夫! と明るく答えていた。それから結人と別れ、奏は一人、帰路についていたのだった。
その途中で、聞き覚えのある羽音を奏は耳にした。奏は身構えて上を見上げる。するとそこには見知った牛鬼の姿があった。
「人間ごときが、さっきはよくもやってくれたな」
牛鬼はかなり息巻いている。その息は風に乗って奏のところへ届こうとする。しかしその寸前で守護霊の老婆が姿を現した。
「出たな、守護霊」
牛鬼は老婆に向かって紫の息を吐く。が、その息が老婆と奏に届くことはなかった。老婆がその息を弾き飛ばしているからだ。
「くそ!」
牛鬼は忌々しそうに吐き出す。その息もまた、奏たちには届かない。老婆が弾き飛ばした瞬間、奏は懐から橋姫に貰った聖水を取り出した。
「それは……!」
牛鬼が驚愕の表情を浮かべる。
「食らいなさい!」
「馬鹿者! やめろ!」
守護霊の老婆の制止を聞かずに、奏は聖水を牛鬼に向けて叩き付けた。すると聖水が当たった場所から煙があがる。そして聖水が当たった場所が火傷をしたかのようにただれて行く。
「うわぁぁぁ!」
牛鬼の悲鳴が轟く。
「人間ごときが……、必ず、殺してやるからな……」
牛鬼はそれだけを言い残すと空へ高く舞い上がり、奏たちの前から姿を消したのだった。
「やったの……?」
奏の呟きに、守護霊が語気を強めて言う。
「この大馬鹿者が!」
「え?」
その声を最後に、奏の意識が朦朧とする。
「何、これ……?」
奏の呟きに守護霊の老婆はただただ悔しそうに奏を見つめているだけだった。
奏は重たい身体を引きずりながら、何とか自宅へと帰宅したものの、そのまま玄関先で倒れてしまった。かなり調子が悪い。が、聖水は全て牛鬼にぶつけてしまったので手元にはもうない。
奏は気のせいだと自分に言い聞かせると自室にあるベッドへと倒れこんで深く眠りについた。
それから数日、奏は寝込んでいた。
自分の身体ではないかのような、泥に浸かっているような、どんよりとした体調が続き、外出はおろか、ベッドから起き上がることも困難な有様だ。
数日間姿を見せなかった奏を心配し、あずさが奏にメールを送っていた。そして今日、あずさが結人と一緒に見舞いに来ることになっていた。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。
奏は重たい身体を文字通り引きずって玄関へと二人を迎えに行くのだった。
「いらっしゃい、二人とも」
玄関から出てきた奏を見たあずさは驚きを隠せなかった。
「奏、顔色かなり悪いよ!」
二人は急いで奏を部屋のベッドへと寝かせる。
「瀬織津姫」
あずさはすぐに橋姫の名を呼ぶ。するとあずさの隣にぼうぅっと橋姫のシルエットが浮かんだ。
「どうしましたか? あずささん」
橋姫があずさに向き直り口を開いた。
「奏に、また聖水を渡してあげて欲しいの」
あずさに言われた橋姫はちらりと奏の様子を窺うと厳しい表情になる。しかし何も言わずに新たに聖水の入った瓶を渡してくれた。
「ありがとう、橋姫」
奏は顔面蒼白のままその瓶を受け取り、飲み干した。すると身体から鉛のような重さが取れ、この数日間が嘘のように身体が楽になる。
「橋姫の聖水は凄いわね」
奏は笑顔で橋姫に言うが、橋姫は何も言わなかった。
「で、何があったの?」
あずさはようやく本題に入ることができた。奏は数日前の出来事を話す。帰宅途中に牛鬼に襲われたこと。その牛鬼に、残っていた橋姫の聖水を叩き付けたこと。それにより、牛鬼を退けることが出来たが、その後から体調が悪くなっていたこと。
話を聞き終えたあずさは、呆然としていた。そして結人はきりりと自分の爪を噛んでいた。
「でももう大丈夫よ。橋姫のお陰で、元気になれたもの」
奏の言葉を聞いてあずさは安心したようだった。改めて橋姫にお礼を言うあずさだったが、橋姫は何も言わずにその場から姿を消したのだった。
三人になったことで、あずさは奏に、外へ出ないかと提案した。
「ずっと寝たきりだったんでしょ? 外の空気吸わなきゃ!」
その言葉で奏たちは外出することが決まった。奏が着替えをしている間、あずさと結人は外で待っていた。着替えを済ませた奏が出てくる。
「お待たせ」
そして三人は人通りの少ない田んぼのあぜ道を歩いていた。散歩にはうってつけの場所なのだ。夏場は賑やかだった田んぼも、この季節はさびれて、なんだか少し物悲しい雰囲気になっている。
「久しぶりの外の空気はどう? 奏」
「気持ちいいわ」
あずさの問い掛けに笑顔で返す奏。これでもう奏の体調は万全だと思っていた。
そんな時だった。
空から聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。上空を見上げるとやはりそこには牛鬼の姿がある。
「牛鬼……!」
牛鬼の姿を見つけた結人が一気に殺気立つ。
「おやおや、お揃いで」
牛鬼はそんな結人たちに構わず、どこ吹く風で涼しい顔をしている。
「そこの人間、そろそろ死ぬだろう? それを見に来たんですよ」
牛鬼の視線は奏に向けられていた。
「奏は死なないわ! さっき橋姫に聖水を貰ったばかりだもの!」
あずさは叫んだが、牛鬼の視線は奏に釘付けだ。
牛鬼の視線を受けた奏は、一気に具合が悪くなるのを感じる。
「何、これ……」
あまりの急な体調の変化に、奏がついていけない。
「奏、どうしたのっ?」
傍にいたあずさが慌てる。
「大丈夫、よ……」
力なく微笑む奏の姿が痛々しい。そこへ奏の守護霊が姿を現した。
「もう、長くはないよ」
その声は忌々しげに牛鬼を睨みつけ、吐き捨てられた。
「え? どういうことですか?」
「コイツは、牛鬼の毒にあたり過ぎたのさ」
守護霊の老婆が言う。
奏と結人はあずさを家まで送った。
「何かあったら、必ず神様に助けを求めるのよ?」
奏の念押しに、あずさは大丈夫! と明るく答えていた。それから結人と別れ、奏は一人、帰路についていたのだった。
その途中で、聞き覚えのある羽音を奏は耳にした。奏は身構えて上を見上げる。するとそこには見知った牛鬼の姿があった。
「人間ごときが、さっきはよくもやってくれたな」
牛鬼はかなり息巻いている。その息は風に乗って奏のところへ届こうとする。しかしその寸前で守護霊の老婆が姿を現した。
「出たな、守護霊」
牛鬼は老婆に向かって紫の息を吐く。が、その息が老婆と奏に届くことはなかった。老婆がその息を弾き飛ばしているからだ。
「くそ!」
牛鬼は忌々しそうに吐き出す。その息もまた、奏たちには届かない。老婆が弾き飛ばした瞬間、奏は懐から橋姫に貰った聖水を取り出した。
「それは……!」
牛鬼が驚愕の表情を浮かべる。
「食らいなさい!」
「馬鹿者! やめろ!」
守護霊の老婆の制止を聞かずに、奏は聖水を牛鬼に向けて叩き付けた。すると聖水が当たった場所から煙があがる。そして聖水が当たった場所が火傷をしたかのようにただれて行く。
「うわぁぁぁ!」
牛鬼の悲鳴が轟く。
「人間ごときが……、必ず、殺してやるからな……」
牛鬼はそれだけを言い残すと空へ高く舞い上がり、奏たちの前から姿を消したのだった。
「やったの……?」
奏の呟きに、守護霊が語気を強めて言う。
「この大馬鹿者が!」
「え?」
その声を最後に、奏の意識が朦朧とする。
「何、これ……?」
奏の呟きに守護霊の老婆はただただ悔しそうに奏を見つめているだけだった。
奏は重たい身体を引きずりながら、何とか自宅へと帰宅したものの、そのまま玄関先で倒れてしまった。かなり調子が悪い。が、聖水は全て牛鬼にぶつけてしまったので手元にはもうない。
奏は気のせいだと自分に言い聞かせると自室にあるベッドへと倒れこんで深く眠りについた。
それから数日、奏は寝込んでいた。
自分の身体ではないかのような、泥に浸かっているような、どんよりとした体調が続き、外出はおろか、ベッドから起き上がることも困難な有様だ。
数日間姿を見せなかった奏を心配し、あずさが奏にメールを送っていた。そして今日、あずさが結人と一緒に見舞いに来ることになっていた。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。
奏は重たい身体を文字通り引きずって玄関へと二人を迎えに行くのだった。
「いらっしゃい、二人とも」
玄関から出てきた奏を見たあずさは驚きを隠せなかった。
「奏、顔色かなり悪いよ!」
二人は急いで奏を部屋のベッドへと寝かせる。
「瀬織津姫」
あずさはすぐに橋姫の名を呼ぶ。するとあずさの隣にぼうぅっと橋姫のシルエットが浮かんだ。
「どうしましたか? あずささん」
橋姫があずさに向き直り口を開いた。
「奏に、また聖水を渡してあげて欲しいの」
あずさに言われた橋姫はちらりと奏の様子を窺うと厳しい表情になる。しかし何も言わずに新たに聖水の入った瓶を渡してくれた。
「ありがとう、橋姫」
奏は顔面蒼白のままその瓶を受け取り、飲み干した。すると身体から鉛のような重さが取れ、この数日間が嘘のように身体が楽になる。
「橋姫の聖水は凄いわね」
奏は笑顔で橋姫に言うが、橋姫は何も言わなかった。
「で、何があったの?」
あずさはようやく本題に入ることができた。奏は数日前の出来事を話す。帰宅途中に牛鬼に襲われたこと。その牛鬼に、残っていた橋姫の聖水を叩き付けたこと。それにより、牛鬼を退けることが出来たが、その後から体調が悪くなっていたこと。
話を聞き終えたあずさは、呆然としていた。そして結人はきりりと自分の爪を噛んでいた。
「でももう大丈夫よ。橋姫のお陰で、元気になれたもの」
奏の言葉を聞いてあずさは安心したようだった。改めて橋姫にお礼を言うあずさだったが、橋姫は何も言わずにその場から姿を消したのだった。
三人になったことで、あずさは奏に、外へ出ないかと提案した。
「ずっと寝たきりだったんでしょ? 外の空気吸わなきゃ!」
その言葉で奏たちは外出することが決まった。奏が着替えをしている間、あずさと結人は外で待っていた。着替えを済ませた奏が出てくる。
「お待たせ」
そして三人は人通りの少ない田んぼのあぜ道を歩いていた。散歩にはうってつけの場所なのだ。夏場は賑やかだった田んぼも、この季節はさびれて、なんだか少し物悲しい雰囲気になっている。
「久しぶりの外の空気はどう? 奏」
「気持ちいいわ」
あずさの問い掛けに笑顔で返す奏。これでもう奏の体調は万全だと思っていた。
そんな時だった。
空から聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。上空を見上げるとやはりそこには牛鬼の姿がある。
「牛鬼……!」
牛鬼の姿を見つけた結人が一気に殺気立つ。
「おやおや、お揃いで」
牛鬼はそんな結人たちに構わず、どこ吹く風で涼しい顔をしている。
「そこの人間、そろそろ死ぬだろう? それを見に来たんですよ」
牛鬼の視線は奏に向けられていた。
「奏は死なないわ! さっき橋姫に聖水を貰ったばかりだもの!」
あずさは叫んだが、牛鬼の視線は奏に釘付けだ。
牛鬼の視線を受けた奏は、一気に具合が悪くなるのを感じる。
「何、これ……」
あまりの急な体調の変化に、奏がついていけない。
「奏、どうしたのっ?」
傍にいたあずさが慌てる。
「大丈夫、よ……」
力なく微笑む奏の姿が痛々しい。そこへ奏の守護霊が姿を現した。
「もう、長くはないよ」
その声は忌々しげに牛鬼を睨みつけ、吐き捨てられた。
「え? どういうことですか?」
「コイツは、牛鬼の毒にあたり過ぎたのさ」
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