神様と妖の静穏化

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
35 / 48
第三章

第三章の四 牛鬼再び①

しおりを挟む
 人間界に戻った三人は、ゆっくりと山を降りた。これで牛鬼ぎゅうき対策はある程度できたと思っていた。
 かなで結人ゆいとはあずさを家まで送った。

「何かあったら、必ず神様に助けを求めるのよ?」

 奏の念押しに、あずさは大丈夫! と明るく答えていた。それから結人と別れ、奏は一人、帰路についていたのだった。
 その途中で、聞き覚えのある羽音を奏は耳にした。奏は身構えて上を見上げる。するとそこには見知った牛鬼ぎゅうきの姿があった。

「人間ごときが、さっきはよくもやってくれたな」

 牛鬼ぎゅうきはかなり息巻いている。その息は風に乗って奏のところへ届こうとする。しかしその寸前で守護霊の老婆が姿を現した。

「出たな、守護霊」

 牛鬼ぎゅうきは老婆に向かって紫の息を吐く。が、その息が老婆と奏に届くことはなかった。老婆がその息を弾き飛ばしているからだ。

「くそ!」

 牛鬼ぎゅうきは忌々しそうに吐き出す。その息もまた、奏たちには届かない。老婆が弾き飛ばした瞬間、奏は懐から橋姫に貰った聖水を取り出した。

「それは……!」

 牛鬼ぎゅうきが驚愕の表情を浮かべる。

「食らいなさい!」
「馬鹿者! やめろ!」

 守護霊の老婆の制止を聞かずに、奏は聖水を牛鬼ぎゅうきに向けて叩き付けた。すると聖水が当たった場所から煙があがる。そして聖水が当たった場所が火傷やけどをしたかのようにただれて行く。

「うわぁぁぁ!」

 牛鬼ぎゅうきの悲鳴が轟く。

「人間ごときが……、必ず、殺してやるからな……」

 牛鬼ぎゅうきはそれだけを言い残すと空へ高く舞い上がり、奏たちの前から姿を消したのだった。

「やったの……?」

 奏の呟きに、守護霊が語気を強めて言う。

「この大馬鹿者が!」
「え?」

 その声を最後に、奏の意識が朦朧とする。

「何、これ……?」

 奏の呟きに守護霊の老婆はただただ悔しそうに奏を見つめているだけだった。
 奏は重たい身体を引きずりながら、何とか自宅へと帰宅したものの、そのまま玄関先で倒れてしまった。かなり調子が悪い。が、聖水は全て牛鬼ぎゅうきにぶつけてしまったので手元にはもうない。
 奏は気のせいだと自分に言い聞かせると自室にあるベッドへと倒れこんで深く眠りについた。



 それから数日、奏は寝込んでいた。
 自分の身体ではないかのような、泥に浸かっているような、どんよりとした体調が続き、外出はおろか、ベッドから起き上がることも困難な有様だ。
 数日間姿を見せなかった奏を心配し、あずさが奏にメールを送っていた。そして今日、あずさが結人と一緒に見舞いに来ることになっていた。
 


 ピンポーン。



 家のチャイムが鳴る。
 奏は重たい身体を文字通り引きずって玄関へと二人を迎えに行くのだった。

「いらっしゃい、二人とも」

 玄関から出てきた奏を見たあずさは驚きを隠せなかった。

「奏、顔色かなり悪いよ!」

 二人は急いで奏を部屋のベッドへと寝かせる。

瀬織津姫せおりつひめ

 あずさはすぐに橋姫の名を呼ぶ。するとあずさの隣にぼうぅっと橋姫のシルエットが浮かんだ。

「どうしましたか? あずささん」

 橋姫があずさに向き直り口を開いた。

「奏に、また聖水を渡してあげて欲しいの」

 あずさに言われた橋姫はちらりと奏の様子をうかがうと厳しい表情になる。しかし何も言わずに新たに聖水の入った瓶を渡してくれた。

「ありがとう、橋姫」

 奏は顔面蒼白のままその瓶を受け取り、飲み干した。すると身体から鉛のような重さが取れ、この数日間が嘘のように身体が楽になる。

「橋姫の聖水は凄いわね」

 奏は笑顔で橋姫に言うが、橋姫は何も言わなかった。

「で、何があったの?」

 あずさはようやく本題に入ることができた。奏は数日前の出来事を話す。帰宅途中に牛鬼ぎゅうきに襲われたこと。その牛鬼ぎゅうきに、残っていた橋姫の聖水を叩き付けたこと。それにより、牛鬼ぎゅうきを退けることが出来たが、その後から体調が悪くなっていたこと。
 話を聞き終えたあずさは、呆然としていた。そして結人はきりりと自分の爪を噛んでいた。

「でももう大丈夫よ。橋姫のお陰で、元気になれたもの」

 奏の言葉を聞いてあずさは安心したようだった。改めて橋姫にお礼を言うあずさだったが、橋姫は何も言わずにその場から姿を消したのだった。
 三人になったことで、あずさは奏に、外へ出ないかと提案した。

「ずっと寝たきりだったんでしょ? 外の空気吸わなきゃ!」

 その言葉で奏たちは外出することが決まった。奏が着替えをしている間、あずさと結人は外で待っていた。着替えを済ませた奏が出てくる。

「お待たせ」

 そして三人は人通りの少ない田んぼのあぜ道を歩いていた。散歩にはうってつけの場所なのだ。夏場は賑やかだった田んぼも、この季節はさびれて、なんだか少し物悲しい雰囲気になっている。

「久しぶりの外の空気はどう? 奏」
「気持ちいいわ」

 あずさの問い掛けに笑顔で返す奏。これでもう奏の体調は万全だと思っていた。
 そんな時だった。
 空から聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。上空を見上げるとやはりそこには牛鬼ぎゅうきの姿がある。

牛鬼ぎゅうき……!」

 牛鬼ぎゅうきの姿を見つけた結人が一気に殺気立つ。

「おやおや、お揃いで」

 牛鬼ぎゅうきはそんな結人たちに構わず、どこ吹く風で涼しい顔をしている。

「そこの人間、そろそろ死ぬだろう? それを見に来たんですよ」

 牛鬼ぎゅうきの視線は奏に向けられていた。

「奏は死なないわ! さっき橋姫に聖水を貰ったばかりだもの!」

 あずさは叫んだが、牛鬼ぎゅうきの視線は奏に釘付けだ。
 牛鬼ぎゅうきの視線を受けた奏は、一気に具合が悪くなるのを感じる。

「何、これ……」

 あまりの急な体調の変化に、奏がついていけない。

「奏、どうしたのっ?」

 傍にいたあずさが慌てる。

「大丈夫、よ……」

 力なく微笑む奏の姿が痛々しい。そこへ奏の守護霊が姿を現した。

「もう、長くはないよ」

 その声は忌々しげに牛鬼ぎゅうきを睨みつけ、吐き捨てられた。

「え? どういうことですか?」
「コイツは、牛鬼ぎゅうきの毒にあたり過ぎたのさ」

 守護霊の老婆が言う。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老竜は死なず、ただ去る……こともなく人間の子を育てる

八神 凪
ファンタジー
世界には多種多様な種族が存在する。 人間、獣人、エルフにドワーフなどだ。 その中でも最強とされるドラゴンも輪の中に居る。 最強でも最弱でも、共通して言えることは歳を取れば老いるという点である。 この物語は老いたドラゴンが集落から追い出されるところから始まる。 そして辿り着いた先で、爺さんドラゴンは人間の赤子を拾うのだった。 それはとんでもないことの幕開けでも、あった――

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます

かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。 そこに私の意思なんてなくて。 発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。 貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。 善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。 聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。 ————貴方たちに私の声は聞こえていますか? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

小さな小さな花うさぎさん達に誘われて、異世界で今度こそ楽しく生きます!もふもふも来た!

ひより のどか
ファンタジー
気がついたら何かに追いかけられていた。必死に逃げる私を助けてくれたのは、お花?違う⋯小さな小さなうさぎさんたち? 突然森の中に放り出された女の子が、かわいいうさぎさん達や、妖精さんたちに助けられて成長していくお話。どんな出会いが待っているのか⋯? ☆。.:*・゜☆。.:*・゜ 『転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました。もふもふとも家族になります!』の、のどかです。初めて全く違うお話を書いてみることにしました。もう一作、『転生初日に~』の、おばあちゃんこと、凛さん(人間バージョン)を主役にしたお話『転生したおばあちゃん。同じ世界にいる孫のため、若返って冒険者になります!』も始めました。 よろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。 *8/11より、なろう様、カクヨム様、ノベルアップ、ツギクルさんでも投稿始めました。アルファポリスさんが先行です。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

【短編】ダンジョンの戦闘配信? いやいや魔獣達のための癒しスローライフ配信です!!

ありぽん
ファンタジー
はぁ、一体この能力は何なんだ。 こんな役に立たないんじゃ、そりゃあパーティーから追放されるよな。 ん? 何だお前、自ら寄ってくるなんて、変わった魔獣だな。 って、おいお前! ずいぶん疲れてるじゃないか!? だけど俺の能力じゃ……。 え? 何だ!? まさか!? そうか、俺のこの力はそういうことだったのか。これなら!! ダンジョンでは戦闘の配信ばかり。別に悪いことじゃいけれど、だけど戦闘後の魔獣達は? 魔獣達だって人同様疲れるんだ。 だから俺は、授かったこの力を使って戦闘後の魔獣達を。いやいや共に暮らしている魔獣達 が、まったりゆっくり暮らせるように、魔獣専用もふもふスローライフ配信を始めよう!!       =========================== お読みいただきありがとうございます。 こちらの短編、ただいま掲載しております、 『ダンジョンの戦闘配信? いやいや魔獣達のための癒しスローライフ配信です!!』 本編の前日談となっております。 本編もよろしくお願いします。

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

処理中です...