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第三章
第三章の二 牛鬼猛攻①
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翌日の朝食。
焼き鮭や味付け海苔、味噌汁やサラダ等の昨夜の豪華さとは違った、素朴な純和風の朝食を、奏たちは戴いていた。
しかしその空気は重い。結人は昨夜、部屋には帰ってこなかった。一人で物思いにふけるかのように部屋を出たままだった。
あずさは、あの後ぐっすり眠ることが出来ずにいた。自分の過失で奏や結人に迷惑をかけてしまったことを悔いていた。
そして奏もまた、眠ることが出来ずに朝を迎えたのだった。自分がこの旅行を企画しなければ、今回のような出来事は起きなかったかもしれないと悔やんでいた。
それぞれがそれぞれの思いを胸に食事を摂っていた。この重い沈黙を打ち破ったのは結人だった。
「昨夜はすみませんでした。取り乱しました」
結人はそう言うと、深々と頭を下げた。
「そんなことないわよ! 結人くん、顔を上げて」
慌てたのは奏だった。
「そもそも、今回の旅行を企画したのはアタシだもの! 結人くんに非はないわ」
「奏も悪くないよ。悪いのは私。危機管理が甘かった私が悪いの」
あずさがしょんぼりした声で言う。いつもの明るさはそこにはなかった。
「この際、誰が悪いかなんて話は置いておきましょう」
真面目な声で結人が言う。
「昨日出てきた、牛鬼についてですけど」
結人が言葉を続けた。
妖の世界では、牛鬼は山姥同様に、人を食らう妖怪として知られていると言う。その性格は獰猛で、狡猾。人を食らうことに貪欲な妖なのだと言う。
「少し、厄介な相手に団扇を奪われた、と言うことでしょうか」
結人は言う。
それを聞いた奏とあずさはまた落ち込んでしまう。
「なんか、本当にごめんなさい……」
あずさが呟くのに、結人がそれは聞き飽きた、と答えた。とにかく今はこの雪国から帰る準備をすることが最優先だろう。
「牛鬼はどこにでも現れますから」
きっと、あずさや奏を食べることを諦めないだろう、と言うのが結人の見解だった。三人は朝食後に帰郷の準備をすると、宿を後にするのだった。
帰りの新幹線の中では、旅行に行くときの晴れやかな気分もどこへやら、重い沈黙に包まれていた。今回の旅行はとんでもないことになってしまった、と奏とあずさは思っていた。結人だけが涼しげな顔で帰路についているのだった。
地元へ到着した奏たちを待ち受けていたのは、ヤタガラスだった。強い風が吹く中、ヤタガラスだけが寒さを感じないかのようにそこに佇んでいる。あずさはツクヨミからのお叱りを受ける覚悟を決め、そのヤタガラスの後をついていくことにした。
もちろん、奏と結人も一緒だ。
木枯らしの中、強い風に逆らいながら険しい山道を進んでいく。するとおなじみになった祠が現れた。
「やぁ、おかえり」
そこにはにこやかに出迎えてくれているツクヨミの姿があった。そしてその隣には、予想していなかった神の姿もあった。
「猿田彦……?」
あずさの呟きに、猿田彦は大きな鼻を揺らすように会釈する。
「そちらの子は、はじめましてだね。君が野狐の結人くんかい?」
にこにこと挨拶をされた結人は、少し戸惑い気味に言う。
「あなたが、月読命……?」
結人は初めて目にする神の姿に、改めてあずさが神の守護を受ける存在なのだと自覚する。ツクヨミはそうだね、と笑顔で結人に返していた。
猿田彦とツクヨミは今回の山姥と牛鬼のことを知っている様子だ。二柱はそれに対して奏やあずさを責める様子は全くない。むしろ二人のことを心配している様子だった。
「今回、天狗の団扇が奪われた、とのことだけど、あずさは大丈夫?」
ツクヨミの言葉にあずさは弾かれたように顔を上げた。その時今まで俯いていたことに気付いたのだった。
「だ、大丈夫、多分」
あずさの声にいつもの覇気は感じられない。
「あずさ、気にしすぎるのも良くないんだよ」
ツクヨミは真面目な顔であずさに言う。あずさはそれを受けて、でも、と言葉を続けそうになっていた。
「それはあずさの良いところではあるけれど、周りに気を使わせてしまう行為だからね。切り替えが大事だよ」
ツクヨミはあずさの言葉を遮って言う。あずさはそこで、うん、うん、と頷くと、顔を両手でべしっと叩いた。
「うん! 過ぎたことは気にしててもしょうがないもんね!」
いつものあずさの元気な声に、奏も結人もほっとした様子だった。それを見ていたツクヨミにいつもの笑顔が戻ってくる。
そこで今まで黙っていた猿田彦が口を開いた。
「厄介な相手に団扇を奪われたのは事実。人間が激減してしまう前に取り返して欲しい」
それが今回の猿田彦からの依頼なのだと、ツクヨミが補足する。
「自分が撒いた種だもん、自分で何とかします!」
あずさは猿田彦へと返す。黙っていた奏も、
「あずさちゃんがその気なんだもの、アタシもお手伝いするわ」
と今回の依頼に乗り気になっていた。一人取り残されていた結人も、
「獲物を横取りされて黙っていられないですからね」
と、言葉こそ不穏ながら二人に協力することを神に誓ったのだった。
山を降りる三人は、とにかくこの寒風をしのぐためにいつもの喫茶店へ向かうことにしていた。そこで今後の牛鬼に対する対抗策を練る予定でいたのだ。
しかし、町中に差し掛かろうとしたとき、空から昆虫の羽音が聞こえてきた。
気付いた結人が見上げると、そこには牛の首を持った、鬼の体をした妖怪の姿があった。
「下がってください」
結人はすぐさま奏たちを後ろへと下がらせる。そして、三人がいた場所には空から飛来した禍々しい姿の妖怪の姿があった。
「はじめまして、お三方」
口から紫の息を吐き出しながら、その妖怪はしゃがれた声で言った。
「何……これ……」
あずさが呆然としていると、その妖怪は腰から見覚えのある団扇を取り出した。
焼き鮭や味付け海苔、味噌汁やサラダ等の昨夜の豪華さとは違った、素朴な純和風の朝食を、奏たちは戴いていた。
しかしその空気は重い。結人は昨夜、部屋には帰ってこなかった。一人で物思いにふけるかのように部屋を出たままだった。
あずさは、あの後ぐっすり眠ることが出来ずにいた。自分の過失で奏や結人に迷惑をかけてしまったことを悔いていた。
そして奏もまた、眠ることが出来ずに朝を迎えたのだった。自分がこの旅行を企画しなければ、今回のような出来事は起きなかったかもしれないと悔やんでいた。
それぞれがそれぞれの思いを胸に食事を摂っていた。この重い沈黙を打ち破ったのは結人だった。
「昨夜はすみませんでした。取り乱しました」
結人はそう言うと、深々と頭を下げた。
「そんなことないわよ! 結人くん、顔を上げて」
慌てたのは奏だった。
「そもそも、今回の旅行を企画したのはアタシだもの! 結人くんに非はないわ」
「奏も悪くないよ。悪いのは私。危機管理が甘かった私が悪いの」
あずさがしょんぼりした声で言う。いつもの明るさはそこにはなかった。
「この際、誰が悪いかなんて話は置いておきましょう」
真面目な声で結人が言う。
「昨日出てきた、牛鬼についてですけど」
結人が言葉を続けた。
妖の世界では、牛鬼は山姥同様に、人を食らう妖怪として知られていると言う。その性格は獰猛で、狡猾。人を食らうことに貪欲な妖なのだと言う。
「少し、厄介な相手に団扇を奪われた、と言うことでしょうか」
結人は言う。
それを聞いた奏とあずさはまた落ち込んでしまう。
「なんか、本当にごめんなさい……」
あずさが呟くのに、結人がそれは聞き飽きた、と答えた。とにかく今はこの雪国から帰る準備をすることが最優先だろう。
「牛鬼はどこにでも現れますから」
きっと、あずさや奏を食べることを諦めないだろう、と言うのが結人の見解だった。三人は朝食後に帰郷の準備をすると、宿を後にするのだった。
帰りの新幹線の中では、旅行に行くときの晴れやかな気分もどこへやら、重い沈黙に包まれていた。今回の旅行はとんでもないことになってしまった、と奏とあずさは思っていた。結人だけが涼しげな顔で帰路についているのだった。
地元へ到着した奏たちを待ち受けていたのは、ヤタガラスだった。強い風が吹く中、ヤタガラスだけが寒さを感じないかのようにそこに佇んでいる。あずさはツクヨミからのお叱りを受ける覚悟を決め、そのヤタガラスの後をついていくことにした。
もちろん、奏と結人も一緒だ。
木枯らしの中、強い風に逆らいながら険しい山道を進んでいく。するとおなじみになった祠が現れた。
「やぁ、おかえり」
そこにはにこやかに出迎えてくれているツクヨミの姿があった。そしてその隣には、予想していなかった神の姿もあった。
「猿田彦……?」
あずさの呟きに、猿田彦は大きな鼻を揺らすように会釈する。
「そちらの子は、はじめましてだね。君が野狐の結人くんかい?」
にこにこと挨拶をされた結人は、少し戸惑い気味に言う。
「あなたが、月読命……?」
結人は初めて目にする神の姿に、改めてあずさが神の守護を受ける存在なのだと自覚する。ツクヨミはそうだね、と笑顔で結人に返していた。
猿田彦とツクヨミは今回の山姥と牛鬼のことを知っている様子だ。二柱はそれに対して奏やあずさを責める様子は全くない。むしろ二人のことを心配している様子だった。
「今回、天狗の団扇が奪われた、とのことだけど、あずさは大丈夫?」
ツクヨミの言葉にあずさは弾かれたように顔を上げた。その時今まで俯いていたことに気付いたのだった。
「だ、大丈夫、多分」
あずさの声にいつもの覇気は感じられない。
「あずさ、気にしすぎるのも良くないんだよ」
ツクヨミは真面目な顔であずさに言う。あずさはそれを受けて、でも、と言葉を続けそうになっていた。
「それはあずさの良いところではあるけれど、周りに気を使わせてしまう行為だからね。切り替えが大事だよ」
ツクヨミはあずさの言葉を遮って言う。あずさはそこで、うん、うん、と頷くと、顔を両手でべしっと叩いた。
「うん! 過ぎたことは気にしててもしょうがないもんね!」
いつものあずさの元気な声に、奏も結人もほっとした様子だった。それを見ていたツクヨミにいつもの笑顔が戻ってくる。
そこで今まで黙っていた猿田彦が口を開いた。
「厄介な相手に団扇を奪われたのは事実。人間が激減してしまう前に取り返して欲しい」
それが今回の猿田彦からの依頼なのだと、ツクヨミが補足する。
「自分が撒いた種だもん、自分で何とかします!」
あずさは猿田彦へと返す。黙っていた奏も、
「あずさちゃんがその気なんだもの、アタシもお手伝いするわ」
と今回の依頼に乗り気になっていた。一人取り残されていた結人も、
「獲物を横取りされて黙っていられないですからね」
と、言葉こそ不穏ながら二人に協力することを神に誓ったのだった。
山を降りる三人は、とにかくこの寒風をしのぐためにいつもの喫茶店へ向かうことにしていた。そこで今後の牛鬼に対する対抗策を練る予定でいたのだ。
しかし、町中に差し掛かろうとしたとき、空から昆虫の羽音が聞こえてきた。
気付いた結人が見上げると、そこには牛の首を持った、鬼の体をした妖怪の姿があった。
「下がってください」
結人はすぐさま奏たちを後ろへと下がらせる。そして、三人がいた場所には空から飛来した禍々しい姿の妖怪の姿があった。
「はじめまして、お三方」
口から紫の息を吐き出しながら、その妖怪はしゃがれた声で言った。
「何……これ……」
あずさが呆然としていると、その妖怪は腰から見覚えのある団扇を取り出した。
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