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第二章
六 小休止①
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月日は流れ、長かった神無月が終わった。神々は出雲から自らが守護する土地へと帰っていく。それはツクヨミも同じだった。いつもの祠の場所へと帰り着くと、そこには待っていたかのようにヤタガラスの姿があった。
「ただいま」
ツクヨミはヤタガラスににっこりと微笑む。ヤタガラスは一鳴きすると飛び立った。
「きっと、怒ってるかな?」
ツクヨミは一人ごちる。しばらくの後、ツクヨミの元へと元気な声が聞こえてきた。
「ツクヨミ! 帰ってきたんだね」
それはツクヨミにとっては恩人の声だった。
長かった神無月が終わりを告げ、霜月へと移り変わる。
稲はすっかり刈られ、田んぼは寂しい様相へと変わっていた。そんなとき、道を歩いていたあずさと奏の目の前に久方ぶりにヤタガラスが舞い降りた。二人は顔を見合わせるとヤタガラスの後を追うのだった。
ヤタガラスに導かれたのはいつものツクヨミがいる祠だった。
「ツクヨミ! 帰ってきたんだね」
あずさは元気に挨拶をする。その後ろで奏が軽く会釈をする。
「先の月では大変だったみたいだね。武甕槌命から話は聞いたよ」
ツクヨミは澄んだ瞳を細めて言う。あずさはあ~、と目を泳がせている。
あれから結人は学校であずさに付きっ切りである。そのためあらぬ噂を立てられることも多くなったそうだ。
「そうそう、私に守護霊がいないってホント?」
あずさはずっと気になっていたことをツクヨミに聞いた。ツクヨミはいつもの柔和な表情で言う。
「あずさは元々守護霊がいない人間だったんだ。そういう人間は珍しくはないよ」
一人一人に守護霊がいるとは限らない、むしろ、奏のように強い守護霊がついている方が珍しいと言う。
「あずさは僕とアマテラスの仲を取り持ってくれたからね。これはお礼をしないと、と思って、僕たちが守護することにしたんだ」
武甕槌命の話は本当だったようだ。
「そういう話は先にしておいてよね! 結人に襲われたとき、本当にどうなるかと思ったんだから!」
あずさが憤慨しながら言う。ツクヨミは結人? と疑問を抱いているようだった。
「結人君って言う人間に化けているのが野狐なんですよ、ツクヨミ様」
今まで黙っていた奏が補足すると、ツクヨミはあぁ~、と納得したようだった。
「ごめんね、やっぱり怒ってた?」
くすくすと笑いながら言うツクヨミの余裕な様子に、あずさはもういいです、と頬を膨らませている。その仕草が可愛らしく奏もくすくすと笑ってしまった。
「元気そうで良かったよ。今日は君たちの顔が見たくて呼んだだけなんだ」
そう言ってツクヨミは祠の後ろへと帰ってしまった。
「えっ? それだけ? 本当に神様って自分勝手なんだから!」
叫ぶあずさに、奏はまぁまぁと宥める。
「神様なんてそんなものよ?」
奏はにっこり微笑むと、さぁ行きましょう、と山を降りることを提案する。
あずさはなんだか釈然としない気持ちのまま、奏に促されて下界へと帰っていくのだった。
山を降りた二人はいつもの喫茶店へと向かっていた。霜月、と言うだけあって、外の風は冷たくなってきていた。昼間は肌寒い程度だが、朝晩はかなり冷える。日が落ちるのもこの時期はかなり早くなっている。
そんな外の様子とは裏腹に喫茶店はいつも落ち着いていて、心地いい空間だった。
奏はホットコーヒー、あずさはホットのミルクティーを注文し席に着いた。
「ツクヨミ様、いつもどおりのご様子で良かったわね」
「いつもどおり、自分勝手だったよ」
あずさはまだ膨れっ面だ。そんなあずさに奏は苦笑いをしている。するとそんな二人の元へ、
「こんにちは」
「げっ、結人……」
野狐である結人が姿を現した。あずさの機嫌はますます悪くなる。一体何の用だと詰問するあずさに、この端整な顔立ちの少年はにこにこ笑顔のまま答える。
「あずささんがいつ命を落とすのか分かりませんからね。僕は監視しているんですよ」
笑顔で何とも恐ろしいことを言う。
「ご一緒してもいいですか?」
「えぇ、いいわよ」
「ちょっと、奏っ?」
自分が死ぬことを望んでいる相手とお茶なんて、と言うあずさにはお構いなしに結人は奏の隣に座る。
「あずささんは何をそんなに怒っているのですか」
結人はきょとんとして聞いている。その姿がますますあずさの癇に障る。
「飄々と人間のふりして付きまとわれて、迷惑この上ないわよ」
あずさはぶすっとして答えた。そんなやり取りを苦笑しながら見つめていた奏は、そうだ、と手を打って提案した。
「あずさちゃん、この際だから神様のこと、少し勉強しない?」
「神様のこと?」
「そう」
奏はそう言うと、鞄の中から一枚の紙を取り出した。
「日本の神様はね、『八百万』と言われているの」
そう、日本ではどんなものにも神が宿るとされている。そのため、何に対しても感謝をしなければならない。中には、人間が神となったものもたくさんいる。菅原道真などはそのいい例と言えるだろう。
「ただいま」
ツクヨミはヤタガラスににっこりと微笑む。ヤタガラスは一鳴きすると飛び立った。
「きっと、怒ってるかな?」
ツクヨミは一人ごちる。しばらくの後、ツクヨミの元へと元気な声が聞こえてきた。
「ツクヨミ! 帰ってきたんだね」
それはツクヨミにとっては恩人の声だった。
長かった神無月が終わりを告げ、霜月へと移り変わる。
稲はすっかり刈られ、田んぼは寂しい様相へと変わっていた。そんなとき、道を歩いていたあずさと奏の目の前に久方ぶりにヤタガラスが舞い降りた。二人は顔を見合わせるとヤタガラスの後を追うのだった。
ヤタガラスに導かれたのはいつものツクヨミがいる祠だった。
「ツクヨミ! 帰ってきたんだね」
あずさは元気に挨拶をする。その後ろで奏が軽く会釈をする。
「先の月では大変だったみたいだね。武甕槌命から話は聞いたよ」
ツクヨミは澄んだ瞳を細めて言う。あずさはあ~、と目を泳がせている。
あれから結人は学校であずさに付きっ切りである。そのためあらぬ噂を立てられることも多くなったそうだ。
「そうそう、私に守護霊がいないってホント?」
あずさはずっと気になっていたことをツクヨミに聞いた。ツクヨミはいつもの柔和な表情で言う。
「あずさは元々守護霊がいない人間だったんだ。そういう人間は珍しくはないよ」
一人一人に守護霊がいるとは限らない、むしろ、奏のように強い守護霊がついている方が珍しいと言う。
「あずさは僕とアマテラスの仲を取り持ってくれたからね。これはお礼をしないと、と思って、僕たちが守護することにしたんだ」
武甕槌命の話は本当だったようだ。
「そういう話は先にしておいてよね! 結人に襲われたとき、本当にどうなるかと思ったんだから!」
あずさが憤慨しながら言う。ツクヨミは結人? と疑問を抱いているようだった。
「結人君って言う人間に化けているのが野狐なんですよ、ツクヨミ様」
今まで黙っていた奏が補足すると、ツクヨミはあぁ~、と納得したようだった。
「ごめんね、やっぱり怒ってた?」
くすくすと笑いながら言うツクヨミの余裕な様子に、あずさはもういいです、と頬を膨らませている。その仕草が可愛らしく奏もくすくすと笑ってしまった。
「元気そうで良かったよ。今日は君たちの顔が見たくて呼んだだけなんだ」
そう言ってツクヨミは祠の後ろへと帰ってしまった。
「えっ? それだけ? 本当に神様って自分勝手なんだから!」
叫ぶあずさに、奏はまぁまぁと宥める。
「神様なんてそんなものよ?」
奏はにっこり微笑むと、さぁ行きましょう、と山を降りることを提案する。
あずさはなんだか釈然としない気持ちのまま、奏に促されて下界へと帰っていくのだった。
山を降りた二人はいつもの喫茶店へと向かっていた。霜月、と言うだけあって、外の風は冷たくなってきていた。昼間は肌寒い程度だが、朝晩はかなり冷える。日が落ちるのもこの時期はかなり早くなっている。
そんな外の様子とは裏腹に喫茶店はいつも落ち着いていて、心地いい空間だった。
奏はホットコーヒー、あずさはホットのミルクティーを注文し席に着いた。
「ツクヨミ様、いつもどおりのご様子で良かったわね」
「いつもどおり、自分勝手だったよ」
あずさはまだ膨れっ面だ。そんなあずさに奏は苦笑いをしている。するとそんな二人の元へ、
「こんにちは」
「げっ、結人……」
野狐である結人が姿を現した。あずさの機嫌はますます悪くなる。一体何の用だと詰問するあずさに、この端整な顔立ちの少年はにこにこ笑顔のまま答える。
「あずささんがいつ命を落とすのか分かりませんからね。僕は監視しているんですよ」
笑顔で何とも恐ろしいことを言う。
「ご一緒してもいいですか?」
「えぇ、いいわよ」
「ちょっと、奏っ?」
自分が死ぬことを望んでいる相手とお茶なんて、と言うあずさにはお構いなしに結人は奏の隣に座る。
「あずささんは何をそんなに怒っているのですか」
結人はきょとんとして聞いている。その姿がますますあずさの癇に障る。
「飄々と人間のふりして付きまとわれて、迷惑この上ないわよ」
あずさはぶすっとして答えた。そんなやり取りを苦笑しながら見つめていた奏は、そうだ、と手を打って提案した。
「あずさちゃん、この際だから神様のこと、少し勉強しない?」
「神様のこと?」
「そう」
奏はそう言うと、鞄の中から一枚の紙を取り出した。
「日本の神様はね、『八百万』と言われているの」
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