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そして、まどろむように。きざしは深く心に芽ぐむ。
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片腕が重いことに気がついて目が覚め意識が私の認識として吹き込まれる。目の前に映り込む景色というのは暖かそうな光が入り込んだ見覚えのない天井の様子。まだきちんと起きていない脳でも自室ではないということは分かり、ぼんやりとしながら考えを巡らせてみる。
昨日は……そうだ。みきとおっパブに出かけた翌日のことで、何だか私らしくない日を過ごしてしまっていたはずなのだ。それは私がいつになくせっかちになりがちだったことが原因でらしくないと自らのことながら頷けるほどであった。しかしそれは目的があってのこと……かりんと会うことが出来るかもしれないからであった。
「……。……そっか、昨日……かりんちゃんの家に来て……。……。……確か、そのまま……」
かりんと出会うことが叶い、その先に起きたことも思い出す。かりんが私に連絡する手立てを与えたのは、彼女が私とセックスをしたいと思ってくれたからであった。しかもそれは漏れることなく、私はかりんの家に招かれて、そのまま夜闇に紛れながら身体同士を擦り合わせながら交わったはずなのだ。
そうだとするなら、この腕に感じる重さはきっとかりんのものに違いない。昨日はかりんとセックスをした後、疲れが取り巻いてまどろみに襲われたところまでは覚えているのだ。二人揃ってベッドに横たわった記憶もあるし、何より私たちは何度も互いの名前を呼び合いながら抱き合っていたのだから間違っていないのだろう。
「……。……ふふっ、やっぱり……」
首だけを動かし隣を見てみるとそこにはやはりかりんが居て、私の身体の直ぐ側に近寄り、こちらの腕を枕にしながら横向きで眠りについていた。昨日貪りあった表情とは違う穏やかで可愛らしい寝顔は私の横で転がり続けている。そんな様子がたまらなく可愛らしくて、私は空いている手を伸ばしかりんの髪の毛を撫でるのだ。
昨夜、二人で行ったこと。愛し合ったと言い換えても良い相手の髪の毛の一本一本さえも愛おしいと、そう思いながら。
「……んんー……? んー……ふああぁ……!」
「あ、起きた……。ふふふっ……かりんちゃん……」
横で転がっていた寝顔は次第に表情を変えて、やがて彼女の瞼は開かれる。寝ぼけ眼をしきりに動かしながら私の方に目を動かし、私のことを見つけるとかりんの表情は輝いて明かりが灯ったようにこちらへ微笑みを投げかけてくれた。
「……えへへっ……。メイちゃんだぁ……えへへ……おはよぉ……」
「うん、おはよ……かりんちゃん……」
「……」
「……」
会話は続かず互いに黙ってしまう。――それでも私たちはそれぞれの瞳を見つめ、更にその奥を見つめ合って笑い合うのだ。
言葉に表さなくても十分なほど、何故かこの胸にある気持ちは分かってしまい、それは相手がどう感じているのかも分かるほどである。この胸にある気持ちは温かい気持ちだけではなく身体もそうしたいと思うから、私は自らの身体を引きずりかりんに近付いていく。
するとやはりかりんも私の身体に近付いて、抱きしめ合う。それは唇同士でも同じであった。
「んーっ……! ん、ちゅっ……。……えへへ、またキスしちゃったね……」
「うんっ……かりんちゃんとキスしたいって思ったから……しちゃった。ふふふ……」
「えへへっ。……メイちゃん、昨日はありがとね……! なんかさ、あたし心が満たされた感じがするよ。むしろ満たされまくってめっちゃ眠たくなっちゃった……!」
「こちらこそ……私もだよ……すごく、良かった……! 眠っちゃうのがもったいないくらいだったね」
「ホントそれね! 昨日やる前は最長記録の十二回戦の記録更新するかって思ったけど……」
「……そんなにしたことあるの」
……どうしてだろう。その話を聞くと何故かむっとして心の中がざわめくのだ。
「おっ! メイちゃんがヤキモチ妬いてる顔してる! かわいいなぁもう……! んもう、ちゅーっ!」
「んんっ、ちゅっ……! だ、だって……私もそのくらい、したかった、んだもん……」
「……んふふっ! エッチだなメイちゃんは……! でもさ、満足感で言ったら今回は間違いなくダントツ一位だよ……? 最後、アソコ触ってないのにイッちゃうなんて、こんなに昨夜の余韻が残ってるんだもん……メイちゃんは違う?」
「……ううん。私も、すごく満足してるし……嬉しい。……かりんちゃんと一緒になれた気がしたから」
「メイ、ちゃん……。……」
「……」
どうしてだろう。すごく、きゅんとして胸が苦しい。それは腰から下にも同じ感覚が走ったのであった。
「……やばい、またムラムラしてきた……!」
「……。……私も……」
「……しよっか!」
「い、今から?!」
「うん! 朝っぱらから一発かますのもなかなか乙なもんだよ! そうしよ!」
「ちょ、ちょっと……! かりんちゃんは今日仕事なんでしょ……! ……もう九時半になるよ? 何時からなの?」
ベッドの脇に置かれた時計を見てかりんに聞いてみる。勤務先の業種の関係上朝早いとは考えにくいがそこまでゆっくりすることはできないだろう。
「ちぇー……! こんな時に限って早番かぁ……! 十一時からだから準備しとかないとね……あーあ……」
「……ふふっ。そんなに落ち込まないで? 私、かりんちゃんが良ければその時間まで一緒に居たいなって、思ってるよ」
「……ホントに?」
「……うんっ」
私からの提案を聞くなりかりんは嬉しそうな表情と一緒に私の身体を抱きしめてくる。そしてそのまま私たちはもう一度唇を重ね合わせた。
昨夜したような舌同士の絡み合いや身体を触り合うことはしないけれど、ついばむようなこのキスはとても気持ちがいいのだ。身体同士を抱きしめ合いながらキスをして、互いに腰を擦り合い脚を絡ませシーツを滑らせ合いながらそれぞれの感触を堪能しながら確かめ合う。
セックスをした時とは違う心が溶け合うようなぬくもり。それだけでも湧いて出た気持ちの高ぶりは治まってくれるのだった。
「……ん……。……ねえねえメイちゃん? あのさ……」
「……かりんちゃん。たぶんね、私も同じこと思ってるよ……?」
「……また一緒に!」
「遊びたい……!」
同じタイミングで声は重なり合い、息をつく瞬間も同じように落ち着く。それはどこかおかしくて私たちは笑い声をあげた。
「……あはっ。ハモった! えへへ……あ、でもそれじゃセフレってことになるな……でも、メイちゃんとはセフレって関係は、なぁ……」
「……普通に友だちで良くない?」
「……普通の友だち同士でセックスする?」
「……いや……」
「うーん……ま、いっか! ただの知り合いよりはずっと合ってるから! 確かにさ、あたしメイちゃんと普通に遊びたいし! ……こういうことも、だけどね!」
かりんの言葉に共感して私の頭はこくりと頷く。そうするとかりんもまた笑ってくれたのだった。
「……ほら、かりんちゃん。そろそろ準備し始めないと。遅れちゃうでしょ」
「はーい……メイお姉ちゃんが出てきちゃしょうがないな……。あーっ、朝メシ用意すんのめんどくせーっ」
「ふふふ……泊めてもらったお礼になるか分からないけど、朝ごはん作ってあげる。そのくらいだったらできるし」
「マジで!? メイちゃんの手料理とか……! 恋人みたいじゃん……!」
「……。……いいよ、そう思っても……!」
「……ちょ、マジで照れないでよ……恥ずいじゃん……!」
気になってしまう。どうなのだろうか、そういう風に思われることは……。
「……! ほ、保留!」
「えー……」
「言っとくけど、これは一夜で起きた出来事ですよ? 言い方は悪いけど、それだけで判断するってどうなの? 早とちりにも程があるんじゃない? メイちゃん、そんなんじゃ他のヤツらに良いようにされるだけだって」
「う……ごもっとも……」
「……まあでも。努力してみよっかな。まんざらでも、ないし……」
「……かりんちゃん?」
「……アハハ! ……メイちゃん、もいっかい! ちゅー!」
そう言いながらかりんは私の元に飛び込んできて再びキスをしてくる。そしてまた抱き合うのだ。
こうしていると温かさと柔らかさが包み込んで幸せな気分にしてくれる。それらに抱かれていると私の身体全てもまた柔らかくなっていくように感じてくるのだ。何回しても飽きが来ないと思えるこのキスは、今まで感じたことを変えることだってしてくれる。
初めてキスした時に思った、生のはんぺんだと思えたかりんの感触も同じことだ。この柔らかさは今となってはふわふわとして心地が良い。そして、かりんと見つけたこの気持ちや感情は大切にしていたいと思うほどであるのだ。
なぜなら……まどろむようなそれは――人を疑ってばかりだった私の心さえも変えてくれそうな、気がしたからだ。
◆
あれからというもの、私たちはかりんが仕事へ行く前に行くまで一緒に居ようと決め合ってから手早く着替えを済ませ、それぞれが一緒に居られるようにと時間を取るため、忙しく身支度に追われていた。
かりんはとりあえず下着を身に着けず上下のジャージを着たまま浴室へと消えて行った。昨日私たちがしたことによって身体中が汗まみれなのだから当然と言えるだろう。
本当なら私も簡単にシャワーを浴びてすっきりとしたいところだけれど、今はこの後仕事を控えているかりんの手助けをすることが最優先だ。どのみち私は今日一日仕事が休みなのだから、私自身のことは後回しにしても問題はない。
「……でもちょっと……服の間から、臭ってくるかも……。自分の臭いにがっかりする……」
夏の暑い日などで汗をかき、暑さを紛らわせようとして服をうちわにした時に起きる風のにおいと同じものが私の身体から漂ってくる。この臭いは……いや、今はやめておこう。卵料理を作っている時にこんな考えに至るものではない。
「一瞬でも考えた私がバカだったよ……。かりんちゃんのリクエストだから喜んで作ってるのに、よりにもよって……うっ……」
今私の脳裏に浮かんでいるものが鮮明に、より具体的なものが浮かびつつある。映像化されてしまうのなら誰かにモザイク加工してほしいものだ。
そんなくだらない妄想を打ち消そうと気を取り直して料理をすることに向き直る。
かりんは私が朝食を作ると提案すると快く頷いてくれた。私は料理をすることが好きで会社に持っていく昼食用の弁当もいつも手作りして持っていくのだ。その度にみきから「美味しそう!」と言ってもらえて、おすそ分けしては喜んでもらっている。そういう経緯もあって私自身の料理の腕はそこそこあると自信を持っているのだ。だからこそ誰かに私の手料理を食べてもらえるということが嬉しくて仕方ないのだ。
「まあ、いきなり押しかけちゃった罪滅ぼしでもあるんだけどね……。でもかりんちゃん喜んでくれてるし、深く考えなくても良さそう。……ふふっ。ふんふん……」
かりんからのリクエストは〝たまご焼き〟である。しかもそれだけで良いと言ってきたのだ。どうやらかりんは、普段から朝食を多く取らないらしく品数も少なくて良いらしい。それはそれで大丈夫なのだろうかと思ってしまうが、人によって差があるだろうし、無理に食べて本調子が出ないということも望まないことである。
「かりんちゃん、普段は料理しないって言ってたけど、冷蔵庫の中は充実してたし助かるなぁ。……やけに玉子と生ラーメンと缶ビールが多かったけど……」
他人の冷蔵庫の中を開けるとその人の人物像が見えてくると聞いたことがあるが、どうやらそれは本当のことらしい。
呆れつつも面白いかりんの行動に胸を軽くしながら調理を続ける。サラダ油を多めに敷いて加熱する。その間に玉子を三つ割り砂糖と塩を入れる。砂糖を多めに入れかき混ぜてフライパンを強火にして美味しくできるようにしていく。本当なら溶き玉子を濾しておきたいのだがあいにく今は時間がないからまた次の機会に作ってあげよう。
「へー……! メイちゃん家で出されるたまご焼きって砂糖入れるんだ! おもしろー」
「わっ!? び、びっくりした……!」
「あはっ! ビビりすぎ! ちょっと前から居たのに! ずいぶん集中していらっしゃるようで……」
「全然気付かなかった……忍者みたい……」
突然かりんが背後から声をかけてきたことに心臓が飛び出そうになることを堪えながら正直な感想を伝える。するとかりんはなぜか笑いながら私の腰に手を回し抱きついてきたのだった。
「それより……かりんちゃんの家だとたまご焼きには砂糖、入れなかったの?」
「うん! お出汁入れてたよ!」
「ああ、だし巻きたまご……そっか、地域によって違うもんね」
「ホントにねー。世間は思っていたより狭いね! まあ、そんなところが面白いんだけど」
かりんはそう言いながら私に抱きついたまま笑い始める。抱きつかれたままでは料理がしにくいと一瞬だけ思ったけれど、意外とそういったことはなくフライパンを握ることも菜箸で玉子の気泡を潰すことも難なくこなせるのだ。ふと視線を下に向けてみると私の腕が動く場所には妨げになるものはない――しかし、かりんの腕は私の腰から胸に張り付いて、器用に動き回っているのである。
「……! ちょ、ちょっと……!?」
「ねえねえメイお姉ちゃん?」
「な、なに?」
「やっぱりムラムラが治まりませーん!」
そんな元気な声が、抑えめであるが私の耳元で響き渡っている。それでいて鼻元にはたまご焼きに焼き目がついていることを教えてくれる香ばしい匂いと、かりんが使っていると思われるシャンプーのバラの匂いが届けられてきたのだ。優しくもぴりっとする甘い匂いについどきりとしてしまう。
いい香りが二つも私の周りを取り巻いていると目が回るような気分になってしまう。しかも風呂上がりであるかりんの体温を感じていたのならなおさらだ。
「も、もう……! ちょっと、本当にもう……! 遅刻しちゃうんだから……!?」
「うーん! メイちゃん汗クセー! アハハっ」
「……っ! お、怒るよ……?!」
「あーん、怒んないでー! ……だってさ、昨日の余韻がまだあるのに、この気持ちのまま仕事に行くなんて苦行じゃん?」
そう言いながらかりんの手は私の胸元に辿り着き、そのまま揉み始める。……ひょっとしたら、下着を着けることが面倒くさいと言ってかりんと同じように裸の上から服を纏ったことは間違いだったのかもしれない。手を動かされる度に衣服が肌にまとわりついて私の敏感になっている部分にさえ撫でられて、昨日かりんから教えてもらった感覚がぶり返しそうになってしまうのだ。
すりすりとかりんの手は私の身体を触り水色のブラウスは胸元だけを開けられてしまう。直に触れ合うことが出来た手のひらは〝しめた〟と言わんばかりに突っ込んではまた這いずり回るのだ。そしてかりんの細くしなやかな五本の指は私のささやかな双丘に辿り着き、またしてもこね回し始める。それどころか指で私の丘の頂は責め立てられる。埃を払うように、何度も。
気持ち良い。もっとこうして欲しくなってしまう。けれども、今は……駄目なのだ。もしそんなことにうつつを抜かしていたら、かりんは始業時間に遅れてしまうのだから。
「……おやおや? メイちゃん、乳首が立ってきたよォ……? 気持ちいいの? ねえねえ? うりうり……!」
「……! ――も、もうっ! やめなさいってばっ!」
かりんからいたずらされていることがきっかけで、むかつきと共につい声を張り上げてしまう。
私は、昨日いきなり夜遅くまでかりんの家に押しかけてしまい迷惑をかけてしまったからかりんの生活の助けになってあげたいのだ。それなのにこうして邪魔をされてしまうと無性に腹が立つのだ。かりんには気兼ねなく仕事場へと出かけて行って欲しい。それだけが芽生えている気持ちなのである。
声を荒げながら振り払うように身体をかりんの方へ翻すと、かりんは目を見開き両手を挙げている。その表情には「しまった」と書かれているようだった。
……そんなかりんの表情を見てしまうと、私の頭は急に覚めて目の前の表情と同じように「しまった」と思ってしまう。自分自身の気持ちだけを優先させて、構って欲しいと言ってくれているかりんを拒んで一方的に怒鳴るだなんて。なんて子どもっぽい振る舞いなのだろう……。
やはり、人と話すということは難しいものだと改めて考えさせられるものである。
「……ぁあ、そ、そのっ……あの……。……ごめん」
「ご、ごめんごめん! あたし、メイちゃんがそんなに怒るなんて思わなかったから……! ホントにごめんっ! ゆ、許して……?!」
かりんは言葉通りの表情を浮かべながら手を合わせている。確かにちょっかいを出して私をその気にさせようとしていたのはかりんであるが、我慢をせず怒ってしまったのはこちらの責任であるだろう。かりんは昨日の余韻が残っていて、愛おしいと思ってくれているからこのようなことをしたのだ。せっかく仲が良くなってきたのに、このまま別れてしまったら私は昔の二の舞を踏むことだろう。
――それだけは、もう嫌だ。人と接することが下手くそなばかりに良い出会いをふいにしてしまうなど、もう終わりにしてしまいたい。
ならば、どうしたらいいのだろう。どうすれば……?
「……メ、メイちゃん……? めっちゃ怒ってる……!?」
「……いよ……」
「……怒ってないの……?」
口が上手く開かず、口ごもってしまう。それでもかりんにはきちんと届いているようだ。
……。そうか。私は伝える力が弱い。だからいつだって中途半端なもので会話をしてしまう。きちんと終わることのない会話を千切って、私が勝手に終わらせてしまうのだ。言葉はつたないものでもいい、きちんと相手に届かなければ、どんな魅力的な言葉でも相手に知られることは永久にないのである。
しかし、私が目の前であたふたしている彼女のを見て愛おしいと思って彼女の期待に応えようとすることは翻って、かりんの仕事に影響を与えてしまうことだろう。
それは望まないことだ。けれども、このことがきっかけでかりんとの関係や縁が終わってしまうのは――もっと望まないことである。
「……。かりんちゃん……?」
「は、はいっ」
「……」
「……あの、えーと……?」
大丈夫、怖くないよ。昨日聞いたあの声が、目の前の人から聞いた言葉が蘇り、あの時の表情が重なる。あの表情を思い出したら心が軽くなった気がした。――きっと強くなっていける。大丈夫、前へ進んでいこう。
「……ちょっとだけ、だよ……?」
「……! ……はあぁ……! び、びっくりしたぁ……! 無言で睨まれたから終わったと思ったぁぁ……!」
「ご、ごめん。その……私、口下手だから、上手い言葉が思いつかなくって」
「……。えへへ、そっか……頑張った! ……頑張ったね、メイちゃんっ」
かりんはそう言って、安心したという表情を浮かべながら私の元へと駆け寄ってくる。そして私の身体はかりんに包み込まれ、柔らかさと甘い香りは私の近くで蘇ったのだった。
「……かりんちゃん」
「んー?」
「……大好き、だよ」
「……ふへっ!」
私の身体に巻き付いているかりんから妙な笑い声が聞こえてくる。
「な、なに……?」
「……いや? メイちゃんって惚れっぽいんだなぁ……って。えへへ……」
「……? え?」
「なんでも! ……ふふ――あたしも、メイちゃんだけを大好きになるのは……そう遠い未来じゃなさそうだね!」
「……。……それ、どういう……んっ!」
「……いっぱいちゅーしよ……? あと……アソコも、触ったげるね……!」
その言葉とともに、私の身体と腰は強く引かれ、かりんの元へと吸い寄せられていく。腰を掴まれ身動きを取ることが難しいけれど、自由が効かない分口の中はかりんでいっぱいになる。かりんの暖かさでいっぱいになる、心地いいくすぐったさが私の全てになっていくのだ。
くちゅくちゅっと口からは音が生まれて、口が唾液まみれになっていく。それはもったいないと私から吸い込もうとするとかりんも同じように吸い込んで、私たちの間から生まれる触れ合う音はどんどん大きなものへと変わっていく。
それでいて、股間からは口の中と同じくすぐったさがほとばしり、私の秘部を覆っているズボンはチャックだけを下ろされて、かりんが入ってくることを許すのだ。かりんの首に腕を回しキスをすることに夢中で居ると、指でなぞられている感触にびくついて気持ち良い暖かさが身体を駆け巡っていく。しかも気持ち良さが多くなっていく度に私の秘部からはたくさん愛液が溢れ出してきて、かりんに触られても痛くないように求めている。静かながらも、その様子は興奮して勢いが増すばかりだ。
「……んッ……」
そうしたことがあるからなのか、かりんが秘部の入り口をまさぐっていた指を入れてくるのだ。ぐちゅぐちゅと音を立て、くもりガラスで文字を書く時みたいにゆっくりと、指の腹を押し付けながら。私の中で描かれているその軌跡は、今までにないほど幸福であった。だから、私の口から吐き出される吐息はどれも浮かれているのであった。
「ん゛っ……ん゛ーっ……! あっ、ああっ……! それっ……きもちいいっ……あっ、あ゛っ……あっあっあっあっ……! あ゛ーっ……!」
「……えへへっ。メイちゃん、とろけそうな顔してる……! ……すっごくかわいいよ……見惚れちゃう……。……もっと、見せて……?」
唇同士を離し、呼吸をし直してこの身体に走る快感を強めたい。――そう、思った時であった。
「……ん?」
「……なんか臭い……ああーっ!?」
……気がついて振り返った時にはすでに遅く、鼻の奥を突くような臭いがこびりつく。フライパンからは黒い煙が狼煙のようにモクモクと立ち込めているではないか……!
「た、たいへんっ! 火を止めて……! ……あ、ああ……!」
「あー……! ……もはや、炭?」
「……これが本当のダークマター……。……うう、鳥さんごめんね……!」
換気扇を回していても漂うこの焦げ臭さは強烈だ。それと同時に食材を駄目にしてしまった罪悪感が、欲に走ってしまったものと共に募り胸が苦しくなってくる。なんてことをしてしまったのだろう……!
「ま、まあまあ……! メイちゃん落ち着いて……! あたしも悪かったんだし!」
「ゆ、ゆるして……!」
「……真面目だなぁ。……そういう所が、良いんだけど……」
「へ……? かりんちゃ……」
どこか恥ずかしそうな声の調子でつぶやいたかりんの声が気になって振り返ってみる。かりんは視線を逸しながら自らの頬を掻き恥ずかしそうにしている。そんな新鮮味溢れる調子が狂っているかりんを見たからなのか、私の視線はかりんの背後にある時計へ注意が向くのだ。
――そこには十時半と、カチンと音が響いてまた一分時間が過ぎたことを私に教えてくれていた。
「……! か、かりんちゃんっ! も、もう十時半過ぎたよ……!」
「へ!? うわマジだ! ヤバー! 今日も遅刻キメたら減給だーっ!」
私の一言をきっかけにこの部屋の中は一気に騒がしくなってしまう。けれどもこれはうつつを抜かした私たちへの罰であることだろう。
「ご、ごめんねメイちゃん! 朝メシはいいや! こっからダッシュで行けば二十分でお店に着くから!」
「わ、わかった……! か、片付けは私やっとくよ……!」
「ホ、ホント!? 助かりますっ! えーと! バッグに財布とスマホと……ゲーッ充電ないじゃん! 仕方ねー……! 生活と酒にありつくには給料をこれ以上減らされたらピンチ以外ないわ!」
……そんなに遅刻をしているのだろうか。これは私がきちんと是正してあげないといけないかもしれない。
そんなことを考えながらかりんの焦る様子を眺めていると、私の目の前に銀色の小さな物体が映り込む。とっさにそれを掴むと私の手のひらの中で〝チャリッ〟と音が上がった。
「ナイスキャッチ! それ、ウチの鍵だから! 帰る時は締めてってね! よろしく!」
そう言ってかりんは身支度を整えて風のように玄関を目指していく。忙しい背中を見ているとどうしてか胸がざわついて、玄関で靴を履いているかりんを呼び止める。
かりんは困った表情をしているけれど、その調子で出かけてしまったらきっと大変な目に遭うことになるだろう。かりんには悪いけれど、これだけはしっかり伝えてあげたい。――傷ついて欲しくないと、そう思うほど大切な人になると、心の予感がそう言っているのだから。
「……気をつけて。元気に帰ってきてね。いってらっしゃい……!」
「……! ……くうーっ! はーいっ! いってきまーすッ!」
かりんは雄叫びのように声をあげ、ドアを突き破るようにして飛び出していく。心配になって部屋から見える駅までの道のりを窓から望むと、陸上競技の選手としてやっていけそうなほど速く駆け抜けて行き、かりんの後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「……すご……。まあ、切羽詰まってた表情はなくなってたし、この後も大丈夫かな……」
時間を気にしていたかりんの表情のままでは心配ではあるが、私の一言を聞いた後のかりんであれば大丈夫だと思えるものだ。下手したら自動車まで跳ね除けてしまうかもしれない。
さて、この後はどうしたものか。これと言って今日は予定がある訳でもないし通院する予定もない。あるとすればひと悶着があってから散らかってしまった部屋があるだけだ。
そうだ。今日はかりんに感謝の気持ちを込めて何かをしてあげよう。他人の部屋を勝手に触るのは気が引けるけれど、何もしないでいるよりはずっといいだろう。そうでなければ、私はいつものように動画サイトで子猫の動画を見て一日を終わらせてしまうに違いない。
「ちょっと片付けたら一回家に帰ろう……さすがに、自分が臭い……。……少しまったりしたら、お夕飯の買い出しして……もう一回来よう。……驚くかな、かりんちゃん……。ふふっ……ちゅっ……」
久しぶりに感じるこの嬉しい気持ち。むず痒くってたまらないけれど、不思議と心地が良い。かりんと結びついて生まれている気持ちだということを感じたのなら、嬉しさはもっと強くなって溢れ出してくる。それはどこか、今まで恐れていたものが変わって私の大切なものへと変わってくれるような気がするからなのだろう。
そのきっかけになるであろう、かりんの家の鍵を見つめていると心が軽くなってくるのである。これはきっと、私とかりんの間をもっと近くに導いて開いてくれるきっかけになると――信じられるからだ。
そして、まどろむように。きざしは深く心に芽ぐむ。・終 / そして、まどろむように(完)
昨日は……そうだ。みきとおっパブに出かけた翌日のことで、何だか私らしくない日を過ごしてしまっていたはずなのだ。それは私がいつになくせっかちになりがちだったことが原因でらしくないと自らのことながら頷けるほどであった。しかしそれは目的があってのこと……かりんと会うことが出来るかもしれないからであった。
「……。……そっか、昨日……かりんちゃんの家に来て……。……。……確か、そのまま……」
かりんと出会うことが叶い、その先に起きたことも思い出す。かりんが私に連絡する手立てを与えたのは、彼女が私とセックスをしたいと思ってくれたからであった。しかもそれは漏れることなく、私はかりんの家に招かれて、そのまま夜闇に紛れながら身体同士を擦り合わせながら交わったはずなのだ。
そうだとするなら、この腕に感じる重さはきっとかりんのものに違いない。昨日はかりんとセックスをした後、疲れが取り巻いてまどろみに襲われたところまでは覚えているのだ。二人揃ってベッドに横たわった記憶もあるし、何より私たちは何度も互いの名前を呼び合いながら抱き合っていたのだから間違っていないのだろう。
「……。……ふふっ、やっぱり……」
首だけを動かし隣を見てみるとそこにはやはりかりんが居て、私の身体の直ぐ側に近寄り、こちらの腕を枕にしながら横向きで眠りについていた。昨日貪りあった表情とは違う穏やかで可愛らしい寝顔は私の横で転がり続けている。そんな様子がたまらなく可愛らしくて、私は空いている手を伸ばしかりんの髪の毛を撫でるのだ。
昨夜、二人で行ったこと。愛し合ったと言い換えても良い相手の髪の毛の一本一本さえも愛おしいと、そう思いながら。
「……んんー……? んー……ふああぁ……!」
「あ、起きた……。ふふふっ……かりんちゃん……」
横で転がっていた寝顔は次第に表情を変えて、やがて彼女の瞼は開かれる。寝ぼけ眼をしきりに動かしながら私の方に目を動かし、私のことを見つけるとかりんの表情は輝いて明かりが灯ったようにこちらへ微笑みを投げかけてくれた。
「……えへへっ……。メイちゃんだぁ……えへへ……おはよぉ……」
「うん、おはよ……かりんちゃん……」
「……」
「……」
会話は続かず互いに黙ってしまう。――それでも私たちはそれぞれの瞳を見つめ、更にその奥を見つめ合って笑い合うのだ。
言葉に表さなくても十分なほど、何故かこの胸にある気持ちは分かってしまい、それは相手がどう感じているのかも分かるほどである。この胸にある気持ちは温かい気持ちだけではなく身体もそうしたいと思うから、私は自らの身体を引きずりかりんに近付いていく。
するとやはりかりんも私の身体に近付いて、抱きしめ合う。それは唇同士でも同じであった。
「んーっ……! ん、ちゅっ……。……えへへ、またキスしちゃったね……」
「うんっ……かりんちゃんとキスしたいって思ったから……しちゃった。ふふふ……」
「えへへっ。……メイちゃん、昨日はありがとね……! なんかさ、あたし心が満たされた感じがするよ。むしろ満たされまくってめっちゃ眠たくなっちゃった……!」
「こちらこそ……私もだよ……すごく、良かった……! 眠っちゃうのがもったいないくらいだったね」
「ホントそれね! 昨日やる前は最長記録の十二回戦の記録更新するかって思ったけど……」
「……そんなにしたことあるの」
……どうしてだろう。その話を聞くと何故かむっとして心の中がざわめくのだ。
「おっ! メイちゃんがヤキモチ妬いてる顔してる! かわいいなぁもう……! んもう、ちゅーっ!」
「んんっ、ちゅっ……! だ、だって……私もそのくらい、したかった、んだもん……」
「……んふふっ! エッチだなメイちゃんは……! でもさ、満足感で言ったら今回は間違いなくダントツ一位だよ……? 最後、アソコ触ってないのにイッちゃうなんて、こんなに昨夜の余韻が残ってるんだもん……メイちゃんは違う?」
「……ううん。私も、すごく満足してるし……嬉しい。……かりんちゃんと一緒になれた気がしたから」
「メイ、ちゃん……。……」
「……」
どうしてだろう。すごく、きゅんとして胸が苦しい。それは腰から下にも同じ感覚が走ったのであった。
「……やばい、またムラムラしてきた……!」
「……。……私も……」
「……しよっか!」
「い、今から?!」
「うん! 朝っぱらから一発かますのもなかなか乙なもんだよ! そうしよ!」
「ちょ、ちょっと……! かりんちゃんは今日仕事なんでしょ……! ……もう九時半になるよ? 何時からなの?」
ベッドの脇に置かれた時計を見てかりんに聞いてみる。勤務先の業種の関係上朝早いとは考えにくいがそこまでゆっくりすることはできないだろう。
「ちぇー……! こんな時に限って早番かぁ……! 十一時からだから準備しとかないとね……あーあ……」
「……ふふっ。そんなに落ち込まないで? 私、かりんちゃんが良ければその時間まで一緒に居たいなって、思ってるよ」
「……ホントに?」
「……うんっ」
私からの提案を聞くなりかりんは嬉しそうな表情と一緒に私の身体を抱きしめてくる。そしてそのまま私たちはもう一度唇を重ね合わせた。
昨夜したような舌同士の絡み合いや身体を触り合うことはしないけれど、ついばむようなこのキスはとても気持ちがいいのだ。身体同士を抱きしめ合いながらキスをして、互いに腰を擦り合い脚を絡ませシーツを滑らせ合いながらそれぞれの感触を堪能しながら確かめ合う。
セックスをした時とは違う心が溶け合うようなぬくもり。それだけでも湧いて出た気持ちの高ぶりは治まってくれるのだった。
「……ん……。……ねえねえメイちゃん? あのさ……」
「……かりんちゃん。たぶんね、私も同じこと思ってるよ……?」
「……また一緒に!」
「遊びたい……!」
同じタイミングで声は重なり合い、息をつく瞬間も同じように落ち着く。それはどこかおかしくて私たちは笑い声をあげた。
「……あはっ。ハモった! えへへ……あ、でもそれじゃセフレってことになるな……でも、メイちゃんとはセフレって関係は、なぁ……」
「……普通に友だちで良くない?」
「……普通の友だち同士でセックスする?」
「……いや……」
「うーん……ま、いっか! ただの知り合いよりはずっと合ってるから! 確かにさ、あたしメイちゃんと普通に遊びたいし! ……こういうことも、だけどね!」
かりんの言葉に共感して私の頭はこくりと頷く。そうするとかりんもまた笑ってくれたのだった。
「……ほら、かりんちゃん。そろそろ準備し始めないと。遅れちゃうでしょ」
「はーい……メイお姉ちゃんが出てきちゃしょうがないな……。あーっ、朝メシ用意すんのめんどくせーっ」
「ふふふ……泊めてもらったお礼になるか分からないけど、朝ごはん作ってあげる。そのくらいだったらできるし」
「マジで!? メイちゃんの手料理とか……! 恋人みたいじゃん……!」
「……。……いいよ、そう思っても……!」
「……ちょ、マジで照れないでよ……恥ずいじゃん……!」
気になってしまう。どうなのだろうか、そういう風に思われることは……。
「……! ほ、保留!」
「えー……」
「言っとくけど、これは一夜で起きた出来事ですよ? 言い方は悪いけど、それだけで判断するってどうなの? 早とちりにも程があるんじゃない? メイちゃん、そんなんじゃ他のヤツらに良いようにされるだけだって」
「う……ごもっとも……」
「……まあでも。努力してみよっかな。まんざらでも、ないし……」
「……かりんちゃん?」
「……アハハ! ……メイちゃん、もいっかい! ちゅー!」
そう言いながらかりんは私の元に飛び込んできて再びキスをしてくる。そしてまた抱き合うのだ。
こうしていると温かさと柔らかさが包み込んで幸せな気分にしてくれる。それらに抱かれていると私の身体全てもまた柔らかくなっていくように感じてくるのだ。何回しても飽きが来ないと思えるこのキスは、今まで感じたことを変えることだってしてくれる。
初めてキスした時に思った、生のはんぺんだと思えたかりんの感触も同じことだ。この柔らかさは今となってはふわふわとして心地が良い。そして、かりんと見つけたこの気持ちや感情は大切にしていたいと思うほどであるのだ。
なぜなら……まどろむようなそれは――人を疑ってばかりだった私の心さえも変えてくれそうな、気がしたからだ。
◆
あれからというもの、私たちはかりんが仕事へ行く前に行くまで一緒に居ようと決め合ってから手早く着替えを済ませ、それぞれが一緒に居られるようにと時間を取るため、忙しく身支度に追われていた。
かりんはとりあえず下着を身に着けず上下のジャージを着たまま浴室へと消えて行った。昨日私たちがしたことによって身体中が汗まみれなのだから当然と言えるだろう。
本当なら私も簡単にシャワーを浴びてすっきりとしたいところだけれど、今はこの後仕事を控えているかりんの手助けをすることが最優先だ。どのみち私は今日一日仕事が休みなのだから、私自身のことは後回しにしても問題はない。
「……でもちょっと……服の間から、臭ってくるかも……。自分の臭いにがっかりする……」
夏の暑い日などで汗をかき、暑さを紛らわせようとして服をうちわにした時に起きる風のにおいと同じものが私の身体から漂ってくる。この臭いは……いや、今はやめておこう。卵料理を作っている時にこんな考えに至るものではない。
「一瞬でも考えた私がバカだったよ……。かりんちゃんのリクエストだから喜んで作ってるのに、よりにもよって……うっ……」
今私の脳裏に浮かんでいるものが鮮明に、より具体的なものが浮かびつつある。映像化されてしまうのなら誰かにモザイク加工してほしいものだ。
そんなくだらない妄想を打ち消そうと気を取り直して料理をすることに向き直る。
かりんは私が朝食を作ると提案すると快く頷いてくれた。私は料理をすることが好きで会社に持っていく昼食用の弁当もいつも手作りして持っていくのだ。その度にみきから「美味しそう!」と言ってもらえて、おすそ分けしては喜んでもらっている。そういう経緯もあって私自身の料理の腕はそこそこあると自信を持っているのだ。だからこそ誰かに私の手料理を食べてもらえるということが嬉しくて仕方ないのだ。
「まあ、いきなり押しかけちゃった罪滅ぼしでもあるんだけどね……。でもかりんちゃん喜んでくれてるし、深く考えなくても良さそう。……ふふっ。ふんふん……」
かりんからのリクエストは〝たまご焼き〟である。しかもそれだけで良いと言ってきたのだ。どうやらかりんは、普段から朝食を多く取らないらしく品数も少なくて良いらしい。それはそれで大丈夫なのだろうかと思ってしまうが、人によって差があるだろうし、無理に食べて本調子が出ないということも望まないことである。
「かりんちゃん、普段は料理しないって言ってたけど、冷蔵庫の中は充実してたし助かるなぁ。……やけに玉子と生ラーメンと缶ビールが多かったけど……」
他人の冷蔵庫の中を開けるとその人の人物像が見えてくると聞いたことがあるが、どうやらそれは本当のことらしい。
呆れつつも面白いかりんの行動に胸を軽くしながら調理を続ける。サラダ油を多めに敷いて加熱する。その間に玉子を三つ割り砂糖と塩を入れる。砂糖を多めに入れかき混ぜてフライパンを強火にして美味しくできるようにしていく。本当なら溶き玉子を濾しておきたいのだがあいにく今は時間がないからまた次の機会に作ってあげよう。
「へー……! メイちゃん家で出されるたまご焼きって砂糖入れるんだ! おもしろー」
「わっ!? び、びっくりした……!」
「あはっ! ビビりすぎ! ちょっと前から居たのに! ずいぶん集中していらっしゃるようで……」
「全然気付かなかった……忍者みたい……」
突然かりんが背後から声をかけてきたことに心臓が飛び出そうになることを堪えながら正直な感想を伝える。するとかりんはなぜか笑いながら私の腰に手を回し抱きついてきたのだった。
「それより……かりんちゃんの家だとたまご焼きには砂糖、入れなかったの?」
「うん! お出汁入れてたよ!」
「ああ、だし巻きたまご……そっか、地域によって違うもんね」
「ホントにねー。世間は思っていたより狭いね! まあ、そんなところが面白いんだけど」
かりんはそう言いながら私に抱きついたまま笑い始める。抱きつかれたままでは料理がしにくいと一瞬だけ思ったけれど、意外とそういったことはなくフライパンを握ることも菜箸で玉子の気泡を潰すことも難なくこなせるのだ。ふと視線を下に向けてみると私の腕が動く場所には妨げになるものはない――しかし、かりんの腕は私の腰から胸に張り付いて、器用に動き回っているのである。
「……! ちょ、ちょっと……!?」
「ねえねえメイお姉ちゃん?」
「な、なに?」
「やっぱりムラムラが治まりませーん!」
そんな元気な声が、抑えめであるが私の耳元で響き渡っている。それでいて鼻元にはたまご焼きに焼き目がついていることを教えてくれる香ばしい匂いと、かりんが使っていると思われるシャンプーのバラの匂いが届けられてきたのだ。優しくもぴりっとする甘い匂いについどきりとしてしまう。
いい香りが二つも私の周りを取り巻いていると目が回るような気分になってしまう。しかも風呂上がりであるかりんの体温を感じていたのならなおさらだ。
「も、もう……! ちょっと、本当にもう……! 遅刻しちゃうんだから……!?」
「うーん! メイちゃん汗クセー! アハハっ」
「……っ! お、怒るよ……?!」
「あーん、怒んないでー! ……だってさ、昨日の余韻がまだあるのに、この気持ちのまま仕事に行くなんて苦行じゃん?」
そう言いながらかりんの手は私の胸元に辿り着き、そのまま揉み始める。……ひょっとしたら、下着を着けることが面倒くさいと言ってかりんと同じように裸の上から服を纏ったことは間違いだったのかもしれない。手を動かされる度に衣服が肌にまとわりついて私の敏感になっている部分にさえ撫でられて、昨日かりんから教えてもらった感覚がぶり返しそうになってしまうのだ。
すりすりとかりんの手は私の身体を触り水色のブラウスは胸元だけを開けられてしまう。直に触れ合うことが出来た手のひらは〝しめた〟と言わんばかりに突っ込んではまた這いずり回るのだ。そしてかりんの細くしなやかな五本の指は私のささやかな双丘に辿り着き、またしてもこね回し始める。それどころか指で私の丘の頂は責め立てられる。埃を払うように、何度も。
気持ち良い。もっとこうして欲しくなってしまう。けれども、今は……駄目なのだ。もしそんなことにうつつを抜かしていたら、かりんは始業時間に遅れてしまうのだから。
「……おやおや? メイちゃん、乳首が立ってきたよォ……? 気持ちいいの? ねえねえ? うりうり……!」
「……! ――も、もうっ! やめなさいってばっ!」
かりんからいたずらされていることがきっかけで、むかつきと共につい声を張り上げてしまう。
私は、昨日いきなり夜遅くまでかりんの家に押しかけてしまい迷惑をかけてしまったからかりんの生活の助けになってあげたいのだ。それなのにこうして邪魔をされてしまうと無性に腹が立つのだ。かりんには気兼ねなく仕事場へと出かけて行って欲しい。それだけが芽生えている気持ちなのである。
声を荒げながら振り払うように身体をかりんの方へ翻すと、かりんは目を見開き両手を挙げている。その表情には「しまった」と書かれているようだった。
……そんなかりんの表情を見てしまうと、私の頭は急に覚めて目の前の表情と同じように「しまった」と思ってしまう。自分自身の気持ちだけを優先させて、構って欲しいと言ってくれているかりんを拒んで一方的に怒鳴るだなんて。なんて子どもっぽい振る舞いなのだろう……。
やはり、人と話すということは難しいものだと改めて考えさせられるものである。
「……ぁあ、そ、そのっ……あの……。……ごめん」
「ご、ごめんごめん! あたし、メイちゃんがそんなに怒るなんて思わなかったから……! ホントにごめんっ! ゆ、許して……?!」
かりんは言葉通りの表情を浮かべながら手を合わせている。確かにちょっかいを出して私をその気にさせようとしていたのはかりんであるが、我慢をせず怒ってしまったのはこちらの責任であるだろう。かりんは昨日の余韻が残っていて、愛おしいと思ってくれているからこのようなことをしたのだ。せっかく仲が良くなってきたのに、このまま別れてしまったら私は昔の二の舞を踏むことだろう。
――それだけは、もう嫌だ。人と接することが下手くそなばかりに良い出会いをふいにしてしまうなど、もう終わりにしてしまいたい。
ならば、どうしたらいいのだろう。どうすれば……?
「……メ、メイちゃん……? めっちゃ怒ってる……!?」
「……いよ……」
「……怒ってないの……?」
口が上手く開かず、口ごもってしまう。それでもかりんにはきちんと届いているようだ。
……。そうか。私は伝える力が弱い。だからいつだって中途半端なもので会話をしてしまう。きちんと終わることのない会話を千切って、私が勝手に終わらせてしまうのだ。言葉はつたないものでもいい、きちんと相手に届かなければ、どんな魅力的な言葉でも相手に知られることは永久にないのである。
しかし、私が目の前であたふたしている彼女のを見て愛おしいと思って彼女の期待に応えようとすることは翻って、かりんの仕事に影響を与えてしまうことだろう。
それは望まないことだ。けれども、このことがきっかけでかりんとの関係や縁が終わってしまうのは――もっと望まないことである。
「……。かりんちゃん……?」
「は、はいっ」
「……」
「……あの、えーと……?」
大丈夫、怖くないよ。昨日聞いたあの声が、目の前の人から聞いた言葉が蘇り、あの時の表情が重なる。あの表情を思い出したら心が軽くなった気がした。――きっと強くなっていける。大丈夫、前へ進んでいこう。
「……ちょっとだけ、だよ……?」
「……! ……はあぁ……! び、びっくりしたぁ……! 無言で睨まれたから終わったと思ったぁぁ……!」
「ご、ごめん。その……私、口下手だから、上手い言葉が思いつかなくって」
「……。えへへ、そっか……頑張った! ……頑張ったね、メイちゃんっ」
かりんはそう言って、安心したという表情を浮かべながら私の元へと駆け寄ってくる。そして私の身体はかりんに包み込まれ、柔らかさと甘い香りは私の近くで蘇ったのだった。
「……かりんちゃん」
「んー?」
「……大好き、だよ」
「……ふへっ!」
私の身体に巻き付いているかりんから妙な笑い声が聞こえてくる。
「な、なに……?」
「……いや? メイちゃんって惚れっぽいんだなぁ……って。えへへ……」
「……? え?」
「なんでも! ……ふふ――あたしも、メイちゃんだけを大好きになるのは……そう遠い未来じゃなさそうだね!」
「……。……それ、どういう……んっ!」
「……いっぱいちゅーしよ……? あと……アソコも、触ったげるね……!」
その言葉とともに、私の身体と腰は強く引かれ、かりんの元へと吸い寄せられていく。腰を掴まれ身動きを取ることが難しいけれど、自由が効かない分口の中はかりんでいっぱいになる。かりんの暖かさでいっぱいになる、心地いいくすぐったさが私の全てになっていくのだ。
くちゅくちゅっと口からは音が生まれて、口が唾液まみれになっていく。それはもったいないと私から吸い込もうとするとかりんも同じように吸い込んで、私たちの間から生まれる触れ合う音はどんどん大きなものへと変わっていく。
それでいて、股間からは口の中と同じくすぐったさがほとばしり、私の秘部を覆っているズボンはチャックだけを下ろされて、かりんが入ってくることを許すのだ。かりんの首に腕を回しキスをすることに夢中で居ると、指でなぞられている感触にびくついて気持ち良い暖かさが身体を駆け巡っていく。しかも気持ち良さが多くなっていく度に私の秘部からはたくさん愛液が溢れ出してきて、かりんに触られても痛くないように求めている。静かながらも、その様子は興奮して勢いが増すばかりだ。
「……んッ……」
そうしたことがあるからなのか、かりんが秘部の入り口をまさぐっていた指を入れてくるのだ。ぐちゅぐちゅと音を立て、くもりガラスで文字を書く時みたいにゆっくりと、指の腹を押し付けながら。私の中で描かれているその軌跡は、今までにないほど幸福であった。だから、私の口から吐き出される吐息はどれも浮かれているのであった。
「ん゛っ……ん゛ーっ……! あっ、ああっ……! それっ……きもちいいっ……あっ、あ゛っ……あっあっあっあっ……! あ゛ーっ……!」
「……えへへっ。メイちゃん、とろけそうな顔してる……! ……すっごくかわいいよ……見惚れちゃう……。……もっと、見せて……?」
唇同士を離し、呼吸をし直してこの身体に走る快感を強めたい。――そう、思った時であった。
「……ん?」
「……なんか臭い……ああーっ!?」
……気がついて振り返った時にはすでに遅く、鼻の奥を突くような臭いがこびりつく。フライパンからは黒い煙が狼煙のようにモクモクと立ち込めているではないか……!
「た、たいへんっ! 火を止めて……! ……あ、ああ……!」
「あー……! ……もはや、炭?」
「……これが本当のダークマター……。……うう、鳥さんごめんね……!」
換気扇を回していても漂うこの焦げ臭さは強烈だ。それと同時に食材を駄目にしてしまった罪悪感が、欲に走ってしまったものと共に募り胸が苦しくなってくる。なんてことをしてしまったのだろう……!
「ま、まあまあ……! メイちゃん落ち着いて……! あたしも悪かったんだし!」
「ゆ、ゆるして……!」
「……真面目だなぁ。……そういう所が、良いんだけど……」
「へ……? かりんちゃ……」
どこか恥ずかしそうな声の調子でつぶやいたかりんの声が気になって振り返ってみる。かりんは視線を逸しながら自らの頬を掻き恥ずかしそうにしている。そんな新鮮味溢れる調子が狂っているかりんを見たからなのか、私の視線はかりんの背後にある時計へ注意が向くのだ。
――そこには十時半と、カチンと音が響いてまた一分時間が過ぎたことを私に教えてくれていた。
「……! か、かりんちゃんっ! も、もう十時半過ぎたよ……!」
「へ!? うわマジだ! ヤバー! 今日も遅刻キメたら減給だーっ!」
私の一言をきっかけにこの部屋の中は一気に騒がしくなってしまう。けれどもこれはうつつを抜かした私たちへの罰であることだろう。
「ご、ごめんねメイちゃん! 朝メシはいいや! こっからダッシュで行けば二十分でお店に着くから!」
「わ、わかった……! か、片付けは私やっとくよ……!」
「ホ、ホント!? 助かりますっ! えーと! バッグに財布とスマホと……ゲーッ充電ないじゃん! 仕方ねー……! 生活と酒にありつくには給料をこれ以上減らされたらピンチ以外ないわ!」
……そんなに遅刻をしているのだろうか。これは私がきちんと是正してあげないといけないかもしれない。
そんなことを考えながらかりんの焦る様子を眺めていると、私の目の前に銀色の小さな物体が映り込む。とっさにそれを掴むと私の手のひらの中で〝チャリッ〟と音が上がった。
「ナイスキャッチ! それ、ウチの鍵だから! 帰る時は締めてってね! よろしく!」
そう言ってかりんは身支度を整えて風のように玄関を目指していく。忙しい背中を見ているとどうしてか胸がざわついて、玄関で靴を履いているかりんを呼び止める。
かりんは困った表情をしているけれど、その調子で出かけてしまったらきっと大変な目に遭うことになるだろう。かりんには悪いけれど、これだけはしっかり伝えてあげたい。――傷ついて欲しくないと、そう思うほど大切な人になると、心の予感がそう言っているのだから。
「……気をつけて。元気に帰ってきてね。いってらっしゃい……!」
「……! ……くうーっ! はーいっ! いってきまーすッ!」
かりんは雄叫びのように声をあげ、ドアを突き破るようにして飛び出していく。心配になって部屋から見える駅までの道のりを窓から望むと、陸上競技の選手としてやっていけそうなほど速く駆け抜けて行き、かりんの後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「……すご……。まあ、切羽詰まってた表情はなくなってたし、この後も大丈夫かな……」
時間を気にしていたかりんの表情のままでは心配ではあるが、私の一言を聞いた後のかりんであれば大丈夫だと思えるものだ。下手したら自動車まで跳ね除けてしまうかもしれない。
さて、この後はどうしたものか。これと言って今日は予定がある訳でもないし通院する予定もない。あるとすればひと悶着があってから散らかってしまった部屋があるだけだ。
そうだ。今日はかりんに感謝の気持ちを込めて何かをしてあげよう。他人の部屋を勝手に触るのは気が引けるけれど、何もしないでいるよりはずっといいだろう。そうでなければ、私はいつものように動画サイトで子猫の動画を見て一日を終わらせてしまうに違いない。
「ちょっと片付けたら一回家に帰ろう……さすがに、自分が臭い……。……少しまったりしたら、お夕飯の買い出しして……もう一回来よう。……驚くかな、かりんちゃん……。ふふっ……ちゅっ……」
久しぶりに感じるこの嬉しい気持ち。むず痒くってたまらないけれど、不思議と心地が良い。かりんと結びついて生まれている気持ちだということを感じたのなら、嬉しさはもっと強くなって溢れ出してくる。それはどこか、今まで恐れていたものが変わって私の大切なものへと変わってくれるような気がするからなのだろう。
そのきっかけになるであろう、かりんの家の鍵を見つめていると心が軽くなってくるのである。これはきっと、私とかりんの間をもっと近くに導いて開いてくれるきっかけになると――信じられるからだ。
そして、まどろむように。きざしは深く心に芽ぐむ。・終 / そして、まどろむように(完)
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