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真冬の苗

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 対人関係、日々の生活に理不尽な圧力。そんなたくさんの要素が混ざり合い、高ストレス化社会と呼ばれて久しい今日の世の中では、如何に自分自身をマネージメントし、心持ちをコントロール出来るようになることはとても大切なことだ。右を向いても左を向いても、見えてくるのは理不尽なことばかり。そういったもやもやとした霧のような一種のアクシデントへ対応できるようになるために、心や精神をコントロールし自らを保つということがどれほど出来るのか。今の時代、それに掛かっていると言って過言ではない。

 ストレスに苛まれた心を鎮め癒してくれるものと言えばどういうものがあるのだろう。数えたらキリがないし人によって感じ方は様々だ。けれども五感にまつわる何かへ触れた時、もしかしたら私の思った癒やしが訪れるのではないのだろうか。

 癒やし。つまりは人の持つ心が抱いている言葉には表しにくい妬みやいらつきを、言うなれば〝疲れ〟を晴らし解放してくれるものと考えて良いだろう。例えば気ままに暮らしているように見える犬や猫といったペットのくつろぐ姿、無言ながら日々を生きている植物たちの懸命な姿を見ることでそうした癒やしは補われている。加えてその影響というのは、生き物たちの姿だけに限らず、形や音、五感で感じられる全て。それらを目の当たりにすることでも同様の効果を得られるのだと、どこかのニュースサイトで見かけたことがある。

 本当かどうか怪しく思っていたけれど、それはどうやら正しい見解だったようだ。

 その証拠として、五感としてやって来た私の手のひらに残る感触、喧騒の中に包まれても聞こえる可愛らしい鳴き声に薄暗い中であらわになる白い絨毯のような柔肌。それらは、あの忌まわしい鼻を突き刺したよだれの臭いとともにこの脳の中へしまい込まれているからだ。

 ――丸。他の図形とは異なり一切の角もなくどこまでも平で曲線のある特徴的な形は見る者の不安を取り除いてくれているようでうっとりとする気持ちさえも抱けるのだ。しかも落ち着くような柔らかさを持っていたのなら、硬い床で横になるよりも柔らかい布団で横になった方が安らかな気持ちを抱かされてくれるという違いに、心地良さも相まって気付く感じと同じだろう。

 こういう風に思えるのも実体験があるからだ。同じように丸形を象った、似たような形というのは不思議と安心感を抱かせてくれるとは思いもしなかったのである。

 かつて私がまだ子どもだった頃の記憶で、母親に抱っこされて眠ってしまうことと同じであった。だからこうやって母親を思い出し考えるのだろう。――女性が持つ象徴とうべき乳房はある意味、究極の癒やしであるのではないか、と。

 「……。……なんで仕事中にこんなくだらない考察が思い浮かぶんだろ……。……やっぱり、溜まってるのかなぁ……いろいろと……」

 最終的な結論が一つの考えに至り私の意識は元に戻される。

 平日火曜日の昼下がり。私、大原おおはら愛衣めいは勤務先である「総合衣料品店・ナカジマ」の寝具コーナーで品出しをしていたところだ。故意的にサボっていたわけでもないのに、品出しをしながら最近覚えた「癒やし」を思い出して、来店している客の数が少ないことを良いことに先日の快感について考え込んでいたのだ。自らのことながら、あまりにもふしだらな想像で呆れてくるものである。

 私が思い出してしまうきっかけであるこの安眠まくらがとても良く似ていた。――女性の胸。柔らかさも然ることながら肌触りも同じくらいに思えるものだ。本当に、あの日出会った感触というのは衝撃的であったが、私は今にも初めて出くわした魅惑の虜になりそうなのだ。

 「……おっぱいなんて自分にも付いてるじゃんね、しかも二つも……。……でも、女の人のおっぱい……いや、肌ってあんなに柔らかいんだ……。……」

 思い出したら思い出した分だけ目の前にある仕事に集中出来なくなってしまう。けれども、真面目に仕事をしなければ生活をしていくには辛くなっていくのだ。

 そういう風に意識を持つことはできるのに、しっかりしなくてはと思う反面、自分自身の姿を鏡に映した時と同じ、努力していることへ対抗するようにストレスは生まれてくるのだ。

 そうしてやって来た悩みやストレスは私を何度も襲ってきては私のことをたくさん苛み傷つけ続けていたのである。紆余曲折を辿ったのち、二十代前半にして転職を繰り返し、二十代後半になった今、社長兼店長である中島が面倒くさいということ以外は精神面的に楽な今の職場にとりあえず落ち着いているのだった。

 社長の中島が面倒だという理由に仕事の指示の一つひとつが細かく分かりにくいというものの他、遠回しであるにしてもセクハラが一番の要因だ。やれ、イラストで描かれた女の子の胸が大きすぎるだのスカートの丈が不快だという、最近良く見かける訴えなど些末な問題に感じられる中島の言動は、批判を受けるどころかこの会社にとって甚大な被害を与えるのではないだろうか……。

 働いている身からすればそれだけは避けたい問題だが、中島の様子には呆れを通り越してため息すら出てこないのであった。

 とは言え身体を触られたりよくニュースで報道されているようなみだらな行為もされたりしていないため何も言うことはない。ただ「耄碌爺もうろくじじいのたわごと」と思えば良いのだから。(※耄碌爺。言い換えればボケ老人)

 「……。……また行っちゃおうかな、おっパブ……」

 陳列棚に並べている途中の安眠まくらを手で弄びながら言葉に出した気持ちが芽生えてくる。このまくらが思い出させる気持ちはどう考えても女性の胸……今の私の頭の中はそれでいっぱいであるからなのかもしれないが、癒やしだと思えるこの心地良さがぬくもりに包まれていればいいのにとばかり思ってしまうのだ。

 私がそういった店、風俗店に行ってしまったのはつい先日の土曜の夜のこと。その日は不定期に開催される会社の飲み会があった日でもあり、二次会に行く流れで連れて行かれたのだ。いいや、その経緯は中島が「風俗店は素晴らしい」という、非常に低俗な話をしたことがきっかけであり、奢るからと言われ興味本位でついて行ったという方が正しいだろう。そのことに関して、私以外にも女性がいたこともあり二の足を踏むことはなかったのである。

 「……」

 私がついて行った店。それは――お触りパブ、もといおっぱいパブ。通称おっパブである。そこは名前の通り接客をする女性の身体を触り楽しむという、同じ女性からしたら「大丈夫?」と思われそうなコンセプトの風俗店だ。

 私が店員に連れられて店内に入った時は、イメージとして思い浮かべていたキャバクラと同じもので、それぞれの席で各々が談笑に花を咲かせ賑わいを見せていた。そして部屋の片隅にある赤色のソファーへ腰を沈め、案内してくれた店員と入れ替わりで運ばれてきたフルーツの盛り合わせにありつきながら、酔っていたにしても緊張しながら店内の様子を眺めていると、すぐに一人の女性が私の元へとやって来て挨拶をしてくれたのである。

 こちらにやって来た女性というのは見た目の感じは私と同い歳ぐらいの、何を食べたらそんなに胸の肉付きが良くなるのかと思うほどの豊満な身体を持つ〝エリ〟という名前の可愛らしい女の子だった。明らかに身体を覆っている布が少なく、官能的な衣装に興奮を掻き立てるような鮮やかな赤色のドレスは今でもはっきりと思い出せるほどで、話し上手聞き上手だったエリとの会話が楽しかったものだ。

 それに、エリと話した時も「こういう店に女の子が来るのも今となっては珍しくない」と言ってくれたことで不思議と安心感を覚え、心なしかエリの方も楽しそうに私と話していたことも記憶によく焼き付いている。

 「……フフ……」

 そうやってただ話し込んでいても楽しかったのに、フロア一面の照明が落とされたことによって私の気持ちに火をつけ更に燃え上がらせたのだ。なぜなら、それを合図として――エリは私の膝にまたがり上着を脱いで、上半身だけ裸というあられもない姿で居たからである。

 今の今までとは違う雰囲気に戸惑っている私を諭すように頭を撫でつつ囁くのである――「ここはそういうお店だよ? さ、思う存分ハッスルしなきゃ……!」と、私の頭にキスをしながら、私の手を握りエリ自身のマシュマロのような胸を触らせながら。

 その時の感触というのは、〝未知との遭遇〟という言葉がよく似合う体験であった。

 同じ女性なのに、私の硬く貧相な胸とは全く違う柔らかさは数日経った今でも手のひらを握りしめるたび思い出す。エリ本人がGカップを自称していたことに偽りはなかったようで、手で持ち上げ揉み込んだ手のひらには溢れるほどの胸の肉が踊り、アンダーバストだけが小さいが故にカップ数が大きくなった類とは違う、確かな重みのあるそれは紛うことなき本物の巨乳であった。もはや人間の乳房というものではなく、そう、脂肪の詰まった肉塊と言って良い……。

 「……ぬふふっ……」

 「め・い・ちゃーんっ! 稼いどるかねー?!」

 「ッ! ひえぇっ!? しゃっ……!」

 「おやおや? その様子だとサボってたのかなぁ……?」

 「……じゃない、みきさんか……びっくりした……」

 背中をハンマーで叩かれたかのような衝撃に、心臓が飛び出そうになることこらえながら掛けていた眼鏡を直しつつ振り返る。口調がそっくりで一瞬間違えてしまったけれど、明るくて芯の通ったこの声の持ち主は社長のものではない。視線を上げると、そこにはやはり社長の愛息子の妻である中島なかじまみきの姿があった。

 いつも身につけているパステルカラーのエプロンをなびかせて、そのエプロンと同じ淡い水色のスニーカーのつま先を私の方へ向けてこちらの顔を伺うように屈み込んでいたのであった。

 みきは私がこの会社へ入社試験に行った時に面接をしてくれた、いわばこの会社を運営している人間で一番最初に対談した人である。私がこの会社にやって来た経緯をよく知る人物でもあり私のことをよく気にかけてくれているのだ。気に病んでいないか、暗い顔をしていないかなど、私と五歳ほどしか歳が離れていないこともあるのか相談にもよく乗ってくれている。そのため仕事中でも私によく声をかけてくれるのだ。今のようにぼんやりしていた時に注意を受けることも、また同じだが……。

 「サボってないのならいいけどぉ? ……ま、ぼんやりしてるなって思って声をかけただけよ。それに暗い顔してなかったしちょっとからかったっていうか!」
 
「そ、そうだったんですね……すみません……」

 「それに? なんだかニヤニヤしてたし、なーんか良いことでもあったのかなーって!」

 「うっ……そ、それは……」

 口が裂けても言えない状況とはまさにこのことだ。せっかく私のことを良くしてくれているみきに対してこの脳みその中のことを話したのなら、一気に嫌われてしまうに違いない。そう思うから私は堅く口を塞ぐのだ。

 「んー? なになにー? ホラ、このみきちゃんに話してごらんって! お姉ちゃんに相談するつもりでさ!」

 「……う、うー……!」

 「……おおっ? ついに男でも出来た!? そうだよねぇ、愛衣ちゃんかわいいもんねぇ……! 私が男だったらほっとかないよ!」

 「……そんな自信ないですよ……。それに恋人なんて、居ないですもん……これまでも、これから先も……」

 「えー? ありゃりゃ、世間一般の男子たちの目は節穴ってことね……残念」

 そう言ってみきは首を振りがっかりとした表情をしている。そんなことを聞いてどうするつもりなのだろうか。私にとって今ひとつその楽しみが理解できないものだ。

 「でもさ、じゃあなんでニヤニヤしてたの? 楽しいことを想像してたってことには違いないんだろうけど……あ、分かった! さてはえっちなことを考えてたな!?」

 「ギク」

 「……ん?」

 「……」

 「……図星か! んもー! やっぱり愛衣ちゃんは隅に置けないねぇ! よっ、このスケベ!」

 嫁いできた身とは言え、みきもやはり中島家の人間のようだ。盛り上がり具合が社長たちのそれに良く似ている。しかし、みきは二児の母だというのにこれで良いのだろうか……。

 「こ、声が大きいですよ……!」

 「あっゴメンゴメン! いやさ、興奮すると声がおっきくなっちゃって! アハハ!」

 「も、もう……」

 「……で? 何を想像してムラムラしてたわけ? ホラホラ、お姉ちゃんに話してみ?」

 みきはそう言って私ににじり寄ってきて声を小さくしながらこちらに問いかけてくる。一瞬話して良いのだろうかと思ったけれど、大事なことは絶対に他言しない性格であるみきのことを考えてみれば話してみても良いのかもしれない。

 ふと顔を上げて見てみると、みきはひまわりのように可愛らしく微笑んだ表情を浮かべている。そんな信じられる表情に押され、この口は私自身の中のことを打ち明けるのだった。

 「あの、ですね……」

 「うんうん!」

 「その……先週の土曜日にみんなで、飲み会に行ったじゃないですか? そのことで……」

 「あー……でもその時はさ、ウチのお義父さんのくっだらない説教で盛り上がってたんじゃ……。……もしかして、愛衣ちゃん、そういう下世話な話好きだったりするの?」

 「い、いやいやっ……。そ、そのう……その後の、その……」

 「……。ああー!」

 みきはまたしても大きな声をあげて手を叩く。

 「あの時はゴメンねぇ! ウチのお義父さんったら若い子も連れてっちゃうんだから! まあ、私も行ったんだけど……! 良いのよ? 断ったって! 『ふざけんなエロオヤジ! バーカ!』って啖呵切っても! 大丈夫、そんなことで怒られてクビだって言われても私が加勢して守ってあげるからさ! なんなら『冗談はその頭だけにしろよな! 死ね!』とか言っちゃっても良いんだから!」

 「そ、そんなこと言えませんよ! あとみきさん声が大きいです……!」

 社長、もとい義父に対して随分な言い様である。私は彼女たちの身内ではないのだから焦る必要はないのに、近くに誰か居ないかと伺い変に緊張してしまう。

 「おっとやばい……。でも言える時にガツンと言った方が良い時もあるのよ? じゃないとどんどんエスカレートしていくんだから……。それに私がブレーキ役で居なかったら、社長がエスカレートしっぱなしだったらこの会社はチリひとつ無くなっちゃってると思うわよ……」

 「は、はは……」

 みきはこちらに不満をぶつけつつ私の心配をしてくれている。そのことを目の当たりにするとまだまだこの職場で頑張れそうだと思えるものだ。

 「……ていうかさ」

 「? はい?」

 「愛衣ちゃんがニヤニヤしてた理由って……ひょっとしておっパブに関することだったりするの?」

 「……! ……」

 ……。やはり、みきには敵わない。

 「……図星かー! うふふ、このっ、ス・ケ・ベ……!」

 小さな声でみきは私の腕を小突き楽しそうに誂い始める。図星なのだから否定する訳にもいかないし、取り繕ったとしてもその分話は広がっていってしまうだろう。

 しかし、ここまで私の気持ちを打ち明けられるのも、話している相手がみきだから話せるようなものだ。こんなこと、友人はともかく肉親であったのなら打ち明けることは出来ない。同じ女性の胸を触り、これほどまでにないほど興奮し記憶の一辺が頭にへばりついて忘れられない、などと言ったら勘当されるに違いないだろう。

 みきは守るべきことを守ってくれる人だから、誰かに漏らすなどということに関しては心配なさそうだ。頷きながらみきの方を見てみると、私の腕を小突きながら揺れている、服の上からでも解るくらい大きな胸をつい凝視してしまう。柔らかな布の下に隠れた、それよりも柔らかい二つの柔らかい丸。声をかけられるまでに思い返していたことが相まって、私はついその揺れる二つに対し生唾を飲み込んでしまう。

 ……最低だ。よりにもよって心配して声をかけてくれる人をこんな目で見てしまうなんて。眉間に皺を寄せるこの痛みはその戒めとしておくべきだろう。

 「まあでも! その気持ち解るなー! いいよねおっぱい!」

 「はは、ですよね……。……え?」

 「私もね、よくお義父さんや旦那に連行されて行くのよあのお店。そりゃ夫婦同伴でなにやってんのって思うでしょ? まあそうだけどさ! 旦那に対しちゃ嫁のおっぱいを揉めって言いたくなるけど……他人のおっぱいって良いよねって思っちゃってさ……! それにあのお店、凄いことに可愛い子多いのよねぇ! んふふ、下手なテーマパークより楽しいのよねぇ……あ、夜限定ね」

 そんな話を聞いて驚いてしまう。ああいった風俗店など、ましてや女性が行くとは到底思えなかったが、こうやって目の前に居るみきの気持ちを聞いているととても自然な意見として耳に入ってくるものだ。そう考えると、エリが話していた「こういう店に女の子が来るのも今となっては珍しくない」という話もあながち非現実的なものではないようだ。

 だからこそ私の視線はみきの方に釘付けである。話していることが理解できるから、握りしめた手と一緒に私の腕はみきの話に何度もうなずくのだった。

 「でもねぇ愛衣ちゃん」

 「え?」

 「こーんな真っ昼間からエロエロな妄想しちゃダメだぞー? おまけに仕事中なんだから」

 「……! ご、ごめんなさい……」

 みきは踵を返すように口調を変えて私の行いを咎める。これに関しては私の過ちに違いはなく、反省しない訳にはいかない。

 「……ふふふっ。よしよし、分かれば結構よ! いいコ、いいコー!」

 「……! ふ、ふふ……」

 「……。……うーむ」

 いつものように私の頭と髪の毛はみきの手によってもみくちゃにされながら撫でられる。こうやってみきが私の頭を撫でてくれることに心地良さを覚えていると、その動きが突然止まりみきからは何か考えに耽る唸り声が聞こえてくるではないか。どうしたのだろうと思って顔を覗き込むと、みきは迷っているような素振りを見せていた。

 しかしそれは一瞬の出来事で、「ひらめいた」と言っている表情を浮かべて私に対し手招きをしている。そしてみきは私に耳打ちしてくるのだった。

 「……ねね、愛衣ちゃん今仕事いっぱい抱えてる?」

 「へ……? いえ、そんなには……」

 「じゃあ今日閉店してからすぐ上がれそうかな?」

 「……大丈夫ですけど……どうしたんですか? 急にこんなこと……」

 「んふふ――平日真っ只中だけど、この前言ったおっパブ、今日行かない?!」

 「……へ!?」

 今私の耳に響いている会話の内容を例えるならばこうである。満腹までに食事をしたのち、今すぐ全力疾走しろと言われているようなものだ。あまりにも突然のことで、いつも声が大きいみきに対して文句が言えないと思うほど私は声をあげてしまったのであった。

 「いやーアハハ! 愛衣ちゃんの話を聞いてたらね、私もなんだかその気になっちゃって……! ふふっ……この両手はおっぱいを求めているのだ……! うむ、至言だわコレ……」

 「……何からツッコめば良いのやら……」

 みきは深く頷きながら両手を握りしめ、すぐに手を開き手のひらをわきわきと動かす。だからこそみきの様子を見ているとこの身体は一気に傾いてしまう。おまけに、先ほども思ったことだがみきは二児の母親だ。こんなことで良いのだろうか。しかしそれが個性だと言われれば、そういうことになるが……。

 「大丈夫大丈夫、そんな難しい顔をしなくても! ……もしかして、ウチの心配でもしてくれてるのかな?」

 「ま、まあ……それだけじゃないですけど……。ただ、それ以前にお子さんは大丈夫なのかなって……」

 「まったく心配ないわけじゃないけど、たまにはパパが遊んであげなきゃだしね! じゃないとウチの人、ぜーんぜんなんにもやらないんだから……! それに我が中島家、本日火曜日はレディースデイとなっておりますので!」

 「な、なるほど……」

 ということは仕事が終わったその後は自由な時間が持てるということなのだろう。

 現社長の息子、現専務は少しだけ威圧感のある人物で亭主関白なのだろうかと思わせる節もあるが、今の状況を見る限りではみきとも上手くやっているようだし、本人の話では専務はみきにぞっこんであるらしい。それに「やる時はやる」がモットーのみきの性格や様子を見れば自然と納得することができるものだ。

 ――そして、みきから誘われて嬉しいのか、私の手のひらは知らずしらずの内に握り拳をつくり、手のひらの中は汗で湿っていた。

 「ね、ね? どうかなぁ」

 「……い、いいんですか……!」

 「うおー! 普段はおとなしくてひっそりとしてる愛衣ちゃんだけど、今は瞳とメガネともに爛々らんらんとしてるねぇ……! うんうん、やっぱり若い子はこうでなきゃ! その気持ち大事にしていこうね!」

 いい歳した大人の女二人が仕事中になんということをしているのだろう。他人に知られたら後ろ指さされるに違いないだろうけど、この胸の奥から湧き上がる暖かくてしびれる感情。とても、嬉しくて仕方がないのだ。

 「よしよし、なら決定だね! じゃあそういうことだから! ……そろそろ仕事に戻った方がいいよ、店員さんがこんなに空白の時間を作っちゃ怪しまれるしね」

 「……みきさんならなおさらですよね……」

 「アハハ! そうかも! ……じゃ、また後でね!」

 「……みきさん!」

 「うん? なに?」

 「……。……ありがとうございます、いつも声をかけてくれて」

 「……ふふっ。なんのなんの! それに今日は久しぶりに――VIPな気分だし、期待してて!」

 「……。行っちゃった……。……ふふっ……」

 とても待ち遠しい。こんなこと、いつぶりだろう。









真冬の苗・終
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