上 下
68 / 69

番外編 ハッピーエンドの生き証人(前編)

しおりを挟む
 私は自宅で、娘イベリス(生後二ヶ月)とベッドとの間に両手を挟まれて動けないでいた。
 何を言っているのかわからない。わからないが、事実だから仕方がない。
 ほんの五分ほど前まで、私はイベリスに添い寝しながら絵本(自作)の読み聞かせをしていた。年齢的にまだ早いとも思ったが、胎教であるくらいだしと実行。途中まではキャッキャと嬉しそうに聞いていたのだ、しかし突然イベリスは寝落ちした。そして彼女が寝返りを打った拍子に私の手が挟まれての、この惨劇である。
 内容がわからないから心地良いリズムが眠気を誘ったのか、それとも話がつまらなかったのか……。後者でないことを切に願う。

「あっ、レフィー! 助けてっ」

 夫が帰宅したのが見えて、私は即座に助けを求めた。
 私がマイルールのつもりで設定した『定時』には、お互い仕事を切り上げる。職場がすぐ横の私の方が先に家に着くことになるが、彼もそう遅れることなく毎日きっちり帰ってくる。

「手が……抜け出せなくてっ」

 すやすや眠る娘の下の埋もれた両手とレフィーを交互に見ながら、私は彼に現状を訴えた。
 声を潜めている私を見て、小さく「ああ」と口にした彼が直ぐさま私たちに寄ってくる。彼の手で、イベリスの身体の角度が少し変えられた。

「あ、抜けた……ありがとう、レフィー」

 ようやく自由になった手を、私はグーパーと開いたり閉じたりしてみた。……うん、異常はない。さすがふかふかのベッドである。緩衝効果は抜群だ。

「イベリスはもう、ミアより体重がありますね」
で!?」

 生後二ヶ月で!?

「ミアより、二十四キロ六十六グラム重いです」
「詳細!」
「見た目は人間ですが、体質は竜寄りと思われます。竜は繁殖相手が見つかりにくいため、その分、遺伝しやすいのかもしれません」
「えっ、じゃあもしかして、もっとすくすく育ってしまう……?」
「すくすく育つでしょうね。まあ、五つか六つくらいになれば、体重操作を覚えると思います。そうすれば同年代の人間と同じくらいの体重になるかと」
「それはそれで一、二年くらいしか抱っこできる自信がない……!」

 私より重いなんて。通りで母乳をやるにしても、ルルにイベリスを抱き上げてもらわないといけないわけだ。子供の世話にとルルを紹介してくれた陛下には心から感謝である。
 ただ、実年齢は知らないがルルは私より年下の少女の見た目をしていて。そんな彼女に育児のほとんどを肩代わりしてもらうというのは、精神的にゴリゴリすり減る。肉体的疲労とのトレードオフである。辛い。
 イベリスへの読み聞かせを思い立ったのも、せめて何か母親らしいことをと考えてのことだった。結果、寝落ちした娘にし掛かられ、夫に救出されるという渋い展開になってしまったわけだが。

「ミア。育児中の怪我には、充分気を付けて下さい。ミアはか弱いので」
「怪我に気を付けるのは、子供じゃなくて私なの!?」

 確かに手を挟まれたのが、ふかふかベッドでなかったなら、手を痛めていたかもしれない。それでもイベリスは体重が重いだけで、赤ん坊なのだ。普段は勿論気を付けるが、例えばもし彼女がベッドから落ちそうになったなら、身を挺してでも守る所存だ。

「ミアには黙っていましたが、先日ルルの抱っこからイベリスが抜け出して床に落ちてしまったことがありました」
「えええっ、怪我はなかったの!?」

 思った側からそれ!?

「イベリスは無傷でしたが、魔王城の床は破損しました」
「ん?」
「ルルがイベリスに睡眠効果付き子守唄を歌ったところ返り討ちに遭い、逆に眠らされてしまったようで」
「娘が強過ぎる件について」
「床については陛下がすぐに修復したので、もう穴は空いていません大丈夫です」
「その「大丈夫」は、やっぱり私に向けて言っているのよね?」
「そうですね。穴につまずくことも含め、日常生活を送っていて怪我をするのは、魔王城ではミアくらいですので。くれぐれも気を付けて下さい」
「……はい」
「ところでこれ、新作ですよね?」
「あっ、いつの間に」

 片肘を付いた私と似たような体勢で、イベリスを挟んだ向こう側にレフィーが寝転がる。その彼の手には、つい先程までイベリスに読み聞かせていた絵本があった。

「新作は新作だけど、漫画じゃなくて絵本よ。それ」
「ふむ……全面に絵があって、文字が少なめの体裁ですか。これもまた新鮮です」
「言われてみれば、絵本て見たことがなかったかも」

 オプストフルクトでは物語といえば、教会で壁画を見ながらシスターが語ってくれるくらいだった。絵本のような子供向けの本というものを、見た覚えがない。
 レフィーが新鮮というくらいだから、私だけがそうなのではなく、オプストフルクト自体がそういう文化の国なのだろう。

「しかし、ミア。私の今朝の育児記録の時点では、イベリスはまだ文字を読めなかったはずですが?」
「ああ、うん。読み聞かせをしていたの」
「読み聞かせですか? 言葉もまだ理解していなかったと思いますが?」
「内容というよりは、話すリズムというかそういうのが良いって聞いたことがあったものだから」
「なるほど……では、私もミアから聞くことにします」
「え?」

 開いていた頁を閉じたレフィーが、私に絵本を差し出してくる。
 私から聞くことにというのは、それって私が彼に読み聞かせるということ? 大の大人――それも自分の夫に?

(何、この状況……)

 冗談抜きで待ちの体勢になっている、レフィー。その瞳はキラキラとしている。
 ああ、そうか。絵本が新鮮なのなら、読み聞かせも未知の世界なのか。わからないこと知らないことが大好きな彼が、見過ごすはずもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...