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暗雲(2)
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「……エレベーター、楽しい?」
ぐるりと一回りしながらエレベーターの隅々まで触った陛下は、最後に操作盤を見つめながらレフィーに尋ねた。
言葉少ななその一言に込められた陛下の望みが、私にも伝わってくる。
「楽しいですよ。でも、陛下は乗せません」
にべもなく断られた陛下の悲しみも、私に伝わってくる。
「今じゃなくていい。後で俺一人でいいから、乗ってみたい」
陛下が食い下がる。そんなに乗ってみたいの? エレベーター。陛下、自分で飛べるのに……。
「陛下は遊んでいる暇なんてないでしょう」
「ちょっとだけだって」
「百年前、同じ台詞を言いながら三日徹夜で人間とボードゲームをしていましたよね」
「今度こそ、本当にちょっとだって」
「却下します。一刻も早く、魔界に帰る手筈を整えていただかないと」
百年前の話を出すとは、レフィーも陛下も少なくとも百歳以上なのか。竜はとても長生きな種族なようだ。
――それはさておいて。
「魔界って?」
私は二人の会話に出てきた気になる単語を、挙手とともに質問した。
レフィーと陛下が、ほぼ同時に私を振り返る。
「ああ、俺たちの故郷はここじゃない世界にあるんだ。で、俺の代で皆一緒に帰る計画を立てていて。ミアに頼んでいる植物の世話も、その計画の一環としてのものだ」
「ミアは私の番なので、魔界に連れて帰ります。重力や大気中の成分など、オプストフルクトとそう変わらないので、環境の変化の点に置いては心配はありません」
「そうなんだ」
「そうなんだよな……世界規模の大仕事なんだよな……頑張るか」
陛下が、一人頷きながら言う。それからエレベーターを名残惜しそうに最後に一撫でして、彼は帰っていった。
「私が世話している植物って、そんな大層なものだったのね……」
ここじゃない世界に帰る、なんて。何とも壮大な計画だ。
にしても、カルガディウムに引っ越したと思えば、また引っ越しになるのか。それも今度は世界からして違う場所に。
まあ今更、故郷に未練はないけれども。お別れした理由が理由なだけに。
と思いつつも、何とはなしに故郷のある方角を見遣ってしまう。
「……え?」
瞬間、目に飛び込んできた光景に、私は思わず立ち上がった。
雲一つない、抜けるような青空。その先に見える、一箇所だけ異様な雨雲が掛かった場所。
嫌でも目に留まり、目を離せなくなったその場所を、私は凝視した。この景色を知っていると訴える自分の心に従い、記憶を手繰り寄せる。
そうだ、確かに私は見た。私がシクル村を出た日に、レフィーと初めてあった日に。
(まさか……)
まだ座ったままだったレフィーを見下ろす。目で尋ねる。
「ミアを殺そうとした人間たちです。ミアと引き換えに得た雨で、同様に殺されればいいのでは?」
そして私は「まさか」が的中したことを、彼の言葉によって知らされた。
ぐるりと一回りしながらエレベーターの隅々まで触った陛下は、最後に操作盤を見つめながらレフィーに尋ねた。
言葉少ななその一言に込められた陛下の望みが、私にも伝わってくる。
「楽しいですよ。でも、陛下は乗せません」
にべもなく断られた陛下の悲しみも、私に伝わってくる。
「今じゃなくていい。後で俺一人でいいから、乗ってみたい」
陛下が食い下がる。そんなに乗ってみたいの? エレベーター。陛下、自分で飛べるのに……。
「陛下は遊んでいる暇なんてないでしょう」
「ちょっとだけだって」
「百年前、同じ台詞を言いながら三日徹夜で人間とボードゲームをしていましたよね」
「今度こそ、本当にちょっとだって」
「却下します。一刻も早く、魔界に帰る手筈を整えていただかないと」
百年前の話を出すとは、レフィーも陛下も少なくとも百歳以上なのか。竜はとても長生きな種族なようだ。
――それはさておいて。
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私は二人の会話に出てきた気になる単語を、挙手とともに質問した。
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「ああ、俺たちの故郷はここじゃない世界にあるんだ。で、俺の代で皆一緒に帰る計画を立てていて。ミアに頼んでいる植物の世話も、その計画の一環としてのものだ」
「ミアは私の番なので、魔界に連れて帰ります。重力や大気中の成分など、オプストフルクトとそう変わらないので、環境の変化の点に置いては心配はありません」
「そうなんだ」
「そうなんだよな……世界規模の大仕事なんだよな……頑張るか」
陛下が、一人頷きながら言う。それからエレベーターを名残惜しそうに最後に一撫でして、彼は帰っていった。
「私が世話している植物って、そんな大層なものだったのね……」
ここじゃない世界に帰る、なんて。何とも壮大な計画だ。
にしても、カルガディウムに引っ越したと思えば、また引っ越しになるのか。それも今度は世界からして違う場所に。
まあ今更、故郷に未練はないけれども。お別れした理由が理由なだけに。
と思いつつも、何とはなしに故郷のある方角を見遣ってしまう。
「……え?」
瞬間、目に飛び込んできた光景に、私は思わず立ち上がった。
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嫌でも目に留まり、目を離せなくなったその場所を、私は凝視した。この景色を知っていると訴える自分の心に従い、記憶を手繰り寄せる。
そうだ、確かに私は見た。私がシクル村を出た日に、レフィーと初めてあった日に。
(まさか……)
まだ座ったままだったレフィーを見下ろす。目で尋ねる。
「ミアを殺そうとした人間たちです。ミアと引き換えに得た雨で、同様に殺されればいいのでは?」
そして私は「まさか」が的中したことを、彼の言葉によって知らされた。
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