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竜の『束縛』(1)
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(ふぁあああっ)
先程からずっと、私は叫びたい。でもそれをすると好奇の目で見られること必至なので、心だけでそうしている。
西区では行き交う人の大半が労働者階級のため、マナーに煩い人間が少ない。と、いうわけでやってもらいました……恋人繋ぎ!
新婚感を醸し出しながら、雑貨屋で揃いのマグカップを買ってみたり。家具屋でテーブルを新調してみたり。デートだ、これは紛れもなく夢にまで見たデートだ……!
さすがに家具まで買ってもらうつもりはなかったのだけれど、それについては成り行きで。ドデカい切り株をまんま利用していたテーブルの年輪を、レフィーが店先で数え始めてしまったのだ。営業妨害なので、買わせていただきました。
本当、興味を引くものに対して目がないというか。前世で推しのグッズを売っていた専門店に、開店から閉店までいた私に言われたくはないだろうけれども。
そして買ったものは全部、例によって謎空間に仕舞われました。本当、便利だね!
「ミアの手は、触れていて気持ちがいいですね」
「だからといって、にぎにぎし過ぎだから」
繋いだ直後から落ち着かなかったレフィーの手の動きに、てっきり束縛されるのが嫌だったのかと思いきや、逆に満喫されていたというね。
「あっ、あの教会……」
道中ずっとにぎにぎされつつ公園に着いたところで、私は目に入った光景に思わず声を上げた。
この方角から見上げたことはなかったけれど、間違いない。公園の森の向こうに見えるのは、私が前世を思い出すきっかけとなった教会の屋根だ。
あれは十三年前、五歳だった。当時、両親とここ王都カニステルに住んでいた私は、あの教会で執り行われていた結婚式を偶然目にした。
その瞬間だった。『ご出席』に丸囲みした結婚式の招待状を前に、「いつも受け取る側よね」とぼやいていた記憶を皮切りに、どんどん前世の記憶が蘇っていったのは。……精神的ダメージまで蘇り、しばらく真顔で固まっていたのを覚えている。
「あっちが教会ということは……レフィー、せっかく公園に来たけど、向かい側の出入口から出てもいい?」
「いいですが、どこへ行くんです?」
「この近くに、私が昔住んでいたタウンハウスがあるの」
父は伯爵領の管理を人に任せ、私が生まれる前から王都で仕事をしていた。領地は山ばかりの田舎町だったらしい。私は結局一度も行く機会に恵まれなかった。父が亡くなったことで、彼の地は既に国に返還されている。もう完全に他人の土地だ。
「今はもう別の人が住んでいるから、通り過ぎるだけにするけど」
レフィーの手を引いて、園内からタウンハウスが並ぶ通りへと出る。
商店街とは違い、住宅地なこの辺りは十年以上前とほぼ印象が変わらない。せいぜい煉瓦造りの家の外壁が、くすんだくらい。
「――あった。あの家だわ」
歩きながら、鉄製フェンスの向こうにあるL字型の建物を眺める。
大きな木が植えられた前庭が、あの頃の私の世界だった。家の中と前庭と、それからたまに行く教会だけの小さな世界。
私が大人になったら家族で王都を見て回ろうという約束は、果たされなかった。二人とも流行病で立て続けに亡くなってしまったから。
(少し中央区を歩いただけでも、どうして「大人になったら」なのかわかったわ)
王都は思っていたよりずっと大きかった。あそこではぐれてしまったなら、見つけ出すのは困難だ。そして、たくさんの店は当然、王都にある機械仕掛けの橋や扉も子供の目を引く。あの頃の私なら、間違いなく迷子コースだったろう。両親は私をよくわかっていたようだ。
先程からずっと、私は叫びたい。でもそれをすると好奇の目で見られること必至なので、心だけでそうしている。
西区では行き交う人の大半が労働者階級のため、マナーに煩い人間が少ない。と、いうわけでやってもらいました……恋人繋ぎ!
新婚感を醸し出しながら、雑貨屋で揃いのマグカップを買ってみたり。家具屋でテーブルを新調してみたり。デートだ、これは紛れもなく夢にまで見たデートだ……!
さすがに家具まで買ってもらうつもりはなかったのだけれど、それについては成り行きで。ドデカい切り株をまんま利用していたテーブルの年輪を、レフィーが店先で数え始めてしまったのだ。営業妨害なので、買わせていただきました。
本当、興味を引くものに対して目がないというか。前世で推しのグッズを売っていた専門店に、開店から閉店までいた私に言われたくはないだろうけれども。
そして買ったものは全部、例によって謎空間に仕舞われました。本当、便利だね!
「ミアの手は、触れていて気持ちがいいですね」
「だからといって、にぎにぎし過ぎだから」
繋いだ直後から落ち着かなかったレフィーの手の動きに、てっきり束縛されるのが嫌だったのかと思いきや、逆に満喫されていたというね。
「あっ、あの教会……」
道中ずっとにぎにぎされつつ公園に着いたところで、私は目に入った光景に思わず声を上げた。
この方角から見上げたことはなかったけれど、間違いない。公園の森の向こうに見えるのは、私が前世を思い出すきっかけとなった教会の屋根だ。
あれは十三年前、五歳だった。当時、両親とここ王都カニステルに住んでいた私は、あの教会で執り行われていた結婚式を偶然目にした。
その瞬間だった。『ご出席』に丸囲みした結婚式の招待状を前に、「いつも受け取る側よね」とぼやいていた記憶を皮切りに、どんどん前世の記憶が蘇っていったのは。……精神的ダメージまで蘇り、しばらく真顔で固まっていたのを覚えている。
「あっちが教会ということは……レフィー、せっかく公園に来たけど、向かい側の出入口から出てもいい?」
「いいですが、どこへ行くんです?」
「この近くに、私が昔住んでいたタウンハウスがあるの」
父は伯爵領の管理を人に任せ、私が生まれる前から王都で仕事をしていた。領地は山ばかりの田舎町だったらしい。私は結局一度も行く機会に恵まれなかった。父が亡くなったことで、彼の地は既に国に返還されている。もう完全に他人の土地だ。
「今はもう別の人が住んでいるから、通り過ぎるだけにするけど」
レフィーの手を引いて、園内からタウンハウスが並ぶ通りへと出る。
商店街とは違い、住宅地なこの辺りは十年以上前とほぼ印象が変わらない。せいぜい煉瓦造りの家の外壁が、くすんだくらい。
「――あった。あの家だわ」
歩きながら、鉄製フェンスの向こうにあるL字型の建物を眺める。
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私が大人になったら家族で王都を見て回ろうという約束は、果たされなかった。二人とも流行病で立て続けに亡くなってしまったから。
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王都は思っていたよりずっと大きかった。あそこではぐれてしまったなら、見つけ出すのは困難だ。そして、たくさんの店は当然、王都にある機械仕掛けの橋や扉も子供の目を引く。あの頃の私なら、間違いなく迷子コースだったろう。両親は私をよくわかっていたようだ。
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