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『笑顔で敵を陥れるリヒト王子』は実在しました。(1)

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「――それ、今日も付けてくれてるんだね」

 まさに「言葉では言い表せない衝撃」を受けていた私の頭を、リヒト王子が指差してくる。不意に言われた彼の台詞に、私は無意識で自身の髪を飾る銀のヘアピンへと手を伸ばした。
 例の港町デートで彼から贈られて以来、これは「今日も」と言われるくらいの頻度で付けている。付けていないのは、お父様が休日もしくは夕食を一緒にする日くらいだろうか。そのときはほら、お父様が買ってくれた物を身に着けていないといじけるから。

「殿下も私が差し上げたハンカチを、いつも携行されていると聞き及んでいますわ」

 リヒト王子がお返しに望んだ刺繍入りのハンカチは、あの日から五日後に手渡した。本当は翌日には仕上げるつもりだったのだけれど……。ヴィオレッタとしても刺繍はまだ習い始めたばかりで、盛大に予定をオーバーしてしまった。
 原因はわかっている。糸を通さなくていいところに穴が空く度、誤魔化す刺繍を加えたからだ。ワンポイントのはずが、ガッツリ刺繍が施されたハンカチが出来上がってしまったというね。
 リヒト王子の方は頻繁どころか、毎日欠かさず持ち歩いているらしい。使う用のハンカチは別途あるとか。私があげたものは常に内ポケットに入れているという、ランセルからの情報だ。正確にはランセル発、モニカ情報であるが。

「あ、モニカとは仲良くしてるんだ?」

 言っていないのにそこまで読んだリヒト王子が、そう返しつつ紅茶を一口飲む。
 そういうちょっとしたことが二次創作では腹黒に繋がって――って、あ、この人自分で腹黒が素だとか言ってたんだったわ。
 そうだ。モニカといえば……。

「……ねぇ、理人なら知ってるわよね? 最初にモニカが入ったルートって、リヒト王子じゃなかった?」

 私は敢えて、菫の方の口調で尋ねてみた。
 普段からこれをやると絶対公の場でボロが出るので、こういうここぞというときにしかやらないことにする。
 リヒト王子は一瞬目をみはって、それからふっと笑った。

「ああ、あれね。そうだと思ったから、僕の方でランセルルートに軌道修正したんだよね」
「……軌道修正、とは?」
「そのまま、軌道修正だよ。入学式で僕とぶつかった以外は、ランセルルートで起こるイベントを全部再現してあげた」

 カップを置いて頬杖の格好になったリヒト王子が、楽しげに私の問いに答える。

「…………はい?」

 その答えに、私はついデザートフォークにアップルパイを刺したままに、彼をまじまじと見てしまった。
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