上 下
9 / 27

容疑者多過ぎ問題が発生しました。(2)

しおりを挟む
「あら、主役のご登場だわ」

 ランセルに話しかけられたことで、周りのご婦人方も私を振り返る。その台詞からして、表向きはサロンであることなんて、すっかり忘れてしまっているようだ。
 次から次へと挨拶に来る親戚に笑顔を振りまきつつ、婚約者候補であるリヒト王子との進展については、かわしつつ。私は記憶が戻ってから初めてであるはずのこの遣り取りに、激しい既視感を覚えていた。

(これ知ってるわ。田舎の正月の風景だわ)

 前世で私が住んでいた場所は、かなり田舎だった。
 その上、私の家は本家だった。正月には、自宅を取り囲むようにして親戚の車が駐車していたのを覚えている。しかもその一台が、四人乗り五人乗りで来ているわけだ。私の家は、さながらイベント会場のように混雑を極めていた。

(食器棚に来客用の皿やコップが三十組はあったもんね……)

 今世でも似たような光景に出くわすとは。そして親戚が一様に結婚について聞いてくるのも、世界を跨いで同じようである。

「そういった話題については、ヴィオ個人についてではなく対象を広くして論じて下さい。世間で求められる知識は、そちらですよ」
「ランセル」
「ヴィオは議論に参加する前に、喉を潤したらどうだい? こっちへおいで」

 一通り挨拶が終わりどう切り上げようかと悩んでいたところ、ランセルが私をその場から連れ出してくれた。ここはあくまでサロンですよと言外にほのめかしたのが、スマートだ。やはり攻略対象なだけあって、別格感がある。

(ゲームのヴィオレッタが新たに恋した相手って、ランセルだったのかも)

 私に随分親しげに話しかけてきた彼だが、確かキャラ設定では女性が苦手だったはず。その点を踏まえると、ランセルにとってもヴィオレッタは特別にあたるのではないだろうか。
 それにランセルは、リヒト王子のシナリオでは王子の恋の手助けをしていたくらい、王子とも仲が良い。好きな人が気を許している相手にヴィオレッタが興味を持つ……。うん、充分に有り得る話だと思う。
 ただ、問題があるとすれば――

「ほら、林檎ジュース」
「ありがとう、ランセル。いただくわ」

 爽やかに微笑むランセルから、カクテルグラスを受け取る。
 素敵な笑顔だ。予期せぬ失恋の後にこの笑顔でこんなふうに優しくされたなら、コロッと行ってしまいかねない。
 そう、失恋であれば。

(……やっぱりもしかしなくても、中身が私になったせいで恋が始まらなくない?)

 まずい。非常にまずい。
 今の私だとリヒト王子に振られたとしても、「あー、ついにこの瞬間が来たのね」の一言で済んでしまう。寂しい気持ちにはなると思うが、傷心にはならない。
 トントントン
 ドレスの上から、太股を指で叩きつつ考える。
 トントントン

(……これはアレだ。なるようになれ!)

 私は早々に諦め、グラスの中のジュースを一気に飲み干した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】婚約破棄をして処刑エンドを回避したい悪役令嬢と婚約破棄を阻止したい王子の葛藤

彩伊 
恋愛
乙女ゲームの世界へ転生したら、悪役令嬢になってしまいました。 処刑エンドを回避するべく、王子との婚約の全力破棄を狙っていきます!!! ”ちょっぴりおバカな悪役令嬢”と”素直になれない腹黒王子”の物語 ※再掲 全10話 白丸は悪役令嬢視点 黒丸は王子視点です。

【完結】悪役令嬢に転生しちゃったけど、婚約者様とヒロイン(仮)に溺愛されちゃいそうです!?

雪入凛子
恋愛
悪役令嬢に転生した私。だけどそこにヒロインの姿はなくて...。「えっ、これってどういうこと!? 私の立ち位置って、普通の令嬢でいいんじゃない?」現代の世界から、乙女ゲームの世界へと転生した主人公、ルーナ。友人の誕生日パーティにて婚約者に話を切り出されるも、もしや、婚約破棄の話かと疑って脱兎の如く逃げ出すと、そこにいたのはヒロインでした。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

【完結】悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない

七星点灯
恋愛
絶対にハッピーエンドを迎えたい! かつて心理学者だった私は、気がついたら悪役令嬢に転生していた。 『相手の嘘』に気付けるという前世の記憶を駆使して、張り巡らされる死亡フラグをくぐり抜けるが...... どうやら私は恋愛がド下手らしい。 *この作品は小説家になろう様にも掲載しています

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

処理中です...