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物語が始まる前に(1)
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私は迎えの馬車に、建築ギルドへ向かってもらった。そこが私の想い人――レンさんの職場だ。真っ直ぐに家へ帰らず寄り道するという常ならぬ私の行動に、御者は驚きを見せつつもその要望を聞いてくれた。
間もなく到着して、真新しい石造りの建物に入る。ここはつい先月、断熱と遮熱を兼ね揃えた窓や床暖房など、最新技術を取り入れての改装がなされた。建築ギルドの建物自体が、商品サンプルというわけだ。
パッと見、中世ヨーロッパ風なローク王国ではあるが、この世界には前世でいうところの電池に代わる『魔石』が存在する。その『魔石』も充分に供給されていて、全体的に国の生活レベルは高いと思う。例えるなら、家電は出揃っているがインターネットは普及していなかった、平成時代前半くらいだろうか。
ここ数年の建築ギルドの目標は、『最新技術を多くの家庭に』らしい。実際、今回の建築ギルドの改装で実装された設備は、どれも一般家庭が少し頑張れば手が届くほどの価格まで抑えられているという話。
(今日も見学者が多いわ。商売繁盛ね)
私は受付でレンさん――ギルドマスターへの面会を取り付け、慣れた足取りで二階へと上がった。
慣れた――というのは、ここへは頻繁に来ているからだ。侯爵である父が自領の開発を積極的に行っており、私も幼い頃から同行させてもらっていた。
きっかけは私のおねだりであった。物心ついた頃には転生者の自覚があった私は、特に水回りの環境について日本が恋しかった。それで父に「水道が欲しい」と訴えた。
私としては単に家が大金持ちであったから、魔石を駆使した上下水道もどきを自宅に作ってくれないかなと期待した程度だった。仕組みをわかる限り詳細に話したのも、見たことも聞いたこともない設備のDIYなんて骨が折れるだろうと思ったからだ。
ところが父は、それを子供の絵空事と切り捨てるどころか自領の開発計画として纏めて国に提出してしまった。そして侯爵家の領地であるノインは、五年を掛けて計画通りにすべての住宅に上下水道が通った。
ノインの開発が始まって一年も経たずに、王都の方でも同様の計画が立ち上がった。その際に父は何を思ったか、発案者として私を建築ギルドに同行させたのだ。
確かに発案者に違いはないが、私は当時十歳にも満たない子供。幾ら計画と同時に新設された新興ギルドとはいえ、良い顔をしないのではと心配したのを覚えている。
(実際はレンさんの方が、お父様より『子供の絵空事』に飛び付いたのよね)
他に在れば便利なものは思い浮かばないかと尋ねて来たレンさんに、私はこれ幸いと色々語った。例によって先月実装された『断熱と遮熱を兼ね揃えた窓』や『床暖房』もそのうちの一つだ。レンさんもまた、父と同じく私の話す『便利な施設や生活道具』に熱心に耳を傾けてくれた。
父は、建築ギルドができる前からレンさんとは知り合いだったようで。お互い気心が知れた仲であるのが、端から見ていてもわかった。俗にいう、『類は友を呼ぶ』という奴だなと。
普段外では侯爵然としている父も、レンさんの執務室では私が自宅で見る寛いだときの父だった。即ち、新しいもの好きで少し子供っぽいところがある、私と母に甘い……そんな。
父のお陰で私はレンさんと知り合うことができ、その後も何度も会うことができた。今日だって普通は、未婚の女性が一人で男性に会うことは非常識。けれど誰も咎めるどころか、非常識という目で私を見てくる職員さえいなかった。
(建築ギルドの職員は全員平民という話だったし、その辺りの常識も違うのかも)
とはいえ、『婚約破棄された令嬢』となれば色眼鏡で見られるのは必至だろう。そういった話題は貴族も平民も関係がないように思う。
(やっぱりレンさんに告白するなら、今しかないわ)
辿り着いた目的の部屋を前に、決意を新たにする。
すぅっと深呼吸を一度だけ。
それから私は、その扉を意識して軽快にノックした。
間もなく到着して、真新しい石造りの建物に入る。ここはつい先月、断熱と遮熱を兼ね揃えた窓や床暖房など、最新技術を取り入れての改装がなされた。建築ギルドの建物自体が、商品サンプルというわけだ。
パッと見、中世ヨーロッパ風なローク王国ではあるが、この世界には前世でいうところの電池に代わる『魔石』が存在する。その『魔石』も充分に供給されていて、全体的に国の生活レベルは高いと思う。例えるなら、家電は出揃っているがインターネットは普及していなかった、平成時代前半くらいだろうか。
ここ数年の建築ギルドの目標は、『最新技術を多くの家庭に』らしい。実際、今回の建築ギルドの改装で実装された設備は、どれも一般家庭が少し頑張れば手が届くほどの価格まで抑えられているという話。
(今日も見学者が多いわ。商売繁盛ね)
私は受付でレンさん――ギルドマスターへの面会を取り付け、慣れた足取りで二階へと上がった。
慣れた――というのは、ここへは頻繁に来ているからだ。侯爵である父が自領の開発を積極的に行っており、私も幼い頃から同行させてもらっていた。
きっかけは私のおねだりであった。物心ついた頃には転生者の自覚があった私は、特に水回りの環境について日本が恋しかった。それで父に「水道が欲しい」と訴えた。
私としては単に家が大金持ちであったから、魔石を駆使した上下水道もどきを自宅に作ってくれないかなと期待した程度だった。仕組みをわかる限り詳細に話したのも、見たことも聞いたこともない設備のDIYなんて骨が折れるだろうと思ったからだ。
ところが父は、それを子供の絵空事と切り捨てるどころか自領の開発計画として纏めて国に提出してしまった。そして侯爵家の領地であるノインは、五年を掛けて計画通りにすべての住宅に上下水道が通った。
ノインの開発が始まって一年も経たずに、王都の方でも同様の計画が立ち上がった。その際に父は何を思ったか、発案者として私を建築ギルドに同行させたのだ。
確かに発案者に違いはないが、私は当時十歳にも満たない子供。幾ら計画と同時に新設された新興ギルドとはいえ、良い顔をしないのではと心配したのを覚えている。
(実際はレンさんの方が、お父様より『子供の絵空事』に飛び付いたのよね)
他に在れば便利なものは思い浮かばないかと尋ねて来たレンさんに、私はこれ幸いと色々語った。例によって先月実装された『断熱と遮熱を兼ね揃えた窓』や『床暖房』もそのうちの一つだ。レンさんもまた、父と同じく私の話す『便利な施設や生活道具』に熱心に耳を傾けてくれた。
父は、建築ギルドができる前からレンさんとは知り合いだったようで。お互い気心が知れた仲であるのが、端から見ていてもわかった。俗にいう、『類は友を呼ぶ』という奴だなと。
普段外では侯爵然としている父も、レンさんの執務室では私が自宅で見る寛いだときの父だった。即ち、新しいもの好きで少し子供っぽいところがある、私と母に甘い……そんな。
父のお陰で私はレンさんと知り合うことができ、その後も何度も会うことができた。今日だって普通は、未婚の女性が一人で男性に会うことは非常識。けれど誰も咎めるどころか、非常識という目で私を見てくる職員さえいなかった。
(建築ギルドの職員は全員平民という話だったし、その辺りの常識も違うのかも)
とはいえ、『婚約破棄された令嬢』となれば色眼鏡で見られるのは必至だろう。そういった話題は貴族も平民も関係がないように思う。
(やっぱりレンさんに告白するなら、今しかないわ)
辿り着いた目的の部屋を前に、決意を新たにする。
すぅっと深呼吸を一度だけ。
それから私は、その扉を意識して軽快にノックした。
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