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王家の文字(4)
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(ナズナの花、かぁ……)
確かナズナの花言葉は、『あなたに私のすべてを捧げます』。もしこの花にも同じ意味があるのなら、彼女が贈りたかったのはこの言葉ごとだろうか。うーん……恋愛だ。
書かれたメッセージの舞台裏に、つい思いを馳せてしまう。
「……あれ?」
そこで私は、ふと違和感を覚えた。
「どうした、サラ?」
「うん、そのカードが何か気になるというか……」
違和感の正体を探ろうと、もう一度まじまじとカードの文字を読む。
一体、何が引っ掛かったのか。こんなほんの短い手書きのメッセージで。
いや本当、綺麗。パソコンに入っているペン字な書体レベル――
(! ペン字……そう、ペン字だ!)
私は捉えた正体に、ハッと息を呑んだ。
『ペン字のお手本のような』、そう思った時点でどうして気付かなかったのか。
「ギル、これ、私の世界の文字です!」
そこに書かれているのは、紛れもなく日本語。私は衝撃に震える手で、カードの文字を指差した。
改めて思い返せば、王都でシナレフィーさんが購入していた本、あれもすべて日本語で書かれたタイトルだった。あのとき、私は本のタイトルを「そのまま読んで」いた。
書店に行く前に立ち寄った店で、アイテム説明欄を活用し過ぎたのが見落とした原因かもしれない。カシムが口にしていた『王都で使われている文字』とは、日本語のことだったのだ。
「言われてみればゼンの家系には、妃殿下のような黒髪を持つ子が稀に見られますね。本を取り扱っているくらいです、ゼンも当然王家の関係者でしょう」
「この文字が使われ始めたのは、俺が魔王に即いた数年後くらいだったか?」
「そう記憶しています。百年ほど前ですね。転移のオーブが持ち去られたのは、先代が倒される直前。時期的に間違いなさそうですね。王家には、妃殿下と同じ異世界人がいたのでしょう」
「私以外にも、日本から来た人がいた……」
そんなことが。
私がこの世界に喚ばれたのは、レア中のレアケースだと思っていた。けれどオプストフルクトには、王家限定とはいえ日本語を広めるほどこの地に根付いた人が既にいたなんて。
ゴクゴク
私は気持ちを落ち着かせるため、湯飲みに残っていた緑茶を一息に飲み干した。
湯飲みを天板に置いた拍子に、対面のミアさんが目に入る。ミアさんは、先程から真剣に黙々とやっていた蜜柑の筋を取り除く作業が、ようやく終わったようだった。
蜜柑を頬張って幸せそうなミアさんの顔、寧ろ緑茶より癒やされました。ありがとうございます。
「――もし未だ王家に異世界人がいたなら、そいつらは元の世界に帰りたいと思うだろうか?」
「あっ、オーブ……」
『オーブは魔王のいる世界に付いてくる』、ギルは以前そう話していた。私たちが魔界へ行けば、オーブを持ち帰ることになる。そうしたら、オプストフルクトに残された異世界人は、元の世界に帰る術を失ってしまう。
「……いえ、今はいないでしょう」
シナレフィーさんは少し考える素振りを見せた後、断言した。
「妃殿下が勇者の生け贄に喚ばれたのは、先代を倒した勇者の嫁取りを踏襲したからではないでしょうか。あの者の覚醒時期から計算して、王家からイスカにオーブが移ったのは、百年以上前。人間の寿命からいって、生存している異世界人は王家にはいないでしょう。イスカの方も喚んだのは、殺された生け贄と妃殿下の二人だけと思われます。陛下が即いた後に、覚醒した勇者は見られておりませんので」
得心いったという感じで語ったシナレフィーさんは、何かのスイッチが入ったらしい。この後、話題はゼンさんを含めた王家の関係者の予想に移っていった。それを対面のギルが、「なるほど、わからん」という表情で聞き続ける。
私はそんな二人を眺めながら、ぼんやりと先程のシナレフィーさんの言葉を思い出していた。
確かナズナの花言葉は、『あなたに私のすべてを捧げます』。もしこの花にも同じ意味があるのなら、彼女が贈りたかったのはこの言葉ごとだろうか。うーん……恋愛だ。
書かれたメッセージの舞台裏に、つい思いを馳せてしまう。
「……あれ?」
そこで私は、ふと違和感を覚えた。
「どうした、サラ?」
「うん、そのカードが何か気になるというか……」
違和感の正体を探ろうと、もう一度まじまじとカードの文字を読む。
一体、何が引っ掛かったのか。こんなほんの短い手書きのメッセージで。
いや本当、綺麗。パソコンに入っているペン字な書体レベル――
(! ペン字……そう、ペン字だ!)
私は捉えた正体に、ハッと息を呑んだ。
『ペン字のお手本のような』、そう思った時点でどうして気付かなかったのか。
「ギル、これ、私の世界の文字です!」
そこに書かれているのは、紛れもなく日本語。私は衝撃に震える手で、カードの文字を指差した。
改めて思い返せば、王都でシナレフィーさんが購入していた本、あれもすべて日本語で書かれたタイトルだった。あのとき、私は本のタイトルを「そのまま読んで」いた。
書店に行く前に立ち寄った店で、アイテム説明欄を活用し過ぎたのが見落とした原因かもしれない。カシムが口にしていた『王都で使われている文字』とは、日本語のことだったのだ。
「言われてみればゼンの家系には、妃殿下のような黒髪を持つ子が稀に見られますね。本を取り扱っているくらいです、ゼンも当然王家の関係者でしょう」
「この文字が使われ始めたのは、俺が魔王に即いた数年後くらいだったか?」
「そう記憶しています。百年ほど前ですね。転移のオーブが持ち去られたのは、先代が倒される直前。時期的に間違いなさそうですね。王家には、妃殿下と同じ異世界人がいたのでしょう」
「私以外にも、日本から来た人がいた……」
そんなことが。
私がこの世界に喚ばれたのは、レア中のレアケースだと思っていた。けれどオプストフルクトには、王家限定とはいえ日本語を広めるほどこの地に根付いた人が既にいたなんて。
ゴクゴク
私は気持ちを落ち着かせるため、湯飲みに残っていた緑茶を一息に飲み干した。
湯飲みを天板に置いた拍子に、対面のミアさんが目に入る。ミアさんは、先程から真剣に黙々とやっていた蜜柑の筋を取り除く作業が、ようやく終わったようだった。
蜜柑を頬張って幸せそうなミアさんの顔、寧ろ緑茶より癒やされました。ありがとうございます。
「――もし未だ王家に異世界人がいたなら、そいつらは元の世界に帰りたいと思うだろうか?」
「あっ、オーブ……」
『オーブは魔王のいる世界に付いてくる』、ギルは以前そう話していた。私たちが魔界へ行けば、オーブを持ち帰ることになる。そうしたら、オプストフルクトに残された異世界人は、元の世界に帰る術を失ってしまう。
「……いえ、今はいないでしょう」
シナレフィーさんは少し考える素振りを見せた後、断言した。
「妃殿下が勇者の生け贄に喚ばれたのは、先代を倒した勇者の嫁取りを踏襲したからではないでしょうか。あの者の覚醒時期から計算して、王家からイスカにオーブが移ったのは、百年以上前。人間の寿命からいって、生存している異世界人は王家にはいないでしょう。イスカの方も喚んだのは、殺された生け贄と妃殿下の二人だけと思われます。陛下が即いた後に、覚醒した勇者は見られておりませんので」
得心いったという感じで語ったシナレフィーさんは、何かのスイッチが入ったらしい。この後、話題はゼンさんを含めた王家の関係者の予想に移っていった。それを対面のギルが、「なるほど、わからん」という表情で聞き続ける。
私はそんな二人を眺めながら、ぼんやりと先程のシナレフィーさんの言葉を思い出していた。
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