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第五章 聖女じゃないほうだからこそ

失くした記憶(1)

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 独りの空間。
 意識が戻り私が感じたのは、まずそれだった。
 瞼を開き、目だけで辺りを見回す。
 意識を手放す前と同じ穏やかな闇の空間に、私は水面に浮かぶように揺蕩たゆたっていた。
 身を起こす。
 相変わらず上下もよくわからない場所で、けれどやはり不思議と立つことができた。
 先程までとの違いは――彼がいないことだけだ。

「……っ」

 頭を振る。一瞬にして頭を占めたそれを掻き消す。
 両手の手のひらを強く握って、開く。そうして意識を自分に集中させ、私は真っ直ぐ前方に向かって歩き出した。


 闇の中、当てもなく彷徨さまよう。

(ん?)

 不意にすぐ側の空間の一部がぽぅっと明るくなり、私は足を止めた。

(あ、これって)

 光の中央付近を目を凝らして見る。
 ぼんやりとした光の中に映し出される、ぼんやりとした映像。

(やっぱり。私の『記憶』だ)

 映像には、ナツメが映っていた。これは初日の光景だろうか、神殿を歩いている彼の姿が見える。
 私は、じっとその姿を見つめた。自分の『外』にある、自分の『記憶』。それが意味するところを、私は知っていた。

(本編では、美生はここで元の世界を見ていたのよね……あっ)

 見ていた映像がぼやけたかと思うと、それは光と同時に消えた。
 もう何も見えない闇を暫く見つめて、そうしているうちにまた別の場所に薄い光がともった。
 自然と速くなる足で、その光がある方へと向かう。

(これは……イスミナの森かな)

 映し出されていたのは、森の中にいるナツメ。何か魔法を唱えているようだが、映像に音声は無いため彼の声は聞こえない。
 状況から見て、森で結界を張っていたときのナツメだろうか。魔法を唱え終えた彼が歩き出したところで、やはり光は消えた。
 その後、センシルカの街、王都、それからレテの村へ。足跡を辿るように、場面は移って行く。

「…………」

 やがて映像は――『交信の間』で魔法陣を描く彼にまで行き着いた。
 既に床に描かれた魔法陣の向こう、大鏡に魔法陣を描くナツメの後ろ姿が映る。
 私は、ナツメから床の魔法陣へと目を移した。自分が通るべき、元の世界への扉だ。

(そういえば……)

 ふと、本編のナツメのワンシーンが私の頭を過った。
 頑なに『美生は帰るべき人』と言い続けたナツメ。その姿が、彼に『私は帰るべき』と譲らなかった自分と重なる。

『正直……面白くなかったわね』

 センシルカで彼に答えたナツメルートに対しての感想も思い出し、苦笑する。

(私も、面白くなかった話にしちゃったわね)

 光が消える。
 次の光は、点らない。
 そして私は、ここまでの光の中に何を見ていたのか、思い出せないことに気付いた。

(さようなら)

 思い出せないのに、その言葉が誰に向けられたものかはわかる。

「さようなら」

 私の意識は、再び白の世界へと落ちていった。
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