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第五章 聖女じゃないほうだからこそ
あの日の望み(3)
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『彩子さんの夢は、ナツメさんと離れても叶いますか?』
あの質問をしてきたのが美生ではなくナツメであったなら、私はあのときと同じ答を彼には返せなかったかもしれない。
でも、もう引き返せない。
だから私はせめて我が侭を通したのだと、彼に思わせなければ。
本当は後悔したことを、彼に知られては駄目だ。
「前に話したけど、美生とナツメが親密になる物語の結末もあったの。だから私はナツメに対して、『美生でなく私でいいのなら、私じゃなくてもいいんだ』と思ってしまった。酷いでしょう?」
私はルーセンにも話した言い訳を、ナツメに繰り返した。
本当はこれ以上、彼を傷付ける真似はしたくない。
(けど、ナツメはきっと私が後悔したと知った方が傷付く)
どこまでも優しい人だから。
私はもうナツメを見ていられなくて、瞼をぎゅっと閉じた。
「ええ、酷いですね。だから俺は、そのくらいの理由を持ち出さないと帰れなくなった、貴女がいい」
「……っ」
こちらの心情を見透かしたナツメの言葉に、思わず肩が震える。
もう手遅れなのに、耳を塞ぎたくなる。
「私は、帰る。私は、私がここに喚ばれた意味をそこに見出してしまったから。私の役目は、私がこの世界を去るというところまでだから」
私は塞げない耳の代わりに、思考を閉ざした。彼と向き合う前の自分を表に立たせ、その影に隠れた。
しかしその途端強く両肩を掴まれ、私は驚いた拍子に目を開けてしまった。
「――俺が貴女を大人しく帰すとでも思っているんですか?」
突き刺さるようなナツメの視線と、かち合う。
「貴女が元の世界に帰るには、俺の魔法が必要です。俺が拒めば貴女は帰ることができない。セネリアのように廃人になれば俺も諦めがつくとでも? 考えが甘いですよ」
ナツメの口から、険のある声が発せられる。
「俺の方が貴女より余程酷い男です。だから、貴女が抜け殻になったって、元の世界に帰させやしません。貴女の呼吸が止まりその身体が朽ちたって、それでも離してあげません。貴女なんて――あの世で後悔すればいい!」
睨まれて、脅されて。それなのに、それがこの上なく、愛しい。
「ナツメ」
他の誰でもない、この人が愛しい。
「ありがとう。貴方のその言葉が嬉しいと思えるくらい、貴方のこと、好きだったわ」
「――っ」
ナツメが目を瞠り、息を呑む。
ふわり、ふわり
次々と、私の身体から新しい光の玉が浮かび上がる。
「駄目です……っ」
それを食い止めんとする勢いで、ナツメに掻き抱かれる。
けれどその彼を擦り抜けて、私の光は絶え間なく――もはや光の柱となって立ち上っていた。
(もう……意識が……)
視界に靄がかかる。
抱き締めてくれているはずのナツメの温もりが、痛みが、遠い。
「! 駄目です、アヤコさんっ」
すべてが、遠い。
「お願いです、アヤコさん……アヤコさ――――アヤコ‼」
何か大きな存在と自分が混ざり溶けた。そんな感覚がした。それは恐怖ではなく、安堵さえ感じられて。
この場に似つかわしくないほど穏やかに、私の意識は一切が白い空間へと落ちていった。
あの質問をしてきたのが美生ではなくナツメであったなら、私はあのときと同じ答を彼には返せなかったかもしれない。
でも、もう引き返せない。
だから私はせめて我が侭を通したのだと、彼に思わせなければ。
本当は後悔したことを、彼に知られては駄目だ。
「前に話したけど、美生とナツメが親密になる物語の結末もあったの。だから私はナツメに対して、『美生でなく私でいいのなら、私じゃなくてもいいんだ』と思ってしまった。酷いでしょう?」
私はルーセンにも話した言い訳を、ナツメに繰り返した。
本当はこれ以上、彼を傷付ける真似はしたくない。
(けど、ナツメはきっと私が後悔したと知った方が傷付く)
どこまでも優しい人だから。
私はもうナツメを見ていられなくて、瞼をぎゅっと閉じた。
「ええ、酷いですね。だから俺は、そのくらいの理由を持ち出さないと帰れなくなった、貴女がいい」
「……っ」
こちらの心情を見透かしたナツメの言葉に、思わず肩が震える。
もう手遅れなのに、耳を塞ぎたくなる。
「私は、帰る。私は、私がここに喚ばれた意味をそこに見出してしまったから。私の役目は、私がこの世界を去るというところまでだから」
私は塞げない耳の代わりに、思考を閉ざした。彼と向き合う前の自分を表に立たせ、その影に隠れた。
しかしその途端強く両肩を掴まれ、私は驚いた拍子に目を開けてしまった。
「――俺が貴女を大人しく帰すとでも思っているんですか?」
突き刺さるようなナツメの視線と、かち合う。
「貴女が元の世界に帰るには、俺の魔法が必要です。俺が拒めば貴女は帰ることができない。セネリアのように廃人になれば俺も諦めがつくとでも? 考えが甘いですよ」
ナツメの口から、険のある声が発せられる。
「俺の方が貴女より余程酷い男です。だから、貴女が抜け殻になったって、元の世界に帰させやしません。貴女の呼吸が止まりその身体が朽ちたって、それでも離してあげません。貴女なんて――あの世で後悔すればいい!」
睨まれて、脅されて。それなのに、それがこの上なく、愛しい。
「ナツメ」
他の誰でもない、この人が愛しい。
「ありがとう。貴方のその言葉が嬉しいと思えるくらい、貴方のこと、好きだったわ」
「――っ」
ナツメが目を瞠り、息を呑む。
ふわり、ふわり
次々と、私の身体から新しい光の玉が浮かび上がる。
「駄目です……っ」
それを食い止めんとする勢いで、ナツメに掻き抱かれる。
けれどその彼を擦り抜けて、私の光は絶え間なく――もはや光の柱となって立ち上っていた。
(もう……意識が……)
視界に靄がかかる。
抱き締めてくれているはずのナツメの温もりが、痛みが、遠い。
「! 駄目です、アヤコさんっ」
すべてが、遠い。
「お願いです、アヤコさん……アヤコさ――――アヤコ‼」
何か大きな存在と自分が混ざり溶けた。そんな感覚がした。それは恐怖ではなく、安堵さえ感じられて。
この場に似つかわしくないほど穏やかに、私の意識は一切が白い空間へと落ちていった。
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