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第四章 意味と願いと選択と
資格(1)
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(やっと戻ってこれた)
ほんの数日前に経ったはずのナツメの邸だというのに、私は心の底から「やっと」という気持ちでいっぱいだった。宛がわれた部屋へ入るなり、もはやその場で安堵の溜息とともにしゃがみ込む。
レテの村から王都への帰り道、カサハと美生が気まずい雰囲気にあったのは知っていた。ゲーム本編でもそうであったから。
しかし、ゲーム中ではそうだった的な文章があっただけで、場面はすぐに王都到着直後に移っていた。
(思ってた以上に気まずかった……)
お互い無言のくせに、並んで歩く距離感は親密なままというカサハと美生の二人。
ルーセンは場の空気を和らげようとして色々と空回りし、ナツメは逆に「俺がどうにかしてしまったら、却ってカサハさんのためになりません」とノータッチ。私も『気まずかった帰り道』を変えるわけにも行かず。
とにかく心身ともに疲れ果てた。
道中のアレを夕食時にまで見たくない。ということで夕食をパスし、早々にお風呂もいただいてしまった。もう寝よう、そうしよう。
重い身体をずるずると引き摺り、ベッドの側まで行く。そして私は最後の力を振り絞って寝衣に着替えるなり、ベッドに潜り込んだ。
「うーん……」
テレビ画面を睨み、唸りながら手元のコントローラーを操作する。
戦闘画面用のドットキャラを、ちまちまと動かして最後にターンを終了。神殿が描かれたマップの中、魔獣が一斉に動き出すのを私は眺めていた。
「あっ」
その途中、思わず声を上げる。
計算上では持ち堪えられるはずだった囮のナツメが痛恨の一撃に倒れ、魔獣が美生のところまで通ってしまった。
「あー……」
美生はナツメ以上に防御力が低い。あっと言う間にナツメに続いて美生も魔獣の餌食となってしまう。
主人公である美生が倒されたため、画面が暗くなりリトライを尋ねる画面が表示された。
私は慣れた手つきで『はい』にカーソルを合わせ、決定ボタンを押そうとした。――けれど、そこで手が止まる。
「え?」
暗くなった画面の中、倒れたドット絵のナツメが私を見た気がして、目を凝らす。
しかし当然ながら、そこにあるのは倒れた彼の姿だけで。
「――っ」
そう、倒れたナツメの姿。それが意味するところに気付いた瞬間、私の背中にぞわりとした感覚が走った。
「ナツ……メ……?」
ゴトンと、手にしたコントローラーを取り落とす。
『リトライ?』
画面はそんな私に構わず、問い続けてくる。
『リトライ?』
『はい/いいえ』
「ナツメ!」
ベッドの中、私は自分が発した声で目が覚めた。
バクバクと煩い音を立てる心臓に手を当てたところで、飛び起きていたことに気付く。
「わ、たし……」
もう片手は毛布を強く握り締めていた。その手に引き攣られた布地が見えて――しかし確かに目が映しているはずのその光景が、ぶれて別のものに変えられる。
『リトライ?』
「!? ちが……違う、あれは夢だからっ」
現実をも侵食せんとする悪夢を一刻も早く消し去りたくて、私は何を探すでもなく部屋中を見回した。
そうして目に留まった水差しに手を伸ばし、震える手でグラスに水を注いだ。半分ほどの量の水を一息に飲み干す。喉に水が染み渡る感覚に、私は喉が酷く渇いていたことを知った。
幾分か落ち着いて、けれどもう一度眠る気にはなれない。私はベッドから降り、窓辺へと移動した。
カーテンの端を少しだけ持ち上げ、その隙間から外を覗く。晴れた空に星が見えた。
まだ日が昇っていないなら、明日に備えて寝直すのが正解なのだろう。けれど私は、ベッドを振り返れなかった。
(ナツメ……)
ふらりと、私の足が部屋の入口へと向かう。
そして私はそのまま部屋を出て、足が赴くままに廊下を歩き出した。
ほんの数日前に経ったはずのナツメの邸だというのに、私は心の底から「やっと」という気持ちでいっぱいだった。宛がわれた部屋へ入るなり、もはやその場で安堵の溜息とともにしゃがみ込む。
レテの村から王都への帰り道、カサハと美生が気まずい雰囲気にあったのは知っていた。ゲーム本編でもそうであったから。
しかし、ゲーム中ではそうだった的な文章があっただけで、場面はすぐに王都到着直後に移っていた。
(思ってた以上に気まずかった……)
お互い無言のくせに、並んで歩く距離感は親密なままというカサハと美生の二人。
ルーセンは場の空気を和らげようとして色々と空回りし、ナツメは逆に「俺がどうにかしてしまったら、却ってカサハさんのためになりません」とノータッチ。私も『気まずかった帰り道』を変えるわけにも行かず。
とにかく心身ともに疲れ果てた。
道中のアレを夕食時にまで見たくない。ということで夕食をパスし、早々にお風呂もいただいてしまった。もう寝よう、そうしよう。
重い身体をずるずると引き摺り、ベッドの側まで行く。そして私は最後の力を振り絞って寝衣に着替えるなり、ベッドに潜り込んだ。
「うーん……」
テレビ画面を睨み、唸りながら手元のコントローラーを操作する。
戦闘画面用のドットキャラを、ちまちまと動かして最後にターンを終了。神殿が描かれたマップの中、魔獣が一斉に動き出すのを私は眺めていた。
「あっ」
その途中、思わず声を上げる。
計算上では持ち堪えられるはずだった囮のナツメが痛恨の一撃に倒れ、魔獣が美生のところまで通ってしまった。
「あー……」
美生はナツメ以上に防御力が低い。あっと言う間にナツメに続いて美生も魔獣の餌食となってしまう。
主人公である美生が倒されたため、画面が暗くなりリトライを尋ねる画面が表示された。
私は慣れた手つきで『はい』にカーソルを合わせ、決定ボタンを押そうとした。――けれど、そこで手が止まる。
「え?」
暗くなった画面の中、倒れたドット絵のナツメが私を見た気がして、目を凝らす。
しかし当然ながら、そこにあるのは倒れた彼の姿だけで。
「――っ」
そう、倒れたナツメの姿。それが意味するところに気付いた瞬間、私の背中にぞわりとした感覚が走った。
「ナツ……メ……?」
ゴトンと、手にしたコントローラーを取り落とす。
『リトライ?』
画面はそんな私に構わず、問い続けてくる。
『リトライ?』
『はい/いいえ』
「ナツメ!」
ベッドの中、私は自分が発した声で目が覚めた。
バクバクと煩い音を立てる心臓に手を当てたところで、飛び起きていたことに気付く。
「わ、たし……」
もう片手は毛布を強く握り締めていた。その手に引き攣られた布地が見えて――しかし確かに目が映しているはずのその光景が、ぶれて別のものに変えられる。
『リトライ?』
「!? ちが……違う、あれは夢だからっ」
現実をも侵食せんとする悪夢を一刻も早く消し去りたくて、私は何を探すでもなく部屋中を見回した。
そうして目に留まった水差しに手を伸ばし、震える手でグラスに水を注いだ。半分ほどの量の水を一息に飲み干す。喉に水が染み渡る感覚に、私は喉が酷く渇いていたことを知った。
幾分か落ち着いて、けれどもう一度眠る気にはなれない。私はベッドから降り、窓辺へと移動した。
カーテンの端を少しだけ持ち上げ、その隙間から外を覗く。晴れた空に星が見えた。
まだ日が昇っていないなら、明日に備えて寝直すのが正解なのだろう。けれど私は、ベッドを振り返れなかった。
(ナツメ……)
ふらりと、私の足が部屋の入口へと向かう。
そして私はそのまま部屋を出て、足が赴くままに廊下を歩き出した。
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