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第四章 意味と願いと選択と
追憶(2)
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突然のナツメの抱擁に、反射的に身を起こそうとして。けれど強くナツメに抱き竦められ、それを阻まれる。
「俺が数時間苦しんだところで、きっと今より苦しくなんてなかった。お願いです、アヤコさん。今後はその『ナツメ』を参考にするのは止めて下さい、それは俺じゃありません」
ナツメのくぐもった声が聞こえ、さらに強く抱き締められる。
「貴女を知らない『ナツメ』を、貴女が覚えている必要なんてない。忘れたっていいことです。――いえ、忘れて下さい。他の男のことなんて」
ナツメの顔は見えないはずなのに。どうしてか私には、彼の表情が手に取るようにわかってしまった。
(ナツメ……)
そこにあるのはきっと、ゲーム本編では見たことがない表情で。そしてそれ以外にも、ここにいるナツメだけの表情を私は知っている。
ナツメが言うように、『ナツメ』とナツメは違う。――何より私が、『私を知らないナツメ』を違う人間だと思いたい。
(そうだった)
自分はもう、充分直接関わってしまった。
システムグラフィックのようだと思えなくなり、思いたくなくなった。
「ごめん……ありがとう」
私はナツメに抱き寄せられていた身体を、さらに自分の意思で寄り掛かった。
ナツメがそれに、一層強く抱き締めることで応えてくれる。
「はいはい、ストップ。ナツメ、ストップ。怪我は治っても、今度はアヤコが窒息するから、それ」
と、そこへ降って湧いた気の抜けた声。
「ルーセン?」
「あ、『いつからいたの』って聞きたい? ずっといたよ、アヤコが起きる前からね」
相変わらずナツメしか見えない――というかナツメすら近過ぎて見えない視界の外から、ルーセンの返事がくる。至極呆れた感じで。
一応ルーセンの指摘に自覚はあったのか、ナツメの腕の拘束は少し弛んだ。
「ああ、そうです。俺に怪我をさせられないのなら、ルーセンさんを身代わりにすれば良かったんですよ」
その代わりに、まったく冗談さが感じられない改善提案が彼の口から飛び出した。
「どさくさに紛れて僕が酷い扱い!」
それにルーセンが直ぐさま反応する。まあそうなる。
ところがルーセンは間を置かず、「って、言いたいところだけど」と続けた。
「そうだね。今見た感じだと、僕もその方が良かったと思うよ。ナツメ、魔法の詠唱とちりまくって、本当にアヤコが死ぬかと思ったし」
「え?」
そして続けられたそのルーセンの言葉に、私は驚いて素で聞き返した。
自分が死にかけたという事実は、右から左へと流れた。それ以上に信じられないことを、彼が言ったものだから。
(ナツメが詠唱を失敗?)
想像が付かない。何せ彼は、センシルカで顔色一つ変えず『重体患者の見放題』とか言っていた男だ。骨が折れたのも傷から血が溢れていたのも、それはなるべくしてなった当たり前の現象なのだと。
先日ナツメ自身が深手を負っていたときでさえ、彼は常と変わらず淡々と詠唱していた。そんなナツメが、詠唱を失敗することなんて有り得る?
「んじゃ、上に戻ろう」
大量の疑問符が頭に浮かぶことになった私を余所に、ルーセンが立ち上がる気配がする。
「アヤコが寝てる間に、比較的安全なルートを調べておいたから」
ルーセンが服の汚れを払う音が聞こえて。私も立ち上がろうと、合図のつもりでナツメの手をトントンと指で叩いた。
「俺が数時間苦しんだところで、きっと今より苦しくなんてなかった。お願いです、アヤコさん。今後はその『ナツメ』を参考にするのは止めて下さい、それは俺じゃありません」
ナツメのくぐもった声が聞こえ、さらに強く抱き締められる。
「貴女を知らない『ナツメ』を、貴女が覚えている必要なんてない。忘れたっていいことです。――いえ、忘れて下さい。他の男のことなんて」
ナツメの顔は見えないはずなのに。どうしてか私には、彼の表情が手に取るようにわかってしまった。
(ナツメ……)
そこにあるのはきっと、ゲーム本編では見たことがない表情で。そしてそれ以外にも、ここにいるナツメだけの表情を私は知っている。
ナツメが言うように、『ナツメ』とナツメは違う。――何より私が、『私を知らないナツメ』を違う人間だと思いたい。
(そうだった)
自分はもう、充分直接関わってしまった。
システムグラフィックのようだと思えなくなり、思いたくなくなった。
「ごめん……ありがとう」
私はナツメに抱き寄せられていた身体を、さらに自分の意思で寄り掛かった。
ナツメがそれに、一層強く抱き締めることで応えてくれる。
「はいはい、ストップ。ナツメ、ストップ。怪我は治っても、今度はアヤコが窒息するから、それ」
と、そこへ降って湧いた気の抜けた声。
「ルーセン?」
「あ、『いつからいたの』って聞きたい? ずっといたよ、アヤコが起きる前からね」
相変わらずナツメしか見えない――というかナツメすら近過ぎて見えない視界の外から、ルーセンの返事がくる。至極呆れた感じで。
一応ルーセンの指摘に自覚はあったのか、ナツメの腕の拘束は少し弛んだ。
「ああ、そうです。俺に怪我をさせられないのなら、ルーセンさんを身代わりにすれば良かったんですよ」
その代わりに、まったく冗談さが感じられない改善提案が彼の口から飛び出した。
「どさくさに紛れて僕が酷い扱い!」
それにルーセンが直ぐさま反応する。まあそうなる。
ところがルーセンは間を置かず、「って、言いたいところだけど」と続けた。
「そうだね。今見た感じだと、僕もその方が良かったと思うよ。ナツメ、魔法の詠唱とちりまくって、本当にアヤコが死ぬかと思ったし」
「え?」
そして続けられたそのルーセンの言葉に、私は驚いて素で聞き返した。
自分が死にかけたという事実は、右から左へと流れた。それ以上に信じられないことを、彼が言ったものだから。
(ナツメが詠唱を失敗?)
想像が付かない。何せ彼は、センシルカで顔色一つ変えず『重体患者の見放題』とか言っていた男だ。骨が折れたのも傷から血が溢れていたのも、それはなるべくしてなった当たり前の現象なのだと。
先日ナツメ自身が深手を負っていたときでさえ、彼は常と変わらず淡々と詠唱していた。そんなナツメが、詠唱を失敗することなんて有り得る?
「んじゃ、上に戻ろう」
大量の疑問符が頭に浮かぶことになった私を余所に、ルーセンが立ち上がる気配がする。
「アヤコが寝てる間に、比較的安全なルートを調べておいたから」
ルーセンが服の汚れを払う音が聞こえて。私も立ち上がろうと、合図のつもりでナツメの手をトントンと指で叩いた。
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