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第三章 イベント回避の方向で

レテ(2)

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「ミウ! 目が覚めたんだね」

 一人ベッドの側に残っていたルーセンが、上体を起こした美生に声を掛ける。途端、カサハも美生の元へと駆け寄った。
 ナツメが私を振り返る。彼に頷いてみせれば、ナツメも美生の側へと戻った。
 ――本編開始だ。

「! ルーセン、そいつから離れろ」

 カサハが、美生の真横にいたルーセンの身体を腕で押し退ける。

「ええっ? いや妬くのもそれくらいに――」

 抗議の声を上げたルーセンの前で、カサハが剣を抜く。
 ルーセンがぎょっとした顔でカサハを見て、しかしその剣は彼の予想に反して美生へと向けられた。

「え? え?」

 事態を呑み込めないルーセンが、カサハと美生を交互に見る。

「貴様――セネリアか?」
「…………」

 美生がカサハを見上げる。突き付けられた剣先が見えていないかのように、彼女は彼を虚ろな目で見ていた。

「私をレテの村まで連れて行って下さい」

 抑揚の無い美生の声に、カサハが温度の無い目で彼女を見下ろす。

「ミウはどうした?」
「…………」
「答えろ」

 カサハの鋭い眼光にも、美生は変わらず彼を見続けていた。
 カサハが眉間に皺を刻み、そこで一瞬だけ美生の瞳が哀しい色を帯びる。

「八色美生ごと、私を殺しますか?」
「……っ」

 カサハの剣先が揺れる。
 カサハを見上げる美生の瞳は虚ろなままのはずなのに、彼以上に強い光を宿していた。

「カサハ、レテの村に向かおう」

 返事はおろか息さえ継げないでいたカサハの肩に、ルーセンが手を置く。

「君も付いてくるといいよ、ミウと一緒に」

 あくまで『ミウ』が主体なのだと。ルーセンにしては珍しい威圧的な物言いで、彼はカサハに代わって答えた。
 そんな彼に美生は臆するどころか、微笑みを返して。――直後、彼女の上体は力なく前方へと倒れ込んだ。

「ミウ!」

 カサハは剣を手にしていない方の腕で、その身体を支える。その腕の中、美生が「ん……」と小さく声を漏らした。

「ミウ、平気か?」

 剣を仕舞ったカサハが、ベッドの傍らへ片膝をつく。
 美生は先程よりしっかりとした目で、同じくらいの目線になった彼を見た。

「はい……セネリアの会話も遠い感じでしたけど、聞こえてました」
「それ、セネリアの方も同じかも。さっさと行く真似をした方がいいかもね」
「ルーセン」

 美生を不安にさせるなと、とがめるような口調でカサハがその名を呼ぶ。
 ルーセンがカサハに肩を竦めてみせて、それから二人は揃って美生へと目を戻した。
 カサハが立ち上がり、美生が起き上がるのを手助けする。

「レテの村か……」
「禁書で触れられていたガラム地方だね。昔から果てが発生しやすい土地で、レテが果ての拡大を防ぐ目的で村を作ったはずだよ。生ける人柱って奴。で、レテを慕う者たちが子々孫々村に永住することを誓って住んでた」
「レテの村の話は聞いたことがある。レテの村の人間は、掟で村から離れてはいけないと。所以ゆえんはそこにあったわけか」
「ひょっとしてセネリアの故郷ってレテの村とか? そこなら小規模な果ての発生は日常茶飯事だろうから、彼女が果てを塞いだって話もわかる。それにセネリアは、レテの遺志を継ぐとも言ってたわけだし」
「掟を破って出て来たのか?」
「――いえ、その村自体が無いのかもしれません」

 思うところがあったのか、レテの村の話題が出たあたりから考える素振りを見せていたナツメが、ここでようやく口を開いた。

「ガラム地方が特に不安定なことは、度々記録にも残されています。だからあの地方は、定期的に王都から視察団が出されていました。そして二十年前の報告で、『奇跡的にもすべての果てが塞がっていた』とあり、その後も新たな果てが発生した話は出ていません」
「……まさか、全部、境界線……?」

 ナツメの言わんとすることに勘付いたルーセンが喉を上下させ、導き出された答を口にする。
 そんな彼に、ナツメは頷いてみせた。

「イスミナとセンシルカの境界線に写影した一面の闇――セネリアはレテの村を失った時に見たと、俺は考えます」
「そこが最初の境界線で、私たちにとって最後の境界線……」

 美生がキュッと握った手を胸に当てる。

「行きましょう」

 そして彼女は、迷いの無い声で言った。

(そう、ここから美生は『セネリア』を背負う……)

 『彩生世界』も後半。この世界でもやはり彼女は、『選択』することになるんだろうか。
 新たな決意を胸に顔を上げた美生を前に、私は彼女に向けていた目をそっと伏せた。
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