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第二章 フラグ判定確認中
思い出の中の人 -ナツメ視点-(4)
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(望郷……そうだ、アヤコさんのそうした様子は見たことがない)
ミウさんには初めに、ルシス再生計画を成したなら元の世界に帰ることが可能だと伝えてある。けれど彼女は勿論、俺たちでさえそれはいつ頃かわからない。加えて、彼女にはその言葉を信じていいのかという疑いの気持ちもあることだろう。
ならばミウさんに見られてアヤコさんには無いのは、その逆。アヤコさんは、計画が成され帰還できる時期を知っている。当然だ、些末なことさえ覚えている彼女なのだから、それについても記憶しているに決まっている。
(アヤコさんにとってルシスは、あくまで一時的に身を置く地でしかない……)
とうにわかっていたつもりが、今初めて知ったかのような衝撃に見舞われる。俺は浅くなった呼吸に、思わず喉元を手で押さえた。
そのまま、俺たちの関係に通ずるものがある二人の様子を見守る。
「あ、その。そ、そういう感じでよく遊んでいました」
ここまで一生懸命な様子で思い出話をしていたミウさんは、顔を赤らめながら突然話を締め括った。興に入っていたところを、はたと我に返ってしまったという心境か。気恥ずかしそうに頭を掻いたミウさんが、カサハさんを見上げる。
「そうか」
珍しい。カサハさんにしては柔らかな笑みだ。
存外、彼女の前ではもう珍しくなくなっているのかもしれない。自然と微笑み返しているミウさんに、そう思う。
「その優しい世界に、お前を必ず帰す。約束する」
しかしその彼女の笑顔は、カサハさんの一言によってさっと色を失った。
「……そう、ですね。元の世界に戻ったら、また彼女と色々遊びに行きたいです。――あっ、アヤコさん!」
ふっとカサハさんから目を逸らしたミウさんが、アヤコさんの姿を見つけたらしく彼女の元へ駆けて行く。
その間もカサハさんには、ミウさんの表情が曇ったことにも、喉に何かが支えたようなたどたどしい返事であったことにも、気付いた素振りは見られなかった。
「……カサハさん。アヤコさんには、ああいった約束はしないで下さいね。俺は守れませんから」
少し離れた位置でミウさんがアヤコさんと合流したのを見届けた後、俺は再びカサハさんに目を戻した。
こちらを見る――いや睨むという表現の方が近い彼の目とかち合う。
「何を言っている」
「では聞きますが、もしミウさん本人からルシスに残りたいと言われたなら、どうします?」
問えば、彼が一層睨みを利かせてくる。これで無自覚なのだから、質が悪い。
「……元の世界に戻る方がミウのためだ。説得する」
「傲慢ですね」
「何?」
カサハさんにしても、ミウさんへの「帰す」という言葉は裏腹。あのような態度、わかっていないのは本人たちくらいだろう。俺は彼の負い目を刺激する物言いをしてみせた。
「彼女の方の考えを変えなければ成立しない約束に、「必ず」? それって、約束を貴方が守るのではなく、彼女が守らされるだけでは?」
「……っ」
苛立ちのままに突っかかっている自覚はある。しかし、意図せずともアヤコさんがいなくなる未来を予感させた彼に、そうせずにはいられなかった。
(まあ……わかっていて相手の方を変えようとしている俺の方が余程、傲慢ですが)
内心苦笑しながら、生真面目な顔で「そんなつもりは……」と呟く男の横顔を一瞥する。それから俺は、ミウさんと宿へ向かうアヤコさんの姿を捉えた。
俺は彼女を思い出の中の人物にするつもりはない。決して――
ミウさんには初めに、ルシス再生計画を成したなら元の世界に帰ることが可能だと伝えてある。けれど彼女は勿論、俺たちでさえそれはいつ頃かわからない。加えて、彼女にはその言葉を信じていいのかという疑いの気持ちもあることだろう。
ならばミウさんに見られてアヤコさんには無いのは、その逆。アヤコさんは、計画が成され帰還できる時期を知っている。当然だ、些末なことさえ覚えている彼女なのだから、それについても記憶しているに決まっている。
(アヤコさんにとってルシスは、あくまで一時的に身を置く地でしかない……)
とうにわかっていたつもりが、今初めて知ったかのような衝撃に見舞われる。俺は浅くなった呼吸に、思わず喉元を手で押さえた。
そのまま、俺たちの関係に通ずるものがある二人の様子を見守る。
「あ、その。そ、そういう感じでよく遊んでいました」
ここまで一生懸命な様子で思い出話をしていたミウさんは、顔を赤らめながら突然話を締め括った。興に入っていたところを、はたと我に返ってしまったという心境か。気恥ずかしそうに頭を掻いたミウさんが、カサハさんを見上げる。
「そうか」
珍しい。カサハさんにしては柔らかな笑みだ。
存外、彼女の前ではもう珍しくなくなっているのかもしれない。自然と微笑み返しているミウさんに、そう思う。
「その優しい世界に、お前を必ず帰す。約束する」
しかしその彼女の笑顔は、カサハさんの一言によってさっと色を失った。
「……そう、ですね。元の世界に戻ったら、また彼女と色々遊びに行きたいです。――あっ、アヤコさん!」
ふっとカサハさんから目を逸らしたミウさんが、アヤコさんの姿を見つけたらしく彼女の元へ駆けて行く。
その間もカサハさんには、ミウさんの表情が曇ったことにも、喉に何かが支えたようなたどたどしい返事であったことにも、気付いた素振りは見られなかった。
「……カサハさん。アヤコさんには、ああいった約束はしないで下さいね。俺は守れませんから」
少し離れた位置でミウさんがアヤコさんと合流したのを見届けた後、俺は再びカサハさんに目を戻した。
こちらを見る――いや睨むという表現の方が近い彼の目とかち合う。
「何を言っている」
「では聞きますが、もしミウさん本人からルシスに残りたいと言われたなら、どうします?」
問えば、彼が一層睨みを利かせてくる。これで無自覚なのだから、質が悪い。
「……元の世界に戻る方がミウのためだ。説得する」
「傲慢ですね」
「何?」
カサハさんにしても、ミウさんへの「帰す」という言葉は裏腹。あのような態度、わかっていないのは本人たちくらいだろう。俺は彼の負い目を刺激する物言いをしてみせた。
「彼女の方の考えを変えなければ成立しない約束に、「必ず」? それって、約束を貴方が守るのではなく、彼女が守らされるだけでは?」
「……っ」
苛立ちのままに突っかかっている自覚はある。しかし、意図せずともアヤコさんがいなくなる未来を予感させた彼に、そうせずにはいられなかった。
(まあ……わかっていて相手の方を変えようとしている俺の方が余程、傲慢ですが)
内心苦笑しながら、生真面目な顔で「そんなつもりは……」と呟く男の横顔を一瞥する。それから俺は、ミウさんと宿へ向かうアヤコさんの姿を捉えた。
俺は彼女を思い出の中の人物にするつもりはない。決して――
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