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第六章
第59話
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問、ここはどこか。
答、多分王宮のどこかの部屋。
そこまで予測はできるけど、そんな程度じゃ役に立たない。
わたしは必死に、ヒースから聞いた話を思い出していた。
これはきっと、わたしの体にしかけられた魔法が発動したせいだから。
わたしにしかけられた魔法は七つ。
うち四つが転移だった。
わたしはヒースに向かって、跳んだはず。
だけど王宮の中の転移を阻む壁にぶつかって止まった。
王宮の中で発動した場合、そうなる可能性もあらかじめわかっていた。
魔法が発動したら、ヒースにはわかる。
だからもし壁に阻まれてしまった時は、動かずにヒースが助けにくるのを待つようにと――
そこまで思い出して、がっくりとうなだれた。
今は、待っていてもヒースが助けに来てくれる可能性は低い。
ヒース自身が、どこかで捕まっているはずなんだから。
意識があれば魔法が発動してわたしが転移したことが伝わったんだろうけれど、多分意識はないと言っていたし……
いや、意識がないなら、それは今に限ってはいいことかもしれない。
ヒースがこれに気が付いていて、そして動けない状態にあるとしたら、すごく心配するだろうから。
誰もいない部屋に出たこと、廊下に出なかったことは、不幸中の幸いかもしれない。
いきなり男性とご対面だったら、待つとかどうとか考えてる場合ですらなかった。
「……とにかく、隠れて待ってるだけじゃだめだわ」
目の前で消えたんだから、ヒルダとミルラは探してくれてるだろうけど。
でも、それを言ったらエドウィン王子も同じだ。
目の前で消えたわたしのことを、やっぱり探すだろう。
魔法を使える魔女と人手を使える王子の、どちらが有利かはわたしには判断つかない。
ルク宰相はどうするのか……
考えながら、そっと窓に寄った。
この世界では高価らしい、割合に透明度の高いガラスが格子窓にはまっている。
元の世界よりは曇っているけど、ちゃんと向こうが見える。
重そうなカーテンは開かれて、端に寄せられていた。
ここはどこか。
王宮のどこかの部屋という以上の情報がほしい。
どこの辺りの部屋なんだろうか。
元々いたのは、正宮の割と奥の方にある部屋だった。
聞いただけの知識と、一回だけ王様に会いに外に出て王宮を移動した時の記憶に照らすと、隣にある副宮という建物側に近い方だったと思う。
前に森から逃げようとした時、壁のところで転移が止まったけど、そこまでは移動した。
魔法の転移というのがどういう仕組みかはよくわからないけど、「途中まで移動した」ってことは、止められるまで目的地の方向へ移動はしていたわけだ。
つまり、今回も出発地点の正宮の奥側で副宮よりの部屋から、ヒースのいる場所に向かって移動したはず。
つまり、元の場所と今の場所を結んだ延長線上にヒースはいるんじゃないかって思う。
ここから逃げて、離宮に戻るか、それともヒースのいるはずの方向に探しにいくか、決めなくちゃいけない。
どっちにしろ、人がいっぱいいたら無理……
窓の外を覗くと、人がいっぱいいた。
慌ててカーテンに隠れる。
もう一度、そっと覗いてみた。
いっぱいいると思ったのは、たまたま大勢が窓の下を通っていたからだと気が付いた。
二度目に見てみれば、そうでもなかった。
窓の外、十数メートルばかり離れたところに別の建物がある。
平行に建っているのではなく、少しずれて建っている。
窓から見えるのは、向かいの建物の角だ。
その更に奥に塔が見えた。
塔は、けっこう離れて建っている。
あれは王宮に建つ魔法使いの塔だ。
塔と言ったら魔法使いというくらいに、この国では魔法使いと塔は切り離せないものらしいので、見えている塔がそれ以外のものだとは、まだこの世界に詳しいと言えない自分でも思えない。
そうすると、向かいに建っているのは副宮そのものに違いない。
ここは正宮の端っこだ。
副宮が少し引っ込んで建っているから、奥の塔が見える。
窓から少し身を乗り出せば、王宮の表側にある馬車止まりが見えるかもしれない。
正宮の、かなり表にきたようだった。
窓の高さからすると、ここは二階。
跳ぶ前も二階だった。
高さが変わっていないということは、ヒースも二階のような高さにいるんだろうか。
その辺の転移の仕組みはよくわからない。
だけど、だいぶ整理できたような気がした。
窓下の人通りがあるのは、副宮と正宮を行き交う役人や、王都から仕事のために王宮に来ている商人たちが歩いているからだと、見当がついた。
一般人が何か国に許可を取るような用があるなら、馬車止まりから、あるいは王宮の正門から歩いてこの窓下を通って、副宮に向かうんだろう。
副宮は、いわゆるお役所だから。
ここが正宮の端っこなら、間違いなくヒースは正宮にはいない。
副宮に近付くようにだけれど、奥から表寄りに跳んでいるのだから、その延長線上からは副宮も外れる。
副宮にもきっといない。
あの塔ということはあるだろうか?
でも、魔法使いたちはヒースには敵対していない感触だったから、ヒースが塔に閉じ込められているというのは、なんだか奇妙な気がする。
じゃあ、塔の向こうは何があるのか。
あっちにも王都は広がってる?
離宮から見たら東側……と考えて、東には森が広がっていることを思い出した。
でも森の中で、どこに拘束するのか、そう思うとそれはない。
王都は王宮を半ば囲むように南に広がっているそうだけれど、その東側のどこかと考えるのが妥当な気がする。
そこまでヒースを助けに行けるか――自分でその希望を叶えられるかと言えば、それは絶望的だ。
誰かに頼んで、行ってもらうしかない。
それが誰かと言ったら、二人の魔女しかいない……ミルラとヒルダと合流しなくてはならない。
向こうも探しているだろうけれど、動かずに待って、違う者に見つけられる可能性と五分五分くらいだろうか。
「どうしよう……」
でも、人にまったく会わずに離宮まで帰れるかと言ったら、それが無理なこともわかる。
何か方法は。
そう考えて……
未完成の魔法は後まだ六つあって、うち三つが転移だともう一度思い出した。
ヒースのところに跳ぶものも、あと一つあるはずだ。
そして転移の前に口にした言葉は、今回は明らかだと思う。
『来ないで』
そう言ったら、自分が転移した。
同じ言葉でもう一回跳べるなら……
王宮の中だから転移を邪魔されたのであって、外からなら――外に出てしまえば、ヒースのところまで跳べるのではなかろうか。
この、外まで出るだけだったら。
人通りの多い道に出たら、何が起こるかはわかっている。
わかってるけど。
「どうしよう……」
カーテンを見る。
ここの高さは二階。
背が高い人たちに合わせて天井が高いから、けっこう高さはあるけれど、このカーテンを窓枠に引っかけて、ロープ代わりに伝い降りたら、降りられるんじゃないかしら。
廊下を行くより、いっそ人通りの少ない隙を狙って、広い場所に出てしまった方が人に近付かずに済むんじゃないかな。
甘いかな。
わたしは、また、考えた末に暴走すると言われそうな気がしたけれど、カーテンから目を離せなくなった。
答、多分王宮のどこかの部屋。
そこまで予測はできるけど、そんな程度じゃ役に立たない。
わたしは必死に、ヒースから聞いた話を思い出していた。
これはきっと、わたしの体にしかけられた魔法が発動したせいだから。
わたしにしかけられた魔法は七つ。
うち四つが転移だった。
わたしはヒースに向かって、跳んだはず。
だけど王宮の中の転移を阻む壁にぶつかって止まった。
王宮の中で発動した場合、そうなる可能性もあらかじめわかっていた。
魔法が発動したら、ヒースにはわかる。
だからもし壁に阻まれてしまった時は、動かずにヒースが助けにくるのを待つようにと――
そこまで思い出して、がっくりとうなだれた。
今は、待っていてもヒースが助けに来てくれる可能性は低い。
ヒース自身が、どこかで捕まっているはずなんだから。
意識があれば魔法が発動してわたしが転移したことが伝わったんだろうけれど、多分意識はないと言っていたし……
いや、意識がないなら、それは今に限ってはいいことかもしれない。
ヒースがこれに気が付いていて、そして動けない状態にあるとしたら、すごく心配するだろうから。
誰もいない部屋に出たこと、廊下に出なかったことは、不幸中の幸いかもしれない。
いきなり男性とご対面だったら、待つとかどうとか考えてる場合ですらなかった。
「……とにかく、隠れて待ってるだけじゃだめだわ」
目の前で消えたんだから、ヒルダとミルラは探してくれてるだろうけど。
でも、それを言ったらエドウィン王子も同じだ。
目の前で消えたわたしのことを、やっぱり探すだろう。
魔法を使える魔女と人手を使える王子の、どちらが有利かはわたしには判断つかない。
ルク宰相はどうするのか……
考えながら、そっと窓に寄った。
この世界では高価らしい、割合に透明度の高いガラスが格子窓にはまっている。
元の世界よりは曇っているけど、ちゃんと向こうが見える。
重そうなカーテンは開かれて、端に寄せられていた。
ここはどこか。
王宮のどこかの部屋という以上の情報がほしい。
どこの辺りの部屋なんだろうか。
元々いたのは、正宮の割と奥の方にある部屋だった。
聞いただけの知識と、一回だけ王様に会いに外に出て王宮を移動した時の記憶に照らすと、隣にある副宮という建物側に近い方だったと思う。
前に森から逃げようとした時、壁のところで転移が止まったけど、そこまでは移動した。
魔法の転移というのがどういう仕組みかはよくわからないけど、「途中まで移動した」ってことは、止められるまで目的地の方向へ移動はしていたわけだ。
つまり、今回も出発地点の正宮の奥側で副宮よりの部屋から、ヒースのいる場所に向かって移動したはず。
つまり、元の場所と今の場所を結んだ延長線上にヒースはいるんじゃないかって思う。
ここから逃げて、離宮に戻るか、それともヒースのいるはずの方向に探しにいくか、決めなくちゃいけない。
どっちにしろ、人がいっぱいいたら無理……
窓の外を覗くと、人がいっぱいいた。
慌ててカーテンに隠れる。
もう一度、そっと覗いてみた。
いっぱいいると思ったのは、たまたま大勢が窓の下を通っていたからだと気が付いた。
二度目に見てみれば、そうでもなかった。
窓の外、十数メートルばかり離れたところに別の建物がある。
平行に建っているのではなく、少しずれて建っている。
窓から見えるのは、向かいの建物の角だ。
その更に奥に塔が見えた。
塔は、けっこう離れて建っている。
あれは王宮に建つ魔法使いの塔だ。
塔と言ったら魔法使いというくらいに、この国では魔法使いと塔は切り離せないものらしいので、見えている塔がそれ以外のものだとは、まだこの世界に詳しいと言えない自分でも思えない。
そうすると、向かいに建っているのは副宮そのものに違いない。
ここは正宮の端っこだ。
副宮が少し引っ込んで建っているから、奥の塔が見える。
窓から少し身を乗り出せば、王宮の表側にある馬車止まりが見えるかもしれない。
正宮の、かなり表にきたようだった。
窓の高さからすると、ここは二階。
跳ぶ前も二階だった。
高さが変わっていないということは、ヒースも二階のような高さにいるんだろうか。
その辺の転移の仕組みはよくわからない。
だけど、だいぶ整理できたような気がした。
窓下の人通りがあるのは、副宮と正宮を行き交う役人や、王都から仕事のために王宮に来ている商人たちが歩いているからだと、見当がついた。
一般人が何か国に許可を取るような用があるなら、馬車止まりから、あるいは王宮の正門から歩いてこの窓下を通って、副宮に向かうんだろう。
副宮は、いわゆるお役所だから。
ここが正宮の端っこなら、間違いなくヒースは正宮にはいない。
副宮に近付くようにだけれど、奥から表寄りに跳んでいるのだから、その延長線上からは副宮も外れる。
副宮にもきっといない。
あの塔ということはあるだろうか?
でも、魔法使いたちはヒースには敵対していない感触だったから、ヒースが塔に閉じ込められているというのは、なんだか奇妙な気がする。
じゃあ、塔の向こうは何があるのか。
あっちにも王都は広がってる?
離宮から見たら東側……と考えて、東には森が広がっていることを思い出した。
でも森の中で、どこに拘束するのか、そう思うとそれはない。
王都は王宮を半ば囲むように南に広がっているそうだけれど、その東側のどこかと考えるのが妥当な気がする。
そこまでヒースを助けに行けるか――自分でその希望を叶えられるかと言えば、それは絶望的だ。
誰かに頼んで、行ってもらうしかない。
それが誰かと言ったら、二人の魔女しかいない……ミルラとヒルダと合流しなくてはならない。
向こうも探しているだろうけれど、動かずに待って、違う者に見つけられる可能性と五分五分くらいだろうか。
「どうしよう……」
でも、人にまったく会わずに離宮まで帰れるかと言ったら、それが無理なこともわかる。
何か方法は。
そう考えて……
未完成の魔法は後まだ六つあって、うち三つが転移だともう一度思い出した。
ヒースのところに跳ぶものも、あと一つあるはずだ。
そして転移の前に口にした言葉は、今回は明らかだと思う。
『来ないで』
そう言ったら、自分が転移した。
同じ言葉でもう一回跳べるなら……
王宮の中だから転移を邪魔されたのであって、外からなら――外に出てしまえば、ヒースのところまで跳べるのではなかろうか。
この、外まで出るだけだったら。
人通りの多い道に出たら、何が起こるかはわかっている。
わかってるけど。
「どうしよう……」
カーテンを見る。
ここの高さは二階。
背が高い人たちに合わせて天井が高いから、けっこう高さはあるけれど、このカーテンを窓枠に引っかけて、ロープ代わりに伝い降りたら、降りられるんじゃないかしら。
廊下を行くより、いっそ人通りの少ない隙を狙って、広い場所に出てしまった方が人に近付かずに済むんじゃないかな。
甘いかな。
わたしは、また、考えた末に暴走すると言われそうな気がしたけれど、カーテンから目を離せなくなった。
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