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第六章
第56話
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正宮の前まで馬車で運ばれ、降りた後は、わたしの前にヒルダ後ろにミルラが歩いてる。
そしてわたしたち三人の横を四人の女騎士たちが挟むように歩いていた。
わたしは六角形の中心にいて、その外からは容易に近付くことはできない。
ルク宰相は更にその前を歩いていた。
ルク宰相は言っていた通り、五人もの女騎士を連れてきていた。
わたしを囲む四人の他に、一人はルク宰相自身の護衛のように従って歩いている。
ルク宰相の護衛も女騎士なのは、わたしに気を遣ってのことだろう。
男性だと、それだけで危険がある。
性別に罪はないけど、そこはわたしが女神だから悪いので、お互いに近付かないのが吉だ。
しかし、女騎士なら女騎士で、緊張する。
離宮で引き籠もっている間に一応外の話をいろいろ聞いたんだけど、この国に女騎士がいるのは、いつ女神が来てもいいようにだ。
女神が出現したら、彼女たちは最優先で女神付きになる。
……なんだけど、今、わたしに付いてる女騎士はいない。
なぜかと言うと、もう何年も近衛隊と王宮騎士団を統括しているのがエドウィン王子だから。
つまり、現在王宮にいる女騎士の上司は漏れなくエドウィン王子なのだ。
思えば、そこを押さえておくのはエドウィン王子的には当然のことだっただろう。
自分の元に女神を迎えることが目的だったのだから、その護衛なんて重要なところを他人に支配させておけるはずがない。
当然の結果としてヒースは警戒して、わたしに女騎士をつけなかった。
それは来た時からわかってて、自分の元配下だった魔女たちの中から護衛を募ったわけだった。
というわけで、今わたしの周りを護衛している女騎士さんたちも、上司はエドウィン王子なのである。
ルク宰相にその気がなくても、女騎士が上司の意向に従って、わたしを攫う可能性はなくはない……と思えば、ドキドキだ。
ヒースが外に出すのを嫌がったのも当然だし、わたしだって檻がどうのなんてことにならなければ外に出ようと思わなかった。
日本にいる頃には知らなかったけれど、自分が意外にヒキコモリ気質だったことには感謝してる。
外に出ないことがすごく苦痛になるタイプだったら、ストレスで大変なことになっただろうし。
外を歩くことに、未練がないとは言わないけれど――
そう思いながら、あたりを見回す。
ルク宰相に向けてか、すれ違う人々は貴人に対する礼をして道を譲ってくれる。
ただ遠巻きに見つめる目の多くには好奇の輝きがあって、それは自国の宰相に向けるものじゃなさそうだと思うにつけ、わたしが誰かはわかっていそうだ。
そういう視線にもドキドキする。
「ご心配は要りません。護衛に連れてきた者たちが、女神様を『どこか』に無理矢理お連れするようなことはありません」
先を歩いていたルク宰相は、びくびくしていたわたしに気が付いたのか、そう言った。
どこかがどこかは、言わずもがな。エドウィン王子のところだ。
少なくともルク宰相にその気がないと言ってくれるのは、嬉しい。
本当であってほしい。
「女神様におかれては、思ったより早く出てきてくださってよかった。長引けば無用な問題が起きることもあるでしょうから、さっさと済ませたいですからね」
エドウィン王子に差し出さないなら、ルク宰相の行き先には檻があるんだろう。
行ったことはないけど、謁見の間だっけ?
広い場所なんだろうと思っていた。
でも連れて行かれた部屋の扉はそれほど大きなものではなくて、中も普通の部屋なのかと思って踏み込む。
控室だろうかと思って入ったら……そこに檻があった。
「ヤン!」
「わあ!」
前にいたヒルダが声を上げ、檻の前に立ってたやっぱり灰色ローブを着たひょろりとのっぽな赤茶色の髪の青年が飛び上がった。
「あんた、ヒースクリフ殿下を裏切ったのね!」
「いやっ違う! 俺はちょっと手伝えって連れてこられたんだ!」
多分ヤンって名前の青年は、なんか最初のミルラと同じようなことを言っている。
魔法使いたちはあんまり立場が強くなさそうだ。
偉い人たちに便利に使われている気がする。
「言い訳無用よ! サリナ様を檻に入れようなんてことに協力するんだから、覚悟はできてるでしょうね? 殿下は反対されてたんだからね?」
「嘘!?」
ヤン青年は青ざめている……ヒースって、やっぱり怖がられてるのかしら。
「終わってしまえば、万事丸く収まるよ。さあ、女神様に入っていただくから、君は少し離れなさい。ああ、もちろん、私も避けるから」
そう言ったのはルク宰相だった。
やっちゃったもの勝ちってことか。
女騎士さんの一人が、檻の入口の前で「こちらへ」と呼んでいる。
「……ここで入るんですか?」
でも、この広くない部屋で檻に入るのかとわたしは疑問で首を傾げた。
「大広間とか、謁見の間とか、広いところで入るんじゃなかったんですか?」
ルク宰相の方を見て、そう訊ねる。
檻に入ってしまう前に聞いておきたかった。
「ああ、初めはそんな話でした。女神様のお力を確かめさせろとうるさい者は、そう言っていました。そもそもは普通に人前に出せと言う、できるわけのない要求でしたがね」
それは無理だろう……そう思ったけど、そう言えば檻がどうのという話が出る前には、夜会に出て来いなんて無理な要求もあったはず。
そうか、そこから話は始まっていたんだ……
「仮に檻に入っていただいていても、大勢に囲まれては混乱をきたすに決まっています。周りが混乱したなら、隙も生まれる。確認したいという目的ならば、一度に大勢に披露することに意味はないのですよ。確認するべき人が知れば良いのです」
「確認したがった人が見に来るんですか?」
「そういう者も来ます。そうじゃない者も来ます。少なすぎても信じない者が出ますので、合計で二十人ばかりですね」
わたしは室内を見回した。
この部屋に今いる人数に加えて二十人は入らないと思う。
「いっぺんにではありません。二十人も周りを囲んだら、やはり混乱しますよ。一度に室内に入れるのは三人ずつです。騎士が一人と魔法使いも侍女殿二人も私も立ち会います」
残りの女騎士の四人は、扉の外で警護に当たるらしい。
「一度に女神様に近づけるのは、一人ずつにしますよ。みんな女神様に酔ってしまったら、確認どころじゃない。でも先に近付く者の醜態を後の者が順番に確認していけば、わかるでしょう?」
ルク宰相は合理的だと思った。
そして一対一なら、それほど怖くないかもしれない。
ヒースは、こんなことは言ってなかったけれど、話に出てなかったんだろうか。
「ヒースクリフ殿下はそれでも反対でいらっしゃいましたがね。女神様には、過保護でいらっしゃる――」
そこでルク宰相に笑みを浮かべられて、恥ずかしさにいたたまれなくなった。
その視線から逃げるように、わたしは檻に踏み込む。
「君。君の仕事は、女神の力に酔った者を隣の部屋に放り込むことだ」
「はあ」
檻の扉が閉まる中、ルク宰相は魔法使いのヤンに告げた。
「女神の力に酔った者が素直に檻から離れることはない。無理矢理引き離すしかないのだからね、男手をたくさん使えないのなら、魔法で引き離すしかないだろう」
「転移させるんですか……」
二十人……と、ヤンは呆然と呟いている。
「礼金は弾むよ。頑張ってくれ」
そしてわたしたち三人の横を四人の女騎士たちが挟むように歩いていた。
わたしは六角形の中心にいて、その外からは容易に近付くことはできない。
ルク宰相は更にその前を歩いていた。
ルク宰相は言っていた通り、五人もの女騎士を連れてきていた。
わたしを囲む四人の他に、一人はルク宰相自身の護衛のように従って歩いている。
ルク宰相の護衛も女騎士なのは、わたしに気を遣ってのことだろう。
男性だと、それだけで危険がある。
性別に罪はないけど、そこはわたしが女神だから悪いので、お互いに近付かないのが吉だ。
しかし、女騎士なら女騎士で、緊張する。
離宮で引き籠もっている間に一応外の話をいろいろ聞いたんだけど、この国に女騎士がいるのは、いつ女神が来てもいいようにだ。
女神が出現したら、彼女たちは最優先で女神付きになる。
……なんだけど、今、わたしに付いてる女騎士はいない。
なぜかと言うと、もう何年も近衛隊と王宮騎士団を統括しているのがエドウィン王子だから。
つまり、現在王宮にいる女騎士の上司は漏れなくエドウィン王子なのだ。
思えば、そこを押さえておくのはエドウィン王子的には当然のことだっただろう。
自分の元に女神を迎えることが目的だったのだから、その護衛なんて重要なところを他人に支配させておけるはずがない。
当然の結果としてヒースは警戒して、わたしに女騎士をつけなかった。
それは来た時からわかってて、自分の元配下だった魔女たちの中から護衛を募ったわけだった。
というわけで、今わたしの周りを護衛している女騎士さんたちも、上司はエドウィン王子なのである。
ルク宰相にその気がなくても、女騎士が上司の意向に従って、わたしを攫う可能性はなくはない……と思えば、ドキドキだ。
ヒースが外に出すのを嫌がったのも当然だし、わたしだって檻がどうのなんてことにならなければ外に出ようと思わなかった。
日本にいる頃には知らなかったけれど、自分が意外にヒキコモリ気質だったことには感謝してる。
外に出ないことがすごく苦痛になるタイプだったら、ストレスで大変なことになっただろうし。
外を歩くことに、未練がないとは言わないけれど――
そう思いながら、あたりを見回す。
ルク宰相に向けてか、すれ違う人々は貴人に対する礼をして道を譲ってくれる。
ただ遠巻きに見つめる目の多くには好奇の輝きがあって、それは自国の宰相に向けるものじゃなさそうだと思うにつけ、わたしが誰かはわかっていそうだ。
そういう視線にもドキドキする。
「ご心配は要りません。護衛に連れてきた者たちが、女神様を『どこか』に無理矢理お連れするようなことはありません」
先を歩いていたルク宰相は、びくびくしていたわたしに気が付いたのか、そう言った。
どこかがどこかは、言わずもがな。エドウィン王子のところだ。
少なくともルク宰相にその気がないと言ってくれるのは、嬉しい。
本当であってほしい。
「女神様におかれては、思ったより早く出てきてくださってよかった。長引けば無用な問題が起きることもあるでしょうから、さっさと済ませたいですからね」
エドウィン王子に差し出さないなら、ルク宰相の行き先には檻があるんだろう。
行ったことはないけど、謁見の間だっけ?
広い場所なんだろうと思っていた。
でも連れて行かれた部屋の扉はそれほど大きなものではなくて、中も普通の部屋なのかと思って踏み込む。
控室だろうかと思って入ったら……そこに檻があった。
「ヤン!」
「わあ!」
前にいたヒルダが声を上げ、檻の前に立ってたやっぱり灰色ローブを着たひょろりとのっぽな赤茶色の髪の青年が飛び上がった。
「あんた、ヒースクリフ殿下を裏切ったのね!」
「いやっ違う! 俺はちょっと手伝えって連れてこられたんだ!」
多分ヤンって名前の青年は、なんか最初のミルラと同じようなことを言っている。
魔法使いたちはあんまり立場が強くなさそうだ。
偉い人たちに便利に使われている気がする。
「言い訳無用よ! サリナ様を檻に入れようなんてことに協力するんだから、覚悟はできてるでしょうね? 殿下は反対されてたんだからね?」
「嘘!?」
ヤン青年は青ざめている……ヒースって、やっぱり怖がられてるのかしら。
「終わってしまえば、万事丸く収まるよ。さあ、女神様に入っていただくから、君は少し離れなさい。ああ、もちろん、私も避けるから」
そう言ったのはルク宰相だった。
やっちゃったもの勝ちってことか。
女騎士さんの一人が、檻の入口の前で「こちらへ」と呼んでいる。
「……ここで入るんですか?」
でも、この広くない部屋で檻に入るのかとわたしは疑問で首を傾げた。
「大広間とか、謁見の間とか、広いところで入るんじゃなかったんですか?」
ルク宰相の方を見て、そう訊ねる。
檻に入ってしまう前に聞いておきたかった。
「ああ、初めはそんな話でした。女神様のお力を確かめさせろとうるさい者は、そう言っていました。そもそもは普通に人前に出せと言う、できるわけのない要求でしたがね」
それは無理だろう……そう思ったけど、そう言えば檻がどうのという話が出る前には、夜会に出て来いなんて無理な要求もあったはず。
そうか、そこから話は始まっていたんだ……
「仮に檻に入っていただいていても、大勢に囲まれては混乱をきたすに決まっています。周りが混乱したなら、隙も生まれる。確認したいという目的ならば、一度に大勢に披露することに意味はないのですよ。確認するべき人が知れば良いのです」
「確認したがった人が見に来るんですか?」
「そういう者も来ます。そうじゃない者も来ます。少なすぎても信じない者が出ますので、合計で二十人ばかりですね」
わたしは室内を見回した。
この部屋に今いる人数に加えて二十人は入らないと思う。
「いっぺんにではありません。二十人も周りを囲んだら、やはり混乱しますよ。一度に室内に入れるのは三人ずつです。騎士が一人と魔法使いも侍女殿二人も私も立ち会います」
残りの女騎士の四人は、扉の外で警護に当たるらしい。
「一度に女神様に近づけるのは、一人ずつにしますよ。みんな女神様に酔ってしまったら、確認どころじゃない。でも先に近付く者の醜態を後の者が順番に確認していけば、わかるでしょう?」
ルク宰相は合理的だと思った。
そして一対一なら、それほど怖くないかもしれない。
ヒースは、こんなことは言ってなかったけれど、話に出てなかったんだろうか。
「ヒースクリフ殿下はそれでも反対でいらっしゃいましたがね。女神様には、過保護でいらっしゃる――」
そこでルク宰相に笑みを浮かべられて、恥ずかしさにいたたまれなくなった。
その視線から逃げるように、わたしは檻に踏み込む。
「君。君の仕事は、女神の力に酔った者を隣の部屋に放り込むことだ」
「はあ」
檻の扉が閉まる中、ルク宰相は魔法使いのヤンに告げた。
「女神の力に酔った者が素直に檻から離れることはない。無理矢理引き離すしかないのだからね、男手をたくさん使えないのなら、魔法で引き離すしかないだろう」
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