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第六章
第53話
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「それだけじゃありません。君を外に出す間には護衛の魔女たちもつきっきりでいられないかもしれないから、事故も心配だけれど……君が攫われるのも怖いです」
わたしを攫うとしたら、それは一人しかいない。
「この離宮には踏み込めないように、君を連れ去れないように、いくつも魔法を仕掛けてあるけれど」
またしても知らなかった事実が……!
「何してあるの?」
「色々」
いろいろ……
「君に発動はしないから大丈夫」
ちょっとだけ部屋の中を見回したら、ヒースはわたしの髪を撫でてそう言った。
うん、今までなんにも不都合はなかったし、それはわかっているつもりだけど、いったいどこに、いつの間に。
森の塔にも火除けとかかけてあったんだったっけ。
もしかして、いろいろ仕掛けておくのが普通なのかな……あ、そんなことないわ。
だって、この魔法のある世界でも、魔法使いはそんなに多くないんだもん。
とりあえず、魔法って目に見えないからさっぱりわからない。
どこに何がって聞いても、多分憶えていられないから訊いても無駄よね。
「この離宮に、私の許しのない者は一歩も踏み込めません。ここを襲って君を奪うことは、もうできないと思います。でも、ここから出れば護りは薄くなります。私がそばにいられないなら、ミルラたち三人に任せるしかないのです。君にかけた魔法にも限りがあって、そのすべてをかいくぐって君を攫われることも、ないとは言えません。だから反対なんなんですよ」
ヒースも詳しいことを説明するつもりはないようで、大雑把にその効果だけを語った。
そういえば、初日に攫われかけたんだった……それ以来、平和に過ごせているのは、守ってくれる魔女が増えたからだけじゃなかったんだ。
「君が妻であることを王太子に戻る理由にしてしまったから、君を奪われたら私の地位ごと奪われるでしょう。そうなる前に決着をつけるつもりでいたけれど、手間取っているんです」
この離宮の外で起こっていることは、わたしには何もわからない。
でも、まだ何も変わっていないと思っていた。
それは多分間違ってない。
「君を奪われたら、すべてが終わる……それ以前に私が正気でいられないでしょう」
ヒースの浮かべた微笑みはどこか自嘲的で、胸がぎゅっとなった。
ヤンデレなんて言ってるけど、ヒースに求められて束縛されることを、わたしは本当に嫌だとは思ってない。
むしろ、ちょっと嬉しいと思ってるところもある。
最初のうちに、自分が身代わりだとか、いろいろ考えちゃったのが影響してるような気もするけど……愛されてる気がするのが、多分嬉しいんだと思う。
今更だけど、わたしってばヒースのこと本当に好きね……
日本に帰れないから、そばにいたヒースに依存したんだって言われるかもしれない。
それでもいい。
時々失敗するけど、ヒースのしたいように、望みを叶えたい。
ヒースを苦しめるような、ヒースが嫌がるようなことはしたくない……そんなことにはしたくない。
そしてできるなら、ヒースの力になりたい。
ヒースを守りたい。
だから檻にだって入ってもいいって思ったけど、それはヒースにとって、望まぬことでもあって……
でもきっと、必要なことでもあって。
わたしにとって、怖いことでもあって。
ヒースのためになることがしたいと説得するべきなのか、それはヒースの望まぬことと黙っているべきなのか。
こんな風にしたいことが対立してしまったら、どうしたらいいんだろう。
「ヒース」
「サリナ……何考えていますか?」
次のキスは、少しだけ長かった。
「わたしが攫われたら困るのはわかったの。でも、女神の証拠を見せないと困るのも事実なんでしょ?」
「……君も強情ですね」
「事実の話をしてるの。ヒースの嫌がることをしたいんじゃないのよ」
「なら、この話は終わりです」
「きゃっ」
話が続くと油断してたら、ベッドの上に押し倒されてしまった。
「――君は私のものですよ」
のしかかってきたヒースの手がわたしの両手を手枷の上から押さえ、頭の上に上げさせて、ベッドの上に縫い止める。
「君を兄に奪われるなんて考えたくもないのに、考えないではいられなくて、たまに気が狂いそうになります」
凪いだ深い湖色の瞳がわたしを映して、それにわたしの意識も吸い込まれていった。
――あれ?
頬をくすぐる柔らかさに目を覚ました。
「すみません」
ヒースは眠ってなくて、わたしが目を覚ましたのに気が付いたのか、そう言った。
顔は見えない。わたしの肩に顔を埋めているから。
「すみません、サリナ」
でも、声だけでヒースが後悔していることは伝わってきた。
体で言うこと聞かせるのは良くないよね、うん。
わかってはいるんだね。
だめよって言うべきなんだろうけど、なんだか今は、ヒースを子どもみたいに抱き締めてあげたくなった。
自由になるのは体の上になってる左手だけで、せめてとそれをヒースの背中に回した。それで、ぽんぽんとなだめるように軽く叩く。
「サリナ……私を許してくれますか……?」
「うん」
答は迷わなかった。
「……よかった」
ヒースがやっと顔を見せてくれる。
まだ不安を滲ませて、でも嬉しそうな顔。
願いは叶えてあげたい。
「大丈夫、ヒースのことが好きだから」
「……君は私を甘やかせ過ぎなところがあります」
「そうかな」
転がったままで首を傾げる。
ヒースに甘やかされてる自覚はあるけど、甘やかした記憶はない気がする。
甘やかせてあげたいんだけど。
でもヒースがそう言うなら、そういうこともあるのかもしれないと答えることにした。
「なんにもできないし、してあげられないし、そのくらいはいいと思うの」
「サリナ」
ヒースの腕にぎゅっと力が込められる。
「……ヒース、あの……」
「何?」
「えっと……わたし、どのくらい、寝てた?」
「ああ……私が無体をしたから、もう夜半近いでしょうか」
「えっ」
ベッドに連れ込まれたのは夕刻だった。
ちょっとどきどきする。
寝ていた時間とご無体なことをしていた時間の割合は、いかほど……
自分の体力に自信のない昨今、そんなことを考えているわたしを他所に、ヒースはまだヤンデレから抜け出せていなかった……っぽい。
「ねえ、サリナ、ずっとここで、私といて。私とだけいて……」
「……っ」
直球でヤンデレ要求をしつつ、わたしから望む答を引き出そうと動き始めた。
いや、謝っても、諦めてないじゃん……っ。
「約束して……外へ行かないと。ね……?」
そうして結局、わたしは甘い言葉に丸め込まれた……
翌日は、朝すぐには起きられなかった。
体力作りは急務かもしれない。
わたしにうんと言わせるまでやめない、と決めたヒースが一番怖い
……ベッドの中の約束はノーカンだと思うんだけど、どうでしょう……
でも、ヒースがわたしが表に出ることに絶対うんと言わないことはわかった。
この話は様子を見るしかないのかなあって思って、起き出したのは朝も遅く、昼に近くなってから。
そしてお風呂に入らせてもらって、身支度がちゃんと整ったのは、本当に昼間際だった。
――そんなタイミングで、アルド離宮にその人は訪れた。
「この離宮は、女神のお住まい。許された者以外、なんびとたりと踏み込ませることはできません。そのように命じられております」
「もちろん、私がここに踏み込めないことは心得ていますよ」
玄関で毅然と対応するのはヒルダ。
ミルラはわたしといっしょにリビングの扉の影から、様子を窺っている。
「まずは手枷の女神様とお話させていただきたい」
「サリナ様にお引き合わせすることはできません」
アルド離宮を訪れ、わたしに面会を求めたのは……ルク宰相だった。
わたしを攫うとしたら、それは一人しかいない。
「この離宮には踏み込めないように、君を連れ去れないように、いくつも魔法を仕掛けてあるけれど」
またしても知らなかった事実が……!
「何してあるの?」
「色々」
いろいろ……
「君に発動はしないから大丈夫」
ちょっとだけ部屋の中を見回したら、ヒースはわたしの髪を撫でてそう言った。
うん、今までなんにも不都合はなかったし、それはわかっているつもりだけど、いったいどこに、いつの間に。
森の塔にも火除けとかかけてあったんだったっけ。
もしかして、いろいろ仕掛けておくのが普通なのかな……あ、そんなことないわ。
だって、この魔法のある世界でも、魔法使いはそんなに多くないんだもん。
とりあえず、魔法って目に見えないからさっぱりわからない。
どこに何がって聞いても、多分憶えていられないから訊いても無駄よね。
「この離宮に、私の許しのない者は一歩も踏み込めません。ここを襲って君を奪うことは、もうできないと思います。でも、ここから出れば護りは薄くなります。私がそばにいられないなら、ミルラたち三人に任せるしかないのです。君にかけた魔法にも限りがあって、そのすべてをかいくぐって君を攫われることも、ないとは言えません。だから反対なんなんですよ」
ヒースも詳しいことを説明するつもりはないようで、大雑把にその効果だけを語った。
そういえば、初日に攫われかけたんだった……それ以来、平和に過ごせているのは、守ってくれる魔女が増えたからだけじゃなかったんだ。
「君が妻であることを王太子に戻る理由にしてしまったから、君を奪われたら私の地位ごと奪われるでしょう。そうなる前に決着をつけるつもりでいたけれど、手間取っているんです」
この離宮の外で起こっていることは、わたしには何もわからない。
でも、まだ何も変わっていないと思っていた。
それは多分間違ってない。
「君を奪われたら、すべてが終わる……それ以前に私が正気でいられないでしょう」
ヒースの浮かべた微笑みはどこか自嘲的で、胸がぎゅっとなった。
ヤンデレなんて言ってるけど、ヒースに求められて束縛されることを、わたしは本当に嫌だとは思ってない。
むしろ、ちょっと嬉しいと思ってるところもある。
最初のうちに、自分が身代わりだとか、いろいろ考えちゃったのが影響してるような気もするけど……愛されてる気がするのが、多分嬉しいんだと思う。
今更だけど、わたしってばヒースのこと本当に好きね……
日本に帰れないから、そばにいたヒースに依存したんだって言われるかもしれない。
それでもいい。
時々失敗するけど、ヒースのしたいように、望みを叶えたい。
ヒースを苦しめるような、ヒースが嫌がるようなことはしたくない……そんなことにはしたくない。
そしてできるなら、ヒースの力になりたい。
ヒースを守りたい。
だから檻にだって入ってもいいって思ったけど、それはヒースにとって、望まぬことでもあって……
でもきっと、必要なことでもあって。
わたしにとって、怖いことでもあって。
ヒースのためになることがしたいと説得するべきなのか、それはヒースの望まぬことと黙っているべきなのか。
こんな風にしたいことが対立してしまったら、どうしたらいいんだろう。
「ヒース」
「サリナ……何考えていますか?」
次のキスは、少しだけ長かった。
「わたしが攫われたら困るのはわかったの。でも、女神の証拠を見せないと困るのも事実なんでしょ?」
「……君も強情ですね」
「事実の話をしてるの。ヒースの嫌がることをしたいんじゃないのよ」
「なら、この話は終わりです」
「きゃっ」
話が続くと油断してたら、ベッドの上に押し倒されてしまった。
「――君は私のものですよ」
のしかかってきたヒースの手がわたしの両手を手枷の上から押さえ、頭の上に上げさせて、ベッドの上に縫い止める。
「君を兄に奪われるなんて考えたくもないのに、考えないではいられなくて、たまに気が狂いそうになります」
凪いだ深い湖色の瞳がわたしを映して、それにわたしの意識も吸い込まれていった。
――あれ?
頬をくすぐる柔らかさに目を覚ました。
「すみません」
ヒースは眠ってなくて、わたしが目を覚ましたのに気が付いたのか、そう言った。
顔は見えない。わたしの肩に顔を埋めているから。
「すみません、サリナ」
でも、声だけでヒースが後悔していることは伝わってきた。
体で言うこと聞かせるのは良くないよね、うん。
わかってはいるんだね。
だめよって言うべきなんだろうけど、なんだか今は、ヒースを子どもみたいに抱き締めてあげたくなった。
自由になるのは体の上になってる左手だけで、せめてとそれをヒースの背中に回した。それで、ぽんぽんとなだめるように軽く叩く。
「サリナ……私を許してくれますか……?」
「うん」
答は迷わなかった。
「……よかった」
ヒースがやっと顔を見せてくれる。
まだ不安を滲ませて、でも嬉しそうな顔。
願いは叶えてあげたい。
「大丈夫、ヒースのことが好きだから」
「……君は私を甘やかせ過ぎなところがあります」
「そうかな」
転がったままで首を傾げる。
ヒースに甘やかされてる自覚はあるけど、甘やかした記憶はない気がする。
甘やかせてあげたいんだけど。
でもヒースがそう言うなら、そういうこともあるのかもしれないと答えることにした。
「なんにもできないし、してあげられないし、そのくらいはいいと思うの」
「サリナ」
ヒースの腕にぎゅっと力が込められる。
「……ヒース、あの……」
「何?」
「えっと……わたし、どのくらい、寝てた?」
「ああ……私が無体をしたから、もう夜半近いでしょうか」
「えっ」
ベッドに連れ込まれたのは夕刻だった。
ちょっとどきどきする。
寝ていた時間とご無体なことをしていた時間の割合は、いかほど……
自分の体力に自信のない昨今、そんなことを考えているわたしを他所に、ヒースはまだヤンデレから抜け出せていなかった……っぽい。
「ねえ、サリナ、ずっとここで、私といて。私とだけいて……」
「……っ」
直球でヤンデレ要求をしつつ、わたしから望む答を引き出そうと動き始めた。
いや、謝っても、諦めてないじゃん……っ。
「約束して……外へ行かないと。ね……?」
そうして結局、わたしは甘い言葉に丸め込まれた……
翌日は、朝すぐには起きられなかった。
体力作りは急務かもしれない。
わたしにうんと言わせるまでやめない、と決めたヒースが一番怖い
……ベッドの中の約束はノーカンだと思うんだけど、どうでしょう……
でも、ヒースがわたしが表に出ることに絶対うんと言わないことはわかった。
この話は様子を見るしかないのかなあって思って、起き出したのは朝も遅く、昼に近くなってから。
そしてお風呂に入らせてもらって、身支度がちゃんと整ったのは、本当に昼間際だった。
――そんなタイミングで、アルド離宮にその人は訪れた。
「この離宮は、女神のお住まい。許された者以外、なんびとたりと踏み込ませることはできません。そのように命じられております」
「もちろん、私がここに踏み込めないことは心得ていますよ」
玄関で毅然と対応するのはヒルダ。
ミルラはわたしといっしょにリビングの扉の影から、様子を窺っている。
「まずは手枷の女神様とお話させていただきたい」
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