豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂

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第六章

第48話

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 頬のところがくすぐったくて、目を覚ました。

「起きましたか?」

 ヒースの指が触れてたんだって、半分寝ぼけながら思ったけど、なんか触れ方が違うなって思ってた。
 しばらく寝ぼけて黙ってて、やっと気が付く。

 頬を触ってるんじゃなくて、ほつれた髪をいじってるんだ。
 ヒースの腕枕で寝てたけど、まだ髪、あんまり崩れてないのかな。

 手を伸ばして自分でも触ってみたら、花に触れた。
 裸で寝てるのに、髪だけ結われてるのが急に恥ずかしくなって、花を引き抜いた。

「ほどきますか?」
「うん」
「……なら、私がほどいてもいいですか?」
「うん?」

 ヒースがもう一本、花を引き抜く。
 一本ずつ花を外していって、かんざしも引き抜いた。

 結った髪をほぐしてヒースが手櫛で髪を梳くまでは、自分の髪が気になってよく見てなかったんだけど……ふとそこでヒースの顔を見て、わたしは固まってしまった。

 ……うああ、ヒースなんて顔をしてるの……!
 ていうか、なんで舌なめずりなんてしてるの……

 どう見ても『美味しそうなもの』を見る目で、包装を解くように楽しまれてる感じがいたたまれない。

 わたしが爆発的に恥ずかしくなったのに気が付いたのか、ついてないのか、ヒースはわたしの髪を梳きながら、わたしの頭にキスを始めた。
 顔を埋めるみたいにして、何度もキスを繰り返す。

「た……食べちゃだめよ」
「駄目?」

 なんだか本当に食べられそうで、どきどきして、思わず言ったら、聞き返されちゃった。

「……食べたいんですが」

 前にも髪が好きだなって思ったことあったけど、本当に食べる気なの。
 髪を梳かれて、むずむずする。

「食べては、駄目ですか」

 耳を齧られた。
 髪だけでもやもやと高まってた何かが、肌への刺激で痺れるほどのものになる。
 食べるって、そっちなの。

「もう一度だけ……食べさせて?」

 囁きは甘くなりすぎて、たまらない。
 わたしもあっと言う間に、このままじゃいられないところまで追い詰められて、いやって言えなかった。
 恥ずかしいから目を伏せて、そっと頷く。

「君は大切にするべきで、君に溺れすぎてはいけないと、そうわかっているのに……私を君に溺れさせようと、こんなに画策されては止められなくなってしまいます」

 どこか困ったようなヒースの呟きが髪に響いた。

「……これって、ヒースのためなの?」
「そうですね、さっきも言ったけれど」

 言ってたっけ……?
 言ってたかも。

「君にだけだとは言え、自制できなくなるなんて、思ってもみませんでした」

 最初から近くにいても平気だったし、ヒースにはダダ漏れ分もそう効いてないと思うんだけど、たまに本当は影響あるのかなって思うことがある。
 それとも、わたしが無意識に使っちゃってるのかな。

 もし本当に、やっちゃってたらどうしよう。
 いやだよね……わたし、この力でヒースを振り回してきたし。

「……わたし、もしかして、ヒースに力を使っちゃってる?」
「そんなことはないですよ」
「大丈夫?」
「していないから、安心して。……私が君に溺れてるだけなんです」

 溜息みたいな深い息と共に、耳から頬に唇が移動してくる。
 頬に触れるキスくらいで、なんて舐めたことは言えない。

 それだけで、すぐまともに動けなくなる。
 この世界に来て以降、わたしは体中が快楽に弱い。
 本当に溺れてるみたいに苦しくなる。

「わ、わたしが、おぼれてるんじゃなくて……?」
「君が私に? まだまだ。もっと溺れてくれないと、私の方が夢中で不公平ですよ」

 そ、そう……?

「女神じゃなくても、私はきっと君に溺れていましたよ。君の力が届く距離じゃなくても、駆け寄って抱き締めて貪りたくなるから……その時の私の気持ちがわかりますか?」

 力がなかったら、わたしは普通だと思う。
 この国の人とはちょっと違うから珍しいかもしれないけど、それだけだ。
 ……だからこんな風に言うヒースの気持ちはわからない。

 でもわたしの方はわかる。
 心臓がドキドキしすぎて、苦しい。

「他の男になんて、見せたくないんです。君が掠め取られたらと思うと」

 口から心臓が飛び出しそうだと思ったら、それを封じるように口を塞がれた。
 そのキスは、甘くて、すごく激しかった。





 体力ないのがいけないのかしら。
 元々の世界でも特に運動してなくて鍛えてない上に、こっち来てからは外に出ないから、体力落ちまくりなんじゃないかしら……

 こんな体力なしで大丈夫なのかと常々思ってたんだけど……今日、とうとう、バスタブの中でヒースの膝の上っていうシチュエーションで目を覚まして、そのまま気絶しそうになった……

「大丈夫?」

 ちゅっと軽くおでこにキスして、ヒースが微笑む。
 気を遣ってもらってるのと、恥ずかしいのとで、胸がどきどき頭がぐるぐるする。

 体力つけるのと、いろいろ開き直るの、どっちを先にするのが簡単かな……どっちかしないと、いずれどっちかで死んじゃうような気がする。
 でも、体力をつけるにはやっぱり少しは外に出ないと……そうだ。

「ねえ、ヒース」

 とりあえず、首から下は視界に入らないようにしながらヒースの顔を見上げた。

「なんですか?」
「わたし、外に出るみたいなこと言ってなかった?」
「…………」

 訊いたら、ヒースは嫌そうな顔をした。

「私が出したいと思っているんじゃないですからね」

 不本意だという気持ちが、ヒースの表情からオーラから見事に溢れている。

「やっぱりどうにかして、なかったことにします」

 ぎゅっと抱き締められて、ヒースの頭が肩に乗る。

「どういう話なの? それぐらい教えてよ」
「……君が、女神だという証拠を見せろだなんて言う馬鹿者がいるのです」

 証拠……
 少し考えて、眉間に皺が寄るのを感じた。

「その、証拠を見せること自体は簡単な気がするんだけど」
「そう、ですね」
「見せた後、わたし大丈夫?」

 証拠を見せるなんて簡単だ、人前――もちろん男性の――に出ていって、手枷を外せばいい。
 多分大混乱は起こるが、疑いようもない証拠は残る。
 ……だけど、多分、わたしが無事で済まない。

「さすがに無策でそんなことはしません。でも、今出てる案にも同意したくないんです」
「どんな案なの?」
「君を檻の中に入れておこうという案ですよ」

 ……檻。
 手枷の次は、檻……!
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