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第五章
第44話
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反応してしまったのは、許してほしい。
先に手が回ってるなんて欠片も思わなかったんだもの!
「あ、あの」
慌てて抗弁しようとしたら、横から出てきた手に口を塞がれた。
ヒースの手は働き者の手だけあって、意外にごつごつしてて、少し荒れている。
そんなことを思いながら、黙る。
口塞がれたってことは、黙ってろってことだよね。
宰相様から見たってわかるアクションで止められたんだから、よほどわたしが喋っちゃまずいに違いない。
ルク宰相はおやおやという目で、ヒースとわたしを見ている。
「ご存じでいらしたか存じませんが、私は元々下級の貴族の出でして、かなり遡っても王族の血は入っておりません。才を見込まれてルク家の養子に入りました。妻はルク家傍流の者なのですが、少し遡ると降嫁した王女殿下の血が出ます。ですが……我が子も順番としては遠いでしょう」
ルク宰相が突然淡々と語り出した『順番』は、このままエドウィン王子が王族の血を引く者の排除を続けた際の話だろう。
わたしの後ろから、ちょっと複雑な、そして剣呑な気配がする。
多分ギルバートだ。
ギルバート曰く、次の『順番』が自分とギルバートのお父さんらしい。
でも直前の公爵様は殺されずに流刑で済んだというから、殺されるとは限らないんじゃ……と思うけど、それで済むとかいう問題じゃないんだろうな。
思えば、まさにターゲット一番目だったヒースは今も生きており、対象外に外れて王宮から離れることにより優先順位が下がった。
それで今、本当の次の『順番』はヒースだ。
今までも帰ってくることを考えていたのか、定期的に殺し屋を送り込んでいたとは聞いたけど、帰ってきてしまった今となっては確実に第一目標だ。
しかも、今はヒースの手の中にわたしがいる。
この国の人々は、エドウィン王子の動機を知らない。
動機が知られていないから、エドウィン王子は恐れられているんだと思う。
どこまでも王族の血の入った者を殺していくかもしれないからだ。
で、今のルク宰相の話からすると、やはり遡ればいろんな家に王族の血が混ざっているってことだろう。
王位継承権がついているところはギルバートまでのようだけど、血が混じっているだけならたくさんいるわけだ。
まだ王位継承権所持者がすべていなくなっていないから、どこが『終わり』かわかっていない。
そして王の血を絶やさぬと思うなら、王位継承権は遠くても血を辿っていくことになるんだろう。
だから結局、王家の血を引く者は怯えているんだ。
血の近いところから始末していくにせよ、王族の血が入ってるかいないかで対象になるかならないかの差があり、そこで危機感の度合いが分かれている。
そんな中で、わたしが手に入ったら危機が終わるかもしれないと思ったら、わたしを差し出そうという人はかなり出るだろう。
秘密を守りきれなかった場合の、仮想敵が多すぎる。
この人も自分は血を引いてないけど、妻と子どもは引いてるってことだもんね。
ならやっぱり、バレたらわたしを差し出すんじゃなかろうか。
ヒースが口を塞いだのは、喋ったらボロが出そうだから黙ってろってことか。
ゆっくりと、ヒースの手がわたしの口から離れた。
もう喋らないと思ったんだろう。
「兄上は何をお聞きになったのでしょうね。昨日少しお会いはしましたが」
ヒースはそらっとぼけて微笑んでいる。
狸と狐の化かし合い、という言葉が頭に浮かんだ。
「即位されるまでは、エドウィン殿下は本当の意味での妃は娶らぬと思っていました。女神様が降臨なさっても、後宮に迎えられるとは思っておりませんでしたよ」
……この宰相様は、気が付いたのだろうか。
「女神様を手元に置けば、御子を上げられることになりましょうからね」
腹の探り合いは、自分にはできないなと思った。
ヒースがわたしの口を塞いだ理由がよくわかった。
わたしには無理だ。
考えてることがわからない。この人はエドウィン王子よりなのか。
わたしを引き渡して、エドウィン王子に媚びるべきだと思っているのか。
「兄上にもまたご挨拶が必要でしょうか。ですが、その前に陛下にご挨拶差し上げなければなりますまい」
えーと、ヒースの主張は先にお父さんに会わせろってこと。
お父さんに会うのに、この人を通さないといけないのか。
いや、裏からだと記録がつかないからって言ってたっけ。
公式に会わなくちゃならないのか。
会わせてくれないのかな。
「ヒース殿下は正妃をお迎えになられますか」
また息を飲んだ。
もしかして宰相様は、わたしに何か悪意があるのか。
いや、わたしだけじゃないのか。
話が飛ぶたびに、試されてる気がする。
「わたしの妻は彼女ですよ」
ヒースは動じないで、わたしを見つめて微笑んだ。
その代わり口にすることが答になってるのかなってないのかわからない。
そういや、ずっとヒースはわたしを妻と呼んでるけど、正妃だとか愛妾だとかいう区別は一切口にしたことがない……
深く考えてなかったけど、今までも女神はみんな愛妾だよね。
わたしに正妃様なんて立場が務まるはずはない。
今までの異世界から来た女たちだって、そうだっただろう。
だからそれは当たり前なんだ。
当たり前なんだけど……ヒースが正妻を迎えて、わたしはお妾さんだと思うと胸が重くなった。
ああ、本当に、わたしじゃ宰相様の相手は務まらない。
感情が出る人が喋ったら、この宰相様にはいいようにあしらわれそうだ。
「そうですか」
ルク宰相は微笑みの形に目を細めた。
やっぱり何を考えているかわからない。
「謁見のご連絡は差し上げておりますので、ご案内いたしましょう」
え、もう王様と会える手はずは整ってたってこと?
別に今、誰かが連絡に来たってこともないよね……
待って!
……今までの会話はなんだったのか、小一時間問い詰めたい。
本当に何を考えているかわからない。
宰相様は通らなくちゃいけない試練だったのだろうか。
ルク宰相が先導して、宰相の執務室から、けっこう歩いた。
宰相の執務室は二階にあったのだけれど、また一階に降り、渡り廊下のような場所に出た。
廊下が狭くなって、少し緊張する。
だけど、渡り廊下から先で人と行き合うことはなかった。
渡り廊下から先の別の建物が後宮なのかもしれないと思う。
そうして、宰相様の執務室より立派な扉の前まで来た。
「陛下はおやすみになっていらっしゃいます」
「わかっています」
もうずっと病気なのだと言っていたっけ。
そして……女神が近付くと、早く死んじゃうことがあるんだったっけ。
最初に聞いた時には腑に落ちなかったけど、時間が経って今はなんとなくわかる気がした。
女神の力って、無理矢理生命活動を活発にさせるようなところがあるんだろう。
熱が出ている人に近付いたら、熱が上がるのかもしれない。
「ヒース殿下をお連れしました」
中から静かに扉が開く。
……わたし、入っても大丈夫なんだろうか。
ヒースを見上げたら、頷いたので、引かれるままに中に入った。
先に手が回ってるなんて欠片も思わなかったんだもの!
「あ、あの」
慌てて抗弁しようとしたら、横から出てきた手に口を塞がれた。
ヒースの手は働き者の手だけあって、意外にごつごつしてて、少し荒れている。
そんなことを思いながら、黙る。
口塞がれたってことは、黙ってろってことだよね。
宰相様から見たってわかるアクションで止められたんだから、よほどわたしが喋っちゃまずいに違いない。
ルク宰相はおやおやという目で、ヒースとわたしを見ている。
「ご存じでいらしたか存じませんが、私は元々下級の貴族の出でして、かなり遡っても王族の血は入っておりません。才を見込まれてルク家の養子に入りました。妻はルク家傍流の者なのですが、少し遡ると降嫁した王女殿下の血が出ます。ですが……我が子も順番としては遠いでしょう」
ルク宰相が突然淡々と語り出した『順番』は、このままエドウィン王子が王族の血を引く者の排除を続けた際の話だろう。
わたしの後ろから、ちょっと複雑な、そして剣呑な気配がする。
多分ギルバートだ。
ギルバート曰く、次の『順番』が自分とギルバートのお父さんらしい。
でも直前の公爵様は殺されずに流刑で済んだというから、殺されるとは限らないんじゃ……と思うけど、それで済むとかいう問題じゃないんだろうな。
思えば、まさにターゲット一番目だったヒースは今も生きており、対象外に外れて王宮から離れることにより優先順位が下がった。
それで今、本当の次の『順番』はヒースだ。
今までも帰ってくることを考えていたのか、定期的に殺し屋を送り込んでいたとは聞いたけど、帰ってきてしまった今となっては確実に第一目標だ。
しかも、今はヒースの手の中にわたしがいる。
この国の人々は、エドウィン王子の動機を知らない。
動機が知られていないから、エドウィン王子は恐れられているんだと思う。
どこまでも王族の血の入った者を殺していくかもしれないからだ。
で、今のルク宰相の話からすると、やはり遡ればいろんな家に王族の血が混ざっているってことだろう。
王位継承権がついているところはギルバートまでのようだけど、血が混じっているだけならたくさんいるわけだ。
まだ王位継承権所持者がすべていなくなっていないから、どこが『終わり』かわかっていない。
そして王の血を絶やさぬと思うなら、王位継承権は遠くても血を辿っていくことになるんだろう。
だから結局、王家の血を引く者は怯えているんだ。
血の近いところから始末していくにせよ、王族の血が入ってるかいないかで対象になるかならないかの差があり、そこで危機感の度合いが分かれている。
そんな中で、わたしが手に入ったら危機が終わるかもしれないと思ったら、わたしを差し出そうという人はかなり出るだろう。
秘密を守りきれなかった場合の、仮想敵が多すぎる。
この人も自分は血を引いてないけど、妻と子どもは引いてるってことだもんね。
ならやっぱり、バレたらわたしを差し出すんじゃなかろうか。
ヒースが口を塞いだのは、喋ったらボロが出そうだから黙ってろってことか。
ゆっくりと、ヒースの手がわたしの口から離れた。
もう喋らないと思ったんだろう。
「兄上は何をお聞きになったのでしょうね。昨日少しお会いはしましたが」
ヒースはそらっとぼけて微笑んでいる。
狸と狐の化かし合い、という言葉が頭に浮かんだ。
「即位されるまでは、エドウィン殿下は本当の意味での妃は娶らぬと思っていました。女神様が降臨なさっても、後宮に迎えられるとは思っておりませんでしたよ」
……この宰相様は、気が付いたのだろうか。
「女神様を手元に置けば、御子を上げられることになりましょうからね」
腹の探り合いは、自分にはできないなと思った。
ヒースがわたしの口を塞いだ理由がよくわかった。
わたしには無理だ。
考えてることがわからない。この人はエドウィン王子よりなのか。
わたしを引き渡して、エドウィン王子に媚びるべきだと思っているのか。
「兄上にもまたご挨拶が必要でしょうか。ですが、その前に陛下にご挨拶差し上げなければなりますまい」
えーと、ヒースの主張は先にお父さんに会わせろってこと。
お父さんに会うのに、この人を通さないといけないのか。
いや、裏からだと記録がつかないからって言ってたっけ。
公式に会わなくちゃならないのか。
会わせてくれないのかな。
「ヒース殿下は正妃をお迎えになられますか」
また息を飲んだ。
もしかして宰相様は、わたしに何か悪意があるのか。
いや、わたしだけじゃないのか。
話が飛ぶたびに、試されてる気がする。
「わたしの妻は彼女ですよ」
ヒースは動じないで、わたしを見つめて微笑んだ。
その代わり口にすることが答になってるのかなってないのかわからない。
そういや、ずっとヒースはわたしを妻と呼んでるけど、正妃だとか愛妾だとかいう区別は一切口にしたことがない……
深く考えてなかったけど、今までも女神はみんな愛妾だよね。
わたしに正妃様なんて立場が務まるはずはない。
今までの異世界から来た女たちだって、そうだっただろう。
だからそれは当たり前なんだ。
当たり前なんだけど……ヒースが正妻を迎えて、わたしはお妾さんだと思うと胸が重くなった。
ああ、本当に、わたしじゃ宰相様の相手は務まらない。
感情が出る人が喋ったら、この宰相様にはいいようにあしらわれそうだ。
「そうですか」
ルク宰相は微笑みの形に目を細めた。
やっぱり何を考えているかわからない。
「謁見のご連絡は差し上げておりますので、ご案内いたしましょう」
え、もう王様と会える手はずは整ってたってこと?
別に今、誰かが連絡に来たってこともないよね……
待って!
……今までの会話はなんだったのか、小一時間問い詰めたい。
本当に何を考えているかわからない。
宰相様は通らなくちゃいけない試練だったのだろうか。
ルク宰相が先導して、宰相の執務室から、けっこう歩いた。
宰相の執務室は二階にあったのだけれど、また一階に降り、渡り廊下のような場所に出た。
廊下が狭くなって、少し緊張する。
だけど、渡り廊下から先で人と行き合うことはなかった。
渡り廊下から先の別の建物が後宮なのかもしれないと思う。
そうして、宰相様の執務室より立派な扉の前まで来た。
「陛下はおやすみになっていらっしゃいます」
「わかっています」
もうずっと病気なのだと言っていたっけ。
そして……女神が近付くと、早く死んじゃうことがあるんだったっけ。
最初に聞いた時には腑に落ちなかったけど、時間が経って今はなんとなくわかる気がした。
女神の力って、無理矢理生命活動を活発にさせるようなところがあるんだろう。
熱が出ている人に近付いたら、熱が上がるのかもしれない。
「ヒース殿下をお連れしました」
中から静かに扉が開く。
……わたし、入っても大丈夫なんだろうか。
ヒースを見上げたら、頷いたので、引かれるままに中に入った。
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