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第四章
第31話
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そっと寝室に戻る。
ミルラは衣装部屋の別の出口から出て行ったので、もちろん一人で。
ヒースはベッドに腰掛けていた。
まだ、あの王子様な服は着たままだった。
部屋も広いがベッドが大きいから、そう広くは感じない。
でもぴったり横についているのでなければ、顔だけを見るということはできない。
やっぱり王子様スタイルを無視することはできなくて、顔が熱くなった。
嫌なわけじゃない、嫌いなわけじゃないのだ。
王子様だったのが衝撃だった。
身分じゃなくて、姿形が。
恥ずかしいほど格好良いと言うか、小説と夢想の中にしかなかった王子様との恋が現実に抜け出してきてしまって、黒歴史を突きつけられたような気持ちになってしまった。
これをヒースに説明するのは難しいと思う。
この世界にきてから会話は自動翻訳だけれど、女性向けのロマンス小説や厨二病的世界への憧れをどんな風に訳されるのかと思うと、怖い。
……慣れるしかないのかな……
そう思っていたところで、ヒースが視線に気が付いたようにこちらを見た。
「サリナ、こちらに」
そして微笑んで、手招きする。
いつもの夜と同じように。
なら、それに抵抗できるはずがない。
必要はなかったけれど足音を立てないように歩いて、ヒースの前に立った。
腰を囚われるように抱かれる。
「着替えなかったの?」
「君が、この格好に慣れてくれるようにね。こんな服は王宮にいる貴族なら皆着ているのだから、見慣れてくれないと困る。君に目移りされたら、私は何をするかわからない」
服に惹かれて照れているのだと、ヒースは正しく理解しているらしい。
それだけで恥ずかしさに負けそうになる。
でも、他にもいっぱいいると言われて、そんなことが……と思ってから、ギルバートを思い出した。
ギルバートも森に来ていた時には飾り気のない実利優先の騎士の服装をしていたけれど、ヒースといっしょに着替えてきた。
だけどギルバートには、こんな気持ちは湧かなかったはずだ。
「そんな心配は要らないと思うけど」
「そう? 本当に?」
「本当よ。だって、彼……ギルバートにはなんとも思わなかったもの」
「……私だけ?」
それに答えようと思ったら、更に頬が熱くなった。
今までは本当に二人きりの世界にいたから、他の誰かを考える必要はなかった。
お互い基本的に浮気の心配はなかった。
心配はまず、闖入者による意に添わぬことであって、合意の上での浮気の手前にあったからだ。
「ヒース……だけよ」
好きになるには、相手を知らなくてはならないだろう。
一目惚れというものも世の中にはあるらしいが、美形を絵に描いたようなヒースを差し置いて一目惚れできるような男性が目の前に現れるとは思えない。
なら、きっとこの世界にいる限りは、わたしにはヒースだけだ。
「嬉しい」
本当に嬉しそうに、ヒースは微笑んだ。
それに、きゅんと胸が鷲掴みされたような気持ちになる。
元の世界にいた時にだって、こんな気持ちになったことない。
「私にはサリナだけだから、サリナがそう言ってくれるのは本当に嬉しい」
腰に回された腕に力が篭もって、抱き寄せられる。
ぴったり体を寄せられて、ヒースの肩に手を置く。
それでヒースを見下ろしたら、見上げてくるヒースと視線が絡み合った。
そのまま唇が重なる。
逃げられるけど、逃げない。
好きだから、ヒースと触れ合うのは嬉しいし幸せだ。
唇が啄まれる。
肩から、ガウンが落とされるのを感じた。
今日は魔法で脱がさないんだ……
そう思いながらキスにうっとりしていたら、ヒースの笑う気配を感じた。
ヒースが笑う時、あまり声を出さないのに、気配だけは笑っているのを感じる。
その気配だ。
なんで、と思って、ハッとした。
「あっ」
ガウンを脱がされたら、スケスケの寝間着だ。
思わず胸を隠す。
「何も着ていないより、そそられるね」
恥ずかしいことを言ってくれる……!
「さあ、始めようか」
本当になんて恥ずかしいことを言うんだ。
夜の睦み合いはヒースに助けられてしばらくしてからはずっとのことだけれど、こんな風に言われたことはない。
やっぱり、証拠だから……?
起きたのはそもそも昼近くだったらしい。
なのに、起き上がることができなかった。
「大丈夫?」
もうきちんと昨日とは違う服を着たヒースが覗き込んできた。
「だい、じょう……」
最後まで言えないくらい声がかすれてる。
喉がものすごく渇いているけど、声がかすれてる原因は違う気がした。
……いや、やっぱり原因は同じかもしれない。
「水飲みますか?」
その『原因』はなんでもない顔で訊いてきて、水はすごく欲しかったからそれに頷いた。
水を飲むなら起き上がらなくちゃ。
そこで気が付いた。
……起きられない。
足とか腰とかお腹とかに力が入らない。
痛い。
「先に治癒でしょうか……?」
初めての時には先にかけてあった魔法だ。
その後、必要になったことはなかった。
なんてことだ。
他人様のお家で……
お水飲みたい。
「お水……」
「今、動けるようにしますから、少し待ってくださいね」
ヒースはわたしの上に手を乗せた。
体がじんわり温かくなって、どうやら治癒魔法が効いたようだった。
喉の渇きは残っているけど、ずるっと動き出すことができた。
起き上がって手を伸ばしたら、ヒースは少し首を傾げて杯を渡してくれず、横に座った。
ヒースの腕が体に回されて、片腕の力だけで引きあげられた。
「ありがと」
「すみません。すぐに治癒をかけておけばよかったですね」
「……証拠だし、しかたないわ」
証拠だからってことにしておこう。
それ以外の理由は、追及してはいけない。
「今日のうちに移動するつもりでしたが、もう大丈夫ですか?」
「え」
ヒースの言い出したことにびっくりしてしまった。
「もう行くんだったの?」
「ええ」
「……治癒魔法? 効いたから、平気だと思う」
そんなに急ぐとは思ってなかったけど、昨日も襲撃を気にしていた。
急ぐのには、理由があるんだろう。
「急ぐのね」
「急ぐというか……ここに火でも放たれると巻き込まれる人が多いから」
放火の心配を口にされて、ちょっと驚いた。
見も知らぬ人を無差別に巻き込むようなこともするのだと、そう言われるとは思わなかった。
「塔にも来てたんだよね? あそこはそういう心配はなかったの?」
「塔には火除けの魔法をかけてありました」
火除け……火事にならない魔法?
そんな便利な魔法もあるのか。
「塔くらいの大きさなら火除けをかけるのも苦にならないんですが、この屋敷の大きさだとちょっと骨でして。時間と手間をかければできますが、大きすぎてぱっとかけられるものではなくなってしまいます」
大きすぎるというのには、同意だわ。
外から見えたよりもこのお屋敷は大きかった。
奥行きがあったというか、広かった。
こんな大きな建物にほいほいと魔法がかけられるんじゃ、チートすぎるよね。
「じゃあ、やっぱり行かないと」
「はい」
「お城……王宮だったら平気なの?」
「人を押しつけられなければ、私とサリナとミルラだけになるはずだから、建物ごと破砕されてもどうにかなります」
ヒースとミルラは魔法使いだからいいとして、わたしはどうにかなるんだろうか。
そのために、あの未完了の魔法をしかけてたのか……な。
そう思っておこう。
ヒースがいっしょなら守ってくれるだろうし。
ミルラは衣装部屋の別の出口から出て行ったので、もちろん一人で。
ヒースはベッドに腰掛けていた。
まだ、あの王子様な服は着たままだった。
部屋も広いがベッドが大きいから、そう広くは感じない。
でもぴったり横についているのでなければ、顔だけを見るということはできない。
やっぱり王子様スタイルを無視することはできなくて、顔が熱くなった。
嫌なわけじゃない、嫌いなわけじゃないのだ。
王子様だったのが衝撃だった。
身分じゃなくて、姿形が。
恥ずかしいほど格好良いと言うか、小説と夢想の中にしかなかった王子様との恋が現実に抜け出してきてしまって、黒歴史を突きつけられたような気持ちになってしまった。
これをヒースに説明するのは難しいと思う。
この世界にきてから会話は自動翻訳だけれど、女性向けのロマンス小説や厨二病的世界への憧れをどんな風に訳されるのかと思うと、怖い。
……慣れるしかないのかな……
そう思っていたところで、ヒースが視線に気が付いたようにこちらを見た。
「サリナ、こちらに」
そして微笑んで、手招きする。
いつもの夜と同じように。
なら、それに抵抗できるはずがない。
必要はなかったけれど足音を立てないように歩いて、ヒースの前に立った。
腰を囚われるように抱かれる。
「着替えなかったの?」
「君が、この格好に慣れてくれるようにね。こんな服は王宮にいる貴族なら皆着ているのだから、見慣れてくれないと困る。君に目移りされたら、私は何をするかわからない」
服に惹かれて照れているのだと、ヒースは正しく理解しているらしい。
それだけで恥ずかしさに負けそうになる。
でも、他にもいっぱいいると言われて、そんなことが……と思ってから、ギルバートを思い出した。
ギルバートも森に来ていた時には飾り気のない実利優先の騎士の服装をしていたけれど、ヒースといっしょに着替えてきた。
だけどギルバートには、こんな気持ちは湧かなかったはずだ。
「そんな心配は要らないと思うけど」
「そう? 本当に?」
「本当よ。だって、彼……ギルバートにはなんとも思わなかったもの」
「……私だけ?」
それに答えようと思ったら、更に頬が熱くなった。
今までは本当に二人きりの世界にいたから、他の誰かを考える必要はなかった。
お互い基本的に浮気の心配はなかった。
心配はまず、闖入者による意に添わぬことであって、合意の上での浮気の手前にあったからだ。
「ヒース……だけよ」
好きになるには、相手を知らなくてはならないだろう。
一目惚れというものも世の中にはあるらしいが、美形を絵に描いたようなヒースを差し置いて一目惚れできるような男性が目の前に現れるとは思えない。
なら、きっとこの世界にいる限りは、わたしにはヒースだけだ。
「嬉しい」
本当に嬉しそうに、ヒースは微笑んだ。
それに、きゅんと胸が鷲掴みされたような気持ちになる。
元の世界にいた時にだって、こんな気持ちになったことない。
「私にはサリナだけだから、サリナがそう言ってくれるのは本当に嬉しい」
腰に回された腕に力が篭もって、抱き寄せられる。
ぴったり体を寄せられて、ヒースの肩に手を置く。
それでヒースを見下ろしたら、見上げてくるヒースと視線が絡み合った。
そのまま唇が重なる。
逃げられるけど、逃げない。
好きだから、ヒースと触れ合うのは嬉しいし幸せだ。
唇が啄まれる。
肩から、ガウンが落とされるのを感じた。
今日は魔法で脱がさないんだ……
そう思いながらキスにうっとりしていたら、ヒースの笑う気配を感じた。
ヒースが笑う時、あまり声を出さないのに、気配だけは笑っているのを感じる。
その気配だ。
なんで、と思って、ハッとした。
「あっ」
ガウンを脱がされたら、スケスケの寝間着だ。
思わず胸を隠す。
「何も着ていないより、そそられるね」
恥ずかしいことを言ってくれる……!
「さあ、始めようか」
本当になんて恥ずかしいことを言うんだ。
夜の睦み合いはヒースに助けられてしばらくしてからはずっとのことだけれど、こんな風に言われたことはない。
やっぱり、証拠だから……?
起きたのはそもそも昼近くだったらしい。
なのに、起き上がることができなかった。
「大丈夫?」
もうきちんと昨日とは違う服を着たヒースが覗き込んできた。
「だい、じょう……」
最後まで言えないくらい声がかすれてる。
喉がものすごく渇いているけど、声がかすれてる原因は違う気がした。
……いや、やっぱり原因は同じかもしれない。
「水飲みますか?」
その『原因』はなんでもない顔で訊いてきて、水はすごく欲しかったからそれに頷いた。
水を飲むなら起き上がらなくちゃ。
そこで気が付いた。
……起きられない。
足とか腰とかお腹とかに力が入らない。
痛い。
「先に治癒でしょうか……?」
初めての時には先にかけてあった魔法だ。
その後、必要になったことはなかった。
なんてことだ。
他人様のお家で……
お水飲みたい。
「お水……」
「今、動けるようにしますから、少し待ってくださいね」
ヒースはわたしの上に手を乗せた。
体がじんわり温かくなって、どうやら治癒魔法が効いたようだった。
喉の渇きは残っているけど、ずるっと動き出すことができた。
起き上がって手を伸ばしたら、ヒースは少し首を傾げて杯を渡してくれず、横に座った。
ヒースの腕が体に回されて、片腕の力だけで引きあげられた。
「ありがと」
「すみません。すぐに治癒をかけておけばよかったですね」
「……証拠だし、しかたないわ」
証拠だからってことにしておこう。
それ以外の理由は、追及してはいけない。
「今日のうちに移動するつもりでしたが、もう大丈夫ですか?」
「え」
ヒースの言い出したことにびっくりしてしまった。
「もう行くんだったの?」
「ええ」
「……治癒魔法? 効いたから、平気だと思う」
そんなに急ぐとは思ってなかったけど、昨日も襲撃を気にしていた。
急ぐのには、理由があるんだろう。
「急ぐのね」
「急ぐというか……ここに火でも放たれると巻き込まれる人が多いから」
放火の心配を口にされて、ちょっと驚いた。
見も知らぬ人を無差別に巻き込むようなこともするのだと、そう言われるとは思わなかった。
「塔にも来てたんだよね? あそこはそういう心配はなかったの?」
「塔には火除けの魔法をかけてありました」
火除け……火事にならない魔法?
そんな便利な魔法もあるのか。
「塔くらいの大きさなら火除けをかけるのも苦にならないんですが、この屋敷の大きさだとちょっと骨でして。時間と手間をかければできますが、大きすぎてぱっとかけられるものではなくなってしまいます」
大きすぎるというのには、同意だわ。
外から見えたよりもこのお屋敷は大きかった。
奥行きがあったというか、広かった。
こんな大きな建物にほいほいと魔法がかけられるんじゃ、チートすぎるよね。
「じゃあ、やっぱり行かないと」
「はい」
「お城……王宮だったら平気なの?」
「人を押しつけられなければ、私とサリナとミルラだけになるはずだから、建物ごと破砕されてもどうにかなります」
ヒースとミルラは魔法使いだからいいとして、わたしはどうにかなるんだろうか。
そのために、あの未完了の魔法をしかけてたのか……な。
そう思っておこう。
ヒースがいっしょなら守ってくれるだろうし。
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