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第二章
第9話
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いたたまれなくて俯く。
「理性の吹き飛んだ男があなたに何をするか、あなたは知らないでしょう? 後悔した時には遅いんですよ。覚悟もなく、してはいけません」
俯いたまま、ちらっとヒースの顔を見た。
ヒースはまだ間近で、覗き込むようにしてわたしの顔を見下ろしてる。
「覚悟はあった……よ」
そう、覚悟はあった。
いたずらであんなことをしたんじゃない。
初めてはせめて好きな人とって、それはその先までの覚悟をしてのことだったもの。
「……サリナは、私にめちゃくちゃにされる覚悟があったと言うんですか?」
すみませんごめんなさい!
いたたまれなさに更に深く俯いて、もう顔が上げられない。
顔から火が出そう。
熱ある、絶対熱出てる。
いやでも、それはヒースの言い方のせいだ……なんて言い方するの。
そ、そういう激しいことは想定してなかった。
初体験は、ほんのりふんわりとした感じを考えてました……
「ほら、やっぱり覚悟なんてなかったでしょう。もうあんなこと、してはいけませんよ。サリナが傷付くだけなんですから。……それに、あれは、本当の気持ちがどうだったのか見失わせると思います」
そう言ったヒースは、やっぱり溜息のように息をついた。
その溜息が、わたしのお腹に冷たく降り積もった気がした。
お腹の中から冷えていく……
「あなたを大切にしたいと、傷付けたくないと、そう思っていたのに」
「――ごめんなさい」
恥ずかしいのも忘れて、顔を上げてヒースの方を見た。
急だったからか、目の前のヒースの顔はびっくりしてた。
「ごめんなさい……ちょっとだけ、一瞬だけ、わたしを見てくれればいいと思っただけで、気持ちを操ろうとか、そんなつもりはなかったのよ」
ヒースの好きな人を忘れさせたり、気持ちを上書きしたいなんて思ってたわけじゃない。
「な……泣かなくてもいいんですよ、サリナ。もうしないなら」
そう言われてやっと、自分が泣いてるって気が付いた。
「泣かないで」
少し慌てて、戸惑う顔のヒースの指が涙を拭ってくれる。
理由を言えば、ヒースはわたしがああしたことに納得してくれるかもしれない。
でも、もう言いたくはない気がした。
やっぱりヒースには迷惑な話だった。
わたしにソノ気になるってことは、心の中をどこか上書きするってことだもの。
結局、好きだった人の思い出を、上から別のもので塗るような行為だったってこと……
もう、しょうがない。
「あ、あのね」
この世界に落ちてきた時点で、もうわたしはささやかな幸せも得られない運命だったと諦めよう。
生きているだけで幸運な世界なんだ。
だからむりやり笑った。
「わたし、後宮に行こうと思うの」
「……サリナ? なにを言って……」
「王宮? 後宮? 王様のいるところよね。知らせれば、迎えに来てくれるんだよね? どうやって知らせたらいいの?」
「……サリナ」
むりやりでも笑顔で告げて、穏やかに話ができればと思ったけど、ヒースは怖い声を出した。
「なにを言ってるんですか」
ど――どうしてヒースは怒ってるんだろう……
「なぜ」
気が付いたら、ヒースに両腕を掴まれている。
「あ、あの、わたし、ヒースに迷惑をかけたくなくて」
「迷惑ってなんですか」
至近距離にあるヒースの顔は、ものすごく怖い。
初めて見る怖い顔だった。
「駄目だ。行かせませんよ」
だめって……
「あなたは知らないでしょうけれど、この国の王はもう病に伏せって長い。女神様がそばにいれば少しは永らえるかもしれませんが、女神様の力は人を不死にするものではありません。逆に死すべき命の傍にあれば、それを速めるとも言います。王の命を救うことはできないでしょう。だから、サリナが王宮に行けば王太子の後宮に入れられる。けれど、王太子の元へは絶対に行かせられません」
「……この国の王太子様ってどういう人なの?」
「この国の王太子は、王太子の座から追い落とされることを恐れて自分の弟と姉妹のすべてを殺した男です」
もう、びっくりしすぎですぐには声が出ない。
ぱくぱくと口だけが動いてしまったけど、自分が何を言おうとしたのかがわからなかった。
「そんな男にサリナを渡せるはずがないでしょう。サリナを大切にできるとは思えません」
そんな後出し情報は勘弁してほしい。
「こ、後宮がだめだと、神殿なんだけど、ちょっと神殿はわたし……行きたくないんだけど」
贅沢言ってられないけど、身売りはしたくない。
「どうしたらいいの」
さっきとは違う意味で涙目だった。
一人が相手なら神殿で娼婦になるよりマシだと思った後宮は、その一人が問題ありすぎだったとは。
でもだからって「神殿に行きます」とは言えない。
人に迷惑かけずに生きていきたいって思っただけなのに、それには身売りするしかないって、選択肢が狭すぎないか……
そうしなければ生きていけないということは、きっとあるだろうと思う。
過去に何人もそうしてきただろうと思うけど、ぎりぎりまでは回避したい。
「どこにも行かなければいいんです」
今は目の前にあるヒースの顔は、本当に怒ってる。
わたしがヒースの善意を無にするようなことを言ったから?
「ここにいればいいんですよ。迷惑だなんて考えなくていい」
「だって。黙って匿ってたってバレたら、ヒースは困るんじゃないの? 大丈夫なの?」
「サリナはそんなこと気にしなくていいんです」
……困らない、とは言わないんだ。
いや、薄々察してはいたから、だから出て行こうと思ったんだし、それに驚きはしないけど。
「わたしは……ヒースが困るのは嫌なのよ」
「私は、サリナが傷付くのは嫌です」
鼻も触れそうなほど間近で、ヒースが言う。
「だからここにいてください。見つかって連れていかれるのなら、逃げればいい。もっと人のいないところへ」
逃げる……?
「いっしょに逃げましょう」
そこまでしてくれるの?
やっぱり勘違いしちゃいそうだ。
勘違いする前に出ていった方がいいのに、行く場所がないなんて。
「逃げられるの? 人に見つかったら、わたしはバレちゃうでしょ?」
「大丈夫、どうにかします。私はサリナをけして見捨てたりはしませんから」
どうしたらいいの……
「お願いですから……ここにいると、言ってください。でないと」
わたしの腕を掴むヒースの手の力が強くなった。
「あなたを、閉じ込めてしまいたくなる」
……え。
…………
……今の、なんだろう。
「理性の吹き飛んだ男があなたに何をするか、あなたは知らないでしょう? 後悔した時には遅いんですよ。覚悟もなく、してはいけません」
俯いたまま、ちらっとヒースの顔を見た。
ヒースはまだ間近で、覗き込むようにしてわたしの顔を見下ろしてる。
「覚悟はあった……よ」
そう、覚悟はあった。
いたずらであんなことをしたんじゃない。
初めてはせめて好きな人とって、それはその先までの覚悟をしてのことだったもの。
「……サリナは、私にめちゃくちゃにされる覚悟があったと言うんですか?」
すみませんごめんなさい!
いたたまれなさに更に深く俯いて、もう顔が上げられない。
顔から火が出そう。
熱ある、絶対熱出てる。
いやでも、それはヒースの言い方のせいだ……なんて言い方するの。
そ、そういう激しいことは想定してなかった。
初体験は、ほんのりふんわりとした感じを考えてました……
「ほら、やっぱり覚悟なんてなかったでしょう。もうあんなこと、してはいけませんよ。サリナが傷付くだけなんですから。……それに、あれは、本当の気持ちがどうだったのか見失わせると思います」
そう言ったヒースは、やっぱり溜息のように息をついた。
その溜息が、わたしのお腹に冷たく降り積もった気がした。
お腹の中から冷えていく……
「あなたを大切にしたいと、傷付けたくないと、そう思っていたのに」
「――ごめんなさい」
恥ずかしいのも忘れて、顔を上げてヒースの方を見た。
急だったからか、目の前のヒースの顔はびっくりしてた。
「ごめんなさい……ちょっとだけ、一瞬だけ、わたしを見てくれればいいと思っただけで、気持ちを操ろうとか、そんなつもりはなかったのよ」
ヒースの好きな人を忘れさせたり、気持ちを上書きしたいなんて思ってたわけじゃない。
「な……泣かなくてもいいんですよ、サリナ。もうしないなら」
そう言われてやっと、自分が泣いてるって気が付いた。
「泣かないで」
少し慌てて、戸惑う顔のヒースの指が涙を拭ってくれる。
理由を言えば、ヒースはわたしがああしたことに納得してくれるかもしれない。
でも、もう言いたくはない気がした。
やっぱりヒースには迷惑な話だった。
わたしにソノ気になるってことは、心の中をどこか上書きするってことだもの。
結局、好きだった人の思い出を、上から別のもので塗るような行為だったってこと……
もう、しょうがない。
「あ、あのね」
この世界に落ちてきた時点で、もうわたしはささやかな幸せも得られない運命だったと諦めよう。
生きているだけで幸運な世界なんだ。
だからむりやり笑った。
「わたし、後宮に行こうと思うの」
「……サリナ? なにを言って……」
「王宮? 後宮? 王様のいるところよね。知らせれば、迎えに来てくれるんだよね? どうやって知らせたらいいの?」
「……サリナ」
むりやりでも笑顔で告げて、穏やかに話ができればと思ったけど、ヒースは怖い声を出した。
「なにを言ってるんですか」
ど――どうしてヒースは怒ってるんだろう……
「なぜ」
気が付いたら、ヒースに両腕を掴まれている。
「あ、あの、わたし、ヒースに迷惑をかけたくなくて」
「迷惑ってなんですか」
至近距離にあるヒースの顔は、ものすごく怖い。
初めて見る怖い顔だった。
「駄目だ。行かせませんよ」
だめって……
「あなたは知らないでしょうけれど、この国の王はもう病に伏せって長い。女神様がそばにいれば少しは永らえるかもしれませんが、女神様の力は人を不死にするものではありません。逆に死すべき命の傍にあれば、それを速めるとも言います。王の命を救うことはできないでしょう。だから、サリナが王宮に行けば王太子の後宮に入れられる。けれど、王太子の元へは絶対に行かせられません」
「……この国の王太子様ってどういう人なの?」
「この国の王太子は、王太子の座から追い落とされることを恐れて自分の弟と姉妹のすべてを殺した男です」
もう、びっくりしすぎですぐには声が出ない。
ぱくぱくと口だけが動いてしまったけど、自分が何を言おうとしたのかがわからなかった。
「そんな男にサリナを渡せるはずがないでしょう。サリナを大切にできるとは思えません」
そんな後出し情報は勘弁してほしい。
「こ、後宮がだめだと、神殿なんだけど、ちょっと神殿はわたし……行きたくないんだけど」
贅沢言ってられないけど、身売りはしたくない。
「どうしたらいいの」
さっきとは違う意味で涙目だった。
一人が相手なら神殿で娼婦になるよりマシだと思った後宮は、その一人が問題ありすぎだったとは。
でもだからって「神殿に行きます」とは言えない。
人に迷惑かけずに生きていきたいって思っただけなのに、それには身売りするしかないって、選択肢が狭すぎないか……
そうしなければ生きていけないということは、きっとあるだろうと思う。
過去に何人もそうしてきただろうと思うけど、ぎりぎりまでは回避したい。
「どこにも行かなければいいんです」
今は目の前にあるヒースの顔は、本当に怒ってる。
わたしがヒースの善意を無にするようなことを言ったから?
「ここにいればいいんですよ。迷惑だなんて考えなくていい」
「だって。黙って匿ってたってバレたら、ヒースは困るんじゃないの? 大丈夫なの?」
「サリナはそんなこと気にしなくていいんです」
……困らない、とは言わないんだ。
いや、薄々察してはいたから、だから出て行こうと思ったんだし、それに驚きはしないけど。
「わたしは……ヒースが困るのは嫌なのよ」
「私は、サリナが傷付くのは嫌です」
鼻も触れそうなほど間近で、ヒースが言う。
「だからここにいてください。見つかって連れていかれるのなら、逃げればいい。もっと人のいないところへ」
逃げる……?
「いっしょに逃げましょう」
そこまでしてくれるの?
やっぱり勘違いしちゃいそうだ。
勘違いする前に出ていった方がいいのに、行く場所がないなんて。
「逃げられるの? 人に見つかったら、わたしはバレちゃうでしょ?」
「大丈夫、どうにかします。私はサリナをけして見捨てたりはしませんから」
どうしたらいいの……
「お願いですから……ここにいると、言ってください。でないと」
わたしの腕を掴むヒースの手の力が強くなった。
「あなたを、閉じ込めてしまいたくなる」
……え。
…………
……今の、なんだろう。
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