豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂

文字の大きさ
上 下
3 / 66
第一章

第2話

しおりを挟む
「はい……異界より来たりし豊穣の女神様」

 豊穣の女神呼ばわりが謎だけど、天使様から異世界トリップだって宣告受けちゃったわ……
 天使様が口を開く度に次々と明らかになる事実に、息を呑む。

「わたしが違う世界から来たって……わかるの?」
「わかります。異界より来たる女性はすべて、この世界にとっての豊穣の女神。そして女神様はすぐにわかるのです。……男の欲望だけの獣に落とし、理性を奪うので」
「は?」
「私は、その、元々男としての機能が不全なので、女神様に無理を強いて傷付けることはございませんが……普通の男は女神様に近付けば獣と化しますので、ご注意ください」

 頬を染めて、天使様は俯きがちに言った。

 なんか、恥ずかしい告白をさせちゃったような気がする。
 男性の機能不全って、要は不能ってことだよね。

 羞恥に頬を染める天使様にドキドキして、わたしの方がケダモノになりそうだ……
 いやいや、天使だから、きっと男じゃないんだよ。
 恥ずかしがることはない……って言いたくなる。

 いやいやいや、今、天使様が言ったのって重要な話だ。
 わたしが近づくと、男性は見境なくケダモノと化して襲ってくるってこと?
 天使様が大丈夫なのは天使様だからってことで納得だけど、わたしってこの世界の男性に一切近づけないってことじゃない?

「男性って……女性と同数いる感じ?」
「……? 男女の数に特に差はないかと思います」

 おおう。
 世界の半分は男性で、その半分に注意って言われても。

「わたしの……異世界の女の何が悪くて、そんなことに」
「女神様は何も悪くありません。ただ、豊穣の力によって生殖能力が活発になりすぎるのです。そして女神様は人と同じ形をされていますので、男の欲望がそのまま向かってしまうだけなのです」

 え、なんか異世界トリップしてきた女が必ずもらえるチートが、なんかこう……
 チートって言うより呪いなんだけど!?

「男は皆そうなるので、女神様が男に囲まれれば男は我先にと女神様を、その、犯します。その場に女性がいれば、巻き込まれることもあります。狂った男に見境はありません。鉄のごとき強い意志で耐えた者の話も残っていますが、それはそんな者がいたと伝説のように残るほど稀です。女神様がどこに降臨されるかはその時によるので、大勢の中にいきなり現れてしまうこともあって、そんな時には男は周りの女性も襲い、女神様にももちろん群がって、女神様が命絶えても……」

 ひぃ……!
 これは巻き込まれた女性も相当いそうだ。

 まずい、狂わされる男にも巻き込まれる女にも恨まれまくりの予感がする。
 なんという異世界トリッパーが住みにくそうな世界。

「なんか、すごく、具体的なんだけど……もしかして、わたしみたいなの、結構頻繁にいるの?」
「頻繁というほどではありませんが、それなりにいらっしゃいます」

 それなりに。
 その数はいったい如何程か。

「その、わたしみたいな人たちって、元の世界に帰れるの?」
「…………」

 黙った。
 つまり、ここからは帰れないのか。

「その……そもそも最初の発見時に無事に救出できた例がそれほど多くはありません。生きて助けることができても、そこで心の壊れてしまう方も多く……その後がきちんと記録に残っている女神様は数少ないのですが、女神様が帰還されたという話は寡聞にして存じ上げません」

 ヤバい、それ以前だった。
 最初の試練を生き残れてない。

 そういえば言葉を濁してたけど、さっき生きてなさそうなことも言ってたな……
 たとえ助かっても壊れちゃうか……元の世界から引き離される異世界トリップに加えて強姦に輪姦ときたら、それは生き残れても心を病むわ。

「人のいる場所に降臨されると男に襲われます。また女神様の落下は場所を選びませんので、誰にも見つからない場所に落ち、そのまま朽ちてしまわれた方もいたのではないかと……人のいない場所に降臨された女神様に狩りや採集ができて一人で長く生き抜けることは、そう多くないでしょう。そして結局そういう女神様が、人里に接触された際にまず女性に会えて、上手く保護される可能性も……多くはないでしょう」

 どうやらわたしは今生きてるだけで、かなりラッキーらしい。

「私が女神様を発見した際、周りに人はいませんでしたので、まだ誰にも見つかる前だったと思ったのですが、そうではありませんでしたか? お具合は……」
「それは大丈夫、だと思う」

 この世界へのトリップに付属するチートに自動回復はついていなさそうだし、それで体がなんともないんだから、本当にこの天使様がわたしの第一発見者だったんだろう。

「あの」

 希望はいくつかあるんだけど、どこから告げるべきかを迷う。
 迷って、まずこれからだろうと思った。

「あなたのお名前は……?」

 女神様と呼ばれていると、なんともむず痒い。
 だと言うのに、ここで天使様と呼び返すことはできないだろう。
 それじゃあ女神だと呼ばれるのを肯定するみたいじゃない?

「これは申し訳ございません、女神様。私はヒースと申します」

 ヒース……普通にヨーロッパ圏っぽい名前で、発音できないようなものじゃない。

「ヒースさん、わたし、紗理奈っていいます」
「ただヒースとお呼びください。女神様はサリナ様とおっしゃられるのですね」

 うっ、呼び捨て依頼を先越された。
 いやいや、ここでひるんではいけない。

「わたしも女神様は止めて、紗理奈と呼んでもらえませんか?」

 少し戸惑うように、ヒースは軽く小首を傾げた。

 この美貌に困った顔で小首を傾げられると、衝動的に謝りたくなるわ。
 それでもヒースは強情ではないようだった。

「……はい、サリナ様」

 この美貌にちょっと恥ずかし気に頬を染めて呼ばれると……以下略、だけど。
 でも、まだ様が残ってる。

「できれば様付けもやめて、紗理奈と呼び捨ててほしいです。様なんてつけられる人間じゃないんです」
「いえ、それは、女神様ですので」
「……ヒース様」

 様付けで呼ぶというのをやり返すと、ヒースは眉根を寄せた。
 不快そうな表情は初めて見せたものだ。

 だけどそれも一瞬だった。

「おやめください。私は女神様にそのように敬われるような者ではありません」
「なら、お互い様なので、どちらも呼び捨てにしましょうよ。わたしのことも紗理奈と呼んでくれるなら、ヒースさんのことも、ただ名前で呼びますから」

 困ったようにヒースは目を伏せ、少し考え込む。

「そう……ですね。わかりました。サリナ様がそれでよろしいなら、そうしましょう。今から、お名前だけで呼ばせていただきます。敬称が口癖にならないほうが、安全かもしれません。ですから、サリナ様……サリナも、どうか、私のことをただヒースとお呼びください。丁寧にお話いただく必要もありません」
「そうするわ、ありがとう、ヒース。わたしにも丁寧に話す必要はないわ」
「いいえ、私はいつもこうですから……これはお許しいただけますか?」

 いつも誰にそんなに丁寧にへりくだるのか訊いてみたかったけれど、さすがにいきなり踏み込み過ぎかと踏みとどまった。

「それなら、しょうがないかしらね。でも跪くのはやめて、普通に座らない?」
「……それでは、そうさせていただきますね」

 椅子はある。
 書き物机のところにも、小さなテーブルのところにも。
 テーブルの方から木製の丸椅子を持ってきて、ヒースは腰を降ろした。

 それにしても、訊きたいことが増える。
 このまま話し続けてもいいんだろうか。

 ……全裸なんだけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【R18】檻の中の金糸雀は、今日も小さく愛を囀る

夕月
恋愛
鳥獣人の母と人間の父を持つ、いわゆる半獣人のツィリアは、とある事情によって恋人のハロルドの家から出られない。 外の世界に怯えるツィリアを、ハロルドはいつだって優しく守ってくれる。 彼の腕の中にいる時が、ツィリアの一番の幸せ。 恋人の家に引きこもりのヒロインと、そんな彼女を溺愛するヤンデレなヒーローの話。 大人描写のある回には、★をつけます。 この話は、Twitterにてレイラさんにタイトルをいただいて考えた話になります。素敵なタイトル、ありがとうございました♡

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

私、異世界で監禁されました!?

星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。 暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。 『ここ、どこ?』 声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。 今、全ての歯車が動き出す。 片翼シリーズ第一弾の作品です。 続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ! 溺愛は結構後半です。 なろうでも公開してます。

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

処理中です...