15 / 17
第15話
しおりを挟む
「追い出されたか」
「遺産として、こちらのお家はいただけるそうです。後は、小切手でいただきました」
翌日にはお父様がご自身で、この家まで確認にいらした。
馬車が着いて、お迎えに出て、馬車から降りてきたその開口一番にズバリ言われてしまったが、わたしも結婚前よりは強くなった気がする。
お父様に目録を差し出して、答えた。
目録を持って、お迎えに出たのだ。
絶対に見せろって言うと思ったから。
「ほう」
目録をその場で開き、お父様は嫌な笑い方をした。
「中にお入りくださいな」
「少し話をしなくてはならないな。屋敷に残っていたおまえの衣装をいくらか持ってきたから、運びこむ場所を指示しなさい」
お父様の従者と御者が、積んできた衣装箱を馬車から下ろしている。
「わたくしの部屋にしたところに運んでいただきますわ。ハンクさん、案内をお願いします」
管理人の老夫妻を呼んで、荷物を運ぶ部屋の案内を頼む。
ハンクさん夫妻を見て、お父様は顎を撫でた。
「使用人はあれだけか?」
「元々この家の管理人をしていただけで、わたくしの使用人というわけではないのですが……お世話してくれる者は、確かにハンク夫妻だけです」
「あの老人たちでは手が足らんだろう。侍女を一人か二人回そう。後は料理人か。男手は要るか? ……それとも、うちの屋敷に帰ってくるか?」
まさか、お父様がわたしにそんなことを言うとは思わなかったので、すぐに返事ができなかった。
侍女や料理人を回してくれると言うだけでも驚きだったのに、バシュレーの屋敷に帰るなんて選択肢があるなんて。
「……中で、お話しいたしましょう」
ハンクさんの奥さんにお茶をお願いする。
居間のソファに腰を落ち着け、テーブルを挟んでお父様と向かい合った。
「お父様が家に戻るようにおっしゃるとは思いませんでした」
「おまえが未亡人になるのが思ったより早かったからな」
それはもしや、と眉間に力が入る。
「わたくし、またどこかに嫁ぐのですか……?」
「嫌か?」
お父様はそう聞いてくるけれど、お父様がそうしようと思ったなら抗えない。
「お父様……わたくし」
だから、駄目だとしても思うところを言っておかないといけない気がした。
最初だって愛人は嫌だと言ったら、それはなかったのだから。
次だって、少しは気にしてくれるかもしれない。
「後妻はもう嫌です」
「懲りたか?」
「懲りました」
深く頷いた。
「あと、やっぱり愛人も嫌です」
「そうか。ではできる範囲で考慮しよう」
できる範囲でと言うのだから、お父様はわざわざ選ぶことしないだろう。
無理に避けることもないだろうけれど……
それでも、わたしが後悔しないためには、言っておかなくてはならないことだと思う。
「お父様。しばらくはわたくし、ここにいようと思います」
本当は、積極的に再婚したいとも思わない。
もうしばらく結ばれなかった縁のことを思っていたかった。
ラウール様の時には婚約破棄になって、すぐに他の男の人のところに行くのも仕方ないと思ったけれど、今回は違う。
エドアールの正妻……ただ一人になれることはあり得なくても、エドアールがわたしを特別に想ってくれたことは信じられる。
「わかった。では、やはり侍女と料理人をこの家に遣ろう。男手が足りない時には言うといい」
「はい、お願いします」
それから帰るお父様を見送ると、小さな屋敷の中は静かになった。
老齢のハンク夫妻は、庭の手入れや屋敷の掃除を黙々としている。
静かな屋敷の中で、改めて亡くなった侯爵のしたことは酷いと思った。
エドアールとは思い合っても、結婚はできない。
わたしはエドアールの祖父の妻で、血は繋がらないが義祖母なのだ。
最初から好きなっても未来がないようにした上で、わたしたちを引き合わせている。
でも、思い出に浸るのは自由だろう。
そして、妄想も自由だ。
もし、エドアールがわたしを探して、迎えに来てくれたら。
そしたら、愛人でもいいだろうか。
最初から正妻になれる可能性がないなら、諦められるだろうか……
わたしは時間があると、ぼんやりと、そんな妄想をしていた。
だけど、一ヶ月が経っても、二ヶ月が経っても、エドアールがわたしを迎えに来ることはなかった。
いなくなってしまえば、それまでの相手だったようだと、やっと諦めなくてはと思うようになった頃……
「エドアール……」
エドアールは、なんの予告もなく急にこの小さな屋敷まで訪ねてきた。
そして玄関ホールで迎えたわたしに、わたしの住むこの小さな屋敷を見回して言った。
「この屋敷が君のものじゃないのはわかっているよね」
どきりとした。
ダンドリー氏が自分の財産から出したものなのは、わたしだって見当がついている。
「遺産の、先渡しだと思ったのよ」
「遺産をもらったら、もうウェストルンドの屋敷には少しもいたくなかった?」
じっと窺うような睨むような、そんな目でエドアールは見つめてくる。
「……出ていくように言われたからよ」
言い訳なのはわかってる。
だからエドアールの顔をまっすぐ見られなくて、目を逸らした。
「それでもまだ喪服は着ているんだな」
「喪中なのは変わらないもの」
遺産を貰ったらさよならというつもりはなかった。
むしろ遺産が未亡人である証拠だ。
それはエドアールとの繋がりで、隔たりそのものだ。
「今すぐその喪服を脱いでくれ」
「え?」
エドアールが何を言っているのかわからなくて、思わず逸らしていた視線を合わせた。
「君はもう未亡人じゃない」
更にわからなくなる。
まさか侯爵が生き返った……?
いや、そんなばかな。
「だから今すぐ脱いできて。……それとも、僕に脱がされたい?」
エドアールの群青色の瞳に危険な光が宿った気がして、飛び上がった。
エドアールがこんなところで自分をひん剥かないという自信が持てない。
「わっわかったわ!」
ちょっと待ってて――と後退る。
「ハンクさん! お客様を応接間にご案内して! へっヘレン、ヘレンは、わたしの着替えを手伝って――」
声を上げて人を呼ぶのは、狼狽えて自分でもはしたない様子だと思ったけれど、そうでなければすぐにもエドアールがわたしを裸に剥きそうな予感がした。
そして剥かれたらもう、そこから先は。
玄関ホールから出る時に、エドアールを振り返った。
言っておかなくてはならない。
使用人は少なくても、この屋敷は狭くて、どこで何をしていてもすぐわかる。
玄関ホールで襲われるなんてとんでもないが、応接間ならいいと言うわけではないのだ。
「エドアール……わたし、人に見られるのは嫌なのよ」
エドアールは急に驚いたように瞠目して、それから力を抜いて笑った。
「……知ってるよ」
「遺産として、こちらのお家はいただけるそうです。後は、小切手でいただきました」
翌日にはお父様がご自身で、この家まで確認にいらした。
馬車が着いて、お迎えに出て、馬車から降りてきたその開口一番にズバリ言われてしまったが、わたしも結婚前よりは強くなった気がする。
お父様に目録を差し出して、答えた。
目録を持って、お迎えに出たのだ。
絶対に見せろって言うと思ったから。
「ほう」
目録をその場で開き、お父様は嫌な笑い方をした。
「中にお入りくださいな」
「少し話をしなくてはならないな。屋敷に残っていたおまえの衣装をいくらか持ってきたから、運びこむ場所を指示しなさい」
お父様の従者と御者が、積んできた衣装箱を馬車から下ろしている。
「わたくしの部屋にしたところに運んでいただきますわ。ハンクさん、案内をお願いします」
管理人の老夫妻を呼んで、荷物を運ぶ部屋の案内を頼む。
ハンクさん夫妻を見て、お父様は顎を撫でた。
「使用人はあれだけか?」
「元々この家の管理人をしていただけで、わたくしの使用人というわけではないのですが……お世話してくれる者は、確かにハンク夫妻だけです」
「あの老人たちでは手が足らんだろう。侍女を一人か二人回そう。後は料理人か。男手は要るか? ……それとも、うちの屋敷に帰ってくるか?」
まさか、お父様がわたしにそんなことを言うとは思わなかったので、すぐに返事ができなかった。
侍女や料理人を回してくれると言うだけでも驚きだったのに、バシュレーの屋敷に帰るなんて選択肢があるなんて。
「……中で、お話しいたしましょう」
ハンクさんの奥さんにお茶をお願いする。
居間のソファに腰を落ち着け、テーブルを挟んでお父様と向かい合った。
「お父様が家に戻るようにおっしゃるとは思いませんでした」
「おまえが未亡人になるのが思ったより早かったからな」
それはもしや、と眉間に力が入る。
「わたくし、またどこかに嫁ぐのですか……?」
「嫌か?」
お父様はそう聞いてくるけれど、お父様がそうしようと思ったなら抗えない。
「お父様……わたくし」
だから、駄目だとしても思うところを言っておかないといけない気がした。
最初だって愛人は嫌だと言ったら、それはなかったのだから。
次だって、少しは気にしてくれるかもしれない。
「後妻はもう嫌です」
「懲りたか?」
「懲りました」
深く頷いた。
「あと、やっぱり愛人も嫌です」
「そうか。ではできる範囲で考慮しよう」
できる範囲でと言うのだから、お父様はわざわざ選ぶことしないだろう。
無理に避けることもないだろうけれど……
それでも、わたしが後悔しないためには、言っておかなくてはならないことだと思う。
「お父様。しばらくはわたくし、ここにいようと思います」
本当は、積極的に再婚したいとも思わない。
もうしばらく結ばれなかった縁のことを思っていたかった。
ラウール様の時には婚約破棄になって、すぐに他の男の人のところに行くのも仕方ないと思ったけれど、今回は違う。
エドアールの正妻……ただ一人になれることはあり得なくても、エドアールがわたしを特別に想ってくれたことは信じられる。
「わかった。では、やはり侍女と料理人をこの家に遣ろう。男手が足りない時には言うといい」
「はい、お願いします」
それから帰るお父様を見送ると、小さな屋敷の中は静かになった。
老齢のハンク夫妻は、庭の手入れや屋敷の掃除を黙々としている。
静かな屋敷の中で、改めて亡くなった侯爵のしたことは酷いと思った。
エドアールとは思い合っても、結婚はできない。
わたしはエドアールの祖父の妻で、血は繋がらないが義祖母なのだ。
最初から好きなっても未来がないようにした上で、わたしたちを引き合わせている。
でも、思い出に浸るのは自由だろう。
そして、妄想も自由だ。
もし、エドアールがわたしを探して、迎えに来てくれたら。
そしたら、愛人でもいいだろうか。
最初から正妻になれる可能性がないなら、諦められるだろうか……
わたしは時間があると、ぼんやりと、そんな妄想をしていた。
だけど、一ヶ月が経っても、二ヶ月が経っても、エドアールがわたしを迎えに来ることはなかった。
いなくなってしまえば、それまでの相手だったようだと、やっと諦めなくてはと思うようになった頃……
「エドアール……」
エドアールは、なんの予告もなく急にこの小さな屋敷まで訪ねてきた。
そして玄関ホールで迎えたわたしに、わたしの住むこの小さな屋敷を見回して言った。
「この屋敷が君のものじゃないのはわかっているよね」
どきりとした。
ダンドリー氏が自分の財産から出したものなのは、わたしだって見当がついている。
「遺産の、先渡しだと思ったのよ」
「遺産をもらったら、もうウェストルンドの屋敷には少しもいたくなかった?」
じっと窺うような睨むような、そんな目でエドアールは見つめてくる。
「……出ていくように言われたからよ」
言い訳なのはわかってる。
だからエドアールの顔をまっすぐ見られなくて、目を逸らした。
「それでもまだ喪服は着ているんだな」
「喪中なのは変わらないもの」
遺産を貰ったらさよならというつもりはなかった。
むしろ遺産が未亡人である証拠だ。
それはエドアールとの繋がりで、隔たりそのものだ。
「今すぐその喪服を脱いでくれ」
「え?」
エドアールが何を言っているのかわからなくて、思わず逸らしていた視線を合わせた。
「君はもう未亡人じゃない」
更にわからなくなる。
まさか侯爵が生き返った……?
いや、そんなばかな。
「だから今すぐ脱いできて。……それとも、僕に脱がされたい?」
エドアールの群青色の瞳に危険な光が宿った気がして、飛び上がった。
エドアールがこんなところで自分をひん剥かないという自信が持てない。
「わっわかったわ!」
ちょっと待ってて――と後退る。
「ハンクさん! お客様を応接間にご案内して! へっヘレン、ヘレンは、わたしの着替えを手伝って――」
声を上げて人を呼ぶのは、狼狽えて自分でもはしたない様子だと思ったけれど、そうでなければすぐにもエドアールがわたしを裸に剥きそうな予感がした。
そして剥かれたらもう、そこから先は。
玄関ホールから出る時に、エドアールを振り返った。
言っておかなくてはならない。
使用人は少なくても、この屋敷は狭くて、どこで何をしていてもすぐわかる。
玄関ホールで襲われるなんてとんでもないが、応接間ならいいと言うわけではないのだ。
「エドアール……わたし、人に見られるのは嫌なのよ」
エドアールは急に驚いたように瞠目して、それから力を抜いて笑った。
「……知ってるよ」
1
お気に入りに追加
513
あなたにおすすめの小説
女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集
春
恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【キモオタによるオナホ化計画】次元を超えるオナホで女を孕ませる♡ 〜顔と名前を認識された女はキモオタザーメンで孕むまで強制セックス〜
はんべえ〜リアル系変態小説家〜
恋愛
裏サイトで(犯りたい女のマンコと繋がる)ことができる【オナホール】を手に入れた主人公。彼はクラスメートの女子たちからはキモい、アニメオタク等と言われ見下されている。主人公は仕返しとばかりにこのオナホを使って手当たり次第、オナホ越しの孕ませ生セックスを堪能する。(オナホの他にも顔射タブレット等、鬼畜なアイテムが多数登場予定です。)性対象はクラスメートの女、憧れの先輩、有名なアイドルなど様々だ。このオナホは犯したい女の本名と顔をハッキリ認識できれば使用可能だ。主人公はモテないキモオタの遺伝子を次々とクラスメートや美少女たちに注ぎ込み、世界一の孕ませチンポを目指す。*ノーマルなプレイ、イチャラブなセックスなどは少なめ。自分の変態異常性癖を満たすことしか考えられない主人公です。
義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる
一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。
そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました
ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。
それは王家から婚約の打診があったときから
始まった。
体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。
2人は私の異変に気付くこともない。
こんなこと誰にも言えない。
彼の支配から逃れなくてはならないのに
侯爵家のキングは私を放さない。
* 作り話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる