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第3話

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 そして、わたしはウェストルンド家に嫁いできた。

 ずいぶん途中を端折ったと思うかもしれないが、実はそうでもない。
 もう中年も越えた男の後妻に入る時に、大々的に結婚式なんてしないからだ。
 式もしなければ、お披露目もしない。

 お披露目があるのは、当主が中年手前くらいの年齢までじゃないかと思う。
 告示……王宮だか役所だかの掲示板に貼り出すあれがあるから誰も知らないうちにというのはないけれど、後妻を迎えるのがおめでたいことなのは、そこそこ若いうちだということだ。
 老人が後妻を貰うのは、使用人が一人増えるのと変わらない。
 なのでドレスやパーティーや招待状の用意も要らず、屋敷の改装もない。

 高位の貴族であれば婚姻許可証を発行してもらって、婚姻誓約書に署名すればおしまい。
 下位貴族以下なら婚姻許可証も必要なくなって、婚姻誓約書一枚で終了だ。
 署名に司祭なりが立ち会ってくれればいいので、教会で式を挙げることは必須ではない。

 ウェストルンドの侯爵様はわたしとお父様が初めて屋敷を訪れた時に合わせて屋敷に司祭を呼びつけて、自分の屋敷の書斎で婚姻誓約書に署名した。
 婚姻許可証は金を積んで急いで発行してもらったようだ。

 この婚姻を急ぐ理由は、この時にはわからなかった。
 挨拶を交わしただけの小娘を急いで嫁に迎える意味なんてわかるはずもない。
 もしかして、まともそうに見えるけれど、まだらボケが始まっているのだろうか……なんて不敬なことをのんきに考えていたぐらいで。

 ともあれそのまま婚姻成立となり、お父様は自邸に帰り、わたしはウェストルンド家に残ることになった。
 着替えがないわけにはいかないから荷物は明日から順次運ばれてくる。
 持参金は後払いだ。
 詳しい金額は知らないが、持参金は普通の金額よりも、だいぶ安くしてもらったらしい。

 その持参金は、侯爵様が没する際には遺産の一部と一緒にわたしに渡されるそうだ。
 それが未亡人になった後の生活費になる。
 基本的に侯爵の遺産は後継ぎの孫のものだけど、今回はその一部をわたしが未亡人になった後の生活のためにくれる約束だ。
 介護生活がどれだけの長さになるかはわからないが、未亡人なんて後継ぎの考え次第では身一つで放り出される可能性もあるので、婚姻誓約書と同時に、お父様と侯爵様の間ではその辺りの念書も交わされた。

 とりあえず侯爵様が存命中はお父様はウェストルンド家のコネを使い、亡くなってからはわたしの生活費を遺産で賄う。
 それでやっとわたしはお父様の中ではお役御免になって、未亡人として倹しい生活を送って生涯を終える……という流れだ。

 評判は傷物だけど実際は生娘のわたしは、これだと清い身のまま生涯を終えそうな気がしたが、そこはしょうがない。
 好きでもない色好みの男の妾になって生活するよりはずっとマシだと……思っていた。

 思っていたんだけど。

 替えのドレスがないので、昼のドレスのままで晩餐を終え、丁寧に湯浴みをさせられた。
 わたしがウェストルンド家に残ったその日からは、今までは侯爵様付きだと言う年嵩の侍女のグレタがわたしの世話をしてくれた。
 グレタは使用人の中では立場の高い方の侍女だろうから、そんな人がついてくれたことで、少しは真っ当に奥方として扱われるのかとほっとしたのも束の間のことだった。

 湯浴みの後、着せられた閨着は丈が短く、とても淫らなものだったのだ。
 いや、新婚の初夜のものだとしたら、それは普通なのかもしれない。

 付き合いのあった令嬢の中で、結婚した人もいて、閨着が恥ずかしいものだと聞いたことはあった。
 貴族が着るもののように綺麗なものではないけれど、庶民も新婚なら煽情的な閨着を着る。
 庶民はもっと閨事に明け透けだから、母と一緒にいた頃に聞いたこともあった。

 だけど、自分が着るとは思わなかった。

 老侯爵は確かにかくしゃくとして、思っていたより背筋はしゃんと伸びていたが、夜のお勤めが必要だとはやっぱり思えなかった。
 形だけでも床入りするためだろうかと考えたが、どこか不安を拭えないまま、閨着が見えないように上着を羽織って夫婦の寝室へと案内された。

「来たか」

 侯爵様は寝室に先にいて、閨着の上に上着を羽織って寝室に置かれたソファで寛ぐように座っていた。

 それだけだったなら、わたしが不覚悟だっただけで、ただの新婚の夫婦の閨の風景だ。
 だけどそこには、もう一人いた。

 もう一人というのは、侍女のグレタではない。
 晩餐の時に紹介された、このウェストルンド家の跡取りである侯爵様の孫のエドアールだ。

 どうして――

 どうして、エドアールも閨着の上に上着を羽織って、そこに立っているのか。
 そしてどうしてそんな冷めた目で、わたしを見ているのか。

 いや、エドアールの視線が冷めたものだったのは晩餐の時からだった。
 噂を信じて、わたしを傷物の穢れた女だと思っている目だった。

 自分と歳の変わらない女が、祖父の後妻になるのも嫌なのかもしれないと思っていた。
 エドアールは歳の割には小柄な体つきで、中性的な感じの綺麗な顔立ちだから、やや実際の歳より若く見える。
 無垢な年下の少年にも見えるから、余計に蔑む視線が痛かった。

 エドアールは濃茶の髪なので金髪の侯爵様とは一見似ているようには見えないが、よく見ると目の色は同じ群青色だった。
 そしてどちらの目も冷たい。

 そんなことに気を取られているうちに、侯爵様は冷たく言い放った。

「マリーアネット。おまえにはエドアールの相手をしてもらう」
「え……」
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