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獅子堂凛編
不調の原因
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大会が近付くにつれ、獅子堂の調子はますます悪くなる一方だった。
それは素人の私から見ても、わかるほどに。
キレが悪く、なんというか、こう……迷いがある。そんな感じだ。
最初は大丈夫と高を括っていた部員たちも大会が目前に迫った今では、腫物に触れるかのように獅子堂に接していた。
そういう私も、獅子堂になんて声を掛ければいいのかわからない。
私は干していた洗濯物を取り込もうと道場裏へ続く道を歩いていた。
「あーあ。本当に獅子堂先輩には残念だよなぁ」
その声に私は反射的に足を止めた。
その声の主は空手部の一年だった。あんなにも慕われていた獅子堂だったが、なかなか調子が戻らない様子に幻滅してしまったのだろう。
「せっかく獅子堂先輩に憧れて空手部に入ったのに、まさかあんなに弱っちいなんて期待外れだよ」
「本当にそれな! 今までの強さは何だったのか。あれじゃあ、俺の方が強いぜ」
「ドーピングでもしていたんじゃねぇ?」
一年男子たちはケラケラと笑う。
それを訊いた私はぎゅっと拳を握る。
実際今、獅子堂は不調である。もしかしたら一年男子に負けてしまうかもしれない。
だけれど、不調で自分のことでいっぱいいっぱいだろうに、部員にアドバイスをする実直さや困っている人に手を差し伸べる優しさを私は知っているから。獅子堂の人間性を知っているから。
「ちょっと!」
私が声を掛けると一年男子たちはビクッと肩を跳ねた。
「誰だ!」
一年男子は後ろを振り返る。相手が女子でマネージャーの私だと知るとホッとした顔をした。
「まったく、天下の空手部も地に落ちたもんだわ」
私は一年男子に近付きながら言う。
「そうだろ? あんなに獅子堂先輩を持ち上げていたのに実際大したことないんだから」
一年男子は饒舌に喋るが「違うわよ」私はきっぱりと否定する。
「私が言っているのは獅子堂先輩のことじゃない。礼儀に欠けたアンタたちのことを言ってるの。獅子堂先輩が不調になった途端、手の平を返して恥ずかしい。アンタたち、これまで獅子堂先輩に指導してもらったでしょう? お世話になったでしょう? その恩を返したいって思わないの? いくら今の獅子堂先輩より強くたって、アンタたちのようなクズとは天と地ほどの差があるわよ」
「何だと⁉」
「黙って聞いてりゃ……」
逆上した一年男子が私に殴り掛かってくる。
しまった。つい、カッとなって言い過ぎてしまった――。
「何をしている!」
そこへ、獅子堂がやって来た。
かなり怒っているようで、獅子堂の周りに黒い怒りのオーラのようなものが見える。
「女子に手をあげるとは何事だ。理由を話せ」
「いや、それは……」
さっきまでの威勢はどこへやら。一年男子は口ごもる。
「何よ、本人を前にしたら言えなくなっちゃって」
私はハッと鼻で笑う。
一体、何があったのか察したのだろう。獅子堂は溜息をつく。
「部が乱れているのも俺のせいだ。いいだろう、勝負しようじゃないか」
「え……」
獅子堂の言葉に戸惑う私たち。
「俺が負けたら部長の座を退こう」
なんだか、とんでもないことになってしまった。
畳の上で、獅子堂と一年男子が向かい合う。
獅子堂は不調なのに……『俺が負けたら部長の座を退こう』どうしてあんなことを言ったのだろう。
私はハラハラしながら様子を見守る。
「始めっ」
師匠の合図で勝負が始まった。
すぐに、獅子堂は一年男子に負けてしまうだろう。そう、思っていた。
しかし――……。
あんなにも不調だったというのに。
一年男子を押していて、明らかに獅子堂が優勢だった。
そして、ものの数分で決着がついた。
へなへなとその場に座り込む一年男子。
私は獅子堂にタオルを持って行こうと一年男子の傍を通ると、
「どうして、俺が負けるんだよ……こんな、不調の奴に……!」
一年男子はむくりと立ち上がり、背を向け無防備な獅子堂に向かって突進し、拳を振りかざす。
「危ないっ、獅子堂先輩」
私は獅子堂を守るために、獅子堂の身体を押し退ける。
咄嗟の自分の動きに、身体が追いつかず足をひねってしまった。
だめだ、かわすことができない。殴られる――!
「はあぁぁ!」
すると、師匠が一年男子を軽々と投げ飛ばした。
「小童め……お前は空手をする資格などない」
さすが若い頃は有名な空手選手だっただけある。その迫力と貫禄に私はぽかんと口を開けたままだった。
「ハナくん!」
獅子堂が駆け寄る。
「これくらい平気です。ちょっと足をひねっただけですから」
「いや、念のために病院へ行こう」
青い顔して大袈裟に言う獅子堂は、私を御姫様抱っこする。
ひぃ⁉ 人生初のお姫様抱っこ⁉
喪女モブな私には刺激が強すぎだ。私の顔がボッと熱くなり、湯気があがる。ぐるぐると目が回り気を失った。
獅子堂に連れられるまま病院にいったが、私の足は軽い捻挫で、すぐに治るとのことだった。
診察室を出て待合室にいる獅子堂のところへ戻ろうとした私の耳に、看護師の話し声が聞こえてきた。
「あら、あそこにいるの獅子堂くんじゃない」
「久しぶりに見たわ。幼馴染の遼生くんが亡くなられて以来ね」
え――……?
獅子堂は幼馴染を亡くしているの?
「あの、獅子堂……くんの幼馴染が亡くなられたのっていつですか」
私は看護師に訊く。
看護師は私が着ている制服を見て、獅子堂と同じ学園の生徒だとわかったのだろう。警戒することなく話してくれた。
「亡くなられたのは半年くらい前だったかしら? 確か獅子堂くんの空手の大会の日だったわ」
その瞬間、私は獅子堂の不調の原因がわかった。
獅子堂の不調の理由。それは、幼馴染の死だ――……。
それは素人の私から見ても、わかるほどに。
キレが悪く、なんというか、こう……迷いがある。そんな感じだ。
最初は大丈夫と高を括っていた部員たちも大会が目前に迫った今では、腫物に触れるかのように獅子堂に接していた。
そういう私も、獅子堂になんて声を掛ければいいのかわからない。
私は干していた洗濯物を取り込もうと道場裏へ続く道を歩いていた。
「あーあ。本当に獅子堂先輩には残念だよなぁ」
その声に私は反射的に足を止めた。
その声の主は空手部の一年だった。あんなにも慕われていた獅子堂だったが、なかなか調子が戻らない様子に幻滅してしまったのだろう。
「せっかく獅子堂先輩に憧れて空手部に入ったのに、まさかあんなに弱っちいなんて期待外れだよ」
「本当にそれな! 今までの強さは何だったのか。あれじゃあ、俺の方が強いぜ」
「ドーピングでもしていたんじゃねぇ?」
一年男子たちはケラケラと笑う。
それを訊いた私はぎゅっと拳を握る。
実際今、獅子堂は不調である。もしかしたら一年男子に負けてしまうかもしれない。
だけれど、不調で自分のことでいっぱいいっぱいだろうに、部員にアドバイスをする実直さや困っている人に手を差し伸べる優しさを私は知っているから。獅子堂の人間性を知っているから。
「ちょっと!」
私が声を掛けると一年男子たちはビクッと肩を跳ねた。
「誰だ!」
一年男子は後ろを振り返る。相手が女子でマネージャーの私だと知るとホッとした顔をした。
「まったく、天下の空手部も地に落ちたもんだわ」
私は一年男子に近付きながら言う。
「そうだろ? あんなに獅子堂先輩を持ち上げていたのに実際大したことないんだから」
一年男子は饒舌に喋るが「違うわよ」私はきっぱりと否定する。
「私が言っているのは獅子堂先輩のことじゃない。礼儀に欠けたアンタたちのことを言ってるの。獅子堂先輩が不調になった途端、手の平を返して恥ずかしい。アンタたち、これまで獅子堂先輩に指導してもらったでしょう? お世話になったでしょう? その恩を返したいって思わないの? いくら今の獅子堂先輩より強くたって、アンタたちのようなクズとは天と地ほどの差があるわよ」
「何だと⁉」
「黙って聞いてりゃ……」
逆上した一年男子が私に殴り掛かってくる。
しまった。つい、カッとなって言い過ぎてしまった――。
「何をしている!」
そこへ、獅子堂がやって来た。
かなり怒っているようで、獅子堂の周りに黒い怒りのオーラのようなものが見える。
「女子に手をあげるとは何事だ。理由を話せ」
「いや、それは……」
さっきまでの威勢はどこへやら。一年男子は口ごもる。
「何よ、本人を前にしたら言えなくなっちゃって」
私はハッと鼻で笑う。
一体、何があったのか察したのだろう。獅子堂は溜息をつく。
「部が乱れているのも俺のせいだ。いいだろう、勝負しようじゃないか」
「え……」
獅子堂の言葉に戸惑う私たち。
「俺が負けたら部長の座を退こう」
なんだか、とんでもないことになってしまった。
畳の上で、獅子堂と一年男子が向かい合う。
獅子堂は不調なのに……『俺が負けたら部長の座を退こう』どうしてあんなことを言ったのだろう。
私はハラハラしながら様子を見守る。
「始めっ」
師匠の合図で勝負が始まった。
すぐに、獅子堂は一年男子に負けてしまうだろう。そう、思っていた。
しかし――……。
あんなにも不調だったというのに。
一年男子を押していて、明らかに獅子堂が優勢だった。
そして、ものの数分で決着がついた。
へなへなとその場に座り込む一年男子。
私は獅子堂にタオルを持って行こうと一年男子の傍を通ると、
「どうして、俺が負けるんだよ……こんな、不調の奴に……!」
一年男子はむくりと立ち上がり、背を向け無防備な獅子堂に向かって突進し、拳を振りかざす。
「危ないっ、獅子堂先輩」
私は獅子堂を守るために、獅子堂の身体を押し退ける。
咄嗟の自分の動きに、身体が追いつかず足をひねってしまった。
だめだ、かわすことができない。殴られる――!
「はあぁぁ!」
すると、師匠が一年男子を軽々と投げ飛ばした。
「小童め……お前は空手をする資格などない」
さすが若い頃は有名な空手選手だっただけある。その迫力と貫禄に私はぽかんと口を開けたままだった。
「ハナくん!」
獅子堂が駆け寄る。
「これくらい平気です。ちょっと足をひねっただけですから」
「いや、念のために病院へ行こう」
青い顔して大袈裟に言う獅子堂は、私を御姫様抱っこする。
ひぃ⁉ 人生初のお姫様抱っこ⁉
喪女モブな私には刺激が強すぎだ。私の顔がボッと熱くなり、湯気があがる。ぐるぐると目が回り気を失った。
獅子堂に連れられるまま病院にいったが、私の足は軽い捻挫で、すぐに治るとのことだった。
診察室を出て待合室にいる獅子堂のところへ戻ろうとした私の耳に、看護師の話し声が聞こえてきた。
「あら、あそこにいるの獅子堂くんじゃない」
「久しぶりに見たわ。幼馴染の遼生くんが亡くなられて以来ね」
え――……?
獅子堂は幼馴染を亡くしているの?
「あの、獅子堂……くんの幼馴染が亡くなられたのっていつですか」
私は看護師に訊く。
看護師は私が着ている制服を見て、獅子堂と同じ学園の生徒だとわかったのだろう。警戒することなく話してくれた。
「亡くなられたのは半年くらい前だったかしら? 確か獅子堂くんの空手の大会の日だったわ」
その瞬間、私は獅子堂の不調の原因がわかった。
獅子堂の不調の理由。それは、幼馴染の死だ――……。
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