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本条薫編
母との再会
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日本で一番有名な西園寺ホテル。
そこのラウンジの12時に僕は母と再会する予定だ。
現在、11時57分。もうすぐ、母が来る――……。
注文したコーヒーを飲んだが、味がしない。どうやら僕は緊張しているらしい。
そこへ、背が高い女性がヒールをカツカツと鳴らしながらやって来た。
瞬間、ラウンジにいる人々の視線がその女性に集まる。それほど、その女性には華があり人々を魅了するオーラがあった。
「久しぶり、薫。大きくなったわね」
女性は僕の前に座ると、足を組みサングラスを外す。
その女性こそ僕の母であり大女優の本条麗華だ。
「六年ぶりですね母さん。元気でしたか? 海外での生活は――」
今まで会えなかったぶん、たくさん話したいことがある。しかし。
「薫。アナタ、私と一緒に海外に来なさい」
母は僕の話を遮った。
「……え?」
「マネージャーから聞いたわ。アナタ、モデルの仕事でそこそこ稼いでいるようじゃない。さすが私の息子、母さんは嬉しいわ。私ね、海外に拠点を移そうかと思っているの。アナタもモデルとして活躍したいのなら海外で勉強するのもいいと思って。日本じゃやっぱり限界があるもの」
母は一通り喋るとウエイターにハーブティーを注文した。
「……僕がモデルとして活躍するのは母さんの望みですか?」
まるで感情の波が引いていくようだ。母に会えた喜びも、今までしていた緊張も、もうどこかへ行ってしまった。
「そうね」
母はにっこりと微笑む。ゾクリと身体が震えるほど美しかった。
「わかりました。僕は母さんについていきます」
この感じを僕は知っている。こんな経験、今まで何度もあった。
誕生日に授業参観。母が来てくれるんじゃないかと期待して、裏切られて。
“薫、すごいじゃない、モデルの仕事をしているの?”
てっきり、そう言われると思ったのに。
僕がモデルの仕事を始めた理由……母さんはそれを訊いたりしないんですね――……。
それから間もなくして、モデルの本条薫は女優、本条麗華の実の息子であるということをワイドショーや週刊誌で大々的に発表された。そして、海外へ拠点を移すということも。
その話は聖羅舞璃愛学園に広がり、学園内を賑わしていた。
本条が本条麗華の息子であると報道され数日。
本条が通う聖羅舞璃愛学園は連日記者たちに囲まれるようになった。
「これは困りましたねぇ」
学園の理事長である佐伯は眉を八の字にさせ、そう言うが口元はわずかに笑っており全然困ったように見えない。
「これは私でも対処はできないですよ」
なぜか理事長室に呼ばれた私は、答える。
「おや。私は別にハナさんに何かしてもらおうとは思っていませんよ。それにハナさんはこの状況を自分でどうにか出来るとでも思っているのですか?」
理事長に言われて私は顔が熱くなる。
すっかり私は乙女ゲームの主人公になりきっているのかどういうわけか、そんな発言をしてしまった。
何を勘違いしているんだ、私……ここは乙女ゲームの世界で私は主人公に転生したとしても、私自身は喪女であることを忘れてはいけない。自分の身の程をわきまえなければならない。
私は深呼吸すると、
「そうですね、失礼しました。それでは私は何もお役に立てそうにないので失礼します」
理事長に頭を下げると理事長室から出た。
あ。私、理事長に呼ばれた理由を訊いていない。
理事長室から出て廊下を歩く私は、ふと思い出した。
でも別に大したことではないだろう。なぜなら私は何もできないのだから。
あれ、もしかして……。私は思う。もしかして私、怒っている? どうして?
自分の感情に自分で戸惑っていると、私は本条の姿を見つけた。
「本条先輩」
私は近付く。
「あぁ、ハナちゃん。久しぶりだね」
「ご無沙汰しています。何だかすごいことになりましたね」
「あぁ、そうだね」
私はてっきり母親に会えて、海外でモデルとして活躍できることに本条は喜んでいる――そう思っていたが、今の本条はちっとも喜んでいるように見えなかった。喜んでいる、というよりむしろ……。
「先輩は今幸せですか?」
「え?」
本条の表情が強張る。
「何か、今の先輩、無理しているように見たから……先輩、もしかしてお母さんと上手くいってないんじゃ――」
「そんなことないっ!」本条が叫ぶ。「君に僕の何がわかるっていうんだ? 少しの間お世話係をしたからって僕のことをわかったような言い方しないでくれるかい?」
「だって先輩の顔、嬉しくなさそうですもん」
そうなのだ。本条の顔は晴れてなく、どんよりと暗いのだ。
「私、気付いたんですけど、先輩が数々の女性と付き合う理由って、母親から貰えなかった“愛”を他の女性からの“愛”で補おうとしていたからなんじゃないですか?」
だけれど、母親の愛情というのは“恋愛感情”とは違う。だから本条は次から次に付き合う女性を変えるのだ。
「……うるさい」
「もう一度、お母さんとしっかり話を――……」
「うるさいっ!」
本条は私を睨みつけた。
「君に母のことをとやかく言われたくない! 話し合えだって? そんなことできるなら既にやっているさ!」
本条は吐き捨てるように言うと、私の元から去って行った。
本条の背中を見ながら、私は肩を震わす。
何よ……本当は母親に甘えたいくせに。
『君に母のことをとやかく言われたくない! 話し合えだって? そんなことできるなら既にやっているさ!』
本条の言葉がこだまする。
それをやろうとしなかったのは自分のくせに……!
私は怒りでメラメラと燃えていた。
そこのラウンジの12時に僕は母と再会する予定だ。
現在、11時57分。もうすぐ、母が来る――……。
注文したコーヒーを飲んだが、味がしない。どうやら僕は緊張しているらしい。
そこへ、背が高い女性がヒールをカツカツと鳴らしながらやって来た。
瞬間、ラウンジにいる人々の視線がその女性に集まる。それほど、その女性には華があり人々を魅了するオーラがあった。
「久しぶり、薫。大きくなったわね」
女性は僕の前に座ると、足を組みサングラスを外す。
その女性こそ僕の母であり大女優の本条麗華だ。
「六年ぶりですね母さん。元気でしたか? 海外での生活は――」
今まで会えなかったぶん、たくさん話したいことがある。しかし。
「薫。アナタ、私と一緒に海外に来なさい」
母は僕の話を遮った。
「……え?」
「マネージャーから聞いたわ。アナタ、モデルの仕事でそこそこ稼いでいるようじゃない。さすが私の息子、母さんは嬉しいわ。私ね、海外に拠点を移そうかと思っているの。アナタもモデルとして活躍したいのなら海外で勉強するのもいいと思って。日本じゃやっぱり限界があるもの」
母は一通り喋るとウエイターにハーブティーを注文した。
「……僕がモデルとして活躍するのは母さんの望みですか?」
まるで感情の波が引いていくようだ。母に会えた喜びも、今までしていた緊張も、もうどこかへ行ってしまった。
「そうね」
母はにっこりと微笑む。ゾクリと身体が震えるほど美しかった。
「わかりました。僕は母さんについていきます」
この感じを僕は知っている。こんな経験、今まで何度もあった。
誕生日に授業参観。母が来てくれるんじゃないかと期待して、裏切られて。
“薫、すごいじゃない、モデルの仕事をしているの?”
てっきり、そう言われると思ったのに。
僕がモデルの仕事を始めた理由……母さんはそれを訊いたりしないんですね――……。
それから間もなくして、モデルの本条薫は女優、本条麗華の実の息子であるということをワイドショーや週刊誌で大々的に発表された。そして、海外へ拠点を移すということも。
その話は聖羅舞璃愛学園に広がり、学園内を賑わしていた。
本条が本条麗華の息子であると報道され数日。
本条が通う聖羅舞璃愛学園は連日記者たちに囲まれるようになった。
「これは困りましたねぇ」
学園の理事長である佐伯は眉を八の字にさせ、そう言うが口元はわずかに笑っており全然困ったように見えない。
「これは私でも対処はできないですよ」
なぜか理事長室に呼ばれた私は、答える。
「おや。私は別にハナさんに何かしてもらおうとは思っていませんよ。それにハナさんはこの状況を自分でどうにか出来るとでも思っているのですか?」
理事長に言われて私は顔が熱くなる。
すっかり私は乙女ゲームの主人公になりきっているのかどういうわけか、そんな発言をしてしまった。
何を勘違いしているんだ、私……ここは乙女ゲームの世界で私は主人公に転生したとしても、私自身は喪女であることを忘れてはいけない。自分の身の程をわきまえなければならない。
私は深呼吸すると、
「そうですね、失礼しました。それでは私は何もお役に立てそうにないので失礼します」
理事長に頭を下げると理事長室から出た。
あ。私、理事長に呼ばれた理由を訊いていない。
理事長室から出て廊下を歩く私は、ふと思い出した。
でも別に大したことではないだろう。なぜなら私は何もできないのだから。
あれ、もしかして……。私は思う。もしかして私、怒っている? どうして?
自分の感情に自分で戸惑っていると、私は本条の姿を見つけた。
「本条先輩」
私は近付く。
「あぁ、ハナちゃん。久しぶりだね」
「ご無沙汰しています。何だかすごいことになりましたね」
「あぁ、そうだね」
私はてっきり母親に会えて、海外でモデルとして活躍できることに本条は喜んでいる――そう思っていたが、今の本条はちっとも喜んでいるように見えなかった。喜んでいる、というよりむしろ……。
「先輩は今幸せですか?」
「え?」
本条の表情が強張る。
「何か、今の先輩、無理しているように見たから……先輩、もしかしてお母さんと上手くいってないんじゃ――」
「そんなことないっ!」本条が叫ぶ。「君に僕の何がわかるっていうんだ? 少しの間お世話係をしたからって僕のことをわかったような言い方しないでくれるかい?」
「だって先輩の顔、嬉しくなさそうですもん」
そうなのだ。本条の顔は晴れてなく、どんよりと暗いのだ。
「私、気付いたんですけど、先輩が数々の女性と付き合う理由って、母親から貰えなかった“愛”を他の女性からの“愛”で補おうとしていたからなんじゃないですか?」
だけれど、母親の愛情というのは“恋愛感情”とは違う。だから本条は次から次に付き合う女性を変えるのだ。
「……うるさい」
「もう一度、お母さんとしっかり話を――……」
「うるさいっ!」
本条は私を睨みつけた。
「君に母のことをとやかく言われたくない! 話し合えだって? そんなことできるなら既にやっているさ!」
本条は吐き捨てるように言うと、私の元から去って行った。
本条の背中を見ながら、私は肩を震わす。
何よ……本当は母親に甘えたいくせに。
『君に母のことをとやかく言われたくない! 話し合えだって? そんなことできるなら既にやっているさ!』
本条の言葉がこだまする。
それをやろうとしなかったのは自分のくせに……!
私は怒りでメラメラと燃えていた。
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