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夏夏バカンス②

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 早朝。空が白み始めた頃、俺は温泉に入るため大浴場に向かっていた。
 昨日、部屋に戻ると、俺はまだ温泉に入っていないことに気が付いた。轟にはシャワーの故障と言ったが、俺の身にも轟と同じことが起こるんじゃないかと思うと、夜に一人で温泉に入るのが怖くて温泉に入るのを断念したのである。
 一日シャワーを浴びなかった身体は汗でべたべたしていて気持ち悪い。夏場なら尚更だ。清潔なシーツで寝ても寝心地が悪く熟睡できなかった。
 大浴場は露天風呂もついていて広い造りになっていた。夏の朝の清々しい空気を感じながら露天風呂に浸かっていると、気持ちよくなってつい鼻歌を歌ってしまう。
「……です……ね」
「え?」
 声がしたような気がして振り返る。だけどそこにはシャワーが付いた洗い場があるだけで誰もいない。
『まるでそこに誰かがいるようだったんだよ。』
 瞬間、轟の話が頭を過ぎり全身に鳥肌が立った。温泉に浸かっているというのに寒気がする。
轟が言っていたことは本当だったんだ――!
 俺は這うように温泉から上がり、逃げるように大浴場を後にした。

 良い天気に恵まれ、今日は皆で海に遊びに行くことにした。轟が運転する車に、百瀬、きらら、きららの母親が後部座席に、俺は助手席に座って出発した。後部座席ではワイワイと女子トークが弾んでいる。
「何かあったか?」
 轟が俺に話し掛けてきた。
「朝から元気ねぇじゃん、お前」
 轟や百瀬に今朝起こったことを言おうか迷ったが、せっかくの旅行を台無しにさせては申し訳ないと思い言わなかった。しかし、轟は俺の異変を察していたようだった。
「海に行くのが楽しみで眠れなかったんですよね~」
「遠足が楽しみで眠れない小学生かよ」
 鼻で軽く笑う轟。
 そんな轟の横顔を見て、俺は思う。轟は何も見てないようで、よく人を見ているとこがある。でも轟はそれをあまり表に出さない。いや、出そうとしないようにしている。
「轟さんって女性にモテそうなのに見た目で損してるタイプですよね」
「見た目ってどういう意味だ、おい」
「顔が怖いんだから髪色を大人しくさせたらどうですか。黒髪も案外似合うと思いますよ」
「…………黒髪にはもうしねぇよ」
 少し間を置いて轟は答えた。もうしない、ということは昔は黒髪にしていたということだろうか。
「もしかして元カノにフラれたから髪を染めたとかじゃないですよね」
「んなわけあるか」
 ツッコむ轟。
「何何~、恋バナしてるの?」
 百瀬が会話に入ってきた。
「まぁ! 恋バナ! 素敵じゃない」
 両手を合わせてうっとりするきららの母親。
「お兄ちゃんはどんな女性が好きなの?」
「えっ俺ですか⁉」
 急なきららの質問にどぎまぎする俺。と、窓の外に海が見えてきた。
「今日も楽しい一日になるといいわねぇ」
 そうだ。せっかく仕事から解放されたんだ。楽しまなきゃ損である。
 よし! 精一杯楽しむぞ!

 青い海に白い砂浜。そして、目の前には巨乳のビキニ美女を凝視している轟。
「百瀬さん達にそんな姿見せないで下さいよ」
 百瀬達は水着に着替え中でまだ合流していない。一足先に水着に着替えた俺達はパラソルを準備して待っていた。
 巨乳のビキニ美女を見ている轟を、いろんな意味できららには絶対に見せられない。それに、強面でシックスパックに割れたムキムキな轟に凝視されるビキニ美女が不憫である。さぞかし怖くて不愉快な思いをしているだろう。
「お兄さんどこから来たの? 良かったら一緒に遊ばない?」
 まさかの巨乳のビキニ美女が轟に話し掛けてきた。これがいわゆる逆ナンというやつか。
「お兄さん、イイ身体しているのネ。んふ。鍛えてるの?」
 巨乳のビキニ美女は轟のシックスパックを撫でまわす。
 この巨乳のビキニ美女は遊び人だ! 巨乳のビキニ美女の自然なボディータッチテクニックを目の前にし、俺の本能が訴えた。
「そういうことだ大和。後は頼んだ」
 いつの間にか巨乳のビキニ美女の肩を抱いている轟。まるでアディオス! とでも言うかのように額の前で敬礼のようなポーズをしているではないか。
「ちょ、轟さぁぁぁん!」
 俺の呼び止める声に轟は反応せず、轟と巨乳のビキニ美女は陽炎の彼方へと消えていく。
「ごめんごめん、お待たせ!」
 やっと水着に着替えた女性陣がやって来た。
「もう、遅いじゃ――……」
 ないですか、と文句を言おうとしたが、口が止まった。
「え? どうしたの」
 すらりと伸びた長い脚に黒いビキニを着た百瀬。
「更衣室が混んでいて。遅くなってごめんなさいね」
 きららの母親が謝る。
 とても子持ちとは思えないほど若々しいハリのある肌。恥じらいで隠しているのか、巻いたパレオを捲りたくなる。そして吃驚する人妻をこの手で辱かしめるのだ。
「百瀬さん。今、心の中で考えていることをやめて下さい」
「え⁉」
 驚く百瀬の顔は、なぜ私の考えていることがわかったの⁉ とでも言いたげだった。いや、もうパターンがだいたいわかりますから。きららの母親の前で妄想を口に出さなかったことは褒めるけど。
「お兄ちゃん、きららの水着どう?」
 二つの大きなお団子ヘアにしているきららはピンクのワンピース水着を見せつける。きららは本当にピンク色が好きである。
「可愛らしくてとてもお似合いですよ」
 よく、彼女が彼氏に洋服の感想を求めてくるが、答えは褒める、の一択に決まっている。だって、自分の好みではないなんて正直に言ったら、彼女の機嫌は悪くなるし最悪付き合いがそこで終わってしまうかもしれない。だから褒めるしかないのだ。
「ふぅん」
 褒めたにもかかわらず、きららは喜びもしないで冷めた様子だった。え、俺何か間違っただろうか。
「百瀬さん、俺何か失敗しましたか⁉」
 女心は女性に聞くのが一番である。俺は百瀬に耳打ちすると、百瀬は大きく溜息をついた。
「大和くんったら本当にわかってないわね。まぁ水着を褒めるのは正解だけど、髪型も褒めなきゃダメじゃない」
「え⁉ 髪型⁉」
 確かに、きららのお団子ヘアは初めて見るが、そこは盲点であった。やはり、女心は難しい。
「きららさん、お団子姿も似合いますね」
「本当⁉」
 きららに笑顔が戻りホッとする俺。
「それより轟くんの姿が見えないけど」
 轟さんはビッチにタッチされて今頃エッチしていると思います、なんて言えるはずがなく、
「トイレじゃないですか?」
 としか言えなかった。
「まぁいいわ。今から皆でビーチボールで遊ぶわよ。ラリーしてボールを落とした人が負けね」

 ビーチボールラリーで落とした回数が多かったから、という理由で俺は一人で買い出しに行かされた。
 昨日、熟睡できなかったことと朝食もあまり食べなかったことがたたってか気分が悪くなった。ちょっと休憩しようと岩陰に座って休む。軽く目を閉じると睡魔が襲ってきた。
「ひっひ。アンタ、大丈夫かい?」
 薄目を開けると、白髪頭のお婆さんが立っているではないか。
「うわぁ!」
「嫌だねぇ。人を幽霊みたいに」
「ご、ごめんなさい。いきなり声を掛けられてびっくりしました」
 マジで心臓が飛び出るかと思った。
「アンタ、気分が悪いのかい? ほらこの帽子を被りな」
 そう言ってお婆さんから麦わら帽子を差し出された。
「え、でも……」
 受け取るのを躊躇していると、お婆さんは俺の胸に麦わら帽子を強引に押しつける。
「アンタね、若いからって油断してたら熱中症でポックリ逝くよ! 人間、すぐに死ぬんだからね!」
 お婆さんがそれを言っちゃダメでしょう、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「ありがとうございます……でも借りちゃっていいんですか?」
「わたしゃあそこの海の家で働いているから、帰りにでも返しにきてくれればいいから」
 お婆さんは、海の家の方を指さすと、ひっひと引き笑いをしながら海の家へと帰っていく。
 俺も皆のとこへ戻ることにした。

「大和―、買い出し遅かったじゃねぇか」
 いつの間にか轟が帰っていた。心なしか肌艶が良くなっているのは、俺の気のせいだろうか?
「轟さんの分はありませんから」
「おい、大和。どうして俺を汚いものでも見るかのような目で見つめる」
「それは自分が一番わかっているんじゃないですか」
「俺だって、ついて行く気はなかった。しかしここ最近溜まったものを発散したい感情が爆発して」
「つまり性欲に負けたんですよね」
「違う。夏の魔物に誘惑されたせいだ」
「巨乳のビキニ美女を魔物扱いか!」
「ちょっと、男二人で何をコソコソ話してるの。気持ち悪い」
 百瀬が俺と轟の間に割って入る。
「砂浜でお城を作ろうってきららさんが言っているわよ」
「じゃあ砂浜で遊びましょうか。轟さんはほっといて」
「おい、俺を仲間外れにするなっ」

 砂浜でお城を作りつつ、寝ている轟の身体を、砂浜に埋めて動けなくしたことで、スッキリした俺は轟を許すことにした。
 こうして俺達は夏の海を思う存分楽しんだ。


「あ」
「どうした?」
「この麦わら帽子、海の家のお婆さんから借りたんですけど、返すのをすっかり忘れていました」
 海からの帰り。走る車の中で俺は気付く。
「今からじゃもう遅いな。明日返しに行くか」
「そうですね」
 海で遊んで疲れたのだろう。後部座席で百瀬達はすやすやと寝息を立てている。
 俺はお婆さんから借りた麦わら帽子を膝の上に乗せると窓の外を眺めた。赤紫色の空がとても綺麗だった。

 別荘に帰った時には既に日は沈み、辺りは真っ暗だった。
「大港さん、ごめんなさいね。きららを抱っこしてもらって」
「いえいえ。これくらいたいしたことないですよ」
 ぐっすりと眠っているきららを起こすのは可哀想で、俺はきららを抱き上げるとそのまま部屋に連れて行く。
 きららの部屋に入りベッドに寝かせると、
「ん……お兄ちゃん」
 きららが寝ぼけて俺のTシャツを掴む。
 何これすげえ可愛い。子供の皮を被った悪魔のきららだが、寝ている姿は天使のようだ。きゅぅぅんと俺の胸が締め付けられる。まるで小動物のような可愛さを放つきららを俺は愛でる。可愛い小動物を目の前にしたら誰しもが撫でたくなるのは本能じゃないだろうか。ぷっくりとして柔らかな頬っぺたを俺はいつの間にか、無意識でつついていた。

 しばらく頬っぺたをつついたりして満足した俺はリビングに戻るため階下に降りた。
「きゃあああああああ!」
 突然リビングからきららの母親の叫び声が聞こえた。
「どうしたんですかっ」
 俺がリビングに駆けつけると、百瀬ときららの母親が抱き合うように座り込んでいて、轟はリビングを見回していた。
「なんか、リビングから人の泣き声がするんです」
「え⁉」
 耳を澄ますと、確かに人がすすり泣くような声が。
「おい、誰かいんのか⁉」
 怒号を飛ばす轟。
 しかし、泣き声は止まない。それどころか泣き声はますます大きくなる。
「警察呼んだ方がいいんじゃない?」
 怯える百瀬。
「でも侵入者もいないのに警察に通報したってイタズラだと思われるんじゃ」
「とりあえずここから離れた方がいい。部屋に移動しよう」
 俺達はきららの母親の部屋に集まった。誰もが黙り込んでいて、部屋には恐怖と不安な空気が流れている。静寂を破ったのは轟だった。
「奥さん。実は昨日大浴場で不思議なことがあったんだ」
 轟は昨日、身に起きたことを全て話した。そして俺も今朝大浴場で起こった話をする。轟はどうして俺が朝元気がなかったのか合点がいったようだった。
「こうは言いたくないんだけど、この別荘は破格の値段で買ったって言ってたよな?」
「まさか……」
 きららの母親の顔から血の気が引いていく。
 轟は全部を言わなかったが、きららの母親は何を言いたいのか分かったようだった。もちろん俺も百瀬も分かった。この別荘は曰くつきの事故物件、というやつだ。この別荘には人間ではない何かがいるのである。俺や轟が大浴場で体験したことも、ワインボトルが勝手に動いたのも、リビングから聞こえる泣き声も全て辻褄が合う。
「ちょっと、主人に電話してみます」
 きららの母親はスマホで電話を掛ける。しかし、電話が繋がらないようで首を横に振るとスマホを切った。
 恐怖と不安な空気が濃くなっていく。
「もう限界だわ!」
 百瀬が立ち上がる。
「リビングにいる幽霊なんざ私が追い払ってやるわよ!」
 恐怖の限界の先は怒りになるらしい。怒りで燃えている百瀬を目の当たりにして俺は知る。
 百瀬はかなり怒っているようで今にでも部屋から出て行かんばかりだった。百瀬の身に何かあったら心配だ。俺は百瀬を止める。
「ちょっと百瀬さん、落ち着いて下さい! それに追い払うって一体どうするんですか⁉」
「幽霊はエロいものに弱いって聞いたことがあるわ! だから私が大声でエロい言葉を連発して追い払うのよ‼」
「いや、本当マジで落ち着いて下さい!」
 そんなことされちゃ閑静な別荘地に百瀬のエロ言集が響き渡り、それこそ警察に通報されるではないか。俺は必死になって百瀬を止める。
 すると、着信音が鳴った。皆がきららの母親に視線をやったが、きららの母親ではないらしい。
「大和のスマホだぞ」
 轟が俺のスマホを指さした。
 ディスプレイを見ると本多からの着信だった。くそ、こんな時に何だよと心の中で悪態をつく。
『もしもし大和くん? 四人とも楽しくやってる~?』
 気が抜けるほど本多は楽観な声だった。ヤバかった〆切にどうやら間に合ったらしい。
「楽しいも何もちょっと問題が……て、え? 本多さん今、四人って言いました?」
 別荘にいるのは俺と轟と百瀬だが。
『大和くんと、桃華くんと、轟くんと、そして影井くん。皆で別荘に行ってって、最初に僕言ったじゃん』
 影井さん――‼
 影井はレッドハイルの清掃スタッフでシャイな性格のあまり姿を見せないのだ。轟も百瀬もまだ姿を一度も見たことがないという。影井は速く動くことによって、人に自分の姿を見せないことができるらしい。
 かく言う俺は一度、影井と話したことあるが心に傷を与えてしまい、それからは話していないのであった。
 俺はスマホを切る。
「皆さん。幽霊の正体が分かりました」

 幽霊だと思っていたのは影井だったのだ。姿が見えなくてわからなかったが、影井は始めからずっと俺達と一緒にいたらしい。リビングでワインを飲み、大浴場に入り、だけどレンタカーが五人乗りのため乗れずに、皆で一緒に海に行けなかったことが悲しくて影井はリビングでずっと泣いていたらしい。
「居るなら俺に声を掛けてくれればいいじゃないですか」
 リビングで、姿が見えない影井に向かって俺は話し掛ける。
「大浴場で話し掛けたよ。でも大和くんはシカトしたじゃない……」
 消え入りそうな声で影井が言う。
 あぁ……あの声か……。俺は納得する。
「まあまあ。幽霊じゃなかったし良かったわぁ」
 きららの母親がホッとした表情で言う。
 あの後、オーナーから電話があって、別荘が破格の値段だったのは曰くつきの事故物件だからではなく、元の持ち主がかなりの高齢で早く売り払いたかったからだそうだ。
「よし! 解決したしこれから酒を飲むか!」
「いいわねぇ、私日本酒がいいわ」
「日本酒なら新潟の大吟醸があるんですの。影井さんも一緒に飲みましょう」
「奥様、優しい。ありがとうございます……」
「んー、皆で何してるのぉ?」
 目をこすりながらきららがリビングに入ってきた。
「あ。きららさん起きましたか」
 リビングに皆が集まり、夜通し騒いだ。


 次の日、俺達は昼前にきららの別荘を発った。
 きららは寂しそうにしていたが、また会う約束をした。
 帰りにお婆さんに麦わら帽子を返すべく、海に寄ってもらった。
 お婆さんがやっている海の家の前まで行く。が、店の中はがらんとしていて誰も居なかった。
「ひっひ。また来てくれたね」
「うわぁっ」
 足音も気配もなく、いつの間にかお婆さんが後ろにいて驚いた。
「あ、あの昨日、麦わら帽子を返すの忘れてて……ありがとうございました」
「あぁ、そういえば貸してたねぇ。年取ると忘れっぽくてねぇ」
 お婆さんは麦わら帽子を返すとニヤリと笑った。
「それじゃあ……」
 俺は会釈して海の家から離れる。気になって後ろを振り返ったが、そこにはもうお婆さんはいなかった。
「そこの海の家はやってないよ」
 俺が海の家を見ていたからか、突然ウェットスーツを着たサーファーが俺に話し掛けてきた。
「え? お婆さんがやってる海の家って聞いたんですけど」
「あぁ、白髪頭のお婆さん? あのお婆さんは一年前に亡くなったよ」
「――……え?」
「熱中症で倒れてね。突然だったよ」


「アンタね、若いからって油断してたら熱中症でポックリ逝くよ! 人間、すぐに死ぬんだからね!」
 お婆さんが俺に伝えたかった言葉の本当の意味が今わかった。


「アンタね、若いからって油断してたら熱中症でポックリ逝くよ! 人間、すぐに死ぬんだからね!」
お婆さんの言葉がずっと頭の中でこだまして離れない。そして俺は理解する。
あのお婆さんは人間じゃなかったんだ!
「――う」
「ん? どうしたの?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「ちょっと君!」
 俺は走った。後ろからサーファーが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。でも俺は悠長にサーファーと話ができる状態ではなかった。全身寒気がする。寒さのあまり歯がガチガチと音を鳴らす。
轟達が待っている車に転がるように乗り込んだ。
「おい……どうしたんだお前」
「早く車を出して下さい!」
 一刻も早くこの場を離れたい。
 尋常じゃない俺の様子を見て轟はすぐに車を発車してくれた。海が見えなくなってからも俺はしばらく車内でガタガタと震え、落ち着くまで時間がかかった。

「うわぁ……ホンモノと出会っちゃったんだ」
 落ち着いてから俺は海での出来事を話すと、百瀬が顔を引きつかせながら言う。
「でもその婆さんはお前の体調を気遣ってくれた良い幽霊だったんじゃねぇの?」
「わたくしもそう思います。麦わら帽子を貸す幽霊とか聞いたことないですよ……」
 轟と影井はそう言うが、ホンモノの幽霊だと知った時の気持ちの悪さと怖さを体験した俺は複雑な気分だ。
「まぁこの体験も何年後かは笑い話になるわよ」
「なりますかね」
 そうなる気がしないのだが。

 休み明けの人間には二パターンに分かれる。
 休みにより心身がリフレッシュされ、仕事にやる気が出る者と、休みにより体の髄まで怠惰し、仕事に身が入らない者だ。
「かったりぃ。客なんざ来なければいいのに」
「私はこれから何を希望にして生きればいいの……」
 轟と百瀬はどうやら後者のようだ。フロントのカウンターに突っ伏してだらだらと文句を垂れている。
「ちょっと二人ともしっかり仕事してくださいよ。俺達充分に休んだじゃないですか。本多さんも何か言ってくださいよ……うわぁ!」
 驚きのあまり二センチくらい飛び上がった。俺の足元で本多は床に体育座りをして、しくしくと涙を流しているではないか。
「うぅ……。まさかお土産を買ってきてくれないなんて……ご当地限定スイーツや夏季限定お菓子とかあっただろうに」
 そうだった。本多への土産を買い忘れていた。面倒くさいが本多は上司である。慰める他ない。
「本多さん。実はこっちも大変でして……実は俺、幽霊と遭遇したんですよ!」
 何年後かに笑い話になるであろう俺の心霊体験を、まさか本多を慰めるという理由で話すことになるとは思ってもいなかった。
「浮気女とホテルに向かう途中、本命の彼女と鉢合わせして修羅場になればいいのにな」
「ホテルに向かう途中、勃起させたまま人ごみを歩いて、彼女に大恥をかかせればいいのに」
「ちょっと二人とも変なこと願わないでくださいよ!」

 ただいま、俺の日常。
 一日でもいいからツッコまなくてもいい日がないのだろうか。
 ちょっとツッコミ疲れを感じた俺であった。

 後日談になるのだが、きららが作った宿題のヘビのおもちゃは学校で金賞を取ったらしい。

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