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第四章 今なら、きみと
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二人で並んで、しばらく黙って海を見ていた。
沖の方をヨットがすべっていくのを。
あぐらをかいて肘を突いてる梨菜と、体操座りの私。
ふと梨菜が、海を見たまま呟いた。
「あんたのこと」
「え?」
「『優等生さま』なんて言って、悪かったよ」
「えっと」
真面目な声を耳にして、思わずそちらに向き直った。
梨菜の方は私とは逆に、照れ臭そうな顔で、ぷいと向こうを向いてしまう。
「わたしの八つ当たりだって、反省した。……正直、ちょっとだけ羨ましかったから」
「羨ましい?」
私からは、ほんのり赤くなった耳元しか見えない。
困ったような沈黙の後に、再び言葉が続く。
「……忘れてるかもだけど。わたしとあんた、一年生の最初、席が近かったじゃない」
言われて必死で考えて、ふと気付いた。
入学直後の席順は、出席番号順だったっけ。
新関と日上で、前後ろに並んでたんだ。一番前の梨菜、二番目の私。
梨菜の背中、そう言えばあの頃は何度も見ていた気がする。
「せっかく高校に入ったんだしさ、わたしも新しく友だち作りたいなって思ってて」
それはもちろん、私だってそうだ。
結果として、えっと……美玖や鞠絵とはどうやって仲良くなったんだっけ。
確か、家庭科だったか理科だったかの移動教室のときに、一緒に行こうって誘ってもらったのが最初だったかも。
「そんでさ、張り切ってわたし、振り返ったわけよ。だって、両隣は男子だし、まずは女子と友達になりたいでしょ?」
「う、うん……」
そんなことあったかな。
考えながら聞いていると、梨菜が突然振り向いて、思い切り顔をしかめた。
「で、話しかけたとき、あんたこんな顔してさぁ……『先生が話してるから、前を向いた方がいいよ』って。まー、冷たいこと冷たいこと」
「……えっ、そんなことあったっけ?」
「あったわよ! わたし、今でもあんたのこの顔、覚えてるんだから。『黙っててください。めちゃくちゃ迷惑ですから!』って顔したのよ」
「ええー……」
必死に考えてみたけど、全然思い出せない。
そもそも、あの頃は私も高校に慣れるのに一生懸命で、梨菜が前に座ってたことも言われるまで気付かなかった。
「そんな顔されたらさ、わたしだって話しかけづらいじゃん。気が付いたら、結局わたし中学時代の知り合いと同じグループみたいになっててさ」
「おぼえてないけど、多分……その、変な意味があった訳じゃなくて、ただ緊張してたか、本当に先生の声が聞こえなくって困ったかだと思うんだけど……」
「今の様子見てたら、そうなんでしょうね。あー、なんか損してたわ。あんたすっごいマジメのいい子ちゃんなんだと思ってた。無視されてると思ったら悔しくてさ。わたしのこと馬鹿にしてんだろうなって。まあ、確かに馬鹿なんだけど」
「……梨菜は、馬鹿なんかじゃないよ」
だって、私は知ってる。
職場で営業の誰かが落ち込んでるとき、ぱっとその人の近くに行って、さりげなく元気づけるのはいつも梨菜だった。
元気づけ方も相手によって違ってて、お茶を淹れてあげたり、お菓子をあげたりすることもあれば、じっくり話を聞いたり、ただ単に世間話を振ってることだって――相手のこと、すごくよく見てるんだなって思ってた。
「そう? わたし、すっごい物覚え悪いよ」
「……っ、確かに、新しい書式やツールに変わったとき、覚えるまで苦労してることもあったよ。だけど、梨菜は人の顔と名前は覚えるの得意だし、その相手がどんなもの好きかとか、普段の様子とか……」
「へ? 書式? 何の話?」
「あ、違った……」
未来の記憶を根拠に、思わず力説してしまった。
だけど、とにかく私、梨菜がただ単にダメだなんて思ってない。
いっそそうだったら、私の性格じゃ、梨菜とうまくいかないことを諦めてたと思う。
だって、そもそも他人に興味を持てないのが、私だ。
馬鹿にできない、無視できない相手だからこそ、辛く当たられても何とかしたいと悩んでしまったのだ。
「とにかく、梨菜はいっぱい良いとこあるよ。私たち、たまたま今まで話さなかっただけで……でも、私の方は、梨菜の尊敬できるとこもいっぱい知ってるから」
拳を握って力説する。
梨菜はしばらく私の顔をまじまじと見ていたけれど、そのうち、両膝を立てて、その間に顔を隠してしまった。
「梨菜?」
「……あんたやっぱり、いい子ちゃんだね」
「ねえ、『優等生さま』と一緒で、それもやめて欲しいんだけど」
「いい子ちゃんなのに、こんなことに付き合わせて、ごめんね」
梨菜が謝る必要なんてない。
だって、これは私がそうしたいと思っただけなんだから。
沖の方をヨットがすべっていくのを。
あぐらをかいて肘を突いてる梨菜と、体操座りの私。
ふと梨菜が、海を見たまま呟いた。
「あんたのこと」
「え?」
「『優等生さま』なんて言って、悪かったよ」
「えっと」
真面目な声を耳にして、思わずそちらに向き直った。
梨菜の方は私とは逆に、照れ臭そうな顔で、ぷいと向こうを向いてしまう。
「わたしの八つ当たりだって、反省した。……正直、ちょっとだけ羨ましかったから」
「羨ましい?」
私からは、ほんのり赤くなった耳元しか見えない。
困ったような沈黙の後に、再び言葉が続く。
「……忘れてるかもだけど。わたしとあんた、一年生の最初、席が近かったじゃない」
言われて必死で考えて、ふと気付いた。
入学直後の席順は、出席番号順だったっけ。
新関と日上で、前後ろに並んでたんだ。一番前の梨菜、二番目の私。
梨菜の背中、そう言えばあの頃は何度も見ていた気がする。
「せっかく高校に入ったんだしさ、わたしも新しく友だち作りたいなって思ってて」
それはもちろん、私だってそうだ。
結果として、えっと……美玖や鞠絵とはどうやって仲良くなったんだっけ。
確か、家庭科だったか理科だったかの移動教室のときに、一緒に行こうって誘ってもらったのが最初だったかも。
「そんでさ、張り切ってわたし、振り返ったわけよ。だって、両隣は男子だし、まずは女子と友達になりたいでしょ?」
「う、うん……」
そんなことあったかな。
考えながら聞いていると、梨菜が突然振り向いて、思い切り顔をしかめた。
「で、話しかけたとき、あんたこんな顔してさぁ……『先生が話してるから、前を向いた方がいいよ』って。まー、冷たいこと冷たいこと」
「……えっ、そんなことあったっけ?」
「あったわよ! わたし、今でもあんたのこの顔、覚えてるんだから。『黙っててください。めちゃくちゃ迷惑ですから!』って顔したのよ」
「ええー……」
必死に考えてみたけど、全然思い出せない。
そもそも、あの頃は私も高校に慣れるのに一生懸命で、梨菜が前に座ってたことも言われるまで気付かなかった。
「そんな顔されたらさ、わたしだって話しかけづらいじゃん。気が付いたら、結局わたし中学時代の知り合いと同じグループみたいになっててさ」
「おぼえてないけど、多分……その、変な意味があった訳じゃなくて、ただ緊張してたか、本当に先生の声が聞こえなくって困ったかだと思うんだけど……」
「今の様子見てたら、そうなんでしょうね。あー、なんか損してたわ。あんたすっごいマジメのいい子ちゃんなんだと思ってた。無視されてると思ったら悔しくてさ。わたしのこと馬鹿にしてんだろうなって。まあ、確かに馬鹿なんだけど」
「……梨菜は、馬鹿なんかじゃないよ」
だって、私は知ってる。
職場で営業の誰かが落ち込んでるとき、ぱっとその人の近くに行って、さりげなく元気づけるのはいつも梨菜だった。
元気づけ方も相手によって違ってて、お茶を淹れてあげたり、お菓子をあげたりすることもあれば、じっくり話を聞いたり、ただ単に世間話を振ってることだって――相手のこと、すごくよく見てるんだなって思ってた。
「そう? わたし、すっごい物覚え悪いよ」
「……っ、確かに、新しい書式やツールに変わったとき、覚えるまで苦労してることもあったよ。だけど、梨菜は人の顔と名前は覚えるの得意だし、その相手がどんなもの好きかとか、普段の様子とか……」
「へ? 書式? 何の話?」
「あ、違った……」
未来の記憶を根拠に、思わず力説してしまった。
だけど、とにかく私、梨菜がただ単にダメだなんて思ってない。
いっそそうだったら、私の性格じゃ、梨菜とうまくいかないことを諦めてたと思う。
だって、そもそも他人に興味を持てないのが、私だ。
馬鹿にできない、無視できない相手だからこそ、辛く当たられても何とかしたいと悩んでしまったのだ。
「とにかく、梨菜はいっぱい良いとこあるよ。私たち、たまたま今まで話さなかっただけで……でも、私の方は、梨菜の尊敬できるとこもいっぱい知ってるから」
拳を握って力説する。
梨菜はしばらく私の顔をまじまじと見ていたけれど、そのうち、両膝を立てて、その間に顔を隠してしまった。
「梨菜?」
「……あんたやっぱり、いい子ちゃんだね」
「ねえ、『優等生さま』と一緒で、それもやめて欲しいんだけど」
「いい子ちゃんなのに、こんなことに付き合わせて、ごめんね」
梨菜が謝る必要なんてない。
だって、これは私がそうしたいと思っただけなんだから。
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