上 下
14 / 39
第四章 今なら、きみと

しおりを挟む
 二人で並んで、しばらく黙って海を見ていた。
 沖の方をヨットがすべっていくのを。
 あぐらをかいて肘を突いてる梨菜と、体操座りの私。

 ふと梨菜が、海を見たまま呟いた。

「あんたのこと」
「え?」
「『優等生さま』なんて言って、悪かったよ」
「えっと」

 真面目な声を耳にして、思わずそちらに向き直った。
 梨菜の方は私とは逆に、照れ臭そうな顔で、ぷいと向こうを向いてしまう。

「わたしの八つ当たりだって、反省した。……正直、ちょっとだけ羨ましかったから」
「羨ましい?」

 私からは、ほんのり赤くなった耳元しか見えない。
 困ったような沈黙の後に、再び言葉が続く。

「……忘れてるかもだけど。わたしとあんた、一年生の最初、席が近かったじゃない」

 言われて必死で考えて、ふと気付いた。
 入学直後の席順は、出席番号順だったっけ。
 新関日上で、前後ろに並んでたんだ。一番前の梨菜、二番目の私。
 梨菜の背中、そう言えばあの頃は何度も見ていた気がする。

「せっかく高校に入ったんだしさ、わたしも新しく友だち作りたいなって思ってて」

 それはもちろん、私だってそうだ。
 結果として、えっと……美玖みく鞠絵まりえとはどうやって仲良くなったんだっけ。
 確か、家庭科だったか理科だったかの移動教室のときに、一緒に行こうって誘ってもらったのが最初だったかも。

「そんでさ、張り切ってわたし、振り返ったわけよ。だって、両隣は男子だし、まずは女子と友達になりたいでしょ?」
「う、うん……」

 そんなことあったかな。
 考えながら聞いていると、梨菜が突然振り向いて、思い切り顔をしかめた。

「で、話しかけたとき、あんたこんな顔してさぁ……『先生が話してるから、前を向いた方がいいよ』って。まー、冷たいこと冷たいこと」
「……えっ、そんなことあったっけ?」
「あったわよ! わたし、今でもあんたのこの顔、覚えてるんだから。『黙っててください。めちゃくちゃ迷惑ですから!』って顔したのよ」
「ええー……」

 必死に考えてみたけど、全然思い出せない。
 そもそも、あの頃は私も高校に慣れるのに一生懸命で、梨菜が前に座ってたことも言われるまで気付かなかった。

「そんな顔されたらさ、わたしだって話しかけづらいじゃん。気が付いたら、結局わたし中学時代の知り合いと同じグループみたいになっててさ」
「おぼえてないけど、多分……その、変な意味があった訳じゃなくて、ただ緊張してたか、本当に先生の声が聞こえなくって困ったかだと思うんだけど……」
「今の様子見てたら、そうなんでしょうね。あー、なんか損してたわ。あんたすっごいマジメのいい子ちゃんなんだと思ってた。無視されてると思ったら悔しくてさ。わたしのこと馬鹿にしてんだろうなって。まあ、確かに馬鹿なんだけど」
「……梨菜は、馬鹿なんかじゃないよ」

 だって、私は知ってる。
 職場で営業の誰かが落ち込んでるとき、ぱっとその人の近くに行って、さりげなく元気づけるのはいつも梨菜だった。
 元気づけ方も相手によって違ってて、お茶を淹れてあげたり、お菓子をあげたりすることもあれば、じっくり話を聞いたり、ただ単に世間話を振ってることだって――相手のこと、すごくよく見てるんだなって思ってた。

「そう? わたし、すっごい物覚え悪いよ」
「……っ、確かに、新しい書式やツールに変わったとき、覚えるまで苦労してることもあったよ。だけど、梨菜は人の顔と名前は覚えるの得意だし、その相手がどんなもの好きかとか、普段の様子とか……」
「へ? 書式? 何の話?」
「あ、違った……」

 未来の記憶を根拠に、思わず力説してしまった。
 だけど、とにかく私、梨菜がただ単にダメだなんて思ってない。

 いっそそうだったら、私の性格じゃ、梨菜とうまくいかないことを諦めてたと思う。
 だって、そもそも他人に興味を持てないのが、私だ。
 馬鹿にできない、無視できない相手だからこそ、辛く当たられても何とかしたいと悩んでしまったのだ。

「とにかく、梨菜はいっぱい良いとこあるよ。私たち、たまたま今まで話さなかっただけで……でも、私の方は、梨菜の尊敬できるとこもいっぱい知ってるから」

 拳を握って力説する。
 梨菜はしばらく私の顔をまじまじと見ていたけれど、そのうち、両膝を立てて、その間に顔を隠してしまった。

「梨菜?」
「……あんたやっぱり、いい子ちゃんだね」
「ねえ、『優等生さま』と一緒で、それもやめて欲しいんだけど」
「いい子ちゃんなのに、こんなことに付き合わせて、ごめんね」

 梨菜が謝る必要なんてない。
 だって、これは私がそうしたいと思っただけなんだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

泥々の川

フロイライン
恋愛
昭和四十九年大阪 中学三年の友谷袮留は、劣悪な家庭環境の中にありながら前向きに生きていた。 しかし、ろくでなしの父親誠の犠牲となり、ささやかな幸せさえも奪われてしまう。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~

浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。 男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕! オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。 学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。 ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ? 頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、 なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。 周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません) ハッピーエンドです。R15は保険です。 表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...