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第四章 今なら、きみと
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教室に入ったときから、私は、全神経をそっちに向けていた。
視線は向けないで、ただ注意だけを。
廊下側、最後列――梨菜の席。
そこに、坂詰さんがやってくる。
前の席の国弘さんが、くるりと後ろを向く。
下を向いている梨菜の額を見ながら、何かを言おうと口を開いている。
その狭い空間に割り込むように、私は梨菜に話しかけた。
「――おはよう、梨……ううん、新関さん!」
弾かれたように顔を上げる梨菜。
眉をひそめているのは、怒ってる訳じゃなくて訳が分からないからだと思う。
背中に、三人分の強烈な不可解の視線も感じてる。
だけど、勇気を出してそのどちらも無視し、話題を切り出した。
「あのね、新関さん。実は私、新関さんに頼みたいことがあるの」
「は? 日上さんみたいな優等生さまが、わたしに何の用よ」
「今はちょっと言いづらいから、お昼休みに相談してもいい?」
「はあ、まあ……いいけど」
いぶかしげながらも、一応の了承は貰った。
私は頷いて、手首の時計を確認する。一限の授業まで、あと五分。
「ちなみに、これはお願いとは関係ないんだけど、新関さん、アイスはいちご味とバニラ味とどっちが好き?」
「は? え、アイス? いちご……?」
「そうなんだ、いちご美味しいよね! 私もいちご好きだな。あっでもバニラの方が美味しいのもあるじゃない。あの新発売のさ……」
背中に集まってる視線は、不可解を超えて完全に苛立ちに達してる。
さすがの私でも、この至近距離で舌打ちされればそれなりに空気は感じられる。
早くどけって言いたいんだろうけど――でも、その空気には、私、絶対従わないんだから。
どんどん増してく圧力と、目をしろくろさせる梨菜の表情に挟まれつつ、そのまま雑談を続ける。
チャイムが鳴って、その上先生が入ってくるまでねばった後、ようやく小走りで自席に戻った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
各授業の間の小休憩も、同じ方法で乗り切った。
私が梨菜の席にいることに気付いた、友達の鞠絵がこっちに来てくれて、何となく三人で話した時間もあったけど。
お昼のチャイムが鳴る。
私はお弁当を掴んで大急ぎで梨菜の元に駆け寄り、話しかけた。
「場所変えて話したいから、お弁当一緒に食べようよ!」
「いいけど……あんたいつも、金沢さん達とご飯食べてなかった?」
「鞠絵たちには、今日は梨……新関さんと食べるってもう言ってあるから」
梨菜の支度を急かしながら教室を出ると、私は先行して階段を降りた。
「今日は天気いいし、中庭に行こうよ」
「何それ、優等生さまらしくないなー。日焼けするじゃん」
「たまにはいいでしょ? ごはん食べるあいだだけ」
「まあいいけど。わたし、購買寄るからね」
私たちは購買経由で中庭に出て、そして、まだ誰も座っていなかった木陰のベンチを確保した。
お弁当を広げている私を横目に、梨菜はせっかく買ったパンに手をつけようとしない。
「どうしたの、梨……新関さん」
「あー、あんたそれ、うっとうしいからさあ」
「え?」
「もう、梨菜って呼んでいいから。わざわざ直さなくていいから」
どうやら毎回言い直していたことが、バレてたらしい。
ため息混じりに宣言されて、謝ろうかと思ったけど、そうじゃない答えを選ぶことにした。
「分かった、梨菜。私のことは、遥花って呼んで」
「いや、わたしの方は日上って呼び捨てさせて貰うから。苗字の方が呼びやすいし」
「あっ、うん……」
気付けば、お互いに職場と同じ呼び方になっている。
嫌なことを思い出して、なんとなく口数が少なくなった。
美味しく食べることもできず、ただ黙ってお弁当を突いていると、梨菜がじっと私を見詰めてくる。
「あのさー、あんた、ちょっと分かりやす過ぎない?」
その呆れた顔が、職場で私が声をかけたときと同じに見えて、どきりと心臓が鳴った。
視線は向けないで、ただ注意だけを。
廊下側、最後列――梨菜の席。
そこに、坂詰さんがやってくる。
前の席の国弘さんが、くるりと後ろを向く。
下を向いている梨菜の額を見ながら、何かを言おうと口を開いている。
その狭い空間に割り込むように、私は梨菜に話しかけた。
「――おはよう、梨……ううん、新関さん!」
弾かれたように顔を上げる梨菜。
眉をひそめているのは、怒ってる訳じゃなくて訳が分からないからだと思う。
背中に、三人分の強烈な不可解の視線も感じてる。
だけど、勇気を出してそのどちらも無視し、話題を切り出した。
「あのね、新関さん。実は私、新関さんに頼みたいことがあるの」
「は? 日上さんみたいな優等生さまが、わたしに何の用よ」
「今はちょっと言いづらいから、お昼休みに相談してもいい?」
「はあ、まあ……いいけど」
いぶかしげながらも、一応の了承は貰った。
私は頷いて、手首の時計を確認する。一限の授業まで、あと五分。
「ちなみに、これはお願いとは関係ないんだけど、新関さん、アイスはいちご味とバニラ味とどっちが好き?」
「は? え、アイス? いちご……?」
「そうなんだ、いちご美味しいよね! 私もいちご好きだな。あっでもバニラの方が美味しいのもあるじゃない。あの新発売のさ……」
背中に集まってる視線は、不可解を超えて完全に苛立ちに達してる。
さすがの私でも、この至近距離で舌打ちされればそれなりに空気は感じられる。
早くどけって言いたいんだろうけど――でも、その空気には、私、絶対従わないんだから。
どんどん増してく圧力と、目をしろくろさせる梨菜の表情に挟まれつつ、そのまま雑談を続ける。
チャイムが鳴って、その上先生が入ってくるまでねばった後、ようやく小走りで自席に戻った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
各授業の間の小休憩も、同じ方法で乗り切った。
私が梨菜の席にいることに気付いた、友達の鞠絵がこっちに来てくれて、何となく三人で話した時間もあったけど。
お昼のチャイムが鳴る。
私はお弁当を掴んで大急ぎで梨菜の元に駆け寄り、話しかけた。
「場所変えて話したいから、お弁当一緒に食べようよ!」
「いいけど……あんたいつも、金沢さん達とご飯食べてなかった?」
「鞠絵たちには、今日は梨……新関さんと食べるってもう言ってあるから」
梨菜の支度を急かしながら教室を出ると、私は先行して階段を降りた。
「今日は天気いいし、中庭に行こうよ」
「何それ、優等生さまらしくないなー。日焼けするじゃん」
「たまにはいいでしょ? ごはん食べるあいだだけ」
「まあいいけど。わたし、購買寄るからね」
私たちは購買経由で中庭に出て、そして、まだ誰も座っていなかった木陰のベンチを確保した。
お弁当を広げている私を横目に、梨菜はせっかく買ったパンに手をつけようとしない。
「どうしたの、梨……新関さん」
「あー、あんたそれ、うっとうしいからさあ」
「え?」
「もう、梨菜って呼んでいいから。わざわざ直さなくていいから」
どうやら毎回言い直していたことが、バレてたらしい。
ため息混じりに宣言されて、謝ろうかと思ったけど、そうじゃない答えを選ぶことにした。
「分かった、梨菜。私のことは、遥花って呼んで」
「いや、わたしの方は日上って呼び捨てさせて貰うから。苗字の方が呼びやすいし」
「あっ、うん……」
気付けば、お互いに職場と同じ呼び方になっている。
嫌なことを思い出して、なんとなく口数が少なくなった。
美味しく食べることもできず、ただ黙ってお弁当を突いていると、梨菜がじっと私を見詰めてくる。
「あのさー、あんた、ちょっと分かりやす過ぎない?」
その呆れた顔が、職場で私が声をかけたときと同じに見えて、どきりと心臓が鳴った。
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