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第九章 王国への帰還

4.向かうは王都

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 混乱する私を見て、侍女さんが申し訳なさそうに答える。

「昨日、例のことで、アウレリオさまを追い出してしまったでしょう? あの後、アウレリオさまは話が途中だったとわざわざ謝りに来てくださったんです。ナリアさまにお伝えするのを失念しておりました」
せんにわたくし意固地になっていて、ナリアさまと少し……口喧嘩みたいなことをしてしまったでしょう? あの時は申し訳ありませんでした」
「えっ? いえそんな、あれは私が踏み込み過ぎちゃっただけなので、カトリーナ姫は何にも悪くな……あっあっちょっと待って。頭を上げてください!」

 手をぱたぱた動かす私を見て、カトリーナ姫はちょっと笑って話を続けた。

「あの後、すぐにナリアさまが、魔王にデートを申し込んだとお聞きしましたの」
「デート……えっ……あ、えーと」

 確かに、あれは計画とは言え、デートなのは間違いない。
 デートってことだよね、うん。

「その勇気と行動力に、わたくし感服いたしました。話さねば分かり合えない、と。ナリアさまのおっしゃっていたことは確かなのだと分かりました」
「カトリーナ姫……」

 あっ、ちょっと本当のこと言いづらい――今更、あれは囮作戦でした、とは……!
 さりげなく視線を外す私の表情で、内心を悟った侍女さんが悪戯っぽい笑いを浮かべている。
 ちょ、笑ってないで助けて……!

「それで、ナリアさまのお話の通り、まずは話し合ってみることにいたしました」
「話し合い」
「ええ。でも、ジュリオとではありません。まずは、魔王と」
「イェレミアスと?」
「そうです。ちょうどナリアさまが街からお戻りになって、寝込んでらした頃ですね。その時わたくし、ジュリオという想い人があることを打ち明けてしまいましたの」

 くす、と笑って、カトリーナ姫は扇の向こうに口元を隠した。
 婚約者であるイェレミアスにそんなこと教えちゃうなんてびっくりだけど、でも楽しそうなその様子で、二人の話し合いはうまくいったんだってことが分かった。

 きっと、結婚をするつもりでもしないつもりでも、最初からその話をした方が良かったんだろう。
 当の相手があのワガママっ子のイェレミアスだってことだけが心配だった……ん、だけど。

「魔王は最終的に『分かった』と言って、今日のこの機会をくれました。これは、わたくしがジュリオに想いを告げるための帰国なのです」
「告白旅行ってヤツですよ、ナリアさま」

 二人がどっちもウキウキしてて、でもちょっと緊張しててテンション高めなのは、そういう理由だったのか。
 へー、すごい……! 告白旅行かー!

「あっ、でもそれだと、王様は文句言うんじゃ……?」
「そのために、魔王がついてきてくれているのです。我が父よりも、敵国であった魔王の方が信頼できるというのは寂しいことではありますけれど」
「じゃあ、うまくいけば」
「はい、魔王との婚姻は白紙に戻り、わたくしはジュリオと一緒になるつもりです。ちなみに」

 カトリーナ姫はそっと窓の外を見て、それから揺れる床へ視線を移すと、そのまま顔を上げずに呟いた。

「ちなみに……うまくいかなかったなら嫁に貰ってやると魔王は言っていました。ナリアさまには申し訳ないのですが、そうなった場合は、本当にお世話になろうと思っておりますの。父を怒らせるか、あるいはジュリオに拒絶されれば、わたくしには他に行き場もありませんし」
「そっか……うん、良いと思う。少なくとも王国の王様よりは、イェレミアスの方がちゃんと話を聞いてくれてるってことだもんね」
「ええ。ナリアさまなら、そう言ってくださると思っていました」

 2人で微笑みあってから、ふと気付いて、私は首を傾げた。

「あれ……じゃあ、何で私まで一緒に王国に戻ってるの……?」
「え? あら、そう言えば……」

 侍女さんも一緒に首を傾げている。
 私の帰国の理由については、アウレリオさんは何も言ってなかったみたい。
 カトリーナ姫も驚いた様子で瞳を丸くしている。

「あの、わたくしはてっきり、わたくしを応援するためにナリアさまが付いてきてくださったのだと……」

 確かに、今回の話を私が最初から知ってたなら、それくらいしたかもだけど。
 そもそも知らなかったんだから、応援しようがない。

 ってことは、やっぱりあれかな。
 イェレミアスは、私にも、カトリーナ姫と同じように自分の道を選べって、そういうつもりなのかなぁ……。


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 こんな大変なときにこう言うのもなんだけど、道中は久々の女子会ですっごく楽しかった。

 片道一週間程の道のりだったけど、馬車の中でお喋りしたり、お菓子を分け合ったり。
 王都で流行ってるお化粧の仕方とか、魔王領のお洋服のトレンドとか。
 恋の話、思い出話、行きたい場所、やりたいこと。どんな風に育ったか、小さい頃流行ってた遊びとか。

 そうして話すと、生まれも育ちも本当にバラバラだって分かった。
 侍女さんは旧王国領現魔王領の裕福なご家庭生まれ。
 カトリーナ姫は言わずと知れた王家の娘。
 小っちゃい頃に親を亡くして、食べるに困る生活をしてたような私には、ちょっと想像もつかないような世界の話だった。
 逆に私が話し出した途端に、二人とも黙りこくっちゃうくらい。

「あの、魔王の館の中庭に花が咲いてたじゃないですか」
「ええ、庭師が丹念に育てているあの」
「あれね、茹でると食べられます」
「食べるんですか……」
「食べます」
「食べられますか……?」
「食べられますよ」

 侍女さんとカトリーナ姫それぞれに何とも言えない顔をされつつ、昔の話をしたりした。
 これだけ階級差があれば、普通は出会うことすら難しいはず。
 なのに、話してるとすごく気が合って、ずっと笑って時々泣いて。

 そんなことしてる間に、馬車はどんどん王都へと近付いていったのだった。
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