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第八章 デートしましょう

1.手をつなぎましょう

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 騒がしい大通りの呼び込みの声。周囲から柑橘の良い匂いが漂ってくる。出店に山と積まれたミカンのような果物の香りだろう。
 ひとの隙間を縫って覗こうと、私はきょろきょろと動き回ってみる。

「手を離すなよ」
「分かってるって」

 繋いだ手を、イェレミアスがきゅっと引いた。
 馬の手綱じゃないんだからと思いつつも、初めての魔王領の活気に胸が躍る。

 周りに兵士の姿はない。
 そう、二人きりだ。作戦とは言え、少しだけ不安はあるけれど。

「俺も、絶対に離さないから」

 イェレミアスが少し照れた顔で囁くと、何だか安心できる。
 絶対無敵の魔王さまがついてるんだって。

 イェレミアスの計画――つまり、囮作戦。きっとあの黒装束の元侍女は、また私を狙ってくるだろう。
 だけど、あからさまに隙を見せたとしても、二度目ともなれば向こうも警戒するに違いない。
 だったら、警戒されない程度に取り繕い、襲いたくなる程度に隙を見せればいい――ってことで、今日は二人きりのデートとあいなったのでした。

 イェレミアスと色々相談した上で、お忍びデートという口実が、ちょっと浮かれて隙のある風で良いのではないか、という結論になった。
 イェレミアスもいつもの軍服のような偉そうな服を脱ぎ、庶民風の服に着替えている。こういう格好をすると、魔王さまの威厳はどこにいったものか、あっという間にちょっと可愛い普通の魔族の男の子の出来上がりだ。

 ちょっと意外だったのは、イェレミアス自身が「危険なのだぞ、本当にそれで良いのか?」なんて尋ねたこと。
 一番最初は私にも内緒で囮を仕掛けたのに、今度は確認してきたのは――多分、それだけ危険が大きいってことなのかもしれない。
 だけど、私が即座に頷き返したら、それ以上は止めるようなことは言わなかった。

「――いいか、ナリア。元は確かに俺の計画ではあるが、一度失敗もしていることだ。黒装束をおびき出したところで、捕らえるだけの手がなければ飛んで火にいる夏の虫。ただの愚か者だ。けっして俺から離れるでないぞ」
「そのつもりだけれど……でも、イェレミアスは大丈夫なの? あのひと、魔術を弾くナイフを持っていたじゃない」
「そこは何とでもなる。魔王の名を甘く見るでない。だから、お前はとにかく俺の手を離すな。ぎゅっと繋ぐのだ。違う、もっとほら、恋人みたいにこう……こうだ! 絶対離すなよ!」

 お互い姉弟だと知らなければ、ただ単に女の子と手を繋ぎたいだけなんじゃないの、と思うくらい熱心。
 呆れつつも、誰かと手を繋ぐなんて経験が私にない分、なんだか嬉しく思ったりするところも……その、ないわけじゃない、ような。

 もちろん、キュオさんには事前に許可をとり――えっと、正確にはイェレミアスが無理矢理言い渡して、見付からないように警備は万全に配置してある。
 アウレリオさんには散々止められたけど、私が無理を言って押し通した。
 そのうえで、兵の配置計画はイェレミアスが、現場指揮はキュオスティ将軍が執るという気合の入りようだ。
 失敗する訳はない。
 それでも、アウレリオさんは自分も立ち会うと言って、今もどこかに隠れて見守ってくれている。

 ついでに言えば、カトリーナ姫に対して、これをもって我が仲直りは成ったのである、と言外に伝える行為でもあるのだった。
 これで、賭けは私の勝ち。
 カトリーナ姫には、ジュリオさんと仲良くしてもらわなきゃ。

 目立たない服に着替えた魔王さまを、上から下まで眺めてみる。

「そう言えば、最初に会ったときも一般兵のフリしてたね」
「魔王魔王と持ち上げられるのが、毎日あんまり窮屈なのでな、ちょくちょく抜け出しているのだ。我が父もよくやっていた……どうやら、そのときにお前の母と出会ったらしいが」
「お父さん譲りだったんだね、脱走癖」

 大通りは結構な人混みでひしめき合っている。だけど、イェレミアスはそんな道も歩きなれているらしい。
 意外に器用にひとの隙間を縫い進んでいった。

 反対に、王国の閑散とした道しか知らない私の方は、もう全然ダメ。
 何度もよそ見してひとにぶつかりそうになっては、最終的にイェレミアスの尻尾にくるりと巻き寄せられて、さり気なくガードされた。

「……ちょっと、これ恥ずかしくない?」
「人間の視点ではどうか知らんが、尻尾を他人に寄せるのは、魔族では割と普通のことだ。ほれ、あの辺を見てみろ」
「あれは……恋人同士じゃない?」
「さあな、そういう風に見えるなら、そうなのかも知れぬな」

 ふふん、と生意気に笑うイェレミアスのツノ先を、ぺちんと指で弾く。

「ねえ、私とあなたは恋人同士じゃないんですけど」
「諦めろ、今はそういうことにしておいた方がいい。この国では、他人のものではない女は常に奪い合いの的になるものだから」

 つい、と尻尾の先が私の顎をとらえてイェレミアスの方へ顔を向けさせた。

「ちょっとはしゃいで見せてやった方が、敵も油断するというものだ。どうだ、口付けでもしてやろうか」
「そ、そういうのは、ちゃんと好きなひとにとっておくものでしょ……!」

 不敵な笑みが至近距離にあると、思わず胸がドキドキしてしまう。
 尻尾をぎゅっと握って引きはがすと、イェレミアスは小さく舌打ちをして少しだけ力を緩めた。
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