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第六章 対決お姫様
3.危機一髪
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部屋についたところで、キュオさんと別れた。
扉の前には、昨日まではいなかった魔族の兵士さんが立っていて、去っていくキュオさんに向けて敬礼する。
その姿を横目に見つつ、部屋の中に入ってベッドに腰掛けた。
窓の外を見れば、そっちにも兵士さんの背中が見える。
一、二、三……おお、五人もいる。廊下の方にも三人いたから、計八人。
ずいぶん厳重な警備だ。
それも、全員魔族。
交代要員も含めて考えれば「少ない人手を」とキュオさんが愚痴るのもよく分かる。
このまま怒鳴り込もうと思ってたけど、今夜はどうやら難しそう。
窓の向こう、沈む夕日を見ながら、私は腕を組んだ。
イェレミアスには何やら思惑がある。
利用されてる、というのがアウレリオさんの解釈。
じゃあ、それって一体どんな風に?
私を第一妃にすることで、イェレミアスにどんなメリットがあるだろう。
考えながら、ドレスの背中に手を回し、紐を緩める。
もう少し待ってれば侍女さんが脱がせに来てくれるんだけど、今日はまだ少し早い。
だけど、さっきあれだけキュオさんに叱られたんだもの、この後は部屋から出ないんだから、勝手に脱いでも良いだろう。着慣れないドレスは相変わらず息苦しいのだ。
ちょっとずつ紐を緩めながら、考えに耽りそうになった瞬間に――かたり、と部屋の隅で音が鳴った。
何の気なしに顔を上げると、黒装束の覆面が、そこに立っていた。
たった今まで無人だったはずの部屋の端っこに。
「……へ?」
びっくりしすぎると、声って出なくなるものだなぁ。
そんなこと考えてる内に、黒装束の(たぶん)男は、すごい勢いでこちらに駆け寄ってくる。
その手に鈍く光る刃を見付けて、私は慌てて声をあげた。
「――ふ、ふ、【ふうわわっ】!?」
変な声が出ちゃったけど、叫ぼうとして姿勢を変えたのが良かったのだろうか。脱ぎかけのドレスがふわりと浮いて、目の前の男の、行く手を邪魔するように覆いかぶさった。
だけど、その一瞬後には、ドレスは真っ二つに切り裂かれてしまった。
「くだらん……邪魔だ」
低い一声ののち、覆面の向こうから暗い瞳が私を睨みつけた。
その視線におぼえがあるような気がしたけれど、思い出すよりも、黒装束の足の方が早い。
引き絞られた右腕が、勢い良くナイフを突き込んでくる。
吸い込んだ呼吸が、絶望と諦めを含んで喉元で止まりかけた――時。
「――【金剛縛鎖】!」
割り込むように、黒いマントが尻尾をなびかせながら、私の前に飛び出た。
呪文を唱えた声で、その見慣れた背中で、マントの主が誰かは分かった――魔王イェレミアス。
空中に現れた黄金色の鎖がじゃらじゃらと鳴る。
固い鎖は目にも止まらぬ速さで、黒装束の身体を、ナイフを握った右手ごと何重にも縛っていく。
もがいた途端、鎖に引っかかった覆面が剥げて、その下に隠された顔があらわになる。
憎しみを込めたキツい眼差しをこちらに向けるそのひとは――カトリーナ姫の侍女さんだった。
「あなた……!」
あれ? カトリーナ姫の侍女さんって女のひとじゃ……いやいや、でもこの身体つきは確実に男のひとだ。
ドレス着てれば隠れるから、女装してたんだろうか。
くくっ、と私の前に立つイェレミアスの背中が笑った。
「なるほどな。その顔、姫のところで見かけたような気がするぞ。俺の気のせいか? いや、気のせいではあるまいなぁ。さて、これは一大事。己の嫁に命を狙われるとは……こうなっては婚約破棄もやむなしよな」
ぎりぎり縛られて身動きが取れない黒装束が、鎖を軋ませながら床に倒れる。
イェレミアスがそちらに近付こうと一歩足を踏み出し――
「待って、イェレミアス!」
「まずい――【流星銀刃】!」
私の制止と、イェレミアスの呪文がほぼ同時だった。
金の鎖に戒められていたはずの黒装束の手が、振り上げられている。
向かってくるナイフを弾こうと、イェレミアスの魔術の剣が銀の軌跡を残して振り下ろされた。
だけど――噛み合ってとどまるはずのナイフは、なぜか何の障害もないかのように真っすぐにイェレミアスの喉元へと向かっていた。
扉の前には、昨日まではいなかった魔族の兵士さんが立っていて、去っていくキュオさんに向けて敬礼する。
その姿を横目に見つつ、部屋の中に入ってベッドに腰掛けた。
窓の外を見れば、そっちにも兵士さんの背中が見える。
一、二、三……おお、五人もいる。廊下の方にも三人いたから、計八人。
ずいぶん厳重な警備だ。
それも、全員魔族。
交代要員も含めて考えれば「少ない人手を」とキュオさんが愚痴るのもよく分かる。
このまま怒鳴り込もうと思ってたけど、今夜はどうやら難しそう。
窓の向こう、沈む夕日を見ながら、私は腕を組んだ。
イェレミアスには何やら思惑がある。
利用されてる、というのがアウレリオさんの解釈。
じゃあ、それって一体どんな風に?
私を第一妃にすることで、イェレミアスにどんなメリットがあるだろう。
考えながら、ドレスの背中に手を回し、紐を緩める。
もう少し待ってれば侍女さんが脱がせに来てくれるんだけど、今日はまだ少し早い。
だけど、さっきあれだけキュオさんに叱られたんだもの、この後は部屋から出ないんだから、勝手に脱いでも良いだろう。着慣れないドレスは相変わらず息苦しいのだ。
ちょっとずつ紐を緩めながら、考えに耽りそうになった瞬間に――かたり、と部屋の隅で音が鳴った。
何の気なしに顔を上げると、黒装束の覆面が、そこに立っていた。
たった今まで無人だったはずの部屋の端っこに。
「……へ?」
びっくりしすぎると、声って出なくなるものだなぁ。
そんなこと考えてる内に、黒装束の(たぶん)男は、すごい勢いでこちらに駆け寄ってくる。
その手に鈍く光る刃を見付けて、私は慌てて声をあげた。
「――ふ、ふ、【ふうわわっ】!?」
変な声が出ちゃったけど、叫ぼうとして姿勢を変えたのが良かったのだろうか。脱ぎかけのドレスがふわりと浮いて、目の前の男の、行く手を邪魔するように覆いかぶさった。
だけど、その一瞬後には、ドレスは真っ二つに切り裂かれてしまった。
「くだらん……邪魔だ」
低い一声ののち、覆面の向こうから暗い瞳が私を睨みつけた。
その視線におぼえがあるような気がしたけれど、思い出すよりも、黒装束の足の方が早い。
引き絞られた右腕が、勢い良くナイフを突き込んでくる。
吸い込んだ呼吸が、絶望と諦めを含んで喉元で止まりかけた――時。
「――【金剛縛鎖】!」
割り込むように、黒いマントが尻尾をなびかせながら、私の前に飛び出た。
呪文を唱えた声で、その見慣れた背中で、マントの主が誰かは分かった――魔王イェレミアス。
空中に現れた黄金色の鎖がじゃらじゃらと鳴る。
固い鎖は目にも止まらぬ速さで、黒装束の身体を、ナイフを握った右手ごと何重にも縛っていく。
もがいた途端、鎖に引っかかった覆面が剥げて、その下に隠された顔があらわになる。
憎しみを込めたキツい眼差しをこちらに向けるそのひとは――カトリーナ姫の侍女さんだった。
「あなた……!」
あれ? カトリーナ姫の侍女さんって女のひとじゃ……いやいや、でもこの身体つきは確実に男のひとだ。
ドレス着てれば隠れるから、女装してたんだろうか。
くくっ、と私の前に立つイェレミアスの背中が笑った。
「なるほどな。その顔、姫のところで見かけたような気がするぞ。俺の気のせいか? いや、気のせいではあるまいなぁ。さて、これは一大事。己の嫁に命を狙われるとは……こうなっては婚約破棄もやむなしよな」
ぎりぎり縛られて身動きが取れない黒装束が、鎖を軋ませながら床に倒れる。
イェレミアスがそちらに近付こうと一歩足を踏み出し――
「待って、イェレミアス!」
「まずい――【流星銀刃】!」
私の制止と、イェレミアスの呪文がほぼ同時だった。
金の鎖に戒められていたはずの黒装束の手が、振り上げられている。
向かってくるナイフを弾こうと、イェレミアスの魔術の剣が銀の軌跡を残して振り下ろされた。
だけど――噛み合ってとどまるはずのナイフは、なぜか何の障害もないかのように真っすぐにイェレミアスの喉元へと向かっていた。
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