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第三章 魔王の妃

3.どっちもとかダメです

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 キュオさんがうんざりした顔でイェレミアスに詰め寄る。

「んな、あんた……王国の姫はどうすんだ」
「そんなもの、姫君も俺のものにすればいいだろ」
「おい、あのな。ここまで戦争に明け暮れてて女日照りだった分をいっぺんに取り戻そうなんざ、あんた――」
「誰だって喪われた青春は取り戻したいじゃないか。俺だって寂しいんだよ」
「部屋はどうするつもりだ。後宮に用意してあるのは輿入れしてくる姫の部屋だけだぞ」
「こんなでかい屋敷なんだからどっか空いてるさ。俺の希望が優先に決まっておる。とにかく今日からナリアは俺の嫁だ! お前にアレコレ言われる筋合いはない。嫁が何人いようが、双方困らぬよう平等に可愛がれば良いだけだ!」

 そりゃあなたはそれでいいかもですが、私はそれじゃ困るのです。

「あの!」

 語尾強めに激高する二人の間に割って入ると、両方向から視線を受けた。
 一応、話を聞いてくれるつもりはあるらしい。

「あの……私にも状況を教えてください。輿入れしてくる姫ってなんのことですか?」
「ま、あんたには知る権利あるよな」

 長い髪を自分でかき乱しつつ、キュオさんは私に向き直った。

「嫁候補の姫君はリディリア王国、第二十七番目の王女カトリーナだ。姫とは言っても、現国王の八番目の妃の次女って話だから、王位継承の可能性なんざほとんどない。だが、それでも王女だからな。未婚で年頃なら、講和の条件に名前があがるのも当然だろ」

 確かに、今の王さまには兄弟もお妃も娘もたくさんいる。なので、その話を聞いても、私も、たぶん国民の多くも「そんなひとがいたような?」って気分になると思う。
 そもそも親王内親王がてんこもりな国なのだ。

「その姫君が、此度の戦で最も活躍した勇者アウレリオを供に、魔王領ロギスタに輿入れする予定だった。そういう申し入れが姫君本人の手蹟による手紙つきで先日、こちらに届いた。ま、俺たちとしちゃ姫君本人よりも供としてついてくる紫金の勇者の方に興味津々なもんだから、姫君の顔なんざ誰も確認してなかった訳さ」
「俺は姫君にも興味があるぞ!」
「へいへい、あんたは勝手にしてくれ」

 イェレミアスをあっさりいなしたキュオさんはふと目を逸らした。

「……まあ、確かに興味津々なのは俺だけかもな。戦場であれだけ苦労させられたんだ。この先ずっと、正面から手合わせを申し込めるってのはありがたい」
「おいおい、魔王軍を率いる将軍が、向こうサイドと揉めてちゃいつまでたっても和解できんだろが。もうちょっと考えて行動せよ」
「あんたにだけは言われたくないな」

 あっさり返したが、どうやらさっきのがキュオさんの本音らしい。
 アウレリオさんがほんとに来るなら、忠告した方が良さそうな……。

 目の前にいるのが魔王と将軍。
 それを自覚してからぐるりとあたりを見回せば、この部屋を固めてるのは軍の高官なんだろうなって歴戦の面構えばかり。
 みんな制服らしきおそろいの黒い上着を着ていたけれど、さすがに話が長くなってきて、だんだん着くずし始めている。たぶん、私がカトリーナ姫じゃないとはっきりした辺りから。

 ええ、その気持ち、よーく分かります。
 私もそろそろこのドレス脱ぎ捨てたい。お腹苦しい。あと、お腹空いた。

 さすがに空腹が我慢できなくなってきたので視線を戻すと、ちょっと気を抜いてる間に二人はまた口論を始めていた。子どもか。

「いい加減にしろ。とにかく、俺がナリアもカトリーナも同じくらいちゃんと愛せば良いだけだろ」
「だから……なんで、姫と町娘を同列に並べるんだよ、あんたは」

 キュオさんの尻尾が、床を叩いて鳴らす。
 けど、彼の怒りの仕草にも、イェレミアスは一歩も退かず堂々と答えた。

「世界中の娘は全て平等だ。人族だろうが魔族だろうが、姫だろうが平民だろうが、美女だろうが醜女だろうが、老いていようが若かろうが! 全ての女は平等に我が後宮に侍る権利を持つ――俺はどの女にもその権利を認める、そういう治世をしたいのだ!」

 朗々と並べられた言葉の迫力に圧されて、キュオさんが一瞬口を閉じた。
 すごい迫力、理想論。
 だけど――いやいやいや、でもちょっと待ってよ、それ。

「それ、ただ単に気が多いひとじゃないですか」

 私の声は、思ったよりも大きく食堂に響いた。
 はっとして辺りを見回すと、場にいた全ての魔族が私を見ている。
 今更恥ずかしくなって、気持ちだけでも隠れようと後ずさりした途端、思い切り背中が引っ張られてバランスを崩した。どうやら、自分のスカートの裾を踏んづけたらしい。

「ひゃっ……?」
「おい!」
「――【駛走クイック】!」

 キュオさんが慌てて私の手を取ろうと一歩踏み出すのが見えた。
 だけど、それより先に、風のような速さで後ろに回って私の身体を抱えたのは、前方にいたはずのイェレミアスだった。

「……大丈夫か、ナリア」
「あ、わ、わわ……ありがとございま……」

 言いかけて、気付いた。
 私の背中に回ったイェレミアスの腕は、背中から腰をがっつり支えている。
 後頭部から落ちなくて済んだのはありがたい。
 だけど問題は……その、つまり……手のひらで、私のおしりを包んで支えてる感触が!

「――このっ……イェレミアスのえっちっ!」

 すぱーん、と頬を張り飛ばした途端、勢いで力の抜けた腕から滑り落ちた私も、もろともに玉砕して床に落ちた。主に後頭部から。

 教訓。唯一の支えを張っ倒してどけると、自分も倒れる。
 ああ、これがほんとの、持ちつ持たれつってやつなのね――
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