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第二章 その名は魔王

4.侍女を紹介される

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 あれよあれよと馬車に乗せられ、街を突っ切っていく。
 石造りの街並みは王国とそう変わらない雰囲気に見える。
 元は王国領だった街をほぼ無傷で手に入れた魔王軍は、その景観を改造することなく使っているらしい。

 窓から通りを眺めている間に、女性が少ないな、って気付いた。
 これも戦争のせいなのかな? 男手が少なくなるのは、王国でもあったことだから理解できるんだけど。

 馬車は真っすぐに街の奥へ向かう。
 先には、もとは市長の館だったと思われる立派な建物が見えていた。
 きっと今は、駐留している魔王軍のトップがここに住んでいるんだろうな。

 一緒に馬車に乗ったキュオさんと少年兵くんは、それぞれに楽な姿勢で座っている。
 キュオさんはずっと外を見て黙りこくり、なんやかやと話しかけてくるのは少年の方だ。

「そろそろ腹も減ってるだろ。お前の好きな食べ物は何だ?」
「私のこと根掘り葉掘り聞く前に、自分が名乗ってもいいんじゃないですか?」
「ほう、気になってきたか、俺のことが」

 良い気な顔をしてるのが、ちょびっと腹立つ。

「別に気になってるわけじゃないです」
「でも聞きたいのだろ」
「言いたいんでしょ」

 冷たく言い返してやったつもりだけど、彼は気にした様子なく、満面の笑みで答えた。

「うん、言いたい。俺の名はイェレミアスだ」
「イェレミアス?」
「そう。良い名前だろ?」

 少年兵くん改めイェレミアスの隣で、キュオさんが苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「……おさ、あんたな、誰かれ構わずそんな風だから」
「別にいいだろ。これから長い付き合いだ」

 おさ
 キュオさんは今、イェレミアスにそう呼び掛けたような気がしたんだけど。
 会話はすぐに流れて別の話題になってしまう。

「いや、そうと決まった訳じゃないだろ。そもそも、俺は黙って街に出るような不用意なことをやめろと言ってるんだ」
「しかし、あんな建物にずっと籠ってちゃ、頭おかしくなるからなぁ」
「せめて俺には一言伝えろ! ついていってやるから」
「バカだなぁ、お前がいたら変わんないだろうが」

 言い合う二人を見てると、微笑ましいを越えてちょっと呆れそうになる。
 私が口を挟む間もなく、馬車はあの一番立派な建物の前に着いた。

 到着した馬車に、人影が駆け寄ってくる。
 赤い髪の毛をきちっとまとめ、深いブルーの大人しいワンピースをまとった、上品な人間の女性だ。
 私たちが降りてくるのを待って馬車の前に跪き、頭を下げている。

「先ほど、キュオスティさまから早馬をいただきましたので、お出迎えの準備をしておきました」
「おっ、でかしたぞ、キュオ」

 イェレミアスが満足げに頷いた。
 その様子を無視して先に降りたキュオさんが、私の手を取る。
 その手にすがって降りようとしたら、イェレミアスが慌てて反対側の手を握った。

「キュオ、控えろ。俺がえすこーとするのだ」

 呆れた顔のキュオさんをよそに、私はイェレミアスの手を振り払って勝手に馬車から降りた。
 こんなことしてる間もさっきの女性は、平伏したままだ。早く降りないと申し訳ないじゃない。
 後から拗ねた顔で降りてきたイェレミアスが、私に向かって彼女を指した。

「ここにいる間、俺たちじゃ何かと気が利かない場面もあるだろう。侍女……と言うのかな、こういう立場は。彼女に、お前の身の回りのことは頼んでおいたから、好きなように申し付けるがいい」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」

 丁寧過ぎるあいさつに恐縮したけれど、彼女は顔を上げてくれない。
 その間に、キュオさんは何も言わず馬車を降り、さっさと館の方へ歩き去っていった。
 イェレミアスはその背中を追いかけようとして、ふと思い出したようにこちらを振り向く。

「約束だからな。あとで食堂に来いよ」

 言い残すと、館の扉へと駆けて行ってしまった。
 それを見送った後で、侍女さんがようやく顔を上げる。

「あ、あの……」
「どうぞこちらへ。お食事の前に身支度をいたしませんと」
「あっ、ありがとうございます」

 落ち着いた様子の彼女に案内され、私も二人の後を追った。
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