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第二章 その名は魔王
1.門番らしき少年兵
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街を出てしばらく行くと、魔王領との国境がすぐに見えてきた。
なにせ、王国最東端の街だ。道が整っていることもあるけれど、一日で馬車が往復できるくらいだ。もともと大した距離じゃないのだ。
国境に佇む砦の大きさが、遠くからもよく見えるというのもあるけど。
もちろん、砦と言っても戦争のためだけのものじゃない。入り口の様子を見るに、中には兵士以外にも一般のひとが多く暮らしているみたいだ。城塞都市、というやつ。
砦の門は、徒歩で来た旅人や他の街から来たひと、そんなひとたちをターゲットにした軽食の出店で賑わっていた。
私たちの馬車は、その門の正面に停車した。
立っていた兵士たちが、それぞれに歩み寄ってくる。そのうちの一人が、馬車の乗員に向かって手を振った。
「リディリア王国からの定期便か? 入国者はここで身元を改めさせてもらうぞ」
彼が近付くにしたがって、人間じゃないことがはっきりする。
頭の横から、えらく立派なツノが一本ずつ。最初は、鎧に合わせた兜の飾りかと思っていたのだが、よく見れば何もかぶっていない。つまり、頭から直接生えているのだ。
それに、横から見るとお尻の辺りから長い尻尾が垂れ下がっている。鱗に覆われた硬そうな尻尾だ。根元の辺りの太さは私の太腿くらいか。
あちこち見回してみると、同じようにツノと尻尾が生えたひとたちがたくさんいる。
どうやら、これが魔族の特徴らしい。
だけど、ツノは、ひとによって本数も大きさも形もそれぞれ。一本だけ額にちょこんとついてるひともいれば、側頭部にあるひともいる。
尻尾の方は色以外はだいたいみんな同じような見た目をしている。ゆらゆら揺れているのを見ると、一度くらい触ってみたい気もするけど。
「ふむ、じゃあそこの――おっ、そうか、お前か」
小柄な兵士が私に目を合わせ、なぜか、えらく嬉しそうな顔をした。
「……えっと、あなた、私と顔見知りでしたか?」
「いやいや、そんな馬鹿な話はないだろう。ただ……ええと、そうだな。お前、女だな?」
「女ですけど」
「――よし! じゃあ次はお前だ」
「はい」
満面の笑顔で呼ばれて、私はおとなしく前に進み出た。
兵士と言えば肉体仕事のような気がするけど、そばにいると分かる。このひと、案外小柄だ。私よりちょっとだけ背が高いくらいだろうか。
思わず顔を覗き込めば、まだ少年のようだった。私より二つ、三つ下くらいに見える。
日によく焼けた小麦色の肌に、癖の強い長めの黒髪。どこか皮肉っぽい表情で唇を歪めている。簡素な革鎧の脇を革紐で雑に括り、腰には剣を提げていた。皮鎧と剣で、お店のエプロン三十枚分くらいだろうか。
金色の瞳は楽しげだけど、覗き込めばきらきらと色が変わるような深い色だ。即頭部でぐるりと巻いた大きな角は、左右一本ずつ。
魔族の美意識は知らないけれど、角があることと年下なことを除けば、人間の美的基準では整った顔立ちだ。
じろじろ眺めていると、少年の足元で、尻尾がせわしなく揺れた。
「ここまで一人で来たのか?」
「はい」
「行商人には見えないが、何をして暮らしている?」
「向こうで仕事を失いまして。魔王領では移住も受け入れていると聞いたので」
「ああ、まあな。じゃあ、移住希望者か。どこか頼りにする先はあるのか?」
「ないとダメですか? あの、そういうのなくて……私、身元もはっきりしてないですけど」
私の質問に、彼は目を見開いて考えている。
しばらくして、肩をすくめた。
「もしかしてお前、何も知らずに来たのか。……確かに、ロギスタじゃ移住希望の女は基本的に受け入れることになってるが」
「女……だけですか?」
「そうだ。指名手配されているとか、過去に犯罪歴があるならまた別だが……おっと、どこへ行く」
思わず回れ右して戻ろうとしてしまった私の手を、少年がぎゅっと掴んだ。
このまま逃げるとさすがに怪しまれそうだし、よく考えたら別に指名手配されてる訳じゃない。
大人しく戻ると、ほっとした顔で少年が私の荷物を指した。
「門を通るなら、荷物検査をここで受けてもらうぞ。袋の中を見せてみろ」
最低限の生活道具が入っているだけの袋だ。私は素直に紐をほどいた。
逆さに振っても、大したものは出てこない。
お財布に着替え、下着の入った袋、木製の食器、お気に入りの本が一冊と、それに……薄紫色にきらきら光る拳大の宝石。
「……あ」
そう言えば、アウレリオさんからこれを預かったままだった。
少年兵の様子を上目遣いでうかがうと、目を見開いて宝玉を見ている。
「おい、お前。これは――」
その声が少しばかり慌ててたから、私は少しどきりとした。
やっぱり冴えない町娘には、分不相応なシロモノだろうか。
なにせ、王国最東端の街だ。道が整っていることもあるけれど、一日で馬車が往復できるくらいだ。もともと大した距離じゃないのだ。
国境に佇む砦の大きさが、遠くからもよく見えるというのもあるけど。
もちろん、砦と言っても戦争のためだけのものじゃない。入り口の様子を見るに、中には兵士以外にも一般のひとが多く暮らしているみたいだ。城塞都市、というやつ。
砦の門は、徒歩で来た旅人や他の街から来たひと、そんなひとたちをターゲットにした軽食の出店で賑わっていた。
私たちの馬車は、その門の正面に停車した。
立っていた兵士たちが、それぞれに歩み寄ってくる。そのうちの一人が、馬車の乗員に向かって手を振った。
「リディリア王国からの定期便か? 入国者はここで身元を改めさせてもらうぞ」
彼が近付くにしたがって、人間じゃないことがはっきりする。
頭の横から、えらく立派なツノが一本ずつ。最初は、鎧に合わせた兜の飾りかと思っていたのだが、よく見れば何もかぶっていない。つまり、頭から直接生えているのだ。
それに、横から見るとお尻の辺りから長い尻尾が垂れ下がっている。鱗に覆われた硬そうな尻尾だ。根元の辺りの太さは私の太腿くらいか。
あちこち見回してみると、同じようにツノと尻尾が生えたひとたちがたくさんいる。
どうやら、これが魔族の特徴らしい。
だけど、ツノは、ひとによって本数も大きさも形もそれぞれ。一本だけ額にちょこんとついてるひともいれば、側頭部にあるひともいる。
尻尾の方は色以外はだいたいみんな同じような見た目をしている。ゆらゆら揺れているのを見ると、一度くらい触ってみたい気もするけど。
「ふむ、じゃあそこの――おっ、そうか、お前か」
小柄な兵士が私に目を合わせ、なぜか、えらく嬉しそうな顔をした。
「……えっと、あなた、私と顔見知りでしたか?」
「いやいや、そんな馬鹿な話はないだろう。ただ……ええと、そうだな。お前、女だな?」
「女ですけど」
「――よし! じゃあ次はお前だ」
「はい」
満面の笑顔で呼ばれて、私はおとなしく前に進み出た。
兵士と言えば肉体仕事のような気がするけど、そばにいると分かる。このひと、案外小柄だ。私よりちょっとだけ背が高いくらいだろうか。
思わず顔を覗き込めば、まだ少年のようだった。私より二つ、三つ下くらいに見える。
日によく焼けた小麦色の肌に、癖の強い長めの黒髪。どこか皮肉っぽい表情で唇を歪めている。簡素な革鎧の脇を革紐で雑に括り、腰には剣を提げていた。皮鎧と剣で、お店のエプロン三十枚分くらいだろうか。
金色の瞳は楽しげだけど、覗き込めばきらきらと色が変わるような深い色だ。即頭部でぐるりと巻いた大きな角は、左右一本ずつ。
魔族の美意識は知らないけれど、角があることと年下なことを除けば、人間の美的基準では整った顔立ちだ。
じろじろ眺めていると、少年の足元で、尻尾がせわしなく揺れた。
「ここまで一人で来たのか?」
「はい」
「行商人には見えないが、何をして暮らしている?」
「向こうで仕事を失いまして。魔王領では移住も受け入れていると聞いたので」
「ああ、まあな。じゃあ、移住希望者か。どこか頼りにする先はあるのか?」
「ないとダメですか? あの、そういうのなくて……私、身元もはっきりしてないですけど」
私の質問に、彼は目を見開いて考えている。
しばらくして、肩をすくめた。
「もしかしてお前、何も知らずに来たのか。……確かに、ロギスタじゃ移住希望の女は基本的に受け入れることになってるが」
「女……だけですか?」
「そうだ。指名手配されているとか、過去に犯罪歴があるならまた別だが……おっと、どこへ行く」
思わず回れ右して戻ろうとしてしまった私の手を、少年がぎゅっと掴んだ。
このまま逃げるとさすがに怪しまれそうだし、よく考えたら別に指名手配されてる訳じゃない。
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最低限の生活道具が入っているだけの袋だ。私は素直に紐をほどいた。
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「……あ」
そう言えば、アウレリオさんからこれを預かったままだった。
少年兵の様子を上目遣いでうかがうと、目を見開いて宝玉を見ている。
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