聖女の拳は暗黒魔術

狼子 由

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三章 聖女、皇都で無双する

3.聖女、皇都で暗躍する

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 ルークんの目的は聖職者任命権の防衛。
 俺とアデル少年の目的は異界を覗く鏡。
 ここに、俺たちは無事、目的が合致したのだった。

 皇都に着く前後から、ルークんは忙しそうであった。先んじて皇都に潜入している聖七冠位の面々とわたりをつけ、大領主や周辺の領主の動向を探る。
 そのたゆまぬ努力のおかげで、皇都に入った時にはすでに、歓迎パーティに参加する全領主の顔と名前が一致する状態になっていた。
 ルークんだけは。

「おいおい、ルークん。東の大領主ってのはどいつなんだ」
「ですから……広間のあの大テーブルの傍で第二皇女と話をしている男性が」
「いや、だって動くし、みんなおんなじような服着てるし、おんなじような髭はやしたおっさんだからさぁ」
「いいから堂々としていろ、僕がおぼえているから」

 最終的にアデル少年がフォローしてくれた。
 そもそも俺は、人の名前をおぼえるのは苦手なのだ。
 顔はおぼえられなくはないが、こうも同じ格好ばかりじゃ訳が分からなくなる。

「最近はやっているらしいですよ、皇都ではこの手の服装や付け髭が」
「十九使徒の鎧ですら、もう少し個性があるというのに」
「逆に言えば同じ見た目のものを複製できるということで、それだけの技術力があることを示しているとも言えますね」
「確かに、アジール聖教会では一つ一つ手作りになるからな」

 色々気になることもあるようだが、俺としてはそれより早く一仕事終えてベッドにもぐりこみたい。アデル少年をつついて促すと、東の大領主のもとへしずしずと歩いた。
 東の大領主は近づいてくる俺を見ると、うやうやしく頭を下げる。

「これは、聖女リュイーゼさま」
「皇国からはあなたの噂がよく届きます、民を思い神を敬う偉大な領主であると」
「聖女さまからじきじきにそのようなお言葉を賜れるとは、ありがたきこと」

 俺は鷹揚にうなずき、そして外に漏れないような小さな声で囁いた。

「……ところで、貴君の領土では少しばかり困ったことがあるとうかがっておりますが」
「は?」

 予想外の言葉に目を丸くするおっさんを見上げながら、俺はにんまりと笑みを浮かべた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「ひゅー、やるじゃねぇか、ルークん」
「おほめにあずかり光栄です。しかし、これこそが聖七冠位の役目ですから」

 パーティの後、人気のない場所へ呼び出された東の大領主は、領内の脱税の証拠を耳打ちされあっさり陥落した。
 いや、パーティでそれをほのめかしたときには、既に半分以上落ちていた、と言ってもいいくらいだ。

 東の大領主は、俺のおねだりするままに、皇国会議では聖職者任命権を求めないこと、異界を覗く鏡を至急皇都へ送ってくれることを約束した。
 予定はとんとん拍子。万々歳だ。

「いやあ、巨大宗教の全面バックアップで皇国を内側から攻める……これってちょっとしたチートプレイじゃね?」
「ずいぶんご機嫌だな、リュー。気持ちはわかるが、あまり気を緩めるなよ」
「分かってる分かってるって。だけどよぉ、いい加減はめをはずして飲んだくれたい俺の気持ちも分かってくれって」

 東の大領主と別れ、割り当てられた部屋へ廊下を進む。
 今からすでに、パーティでは口にできなかった勝利の美酒が楽しみで仕方ない。
 そんな気持ちで浮かれている背中に、ふと声がかかった。

「――あら、聖女さまともあろうお方が、ずいぶんと下品なお言葉遣いをされますのね」

 振り向けば、金髪を編み上げた優雅なドレス姿の女が一人。供もつれずに立っている。
 どっかで見たことがある顔だが、とんと思い出せない。
 そんな俺の横から、ルークんがさりげなく身を寄せ、囁いた。

「……第二皇女ディートリンデさまです」
「ん?」
「パーティで東の大領主と話をされていた方ですよ」

 名前を教えられてもよく分からないが、皇女というからには皇帝の娘ということだろうか。
 黙ってじろじろ眺めてみるが、だからなんだという感慨しかない。

「バカ。さすがに僕でもわかるぞ、皇帝の娘ということは僕たちの動きを牽制したいにきまってるだろ」

 アデル少年にド直球で横腹をどつかれて、ようやく背筋をしゃんと伸ばした。

「えー、第二皇女ディーリトンデさまですね。こんなところでどうしました?」
「ディーリ……? いえ、それはわたくしの台詞です。あなた方のお部屋はあちらの棟でしょう。なぜこんなところを、しかもあんな汚い言葉を使いながら歩いていらっしゃるのかしら」

 ぎらりと女の青い目が光る。
 さて、こういう女が一番面倒くさいんだがなぁ……。
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